病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀

文字の大きさ
178 / 266
第21章 やはり迷惑なあの御方

第169話 僕は時々わからない

しおりを挟む
 殿下は小さく頷いた。

「ユキさんの言っている事は正しいよ。僭越でも不敬でも何でも無い。事実だ。
 そこで少しばかり長い話をしようと思う。アストラム王国ヒロデン王家一族に伝わるある能力というか記憶の話だ」

 何だろう。明らかに殿下、いつもと様子が違う。それに今のユキ先輩の言葉がどう繋がるかもわからない。
 それでも何か必然性があるような雰囲気がする。だから俺達は何も返さず、そのまま殿下の話を聞く。

「王家の人間の一部はある知識と記憶を引き継いで生まれる。
 知識とは数多くの世界の歴史。その中には繁栄して人間皆が飢える事無く平和に暮らしている世界もある。勿論そこに辿り着く前に滅びた世界もある。滅びた世界の方が圧倒的に多いけれどね。
 あとは記憶だ。同じ知識を持った歴代王族の記憶だね」

 何だって。それは俺の持つような前世の記憶ともかなり違うあり方だ。
 
「勿論そんなのがあるのは王族の全員じゃなくてごく一部さ。最近では先々代の王の妹、イ・ノクチ殿下がその持ち主だった。彼女はちょうど開発された日常魔法を口実に義務教育制度を作り上げたり、開拓と新農法普及の為に国による低利融資制度を広めたりした人なんだけれどね。
 そして今、その記憶を持っているのが僕、ホン・ド・ヒロデンという訳だ」

 やはり俺とは違うタイプの記憶らしい。明らかに転生とは違う別の在り方だ。

「この国はちょうどいい具合に出来ている。大きすぎず小さすぎず天候に恵まれ他国とほどよく隔離されている。僕達は恵まれた環境を最大限に利用してこの国を出来るだけ早く導いていけるよう色々な小細工をやってきた。

 例えば今の政治制度。スオー国は市民革命で王権や貴族制度を廃し、一部市民による普通選挙や市民代表による大統領制による政治を打ち立てた。概念としては今のアストラムの政治制度よりも進んだ制度だ。それでもアストラムが中央集権的王権制度を維持したのはより効率が良く早い進歩の為。上手く扱えば民主的な制度よりも独裁の方が進歩が遙かに早い。それに政治にかかるコストも少なくなるしね。見かけの公平さを犠牲にして進歩と富の分配を選んだわけさ。

 政治体制だけじゃない。魔法や科学技術をコントロールしたりもしている。どちらかというと推進している感じかな。国中に網を張って新しい知識が出てこないか、有用な知識が埋もれていないか探したり掘り起こしたりしている訳だ。場合によっては支援したりもする。此処のようにね。
 結果アストラムの国民1人あたりの生活水準は周辺国と比べて圧倒的に高くなった。多分アストラム国単独の運営としては上手くいっていると思う」


 壮大かつとんでもない話だ。しかし思い当たる節は多々ある。習った歴史上での出来事にも、実際に俺の目で見た殿下の動きにも。
 
「でも、それでも僕は時々疑問を感じるんだ。正確には僕達、僕と僕が持っている幾人もの記憶がだけれどさ。この国を中心に進めているのは僕を含む各代のエゴなんじゃないか。進歩を理由に王権にしがみついているだけなんじゃないか。そんな疑問をね。

 国が滅びても進歩した知識や技術が受け継がれればいい。それでも時代は未来へ引き継がれていく。無論途中で滅びを迎える可能性もあるけれどね。それはこの国を維持した場合でもきっと同じだ。僕達が幾らかでもコントロール出来るか全くコントロール出来ないかの違いだけで。
 その辺を考えると何が正解かわからなくなる。何せ記憶を代々引き継いでいるから自己という感覚すら意識しないと薄くなってしまうからさ。気を抜くと僕というより僕達という記憶の総意が強くなってしまう。そうなると更にわからなくなるんだ。だからいつもある程度我が儘で自我を出すように動いているけれど」

 なるほど、だから僕達なのか。なかなか複雑だし大変だなと感じる。
 しかし同時に別の事も思ったりするのだ。自我を出すため我が儘を出すという事は、それなりに周りに迷惑ではないだろうかと。例えばターカノさんとかシャクさんが。
 今の本題とは外れそうだから指摘その他はしないけれど。

「そんな訳で僕は時に色々とわからなくなる。まあその為にもシャクやターカノに側にいてもらっているのだけれどさ。
 それでも自分が何を目的にしているのか、何を目的にしようとしているのか、何が目的であるべきなのかすら時にわからなくなる。実はまさに今がそうさ。結果、ここでアストラム国を勝たせようとするべきかすらわからなくなったんだ。
 そんな訳でさ。あえて未来を見たりそんな記憶が無かったりする君達に判断を委ねてみよう、そう思った訳さ」

「残念ながらその選択は私共ではお受け出来ませんわ」

 今度はアキナ先輩だ。さっきのユキ先輩とはまた違う。こっちは表情だけは優しく見える。

「何故かな」

「答えは殿下自身もわかっていらっしゃると思います。でも今の殿下は他の方から言われたがっているようです。なので僭越ですけれど私から申し上げます。
 ホン・ド・ヒロデン第一王子殿下はこの国アストラムの王族です。ですのでアストラム国の事を第一に考える義務と責任がありますわ。
 ですのでどうぞご命令下さい。王族の一員であり文官の最高責任者として」

 殿下は肩をすくめ苦笑いをする。空気が変わる音がした。
 いや実際に音がした訳じゃない。でも確かに俺はそう感じたのだ。

「あーあ、君達にまでそう言われちゃったか。なら仕方ない、真面目にお仕事をするとしますか」

「だから言ったじゃないですか、殿下」

「うんうん、わかっていても確かめたい時ってあるよね。今がそうだったんだよ」

 何だターカノさんとのこの会話は。シャクさんも苦笑いなんて浮かべている。
 我慢できなくなったので突っ込んでみた。

「ひょっとして俺達を試した訳ですか」

「試した訳じゃない。さっき言った事は事実だし本音だよ。だからこそ国民の国に対する支持をちょっと確認したくなる時もあってね」

 おいおいおいおい。今ので支持率落ちないか?
 ついでだから更に突っ込ませて貰う。

「僭越ながら言いますが、なかなか傍迷惑な御性格でいらっしゃいますね」

「うん、よく言われる」

 どうやら殿下、自覚はあるらしい。これはなかなか始末に負えないなと感じる。

「イ・ノクチ殿下が優等生的過ぎて面白くないって言われていたらしいからね。僕はその逆で生きてみる事にした訳だ」

「皆様の迷惑だからやめて欲しいと常々言っているのですけれどね。自我も個性も充分過ぎるくらい自己主張していますから少しは大人しく優等生的にしてくれって」

 ターカノさんの台詞の背後でシャクさんが大きくため息をついた。ああ、何というか……
 いいのか行政最高責任者の一人のこんな舞台裏見せまくりで。ただでさえ俺の王族のイメージはハイパーデフレーション中なんだぞ。殿下こいつ1人のおかげで。
しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
 農家の四男に転生したルイ。   そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。  農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。  十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。   家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。   ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる! 見切り発車。不定期更新。 カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

処理中です...