月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第5章 変化の予感 (1)

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「なかなか面白い魔法だし、独自魔法の構築方法をよく理解できている。既に一般の店とか工場で使われているのと相違ないレベルだ。店とか工場の場合は、他に材料を加えるとかあるだろうし、『魔法Ⅰ』では習わない魔法を組み入れるなんて事もする。しかし本質は変わらない」

 此処では工場等でも、機械ではなく魔法を使うようだ。
 自動車がなく船も魔法で動かす世界だから、内燃機関や蒸気機関、モーターの類いが無いのだろうか。

『その通りです。ですから地球での工場的な事については、各工程毎に専用設計した独自魔法を作業員に教えて、そういった作業員を並べて配置する事で、地球における機械を使用した流れ作業と同様の事を行います」

 なるほど。つまり独自魔法はそれくらい一般的という事か。

「もちろん更に高度な独自魔法の使い方もある。制御命令によって条件分岐させたり、独自魔法で使用するための共用独自魔法を作って使用したり、独自魔法で他の独自魔法を呼び出して使用したり等のような。しかしそこまで使いこなす人はオーフでもそう多くない。『独自魔法作成Ⅱ』である程度は踏み込むし、チアキさんなら出来るようになりそうだけれど」

 エノフ指導員は、ナラハ指導員よりもずっと口数が多いというか、ざっくばらんな感じだ。
 
「さて、まだ20日経っていないのに、『独自魔法作成Ⅰ』が履修完了となった。この科目は本来はもっと時間がかかる。なにせ履修の為の条件が多い。
 まず『言語Ⅰ』を履修完了した後、『数学Ⅰ』か『数学Ⅱ』で8単位時間終了ごとに出る確認試験1で8割以上の得点を取る。そうすれば文章題中心の確認試験2が出るから、この確認試験2で8割以上の得点を取ることが条件の1つ目だ。
 そして『魔法Ⅰ』を履修完了し、『魔法Ⅱ』を1単位時間以上履修していること。これが条件の二つ目。この二つの条件が揃わないと『独自魔法作成Ⅰ』が履修出来ない。
 この『独自魔法作成Ⅰ』を8単位時間履修して、独自魔法を制作して、指導員の前で発動させて、やっと履修完了だ。普通は早くて1ヶ月。出所までに出せない人も多い。数学の確認試験で出る文章題が割と大変だから」

 なるほど、そんな条件だったのか。
 確かに面倒くさい出現条件だ。
『言語Ⅰ』が終わらないと数学の文章題が出ないなんて仕様、気付くのは難しいだろう。

「それを一斉確認試験前に出せたチアキさんは、かなり優秀だ。自信を持っていい。
 そんな優秀なチアキさんなら、心配はいらないだろう。最初の一斉到達度試験の成績や学習進度による振り分けがあるとしても」

 話の方向性が変わった。
 一斉到達度試験の成績や学習進度による振り分け。これが意味するのは、きっと……

「点数や学習進度によって、何かが起こるのでしょうか。よりふさわしい環境に移動して貰うというメッセージが、昨日流れましたけれど」

 私はあのメッセージを『学習しない生徒を、強制的に学習するような施設へ移動させる』と推測した。
 私が『心配はいらない』というのは、そういう意味だろう。
 指導員は軽くうなずいた。

「詳細は今日の昼、生徒全員にメッセージで流す予定だ。掲示板を設置する話と一緒に。
 このメッセージで、今まで気づけなかった生徒のうち、何人かは気づいてくれるかと期待している。ここは福祉施設でも学校でもなく、移住準備施設だという事に。
 ここでの生活にはお金がかかっている。しかし移住を求めている側は無条件で金を出している訳ではない。その事を認識して、行動して欲しい。
 チアキさんはとっくに気づいているだろう。しかし残念なことに気がついて欲しい人ほど気づかないし気づけない。世の中は概してそんなものだ」

