ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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拾遺録4 帰りたい場所

12 アコルタ子爵の来訪(教会騎士エルディッヒ視点)

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 ナイケの審判に、アシャプール侯爵の代行で出るように。
 主教猊下から指示が出た翌日。
 道場で軽く素振りをしている時だった。

「エルデイッヒ殿。アコルタ子爵から面会要請が来ております。どうされますか」

 どういう意味で、何をしにやってきたのだろう。
 いや、彼が来る事そのものは珍しくない。
 祭礼や国の行司でラツィオに来た際は、大体此処に寄って宴会なんてしたりする。

 ただし今は状況的に厳しい。
 教育局での意見相違の結果、カイルの師匠であるリディナさんと僕とがナイケの審判で戦うと決まったばかりなのだ。
 
 それでも彼を通さないという選択はない。
 A級冒険者である彼は、この国の武を代表する一人で、現役の子爵。
 正義と武を重んじるナイケ教会としては、通さない訳にはいかない。

 それに僕個人としても会いたいところだった。
 昨日受けた指示について、相談出来そうな相手は彼しかいなかったから。

「第三面会室に案内してください。すぐ僕も行きます」

 ここ教会本部道場に一番近い面会室を指定して、そして僕は歩き出す。

 ◇◇◇

 ささっと汗を拭いて、着替えて第三面会室へ。
 部屋にいるのは気配でわかるので、一応ノックする。

「悪い、先に失礼している。どうぞ」

 いつものカイルの声だ。
 彼はアコルタ子爵と爵位で呼ばれるのを好んでいない。
 私的な会話の時はカイルと呼んでくれ、とも言われた。

 だから僕は、彼をカイルと呼ぶ。
 儀式だの公的行事だの、お偉いさんがいるだのといった時以外は。 

「遅くなってすまない」

「いや、突然来たんだ。これくらいで面会できれば上出来さ。訓練中だったようで、悪いな」

 カイルの様子は、いつもと変わらないように見える。

「いや、大丈夫だ。それで、今日はどういう用件だ? A級冒険者としてか、子爵としてか、それとも……」

 カイルと僕とは、お互い武の方面での代表格ということがあり、あちこちの行事で一緒になる。
 騎士団における模範試合とか、国の行事とか、祭礼とかで。
 概ね1月に1~2回程度は顔を合わせる事になるのだ。

 そのおかげで、今ではこうして話す仲となった。
 カイルは年齢こそ僕より3歳程下だけれど、僕より多方面での経験があるせいか、色々な事をよく知っている。

 そして僕には、他に愚痴を話したり相談したりできる相手はいない。
 ナイケ教団関係者は、基本的に教団側の立場でしかものを言わない。
 僕も教団の意に反した事は言いにくい。

 そして教団関係者以外は、僕の真の実力を知らない。
 模擬試合だの演武だのでよく一緒になる、カイルを除いては。

「今日は友人としてだ。今度のナイケの審判について、ちょっとばかり話があってさ」

 話か。

「今度の相手はカイルの師匠だと聞いた。そして話を聞く限り、向こうに理がある事もわかっている。それでも僕の立場としては、全力でかかるしかない」

 僕が知っているのは、教団の言い分だけではない。
 主教猊下から指示が出た後、新聞で状況を確認した。
 だから正直、気がのらないというのが本音だ。

 それでも戦いに手を抜くことは許されない。
 教会騎士として、全力で勝ちをつかむ事しか許されていない。

 僕は北部の小さな子爵家の四男だ。
 実家の領地も大貴族の領地の隙間にあって、吹けば飛ぶような状態。
 中央だの大貴族だのには逆らえない。

 つまりは実家を人質に取られているようなものなのだ。
 だから……

 カイルは頷いた。

「それでいい。全力で戦え。相手が若い女性という感覚は捨てて、最初から全力で。あと使えるものは何でも使った方がいい。もし持ち出せるならナイケ教会の第一級聖剣クラウ・クムフトか、神槍ゲイ・ソラスを借り出せ」

 意外なアドバイスだなと思う。

「いいのか。カイルの師匠だろう、仮にも。それに向こうに理がある事はカイルならわかっている筈だ」

 カイルは頷いた。

「心配はいらない。俺は先生がどれくらい強いか知っている。何度も模擬試合をやったが、未だに勝てそうな筋がみつからない。つい最近やってみたんだが、やはり敵わなかった」

 なるほど。

「カイルに勝ち目がないのなら、僕に勝ち目がある訳はないか。でも聖剣や神槍を使っていいのか。あれの危険性は、カイルなら知っているだろう」

 カイルは僕より強い。
 その彼が勝ち目が無いというのなら、僕に勝ち目があろう筈がない。

 僕は攻撃魔法無効のスキルを持った教団騎士だ。
 ナイケ教団で正式な剣術として採用しているパラス流の、ほぼ全ての技を使う事が出来る。

 しかし実際に戦うと、カイルの方が強い。
 理由はわかっている。
 パラス流剣術は、『人同士が一対一で、身体強化以外の魔法を使わず、騎士道精神に則って、正面から戦った場合』しか考慮していないからだ。

 昔はもっと実戦的で、無骨な剣術だったらしい。
 しかしナイケ教会の教えと結びついた結果、聖職者が教えに即さないと見做した内容が削除された。
 更に動作にナイケ教会的な洗練、なんてのが取り入れられた。
 結果、巷で『道場剣術』なんて陰口をたたかれている始末だ。

 そう、僕自身はそれほど強くないのだ。
 しかし聖剣や神槍を使うとなると話は別となる。

 聖剣や神槍は、神力によって特殊な力を持っている。
 使用者の動きを助ける力があり、同種同形の武器よりはるかに意のままに振り回せる。
 更には通常の同種武器より切断力や刺突力、耐久性等がはるかに高い。
 故に通常の武器で対抗するのは難しい。

「心配いらない。準備できる限り最善の手を尽くして全力で戦ってくれ。そうしないと見えないものがある。それにリディナ先生に対してなら、第一級聖剣や神槍を使っても問題ない。必要なら、聖剣と同じ位の武器だって持ってくるだろうし使えるだろうから。先生なら」

 ちょっと待って欲しい。

「聖剣と同じくらいの武器を持っているって、本当か」

「ああ。だから心配はいらない。何なら証拠を出そう。祭礼だの行事では出さない、俺本来の武器だ」

 カイルが腰につけたポーチから槍を取り出す。
 下手な片手剣より遥かに長く太く鋭い穂がついた、力強くごつい代物だ。

 だが驚くべきなのは、ごつさや力強さではない。
 その槍が持つ力だ。

 聖剣や神槍は、それなり以上の人間なら見るだけでその力を感じられる。
 そして同種の力を、今カイルが出した槍に感じるのだ。
 普段は神殿奥にて祀り上げられている、第一級聖剣クラウ・クムフトか、神槍ゲイ・ソラスと同等以上の力を。

「持ってみていいか」

「ああ」

 カイルは僕に槍を手渡す。
 持ってみると更に力の強さが感じられた。
 先程感じた力は間違いではなかったようだ。

「この槍は先生たちの勉強会を卒業した時に、記念で貰ったものだ。そしてこの槍のオリジナルは、リディナ先生が持っている」
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