月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第6章 変化の予感 (2)

36 掲示板の使い方 ⑴

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 翌朝、朝食を食べた後、さっと外出して公設市場で買い物をして帰ってくる。
 もう何処で何を売っているかは把握済み。だから往復を含めても1時間かからない。

 100Cカルクフ増えると、気分に少し余裕が出来る。
 ただ明日は外出を伴う実習があるので、100Cカルクフは残しておこう。
 通帳に入っていた450Cカルクフを全部下ろして、320Cカルクフ使って卵だの牛乳だのバターだのを購入。
 
 9時過ぎに部屋に戻ってきて、休憩兼ねてタブレットを確認。
 掲示板に、あれこれ書き込みが増えていた。

 掲示板に書かれた施設からの情報は、試験関係と情報更新についてが主だ。
 中には『施設卒業後の進路について』の更新等、見ておいた方がいいものもある。

 しかし掲示板に書き込まれた半数以上は、オーフ共通語以外、地球各国語で書かれた仲間募集的なものだ。
 名目は一斉試験に向けた勉強会なんてのが多い。
 しかし『外出出来る人求む』なんて本音が出ていたりして、何だかなと思ったりする。
 
 食堂にはゾンビみたいな連中が未だにたむろっている。
 本人達は勉強会と称している様だが、だべっているだけで、勉強が進んでいるようには見えない。

 だからまあ、ゾンビ連中以外が食堂の掲示板に直接何か書くような機会は、なかなか無いだろう。
 ただし書き込みは、タブレット経由でも可能だ。
 その場合は昼12時に書き込まれる筈。

 ならこの前の『ペルリア共和国・生活実習』に来ていたアキトかカタリナが、何かメッセージを書いているかもしれない。
 いや、カタリナは書きそうなタイプではないような気がする。
 エトなら書きそうだけれど。

 私から書き込むつもりはない。
 しょうもない輩に反応された時に、上手く対応出来る自信がないから。
 そうやって人と連絡を取り合わなければならない、切羽詰まった事情なんてのも無い。

 さて、それでは学習を進めるとしよう。
『施設卒業後の進路について』の更新が気になるけれど、それは今日分の学習を終えてから。
 明日は外出で時間を取られる。
 もちろん特別学習の単位にはなるけれど、それでも『言語Ⅱ』や『魔法Ⅱ』、そして『独自魔法作成Ⅱ』は進めておきたい。

 正直なところ『言語Ⅱ』も内容的にはかなり簡単だ。
 単語と慣用句を覚えるためだろうけれど、これで一般と同等というには無理がある。
 義務教育学校10年生は、数学のレベルでは高三相当だった。
 なら言語の科目は『言語Ⅴ』くらいまであってもおかしくない。

 そもそも最低限の単位が24単位。
 そのうち運動が3単位とすると、言語、魔法、数学、地理歴史、自然科学で21単位取る必要がある。
 特別単位は計算に入れない。最低限には含まれないと思うから。

 21割る5は4.2。つまりどの科目もⅣまであると思うのが普通。
 優先しろとあった魔法や言語は、Ⅴかそれ以上あって当然だ。
 しかも進めるごとに難易度が高くなるだろう。
 なら簡単な今のうち、できる限り進めるのが正しい攻略の筈。  

 という事で、取りあえず午前中は『言語Ⅱ』や『魔法Ⅱ』をやるとしよう。
 12時までは3時間近くあるから、間に『数学Ⅰ』も入れて。
 まずは『言語Ⅱ』だな。私はタブレットを操作する。

 ◇◇◇

 なるほど。
『魔法Ⅱ』で習う治療魔法、上手く使えればとんでもなく便利だ。
 何せほとんどの怪我、病気に対応出来る。
 ただし適切に使うのは難しい。
 大雑把な意識で『病気よ治れ!』なんてやると、身体の意図しない部分まで手を加えてしまう事になりかねない。

 だから『魔法Ⅱ』では分かりやすい病気に絞って、具体的な治療魔法の起動方法を教えている。
 たとえば見えていて出血が少ない怪我、風邪のような典型的な症状、典型的な筋肉痛等だ。
 より判断が難しい頭痛等は、医療魔法使いの免許持ちを頼るようにとなっている。

