月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第2章 はじめての異世界街歩き

14 海への散歩、あるいは観光失敗

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 無事門から出て、施設の壁や塀と同じ煉瓦色の舗装道路を左へ。
 10mより少し幅が狭いかなと思うこの道には、歩道はない。
 それでも自動車や馬車は見当たらないので、きっと問題はないだろう。

 なお歩いている人は近くにいない。
 ずっと先、橋の向こうはそこそこ人影があるようだけれど。

 地図によるとこの道は、ニトレ大通りという名称がついている。
 まっすぐ歩けば、官庁街経由で公設市場。公設市場への最短経路だ。

 ただ官庁街というのは、見てもあまり面白くはないように感じる。
 だから通るなら官庁街よりも、西か東どちらかの道。
 
 官庁街から西側200mくらい行った場所は、運河カナラ地区ツフトラクトと呼ばれている。

『細い運河が升目のように東西南北に走っています。細い運河でも標準型1級輸送船が入りますので、魔法で収納が不可能な生きた生物を扱う業者が多く居住しています。また最近は再開発で、小型の商業施設が増えています』

 官庁街より東側は、通称旧市街ナルノウア ウルポ

『ポアノンの街が出来た頃からの市街地です。南側の通り2本に商家や企業、店舗等が多く、それより北側は住宅地です。なお此処の古くからの住民はポアノンを昔の名称である『シャノン』と呼ぶことが多いです』

 古い街を見るのも悪くない。
 しかし今回は運河のある風景の方にしようと思っている。

 日本時代は運河なんて臨海部の工業地帯以外では一般的ではなかった。
 それ以外で残っていて、船運もやっているのは観光地くらい。
 そういった場所で感じられる風情とか、それにプラスして異国情緒ある風景が楽しめるかもしれない。

 だから幅4mくらいという細い川を渡り、南島フツア インフトに入ったところで左、海側に曲がる。
 川の脇を歩く形で西、川下側へ。

 川そのものは日本で言うところの三面張り水路。
 道路からの高さ1m程度の堤防上まで、煉瓦色の素材で固められている。
 煉瓦のようなつなぎ目は見えない。コンクリートで固めたような感じで、色が灰色ではなく煉瓦色という状態。

 深さは水面の反射で底が見えないからわからない。
 けれど水位は低い。この道路からみて6m以上下。
 これでは船が横付けできない気がする。

『この川はコリウ川南分水路で、本流が増水した時の放水用です。船が入るのはもう少し先、この先の橋からになります。水面まで高さがあるのは、満潮や高潮に備えた結果です』

 なるほどと思いつつ歩いて行く。
 なお堤防にも川の中にも植物等は生えていない。
 今は異国情緒というか異世界を感じるから、まだ飽きずに見る事が出来る。
 でもそう感じなくなったら、きっと殺風景な風景なのだろう。

 川の反対側は、3階建てくらいの煉瓦色の建物が並ぶ。
 舗装も川の堤防も、建物もこの色だ。
 というか屋外の人工物は、ほとんどがこの色だ。
 何故だろう。

『建設材料に現地の土を使用している為です。惑星オーフの土は鉄分が多い為、このような色になります。惑星オーフでは、土を建設や建築材料として多用します。魔法で焼いたり、岩盤化したりして固めて使用しています』

 つまり魔法で作った煉瓦みたいなものか。壁も舗装も堤防も。
 この辺は日本の風景の方が目に優しい気がする。
 アスファルトとコンクリートの色が違うし、街中でもそこそこ緑があるから。

 さて、先に橋が見えてきた。その先の川幅が広がっているのが見える。
 あそこが運河の始まりだろう。はたして綺麗に見えるだろうか。

 予想通り、最初に目標にした橋の右は運河で、川の下流側も船があちこちに係留されていた。
 ここが予習として地図で確認した、運河地帯の運河群の南東端部分だ。

 しかし観光情緒っぽいものは、ほとんど感じなかった。
 水のある幅が10mくらい、形は等脚台形をひっくり返したような形の水路と、それに面した家々、そして船。
 船は木製のボートを思い切り大きくしたような形で、帆も櫓も見当たらない。

『魔法で動かすので、帆や櫓は必要ありません』

 そして風景はやっぱり全体的に赤茶色。
 運河脇の家々の幾つかには樹木があったから、これまでより少しましだけれど。
 景色としては今ひとつ残念。

 戻って最短で公設市場を目指そうか。
 そう思って、そして気付いた。現時点で私は、かなり海側まで来ていると。

 海を見に行くなら、公設市場からよりこの場所からの方が近い。
 だからこのまま西に進んで、海まで行ってみよう。
 そう決めて、同じような赤い風景の繰り返しを歩いて行く。
 
 海近くで、風景が今までと様相を変えた。
 港の手前に、防風林っぽいものがある。
 ただし日本の防風林のような黒松ではない。
 椰子に似ているが枝や葉の形がシダという、私の目には奇妙に映る植物だ。

『オーランと呼ばれるシダ植物です。塩分が多い場所でも早く大きく育つので、よく防風用に利用されます。食事で出てきたヘイコと近い種類で、外形はよく似ているがやや小さ目です。また毒性があるので食用には適していません』 

