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第26話 この手を離さないと誓うから
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静かな朝だった。
あの毒の短剣、密約の手紙――嵐のような出来事のあととは思えないほど、帝都の空は晴れ渡っていた。
そんな朝、レックスがわたしを庭園へと誘ってくれた。
「お前に見せたいものがある」
連れてこられたのは、帝都郊外にある静かな皇族用の庭園。一般の貴族はめったに入れないその場所は、季節の花々が咲き誇り、小鳥のさえずりが心を和ませてくれた。
「……綺麗」
わたしが思わず声を漏らすと、隣で微笑んでいたレックスが、目を細めた。
「お前のその顔が見たかった」
今日のレックスは、帝国軍の制服ではなく、落ち着いた色合いの騎士服姿だった。普段より少しだけ柔らかい雰囲気が漂っていて、わたしはなんだか落ち着かなくなる。
「ここは、私が子供の頃、母に連れられてよく来ていた場所だ」
「……レックス様にも、そのような頃があったのですね」
冗談のように返したつもりだったけど、レックスは小さく笑った。
「もちろんある。だが、母を亡くしてからは、二度と誰かと来ることはないと思っていた」
彼の指先が、わたしの手の甲に触れた。冷たくも熱くもない、けれど確かに伝わるぬくもり。
「ノア。お前がいると、世界が少しだけ穏やかに感じる」
「……わたしも。あなたと一緒にいると、勇気が出るのです」
視線が重なり、距離が近づく。彼の顔が近くて、息がかかる距離で――
――そのとき、風が花びらを舞わせた。
ふと我に返ったレックスが、そっとわたしの髪を撫でた。
「……私もだ」
頬が熱くなって、胸がきゅうっと締めつけられる。けれど、どこか嬉しかった。
夕刻、レックスの執務室にて。
「古文書庫が封鎖された、ですって?」
わたしの声に、ディンが深刻な表情で頷いた。
「マグネター派の動きです。どうやら密書の存在が外部に漏れることを警戒している模様ですね」
レックスは即座に決断した。
「夜、密かに文書庫へ潜入する。ディン、準備を頼む」
「了解しました」
彼が出ていったあと、わたしはレックスの腕を掴んだ。
「わたしも行きます」
「……ダメだ。危険すぎる」
「でも、わたしもこの戦いに関わっているのですよ。あの文書が真実なら、帝国は揺らぐ。わたし、もう誰かの後ろに隠れていたくない」
レックスは長く黙したあと、そっとわたしの手を握り返した。
「……わかった。ただし、私の傍を絶対に離れるな」
その声は、命令ではなく誓いのように響いた。
夜更け、文書庫。
石造りの地下回廊。灯りを頼りに進んだ先で、扉が壊されているのを発見した。
「誰かがすでに入った……!」
わたしたちはすぐに中へと踏み込む。そこには、机に残された一通の手紙。
「……これは……」
ディンが手に取って読み上げる。そこには、ジャクリ王国との密約が明記されていた。内容は、帝国領土の一部譲渡と引き換えにマグネターが得る軍事的支援。
「これが本物なら、マグネターは国家反逆罪に問われます」
そのとき――物陰から現れた黒衣の男が、わたしに向かって飛びかかってきた。
「ノアッ!」
レックスがすかさず前に立ち、男の腕を捻り倒す。壁に叩きつけられた男は呻き、即座にディンが拘束した。
「帝国陸軍の刻印……これは、内通者か……」
レックスが静かに言った。
そして、わたしは思った。
こんなにも危うい世界で、彼がわたしを守ってくれている。
そう、わたしはひとりじゃない――彼と共に、闇と戦うのだ。
あの毒の短剣、密約の手紙――嵐のような出来事のあととは思えないほど、帝都の空は晴れ渡っていた。
そんな朝、レックスがわたしを庭園へと誘ってくれた。
「お前に見せたいものがある」
連れてこられたのは、帝都郊外にある静かな皇族用の庭園。一般の貴族はめったに入れないその場所は、季節の花々が咲き誇り、小鳥のさえずりが心を和ませてくれた。
「……綺麗」
わたしが思わず声を漏らすと、隣で微笑んでいたレックスが、目を細めた。
「お前のその顔が見たかった」
今日のレックスは、帝国軍の制服ではなく、落ち着いた色合いの騎士服姿だった。普段より少しだけ柔らかい雰囲気が漂っていて、わたしはなんだか落ち着かなくなる。
「ここは、私が子供の頃、母に連れられてよく来ていた場所だ」
「……レックス様にも、そのような頃があったのですね」
冗談のように返したつもりだったけど、レックスは小さく笑った。
「もちろんある。だが、母を亡くしてからは、二度と誰かと来ることはないと思っていた」
彼の指先が、わたしの手の甲に触れた。冷たくも熱くもない、けれど確かに伝わるぬくもり。
「ノア。お前がいると、世界が少しだけ穏やかに感じる」
「……わたしも。あなたと一緒にいると、勇気が出るのです」
視線が重なり、距離が近づく。彼の顔が近くて、息がかかる距離で――
――そのとき、風が花びらを舞わせた。
ふと我に返ったレックスが、そっとわたしの髪を撫でた。
「……私もだ」
頬が熱くなって、胸がきゅうっと締めつけられる。けれど、どこか嬉しかった。
夕刻、レックスの執務室にて。
「古文書庫が封鎖された、ですって?」
わたしの声に、ディンが深刻な表情で頷いた。
「マグネター派の動きです。どうやら密書の存在が外部に漏れることを警戒している模様ですね」
レックスは即座に決断した。
「夜、密かに文書庫へ潜入する。ディン、準備を頼む」
「了解しました」
彼が出ていったあと、わたしはレックスの腕を掴んだ。
「わたしも行きます」
「……ダメだ。危険すぎる」
「でも、わたしもこの戦いに関わっているのですよ。あの文書が真実なら、帝国は揺らぐ。わたし、もう誰かの後ろに隠れていたくない」
レックスは長く黙したあと、そっとわたしの手を握り返した。
「……わかった。ただし、私の傍を絶対に離れるな」
その声は、命令ではなく誓いのように響いた。
夜更け、文書庫。
石造りの地下回廊。灯りを頼りに進んだ先で、扉が壊されているのを発見した。
「誰かがすでに入った……!」
わたしたちはすぐに中へと踏み込む。そこには、机に残された一通の手紙。
「……これは……」
ディンが手に取って読み上げる。そこには、ジャクリ王国との密約が明記されていた。内容は、帝国領土の一部譲渡と引き換えにマグネターが得る軍事的支援。
「これが本物なら、マグネターは国家反逆罪に問われます」
そのとき――物陰から現れた黒衣の男が、わたしに向かって飛びかかってきた。
「ノアッ!」
レックスがすかさず前に立ち、男の腕を捻り倒す。壁に叩きつけられた男は呻き、即座にディンが拘束した。
「帝国陸軍の刻印……これは、内通者か……」
レックスが静かに言った。
そして、わたしは思った。
こんなにも危うい世界で、彼がわたしを守ってくれている。
そう、わたしはひとりじゃない――彼と共に、闇と戦うのだ。
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