 ただ知識があって的確な診断が出来れば、どんな病気や怪我だろうと、21世紀初頭の日本以上の治療が可能だ。
 確かにこんな魔法があれば、平均寿命が日本以上というのも当然だろうと感じる。
 そしてそんなトンデモ魔法の基本が、まだまだ初歩だろう『魔法Ⅱ』で出てくるというのが、何とも……
 まあ、それだけ需要があるという事でもあるのだろうけれど。

 一通り終わったら、12時を少し回っていた。
 収納から食事入りの木箱を取出し、昼食を出す。
 本日の昼食はサンドイッチと紅茶とフライドポテト。
 サンドイッチの中身はハムチーズ、卵サラダ、マッシュポテト。
 
 フライドポテトがあるのにマッシュポテトのサンドイッチがあるというセンスは、正直なんだかなと思う。
 和食で大豆が原材料の味噌汁と冷や奴が同時に出るような感覚だろうか。

 昼食を食べながらタブレットをポチポチ操作して、掲示板を確認する。
 あったあった、危なそうな書き込みが。

 ○ 特別実習の情報交換をしませんか。良ければ20日朝8時、食堂の掲示板前で待っています(記:キャサリン)
 ○ 一緒に外出しよう会。20日朝9時、共用棟屋上で(記:ハリソン)

 どちらも一応、オーフ標準語で書かれている。
 そして2件とも、ニナでもアキトでもカタリナでもエトでもない名前の人の書き込みだ。

 更に言うと、どちらも明日の特別科目『ペルリア自然実習』の集合後の時間。
 つまり外出出来る特別実習に参加出来ない生徒という可能性が高い。
 つまり『何の情報も持っておらず、情報を得ようとしているだけ』という気がする。

 これって騙される人が出たりしないだろうか。他人事ながら心配になる。
 でも私のタブレットから掲示板に書き込んでも、更新されるのは明日の昼12時。

 食堂に行って、直接書き込めばすぐに反映されるだろう。
 かといってゾンビの巣と化している食堂に、必要以上に近寄りたくはない。
 知識魔法で確認は出来るだろうか。

『書いてある情報の真偽、及び書いた人の名前が正しいかは判断出来ますが、それ以上については知識魔法の範囲外です。掲示板の性質上、どちらも本名ですが、それ以上はわかりません』

 駄目か。なら騙されないよう祈るしかないのか。
 そう思った時だ。書き込みが一気に増えた。

『是非相談したいのですが、その前に質問します。知識魔法で検索出来る『独自魔法作成Ⅰ』以外の特別科目を既に受講しているでしょうか(記:アキト)』

『一緒に外出しよう会とは、既に外出許可証を持っている皆さんの会でしょうか。ハリソンさんは外出許可証を持っているのでしょうか(記:アキト)』

 うわっ。なかなか厳しい書き込みだ。
 アキトというのは、きっとあのアキトだろう。
 そう思ったら、更に書き込みが増えた。

『20日は外出を伴う特別科目があるようですが、此処で外出や特別科目について書いている皆さんは、参加しないのでしょうか(記:アキト)』

 そこまでやるか。思わずそう思ってしまう。
 でもアキト、大丈夫だろうか。

 このタイミングでの書き込みは、タブレット経由では出来ない。
 なら直接書き込んでいるという事だ。
 それってゾンビみたいな連中に絡まれないだろうか。

『掲示板に遠隔で書き込む独自魔法を開発して使用しています。食堂では一部で騒ぎになっていますが、本人は食堂には姿を見せていません』

 やはりあのアキトだろう。
 そういった独自魔法を作れる位に学習を進めているという事は。
 こういった事態を予測してかしないでかは、わからないけれど。

 魔法を使って遠隔で掲示板に書き込むなんて、私には思いつかなかった。
 何というか、かなわないなと感じる。
 ニナに船便について教えて貰った時以上に。

 でもこの方法を使えば、『ペルリア共和国・生活実習』以来連絡できなかったアキトやカタリナとも連絡が取れる。
 そして今なら、少なくともアキトは掲示板を見ている可能性が高い。

 なら急いで独自魔法を構築しよう。
 食べかけのサンドイッチをそのままにして、私はノートを取り出し、掲示板に書き込む独自魔法を考え始める。
 
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