月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第12章 楽しい情報交換?

67 怪しい動機?

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 思った以上に話が弾んでしまった。
 男女差より、住んでいた国が同じほうが思考を理解しやすいのかもしれない。
 ヒナリとはそこまで話し込んだことはないけれど、それはそういう機会がなかったからだろう、多分。

 話が弾んだだけではない。
 演劇についてあれこれ聞いた結果、5月14日第6曜日の20時、アキトと演劇を見る約束をしてしまった。
 別にデートを企図したなんていうのは、私にもアキトにもないと思う。
 アキトの説明に、私も楽しそうだと思ったというだけだ。

 ただ、アキトも毎週演劇を見ているわけではないらしい。

「演劇の安い席は一般的に200Cカルクフです。毎週行くのは難しいので、普段の息抜きは散歩が主体です。南島フツア インフトの市場や商業施設カルテノが中心です」

 あとは、施設卒業後にどのコースを選ぶかについても話をした。

「これからも情報は出てくるし、今のうちに決める必要はないと思います。ですが、今のところはヒラリア共和国の特A基準を狙っています」

 そのコースは覚えている。
『施設卒業後の進路について』に出ていた中で、一番選抜基準が高いコースだ。

「考えが変わって他のコースにしたいときでも、対応しやすいから?」

「それもあります。また、待遇がいいというのも理由です。首都指定で、寮も風呂・トイレ付きの個室です。奨学金も選べるコースの中では最高額で、学費・家賃・食費以外に12,000Cカルクフ相当出るとあります」

 確かに待遇は最高クラスだ。
 しかし「待遇がいいというのも理由」と言ったのだから、他に本当の理由があるはずだ。
 アキトの言葉は、まだ続いている。

「ですが、そういった条件を除いても、ヒラリア共和国は良さそうだと感じます。
 国そのものは共和制で、ペルリアとほぼ同じ政治体制のようです。
 物価はペルリアとほぼ同等。もちろん個別に高い・安いはありますが、普通に暮らす分には生活費はほぼ同じくらいです。
 気候は、夏はペルリアよりやや涼しく、それでいて冬の気温はそう変わらない。雨もペルリアよりやや少ない程度で、気候も良さそうに感じます。
 さらに、大きい恐竜がいません。もっとも危険な恐竜はデルパクスという、スラフヘトル程度の大きさで体表が鱗の恐竜ですけれど、この程度なら、それなりの魔法を使えばこちらが一人でも倒すことができます」

 ペルリアだと人間サイズ以上の肉食恐竜が普通にいる。
 家サイズ以上の草食恐竜も、減少しているけれどまだまだいる状況。
 もちろん街や主要な道路近辺は魔法で監視されているし、随時討伐されているそうだけれど。

「つまりは、ペルリアの上位互換的存在という感じでいいの?」

「ええ。北半球と南半球の違いはありますが、よく似ています。強いて言えばヒラリアのほうが大陸や赤道から遠い結果、違いが出ている。普通に見ると、その程度です」

『普通に見ると』というのも、思わせぶりなフレーズだ。

「何か注目点があるの?」

「知識魔法で、次のフレーズを画像検索してみてください。『ヒラリアのヘラス公設市場、名物弁当』」

 知識魔法が半ば無意識で起動する。
 幾つか出た画像のひとつに視点が吸い寄せられた。
 どこかで見たような経木の折詰に、どう見ても蒲焼きとタレがかかったご飯、沢庵が乗っている。

 この世界に来てから、日本食っぽいものは初めて見た。
 というか、どう見ても蒲焼き重だ、これは。
 強いて言えば、ウナギよりやや幅が狭く、長さも短め。
 でも串焼きでカット済みのものなら、このくらいの大きさだろう。

 そしてご飯も、日本のご飯っぽく見える。
 茶色いのはウナギのタレがかかっているからで、その証拠に端の一部は白い。
 そして着色料を使っていない沢庵っぽいのは……

『ご飯に見えるのは、アローカの種子を水に浸け、高熱調理したものです。茶色いのはサイパをヒオーウや砂糖をベースにした調味液を使って焼いたもので、カハラキという商品名です。また、沢庵と思ったものは、ヘイゴの若芽の芯を塩味の調味料に漬けたものです。タクハンという商品名で販売されています』

 間違いない。
 これは元日本人の仕業だ。
 ヒオーウというのは醤油で、カハラキは蒲焼き、タクハンは沢庵。
 オーフ標準語の音にした結果、微妙な表記になっているだけ。

 強いて言えば、魚がウナギよりナマズというか、大きなハゼという感じなのが違う。
 しかし日本にも、ナマズの蒲焼きなんて料理があった。
 吉川の辺りに食べに行った記憶がある。

「この、どう見てもウナギの蒲焼き重のこと?」

 間違いないだろうと思いつつ、アキトに確認。

「そうです。どうやらヒラリアには、ご飯代わりのものがあるし、醤油や味噌といった調味料も存在しています。この蒲焼き重を作っている商会をはじめとして、何社かが製造していて、今では一般的な商品となっているようです。
 日本食への未練はなかったつもりです。ですが、調べて知ってしまった結果、どうしても食べたいと思ってしまいました」

 スイーツが足りないと自製してしまった私としては、非常によくわかる。

 ウナギの蒲焼きなんて、私の一生でも数回程度しか食べていないはずだ。
 だいたい私は、ご飯よりパン派。
 それでもこうやって見てしまうと……

 いや私、冷静になれ。
 うな重で人生がかかった選択をしてはいけない。
 しかしこの攻撃は、なかなか強烈だ。

「他に西京漬けセット等も売っているようです。恐竜肉のほかに、魚の切り身を漬けたものもあります。『ハイケウツケ』で検索すれば出てきます」

 ここでこんなことを言うとは、アキトの鬼! 悪魔!
 そう思いつつも半ば自動的に検索してしまい、脳裏に画像情報が……
 確かにどう見ても、白身魚の西京漬けだ。
 過去に限定販売された『西京漬け弁当』も出てきた。

 さらにはそこから連想で知識魔法が引っ張り出した、やはり限定販売の『鳥めし風弁当』とか……
 特にこの『鳥めし風弁当』、間違いなく確信犯だ。

「この『鳥めし風弁当』。どう見ても登利平の『上州御用鳥めし竹弁当』のオマージュだよね」

「確かに包み紙の絵柄が浮世絵風です。ですが、元になる弁当があったのでしょうか」

「群馬の名物で、埼玉北部にもいくつかお店がある有名店。うちの父が好きで、たまに買いに行っていたんだ」

 まあ、現状で目指す分には問題はないだろう。
 学習目標としても最上位だから、文句はない。
 ただ今後も蒲焼きだの鳥めしだのが頭にちらつく事態は、できれば避けたい。
 なら……

「私は行ったことがないんだけれど、旧市街には東アジア系の調味料を置いているお店があるみたい。だからそこで何かないか、後で見てみようか」

「実は既に確認済みです。醤油っぽい調味料と味噌っぽい調味料はありました。米に似たアルカイカもあります。ですが、値段が高めなので、気分的に買いにくいです」

 既に確認済みだったか。
 残念。
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