 理屈として理解出来るし、当然だと思う。
 でもなぜ突然、そんな話をするのかはわからない。

「直接そう伝えても理解してくれない人はいるだろうし、理解しても行動を変えられない人は残る。なら指導体制を変えるしかない。
 自主的に学習してくれればコストは少なめで済む。しかし強制的に指導するとなると、その分の人件費なり場所代なりが必要だ。
 その分は他にかかるコストを削って割り振るしかない。本来なら給付するはずの奨学金を無くしたり、食事の質を少し削ったりとかして。
 逆にコストをかけずに済む生徒に対しては、その分を還元できる。一番分かりやすいのは奨学金。
 更には受け入れ先の国が喜ぶような技能を学んでくれた生徒には、奨学金を追加する。たとえば独自魔法の構築はほとんどの国で求められている技能だ。その割に実用になる使い手は多くない。ここの『独自魔法作成Ⅱ』が完璧に出来る人材は、就業人口の5%以下だ。
 だから各国ともにこういった技能持ちは優遇するし、施設でも奨学金で優遇する。
 今言ったような事は、チアキさんは既に予想していただろうけれど」

 確かに今まで私が考えていた事についての答え合わせにはなった。
『独自魔法作成Ⅰ』で奨学金が増えたのも、『独自魔法作成Ⅱ』では更に奨学金が増えそうだというのも分かった。

 しかし今、私が尋ねもしなかった事について、長々と話したのは、きっと他に理由があるように感じる。
 なら、ひょっとして……
 私はエノフ指導員に、私としては思い切り踏み込んだ質問をしてみる。

「今ここで指導員がされた話は、相談の回答として、私以外の生徒でも知識魔法で知る事が出来るのでしょうか」

「その通りだ。知識魔法でこの施設について調べた際、今、僕が言った事も引用可能な情報となる。これ以降、年末にこの施設を退所するまでの間に関しては。
 毎年、入所して半月経つまでは、ある程度以上の情報を秘匿している。生徒の自主性に任せるという名目で自由にさせて、資質を確認するために。
 その確認期間が終わったちょうどいい時期にチアキさんが来てくれた。だから今年の情報公開開始という事で、利用させてもらった。
 それでは特別科目履修終了だ。明日から追加の奨学金が振り込まれる。今後も頑張って学習を進めて欲しい」

「わかりました。ありがとうございました」

 私は立ち上がり一礼して、そして相談室を後にする。
 普通の会話すら情報公開に使用出来るこの世界に、改めて油断出来ないなと感じた。
 指導員にとっては、毎年のお約束なのだろう。
 けれど私には、ちょっとばかり刺激が強すぎる。

 階段を下りると、食堂からはやっぱりオーフ共通語以外の言語での話し声が聞こえてきた。
 いつもの様子とほとんど変わらないように感じる。
 昨日の試験範囲の発表や、警告っぽい内容の連絡は、あまりこちらの人達には響かなかったのだろう。
 先程のエノフ指導員の言葉が、頭をよぎる。

 この食堂にたむろっている人達は、一斉到達度試験の結果が出た後には、きっと減るだろう。
 私が心配する義理はない。
 むしろ面倒が無くなって、ありがたい。

 全員いなくなるとまでは思っていないし、ここにいる以外にも面倒な奴はいるだろうけれど。
 たとえばエトのような。

 渡り廊下まで声をかけられる事なく無事に出て、一息つく。
 あとはもう、真っ直ぐ寮の部屋へ戻るだけ。
 部屋に帰ったらタブレットで履修完了になっていることと、評価がAになっている事は確認しておこう。
『独自魔法作成Ⅱ』や、他の特別科目が出ていないかも。

 そうしたら、午前の分のおやつを食べて、少し休憩しよう。
 何なら昨日購入した情報紙を読み進めてもいいかもしれない。

 ◇◇◇

 タブレットには、やはり『独自魔法作成Ⅱ』の通知が来ていた。
 こちらは履修完了すると、奨学金が200Cカルクフ増えるようだ。
 私の生活のためにも、やらないという選択肢は無い。

 此処での生活向上と私の将来の為に、利用できるものは利用しないと。
 ただこれ以上一日に勉強時間を詰め込むのは、ちょっと辛い。
 だから『独自魔法作成Ⅱ』履修完了の目標は、余裕を持って2週間で。
 一斉試験の前くらいまでということにしよう。
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