月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第1章 はじめての話し相手

9 はじめての話し相手

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『ペルリア共和国・生活実習1』のおさらい部分までやったところで。
 なんだか眠くなってきた。
 朝から身体を動かしていないせいだろうか。
 さっき食べた昼食のせいだろうか。

 日課や学習の進め方は、基本的に自由だ。
 だから別に昼寝をすることも出来るのだけれど、どうもサボっているような気分になってしまう。

 机に向かっていて眠く感じるなら、身体を動かせばいい。
 それにスケジュール的にはそろそろ、運動の課題をこなしたほうがいい気がする。

 ならという事で、運動課題用の服装に着替え。
 説明では服装基準3となっている、灰色の長袖Tシャツと、モスグリーンのイージーパンツ風のボトム。
 この服装も基準2と同じく、部屋を出てもいいが施設内でのみ着用という規則にはなっている。
『運動後の汚れた状態では、食堂に入らないようお願いします』と注意があるけれど。

 他に持ち物は、タブレットと汗ふき用のタオル。
 何の運動をするかタブレットで指示が出るから、タブレットは必須。
 タオルは汗をかくようだから、持って行った方がいいと指示があった。

 着替えた後、収納にタブレットとタオルを入れて、部屋から出て室内運動場へと向かう。

 室内運動場は、寮から共用棟に入って、食堂の横の廊下を通った奥だ。
 中は少々狭めの体育館といった感じで、床は板張り、壁は赤土の塗り壁。
 平均台だの跳び箱だのの他、鉄棒っぽいものとか木の床に赤線や白線がペイントしてある場所等がある。 

 入ったところで、タブレットから日本語で指示が流れた。

『それでは準備運動から開始します。室内運動場のC区画にある台に、このタブレットを置いて下さい』
 
 タブレットを置く台は、あちこちに設置されている。
 タブレットの画面を見て、C区画の場所を確認。
 ここから見て左手前、マットと台が幾つか並んでいる場所のようだ。
 私はそちらに向け、歩き出す。

 ◇◇◇

 運動の課題1コマ目は、ストレッチと体操の繰り返しだった。
 これから室内で運動する際は、毎回最初と最後にこれをやるそうだ。
 そのために、基本の体操とストレッチのやり方を覚えるのが、今回の目的。

 動きそのものは激しくない。音楽に合わせて腕を回したり屈伸をしたりの体操や、マットに横になって足を伸ばしたり曲げたり身体をひねったりするだけ。
 それでも何度も繰り返すと、結構疲れる。タブレットのカメラで動きに駄目出しされたりもするし。

 今度は屋外にした方がいいだろうか。
 そう思いつつタブレットをしまって、汗をふいていた時だった。
 
 ちょうど私の視線の先にある運動場入口から、1人入ってくるのが見えた。
 私と同じ服装の女子生徒、そしてくすんだ金髪と顔に見覚えがある。
 彼女は私に気づくと、こっちへやって来た。

「ク ウアイ ヒニフ プラクチキ」

『『運動は終わったのでしょうか?』と言っています』

ケフはい チオ エフタフ クフタそうです

 これは例文で覚えたから、知識魔法に聞かなくても返答出来る。 

「ク ニ ラキタフ フリ ツエナンツオン?」

『『質問していいでしょうか?』という意味です』

 彼女なら問題ないだろう。そう判断して返答する。

「ポンウアオル」

『いいですよ』とか『どうぞ』という意味。これも覚えたから素直に出る。

「ク ウアイ カン アウツイフ プリ ラ フペキアラ テノ」

『『特別科目についてはもう聞きましたでしょうか』です』

 なるほど。彼女も通知が来たという事か。
 条件が言語の学習進度なら、来ていてもおかしくないなと感じる。
 更に言うと彼女になら、参加する旨を言ってもいい気がした。
 だから私は、知識魔法で確認した後、言ってみる。

『『はい、参加するつもりです。貴方はどうですか?』を翻訳すると、『ケフ ニ インテンカフ パルトプレニ、キオ プリ ウアイ』となります』

「ケフ ニ インテンカフ パルトプレニ、キオ プリ ウアイ」

 彼女はうんうんと頷いた。

「ニ コカフ ケ ニ ハイアフ アニコキン、ニア ノノ エフタフ ニナ、ク ニ ラキタフ ツエナンツイ ウアイアン ノノン」

『仲間がいて良かったです。私はニナといいます。貴方の名前をきいていいでしょうか』

 うん、彼女となら仲良くなってもいいだろう。

『『私は千秋です。今後ともよろしく』を訳すと……』

「ニア ノノ エフタフ チアキ、ツアンコン プロ ウアイア ツアウラ フプテノ」

 ◇◇◇

 他人と意味のある会話をするのが、久しぶりだったからだろうか。
 あのまま室内運動場でマットに座った状態で、ニナと結構話し込んでしまった。
 気がつくと15時、1時間近く話したことになる。 

 ニナも私と同じように言語の課題を8回分終えて、確認試験をやった後、通知が来たそうだ。
 更にはここで仲間を作るべきか、誰がいいか、間合いを計っていたとのこと。

 つまりは私と同じ状況だったようだ。
 それで以前、ちょっとだけどオーフ共通語でやりとりした私がいたので、話しかけてみたと言っていた。
 
 なのでこれから夕食か朝食の機会に、情報交換を兼ねて一緒に食べようかと誘ってみた。
 ただこれは、ニナは賛成しなかった。
 食堂で話していると、意図していない人が混ざろうとしてくる可能性があるというのが理由だ。

 確かにそういう考えは理解出来る。 
 私に声をかけてきた奴なんて、仲良くなっても邪魔にしかならない気がするから。
 きっと同じような輩が、ニナの母国語を話す中にいるのだろう。

 なら個別に連絡をとる方法がないかと、知識魔法に聞いてみた。

『生徒同士で連絡を取る方法は、現時点では、直接会う以外にはありません』

 この『現時点では』は怪しい。ニナもそう感じたそうだ。 
 おそらくそういう魔法があるのだろう。そんな予想も一致した。

 知識魔法は肯定も否定もしなかった。
 きっと学習課題の順番とかに関係するから、知識魔法も教えないようにしているのだろう。
 
 だから以降、話をしたい時は、それぞれの部屋へ直接行くということにした。
 知識魔法で調べたところ『女子なら女子寮の他の部屋を訪問しても問題ない』ようだから。
 ちなみに私の部屋は3階の302号室で、ニナの部屋は2階211号室。

 ノックして20秒以内に返答がなければ、部屋にいないか会いたくない時だから、素直に帰る。
 部屋に入れたくない場合は、その旨を返答して、寮の屋上等に移動する。
 そういうルールも決めた。

 何か子供っぽいとも思ったけれど、今の年齢にはふさわしい気がしないでもない。
 なんて事はニナには言わなかったけれど。 

 あと交換日記なんてのも考えたけれど、これはこれで面倒くさそうだからやめておいた。
 書くのが義務になったら悲しいし、自分や相手の行動を縛るような事はしたくないから。

 それにしても話せる仲間が出来たのが、なんだか嬉しい。
 つまり私は、此処に来てから不安だったのだろうか。そう逆説的に考えてしまう程に。
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