 どうやら外見はタケノコ、味は大根という代物は、こんな椰子っぽい形に葉っぱがシダという異形の植物だったようだ。
 地球の日本出身の私だから異形に見えるだけで、ここでは普通の植物なのだろうけれど。

 よく見ると、根元近くに巨大なゼンマイっぽいのが生えている。
 確かにシダだなと改めて感じた。
 更に下草っぽい部分が、小さいシダとかコケとかトクサとか。
 元日本人から見ると、これで防風林なんて違和感てんこ盛りだ。

 しかし港の近くというと、防風林ではなく倉庫があるのが普通だと思う。
 違うのは何故だろう。

『一般の荷物は、通常は運搬人が魔法収納を使用して運びます。運搬人以外の形態で運ぶものは、魔法収納機能がある魔道具か、魔法収納を使用出来ない生きた動植物くらいです。そのうち生きた動物は、基本的に変温動物です。ですから低温維持魔法がかかった檻で、冬眠状態にして運びます。
 この檻などの運搬用魔道具は、継続的に魔力を付与しない限り、長時間の魔法維持が出来ません。ですから荷受人が待ち構えていて、到着とほぼ同時に荷受けしていく事が一般的です。
 ですから倉庫はあまり必要ではありません』 

 つまり継続的に魔力を付与しないと駄目になるから、長期間の保存は出来ないということか。

『その通りです。また魔法で操船する関係上、あまり大型の船は使いません。ですから大型の倉庫の必要性はほとんどありません。例外として冷凍食品等を収納する大型保冷倉庫は存在しますが、それらはこことは別の場所で取り扱っています』

 だから港の手前が倉庫街ではなく、巨大シダの防風林となっている訳か。
 私から見ると異様な風景だけれど。

 そして川の向こう側には、高い塀が続いている。
 何か物々しさを感じるけれど、あれは何だろう。

『国営強制労働施設です。経済的に破綻し、かつ働ける体力と身体を持つ者が送られます』

 何か危険な名称の施設が出てきた。
 これって刑務所みたいなものなのだろうか。

『犯罪者の場合は、刑務労働所へと送られます。此処では国営強制労働施設の西側に隣接して設置されています』

 何というか、日本なら人権的にあれこれ言われそうな施設だ。

『ペルリア共和国では「教育、勤労、納税」が国民の三大義務となっています。これらの義務は法律の下、それぞれ強制力をもって担保されています。
 勤労せず税金等が払えない、借金を返済しない等の場合、強制労働施設に収容し、払える資金が出来るまで働く事になります。
 なお施設内で自己の意思で働かない場合、あるいは労働に対して誠実さに欠けるという場合は、使役魔法によって強制的に働かされます』

 なかなか凶悪な制度だ。
 いや、公平性を考えると正しいのだろうか。

『ペルリア共和国以外でも、惑星オーフのほとんどの国が同様の制度を持っています。それに強制労働施設でも自由意志で働く限り、外部の8割程度の賃金は保障されます。衣食住でかかる費用は引き落とされますが、誠実に働いた場合、1ヶ月で2,000Cカルクフ程度貯蓄する事が可能です』

 確かに生活保護の不正受給が起こるよりは、公平な制度かもしれない。
 そうは思うけれど、ちょっと気が重くなる施設だ。

 防風林の先の港は、日本で言えばヨットハーバー的な構造だった。
 広い岸壁に浮き桟橋が幾つも並び、そこに船が着いている。
 向こう側には沖堤防も見える。やっぱり煉瓦色だ。

 船は最大でも全長30mクラスで、実際はそれより小さい船がほとんど。
 その最大クラスの船2籍だけが、帆がある帆船。
 あとは帆がない、多分魔法だけで動く船だ。
 
 大型の船がない理由は、魔法で船を動かすから。
 これは先ほど知識魔法で聞いたけれど、帆船も小さめなのは何故だろう。
 
『帆船でも接岸時等は魔法で動かします。ですからあまり大きい船は使用しません』

 なるほど。
 そして港の荷運びは、人力だった。

『身体強化をかければ、概ね1,000kg程度の物は運搬可能です』

 荷物は檻に入った動物、それも恐竜っぽいものがほとんど。
 大きさは牛より2回り大きいサイズからニワトリサイズまで、様々だけれど。
 これが動物用の、低温維持魔法がかかった檻なのだろう。

 そんな感じで港を見物しつつ、巨大シダの防風林沿い海側を北へ向かって歩いて。
 コリウ川の河口が、南島フツア インフトの北端だ。

 あとはそのまま川沿いに東に向かって歩く。
 途中に船の売り場とか、小さいショッピングモールがあったりしたけれど、取りあえずお金を下ろさないと何も出来ない。
 なので歩く。とにかく歩く。

 ようやく当初の目的地だった公設市場へと到着した時には、市場の時計が9時34分を示していた。
 歩き疲れたし、お腹が空いた。
 早くお金を下ろして、朝食を食べるとしよう。
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