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第20章 それでも続く夏合宿
第160話 少し秘密の会話
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少しの間真剣に考えて、そして俺は口を開く。
「羨ましいな、そう思いました」
アキナ先輩が意外そうな顔をした。
「どうしてでしょうか」
「人を好きになるという事はきっと大変な事だと思うんです。勿論一方的にただ思うだけなら別ですけれど。相手を認めて相手に認めて貰って、色々付き合って好きだけじゃ済まない部分も色々見て。その上でお互い好きだと言えるなんてのは凄いし羨ましいと思います」
答えとしては変かもしれない。でもこれは間違いなく俺の本音だ。
人が好きになるという事が今ひとつわかっていない俺自身の。性的な意味でやりたいとかいう以上の好きという感情がまだよくわからない俺の。
「意外な答えですね」
「そうですか」
「遠慮しなくていいですわ。あの本は私達の事を描いたものだと言う事はわかっているでしょう。その上で率直な意見が聞きたいのです」
「率直な意見ですよ」
でもそれだけだとアキナ先輩に通じないだろう。だから少し考えつつ言葉を付け足す。
「俺の記憶の中にあった世界では既にLGBTは、いやLGBTというのは同性愛者や両性愛者、性的越境者なんかの総称なんですけれど既に当たり前の一部として市民権を得ていました。勿論偏見を持っている人も少しはいましたけれど、それも大部分はLGBTである事に更に優遇を与えろという運動のあり方を嫌っている人で、LGBTの存在そのものを嫌っている人はそれほどいかったと思います」
「でもそれもあくまで社会の一般論でかつ表向きの意見じゃないでしょうか」
大分疑い深いな、アキナ先輩。つまりはそれだけ悩んだという事なんだろう。
「人によってはそうかもしれません。でもそれが一般的な見解かどうかは俺にはわかりません。俺の意見も一般を代表するなんて思ってもいないですし。
でも人を好きになるなんてのは悪い事じゃないと思います。それに好きになるのなんて結局は理屈じゃないと思いますし、たまたま好きになったのが異性じゃなかったいうだけじゃないですか」
「本当にそう思っていますか」
「勿論。大体人を好きになる理由が異性に対する性衝動だけなんてのは悲しすぎますから。形は色々あって当たり前だと思いますよ」
「そうですか」
10歩ほどの無言の後、アキナ先輩が再び口を開く。
「ユキは小さい頃の私の憧れでした。普段は私よりおとなしいのに実は強くて何でも出来て、治療魔法も大人並みに使えて。何より私が思っている事がわかってくれて。だからユキと一緒にいる時間が凄く好きだったんです。
私もユキも貴族の娘です。大貴族として模範的な存在であるようにという枷がかけられています。その中でこっそり2人で色々な話をしました。貴族という存在が無くなったスオー国の話とか東にあって市民による直接民主制で治められていたアタナイ国の話とか。いつか2人でこの国を出てお互いの魔法で自由に生きていきたい。そんな夢も話したりしたんです。
でもユキは遠くへ行ってしまった。だから私は忘れようとしました。ユキが大好きで仕方無くて一生ユキと一緒に生きていきたい。そう思ったのは確かですけれど、きっとかなわない夢でしょう。私もユキも跡継ぎではないにせよ辺境伯家の娘です。軍務の義務もあります。恋愛より政治的な意味の大きい結婚なんてものも他人事ではありません。
だからユキの事を忘れようとしました。他の人に恋をしようと思ったりもしました。ミタキ君は申し訳無いですけれど実際いい線だったと思います。ここに居るのに別世界の風を感じさせてくれますから。貴族ではありませんけれど蒸気ボートや魔法杖の考案で十分な実績を持っていますし。ひょっとしたら上手くいくかな、そう思った時すらあった位です。
しかし駄目でした。
ユキがこの学校に来ることは秋の終わりくらいに手紙で知りました。そうしたらもう感情がいてもたってもいられなくなって。ああやっぱり私はユキが大好きなんだって気づいて。それでも会ったら逆に醒めてしまうかなとも思ったりもしたんです。でも会ってみるとずっと思っていたままのユキで……」
「別に隠そうとかおかしいとか思う必要はないんじゃないですか。自然体で」
「自然体に出来なくなるのが好きという感情なのだろうと思います。きっと」
なるほど。経験者にしか言えないリアルさを感じる言葉だ。
「でもアキナ先輩が今までと変わったとは感じませんでしたけれど」
「そうでしょうか」
「少なくとも俺はあの本を読むまで気づきませんでしたけれど」
「そう言われればそうですね」
アキナ先輩はふっと息をつく。
「どうも色々余分な事を考えてしまいがちのようです。でも色々聞いて頂けてちょっとすっきりしました。どうもありがとうございました」
「何かアキナ先輩にそうあらたまって言われると変な感じですね」
「私にもそういう時があるのですわ、たまには」
なるほど。
「ところでミタキ君は誰かが好きだとかそういうのは無いのでしょうか。フールイさんやシモンさんが時々アタックしているようですけれど」
何と俺の方へ話を振ってきた。おいちょっと待ってほしい。
「アタックという程の事は無いですよ。それに俺自身まだその辺はよくわからないですし」
「それが今のミタキ君の公式見解でしょうか」
「公式というか実際にそうですけれどね」
「それはちょっと残念ですけれど、まあいいですわ」
うん、この感じはいつものアキナ先輩だ。
「ところでソーセージというのはどんな感じに作るのでしょうか。腸に肉を詰めるとは聞いていますけれど」
