月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

文字の大きさ
110 / 125
第20章 是正基準

110 この特別科目の意味

しおりを挟む
 そんな業務に人を充てがったり、10%程度自殺することがわかった上で精神操作魔法を使うなんて、人道的におかしい。
 そういう考え方はあるし、きっと正しいのだろう。

 ただここ、惑星オーフではどう考えるか、私はいいかげん学習している。
 
「他人の人権を尊重しない者は、自分の人権も尊重されない。惑星オーフではそこまで面倒をみるほど余裕はない。だから他人の人権を尊重しない行動をとる者は、自殺のリスクがある処分を受けても仕方ない。またそのことを受け入れ先が認識しているなら、副作用というほどの問題にはならない。そういうことですね」

「その通りだ。こちらの考え方を理解してくれている様で助かるよ。その辺りを理解していただけない結果、面倒なことになる生徒も多いからさ。
 こちらは移民を集める際、集める地域しか選べない。そしてあちらの先進国と呼ばれる国で集めると、学力的な素地は高い代わりに余分な知識や考え方を持っている連中もそこそこいる。配慮を間違えた人権とか、自分の不快と感じるものを犯罪として糾弾する正義とか、一神教的思考による人種差別的な思考とかね。その度に集める地域を変更して対処しているのだけれどさ。とまあ、余談はこのくらいにして」

 移民は、集める地域でしか選べない。
 これはきっと、他では得られない情報だ。
 エノフ指導員はきっと、このことをわざと漏らしたのだろう。
 その意図は私にはまだわからないけれど。

「是正化措置を生徒全員に行わない理由に戻るよ。是正化措置を行った人間は、確かに無難でそこそこ真面目に働く、そこそこ有用な性格と知能になる。でもそれだけなんだ。何か新しい発想を生み出したり、新たな発見をしたりするような独創性がある人間は生み出せない。むしろスポイルしてしまう方かな。平均的に優秀な知能と温和で癖のない社会的性格に矯正するのだから、独創性が薄れるのは当然だけれどね」

 なるほど、独創性もまた有用な資質だ。
 だから独創性が残るよう、是正化措置を全員にかける事は無いということか。
 なら、もう少し踏み込んだ質問をしてみよう。
 この場ではそれが許されそうだし、こういった機会はなかなかなさそうだから。

「独創性という意味ならば、成績や社会性に関係なく発生しそうな感じがしますけれど」
 
「まあそうだね。ただ独創性を生かすには、最低限の知識や思考力、社会性が必要なんじゃないかな。だから卒業後のコースでB基準、最終試験が7割以上の層は、基本的に是正化措置はかけない。もちろん犯罪的な趣向とか、そうでなくとも周囲にとって不利益になるだろう人格の場合は別だけれども」

 つまりB基準、最終試験が7割未満の場合は、是正化措置を講じる可能性があるということか。
 なら長期課程(Ⅲ)辺りは、ほぼ全員是正化措置の対象になっていてもおかしくない気がする。
 長期課程(Ⅱ)でも、半数以上は対象になるだろう。

 恐怖を感じて戻ってきたというエトの判断は、ある意味間違ってはいなかったようだ。
 そう思いつつ、続いているエノフ指導員の説明に耳を傾ける。

「もちろんB基準未満でも独創性があって、有用な人間はいるだろう。可能性としては。ただB基準未満でB基準以上に有用な独創性と知性を活かせる割合は、B基準以上で有用な者と比べると多くはない筈だ。ある程度の知識や学力がなければ、せっかくの独創性も有用な方向に生かしにくいだろうからね。もちろん例外はあるだろう。だがそこまで落ち穂拾いが出来るほど、惑星オーフは豊かじゃない」

 独創性と聞いて、少し思いついたことがあるので、聞いてみる。

「なら芸術的才能なんてのはどうでしょうか?」

「同じさ。確かに芸術は社会を豊かにするけれど、それだけで生存できるわけじゃない。それにB基準以上の者がC基準以下の者より芸術的センスで劣っているとか、芸術的才能が無いなんてこともない。
 なら僅かな可能性にかけるあまり全体の基準を下げて使えない層を増やすより、使えない層は何とか使える様に是正化措置をした方が有用だろう。少なくとも余裕がそれほどない社会では。違うかい?」

 なるほど。ならこれについても聞いてみよう。

「その、どのくらいの基準で是正化した方がいいというのは、どうやって決めるのでしょうか」

「ほとんどは統計データだ。義務教育学校の卒業試験の成績と年収との相関とか、同じく卒業試験の成績と強制労働施設入りした者との相関とか。調査方法は、今回の表計算でチアキさんが覚えた通りだよ。
 もちろんオーフの社会全体が、そういった統計的手法で管理されているわけではない。でもここ、移住準備施設は、各国に移民を引き渡すのが業務だ。そして商品でもある移民の価値を保証するには、統計データが有用だろう。もちろん施設側だけではなく、各国側も統計データを使用して、よりよい移民が入るよう、考える。そのあたりを考察した結果が、卒業後に選べる各コースの基準だったり、さっき言った是正化措置の基準だったりするわけだ。
 という訳で、今回履修を完了した特別科目の有用性についての話は終了だ。他に何か、質問はあるかい?」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します

枯井戸
ファンタジー
 ──大勇者時代。  誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。  そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。  名はユウト。  人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。  そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。 「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」  そう言った男の名は〝ユウキ〟  この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。 「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。  しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。 「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」  ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。  ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。  ──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。    この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

【完結】前世聖女のかけだし悪女

たちばな立花
ファンタジー
 魔王を退治し世界を救った聖女が早世した。  しかし、彼女は聖女の能力と記憶を残したまま、実兄の末娘リリアナとして生まれ変わる。  妹や妻を失い優しい性格が冷酷に変わってしまった父、母を失い心を閉ざした兄。  前世、世界のために家族を守れなかったリリアナは、世間から悪と言われようとも、今世の力は家族のために使うと決意する。  まずは父と兄の心を開いて、普通の貴族令嬢ライフを送ろうと思ったけど、倒したはずの魔王が執事として現れて――!?  無表情な父とツンがすぎる兄と変人執事に囲まれたニューライフが始まる!

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

転生魔法伝記〜魔法を極めたいと思いますが、それを邪魔する者は排除しておきます〜

凛 伊緒
ファンタジー
不運な事故により、23歳で亡くなってしまった会社員の八笠 美明。 目覚めると見知らぬ人達が美明を取り囲んでいて… (まさか……転生…?!) 魔法や剣が存在する異世界へと転生してしまっていた美明。 魔法が使える事にわくわくしながらも、王女としての義務もあり── 王女として生まれ変わった美明―リアラ・フィールアが、前世の知識を活かして活躍する『転生ファンタジー』──

追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜

たまごころ
ファンタジー
無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。 だが、その地では神竜アルディネアが眠っていた。 契約によって最強の力を得た彼は、戦いよりも「穏やかな暮らし」を選ぶ。 農地改革、温泉開発、魔導具づくり──次々と繁栄する辺境領。 そして、かつて彼を貶めた貴族たちが、その繁栄にひれ伏す時が来る。 戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

処理中です...