婚約破棄された辺境伯令嬢ノアは、冷血と呼ばれた帝国大提督に一瞬で溺愛されました〜政略結婚のはずが、なぜか甘やかされまくってます!?〜

夜桜

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第21話 静かなる波紋

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 ザガート・ターン議員が黒鉄牢に収監されてから、帝都にはようやく安堵の空気が流れはじめた。

 あの陰鬱な空気が嘘のように、街は活気を取り戻し、花市には子どもたちの笑い声が戻っていた。


 そして今――


「……レックス・エヴァンス大提督と、クレメンタイン辺境伯令嬢ノアとの婚約が、帝国より正式に承認された」


 元老院からの公式発表がなされると、帝都全土がざわめきに包まれた。

 多くの貴族たちは祝福を口にし、友好的な関係者からは贈り物や書簡が届けられた。

 けれど一方で――


「辺境の令嬢が大提督の婚約者だなんて」
「何か裏があるに違いないわ」


 そんな冷たい声も、耳に入ってくる。

 胸の奥が少しだけ痛んだ。
 でも、顔には出さなかった。

 ……わたしが、誰よりも選ばれたという誇りを、失いたくなかったから。




「疲れているのに、無理をしていないか?」




 そう言って声をかけてくれるのは、いつも彼――レックスだった。

 彼は、いつでもわたしのことを気にかけてくれる。
 戦場にあっても、政争の渦中にあっても、その心が変わることはなかった。

 けれど、わたしは……どうしても気になってしまうのだ。


「……わたし、本当に……大提督の隣にいて、相応しいのでしょうか」


 ぽつりと、弱音のような言葉が漏れてしまった。

 その瞬間、レックスはすっとわたしに近づいた。 そして、真っすぐにわたしの瞳を見つめて言った。


「私は、お前だから選んだ。ほかの誰でもない。ノア、お前が必要だ」

 胸の奥が、じんわりと熱くなった。  わたしの目から、一筋の涙がこぼれる。

「レックス様……」


 彼は、そっとわたしの頬に手を添えて――優しく、しかし確かに、唇を重ねた。


 あたたかくて、安心する香りがした。


「これから先、どんな風が吹こうと、私は必ずお前を守る」


 その言葉に、わたしはうなずいた。  心からの幸福を感じながら――


 ◆ ◆ ◆


 一方そのころ。 
 帝都の片隅。


「祝賀ムードとは、実に愚かしいものだ」


 マグネター伯爵は、窓辺から街を見下ろしていた。その表情は、氷のように冷たい。


「だが――チャンスでもある。あの女が帝国の顔となれば、崩せば良いのはひとつだけ。奴の心臓だ」


 彼の側には、黒衣の人物がひざまずいている。


「準備は?」 

「整っております。例の毒も、帝都にすでに流しております」 

「よろしい」


 マグネターは薄く笑った。


「大提督の座も、帝国の未来も、私が掌握する」


 新たなる陰謀が、静かに胎動を始めていた――。


 ◆ ◆ ◆


 帝国中が騒ぎ立てる中で、ただ一人の男性だけが、わたしの心を静かに包み込んでくれる。


「ノア、疲れてないか?」


 レックスの声は、いつだって低くて落ち着いていて、でも時折、わたしの胸をざわつかせる温度を持っている。

 今、わたしたちは大提督の私邸の応接室にいた。政務の合間の、ほんの短い時間。彼はすべてを中断して、わたしのためだけにこの時間を作ってくれている。


「……少しだけ、緊張しているかもしれません」

 カップに口をつけたわたしの手が、わずかに震える。

「帝国中の視線が、わたしに向けられているみたいで……」


 レックスが、わたしの向かいの席から立ち上がった。そして、ゆっくりと、すぐ隣に腰を下ろす。


「お前の強さは、もう充分に証明された。……あとは、安心すればいい」

「安心……」


 彼の指が、わたしの手に重なる。大きくて、温かくて、どこまでも優しい手だった。


「怖いと思った時は、私を見ろ。何も言わずに、私を頼ってくれ。……それだけでいい」


 わたしの心の奥が、あたたかいもので満たされていく。


「レックス様……」


 視線が重なる。彼の瞳に、わたしだけが映っていた。


「言葉じゃ足りない時は、こうする」


 その瞬間――
 彼の腕が、わたしの肩をそっと引き寄せた。


 抱きしめられている。こんなにも自然に、こんなにも優しく、わたしはレックスの腕の中にいた。


「……ずっと、こうしていたい」

「私もだ」


 小さく囁かれたその声に、わたしの頬が熱くなる。

 けれど、わたしも小さく答える。

「……わたし、もう逃げません。レックス様の隣にいると決めましたから」


 その言葉に、彼はわたしの髪を撫でた。


「よく言った」


 次の瞬間、額に――それから、そっと頬にも口づけが落とされる。

 胸が高鳴って、耳まで熱くなる。

 この人に、愛されている。

 その確信が、心に深く刻まれた瞬間だった。
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