「実際その通りですね。肉とちょっとの塩と適当なハーブを入れて混ぜて、腸に詰めるだけです。あとは燻製にしてもいいですし、そのまま焼いたり茹でてもいいですね……」
「羨ましいな、そう思いました」
アキナ先輩が意外そうな顔をした。
「どうしてでしょうか」
「人を好きになるという事はきっと大変な事だと思うんです。勿論一方的にただ思うだけなら別ですけれど。相手を認めて相手に認めて貰って、色々付き合って好きだけじゃ済まない部分も色々見て。その上でお互い好きだと言えるなんてのは凄いし羨ましいと思います」
答えとしては変かもしれない。でもこれは間違いなく俺の本音だ。
人が好きになるという事が今ひとつわかっていない俺自身の。性的な意味でやりたいとかいう以上の好きという感情がまだよくわからない俺の。
「意外な答えですね」
「そうですか」
「遠慮しなくていいですわ。あの本は私達の事を描いたものだと言う事はわかっているでしょう。その上で率直な意見が聞きたいのです」
「率直な意見ですよ」
でもそれだけだとアキナ先輩に通じないだろう。だから少し考えつつ言葉を付け足す。
「俺の記憶の中にあった世界では既にLGBTは、いやLGBTというのは同性愛者や両性愛者、性的越境者なんかの総称なんですけれど既に当たり前の一部として市民権を得ていました。勿論偏見を持っている人も少しはいましたけれど、それも大部分はLGBTである事に更に優遇を与えろという運動のあり方を嫌っている人で、LGBTの存在そのものを嫌っている人はそれほどいかったと思います」
「でもそれもあくまで社会の一般論でかつ表向きの意見じゃないでしょうか」
大分疑い深いな、アキナ先輩。つまりはそれだけ悩んだという事なんだろう。
「人によってはそうかもしれません。でもそれが一般的な見解かどうかは俺にはわかりません。俺の意見も一般を代表するなんて思ってもいないですし。
でも人を好きになるなんてのは悪い事じゃないと思います。それに好きになるのなんて結局は理屈じゃないと思いますし、たまたま好きになったのが異性じゃなかったいうだけじゃないですか」
「本当にそう思っていますか」
「勿論。大体人を好きになる理由が異性に対する性衝動だけなんてのは悲しすぎますから。形は色々あって当たり前だと思いますよ」
「そうですか」
10歩ほどの無言の後、アキナ先輩が再び口を開く。
「ユキは小さい頃の私の憧れでした。普段は私よりおとなしいのに実は強くて何でも出来て、治療魔法も大人並みに使えて。何より私が思っている事がわかってくれて。だからユキと一緒にいる時間が凄く好きだったんです。
私もユキも貴族の娘です。大貴族として模範的な存在であるようにという枷がかけられています。その中でこっそり2人で色々な話をしました。貴族という存在が無くなったスオー国の話とか東にあって市民による直接民主制で治められていたアタナイ国の話とか。いつか2人でこの国を出てお互いの魔法で自由に生きていきたい。そんな夢も話したりしたんです。
でもユキは遠くへ行ってしまった。だから私は忘れようとしました。ユキが大好きで仕方無くて一生ユキと一緒に生きていきたい。そう思ったのは確かですけれど、きっとかなわない夢でしょう。私もユキも跡継ぎではないにせよ辺境伯家の娘です。軍務の義務もあります。恋愛より政治的な意味の大きい結婚なんてものも他人事ではありません。
だからユキの事を忘れようとしました。他の人に恋をしようと思ったりもしました。ミタキ君は申し訳無いですけれど実際いい線だったと思います。ここに居るのに別世界の風を感じさせてくれますから。貴族ではありませんけれど蒸気ボートや魔法杖の考案で十分な実績を持っていますし。ひょっとしたら上手くいくかな、そう思った時すらあった位です。
しかし駄目でした。
ユキがこの学校に来ることは秋の終わりくらいに手紙で知りました。そうしたらもう感情がいてもたってもいられなくなって。ああやっぱり私はユキが大好きなんだって気づいて。それでも会ったら逆に醒めてしまうかなとも思ったりもしたんです。でも会ってみるとずっと思っていたままのユキで……」
「別に隠そうとかおかしいとか思う必要はないんじゃないですか。自然体で」
「自然体に出来なくなるのが好きという感情なのだろうと思います。きっと」
なるほど。経験者にしか言えないリアルさを感じる言葉だ。
「でもアキナ先輩が今までと変わったとは感じませんでしたけれど」
「そうでしょうか」
「少なくとも俺はあの本を読むまで気づきませんでしたけれど」
「そう言われればそうですね」
アキナ先輩はふっと息をつく。
「どうも色々余分な事を考えてしまいがちのようです。でも色々聞いて頂けてちょっとすっきりしました。どうもありがとうございました」
「何かアキナ先輩にそうあらたまって言われると変な感じですね」
「私にもそういう時があるのですわ、たまには」
なるほど。
「ところでミタキ君は誰かが好きだとかそういうのは無いのでしょうか。フールイさんやシモンさんが時々アタックしているようですけれど」
何と俺の方へ話を振ってきた。おいちょっと待ってほしい。
「アタックという程の事は無いですよ。それに俺自身まだその辺はよくわからないですし」
「それが今のミタキ君の公式見解でしょうか」
「公式というか実際にそうですけれどね」
「それはちょっと残念ですけれど、まあいいですわ」
うん、この感じはいつものアキナ先輩だ。
「ところでソーセージというのはどんな感じに作るのでしょうか。腸に肉を詰めるとは聞いていますけれど」
「実際その通りですね。肉とちょっとの塩と適当なハーブを入れて混ぜて、腸に詰めるだけです。あとは燻製にしてもいいですし、そのまま焼いたり茹でてもいいですね……」
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