異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀

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第3章 俺の仕事は翻訳だけれど

第18話 これも召喚可能な本

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 前世での記憶が目覚めてから不便だと思う事がいくつかある。そのひとつが現在時間の把握だ。

 俺の知っている限り、スティヴァレには3種類の時計がある。砂時計と日時計と水時計だ。
 水時計は教会にあって鐘を鳴らす時間を計るために使われる複雑で大型の装置。無論そんなものを自宅に置いている人などまずいない。大部分の人は1時間ごとに鳴らされる鐘の音で時間を把握している。

 学生時代は俺もそれでよかった。学校にいる限り鐘の音は聞こえるし、日課時限中の自由時間なんてそれほどない。

 しかしこうやって1日中仕事をしていると鐘の音を意識していない時もある。その時に今が何時頃か、知りたい場合は誰か鐘の音を覚えている奴に尋ねるしかないわけだ。時計というものを知っている俺にとっては非常にまどろっこしいし不便に感じる。
 それでつい暇な休日、出来心でやってしまったのだ。

 正銀貨2枚2万円をテーブル上に置いて呪文を唱える。

「日本語書物召喚! 電気や電池を使わない時計の組み立てキットが付属でついている書物。起動!」

 こんな無茶な条件でもちゃんと本は2冊召喚された。そうか、そういえば●人の科●マガジンなんてシリーズがあったな。
 2冊来たうち簡単そうな方を手に取る。これならあまり器用ではない俺でも作れそうだから。

「あれ? アシュ、休日はお休みすると言っていたと思いますけれど、何か急ぎの注文でもありますの?」

「これは俺の個人用だな。読むというよりも作って使う本だ」

「どういう事でしょうか」

「まあ見ていてくれ」

 組み立て開始だ。これくらいの部品の数なら俺でも何とかなるだろう。

 ここスティヴァレには存在しない透明なプラスチック部品に思わず感動したりしながら組み立てること約1時間。時計は無事完成した。

 なおこの時計は簡易なので時針しかない一針式。それでもこの世界では十分だ。何分なんて単位で動く人間はいないから。

 なお文字盤はローマ数字になっていたが、ここは紙でスティヴァレ文字の数字を書いて貼っておいた。これで鐘の音をいちいち覚えていなくても時間がわかる。

「何か不思議な素材で出来ていますけれど、これは何ですの?」

「時計だよ」

 そう言っても大分形が違うからわからないだろう。何せ個人用としては一般的に日時計と砂時計しかない状態なのだから。
 物珍しそうにテディとフィオナが近寄ってきてあちこち観察する。なおミランダは何処かへお出かけ中で留守だ。

「砂も水も使っていないようだけれど、どうやって時間を測るのかな」

「まあ見てな。ところで今は何時だろ」

「まもなく3の鐘が鳴る時間だと思いますわ」

 そういう事ならと針を3にセットしてネジを巻いてセット完了。
 ちょうど鐘の音が鳴り始めた。テディの言う通り3時だな。そう思いつつ壁にかける。

 なお重りは大麦を入れた袋を使っている。多分これで300グラムちょっとくらいだろう。なぜ300グラムかというと、本に『300~350グラムくらいにする』と記載されていたからだ。

「この時計はこの針が時間を示していてさ。4時にはだいたいこの針がここを指す筈なんだ。まだ調整していないからあまり正確じゃないけれど」

「面白い機械だね。これはこのまま置いておくだけでいいのかな?」

「半日に1回、さっき俺がやったようにネジをまいてやればいい。あとはある程度時間が経った後調整してみて、針が進みすぎなら袋の中の大麦を減らし、逆に遅いようなら大麦を少し増やしてやる。そうやってある程度調整してやればわりと正確に時間がわかる筈だ」

「ならこれ、事務所にも一つ欲しいよね」

「そうだな」

 もう1冊別の時計自作セットがあるのだがこっちは少し作るのが大変そうだ。それに同じものの方が調整するにも便利だろう。
 ならもう1個召喚しておくか。俺は正銀貨1枚1万円を財布から取り出してテーブルに置く。
「日本語書物召喚! 大●の科学●ガジン Vol.0● 、棒テンプ式機●時計、付録が損なわれずについたもの。起動!」

 ◇◇◇

 夕食が出来た頃、ミランダが帰ってきた。

「ただいまーっ」

「おかえりなさーい。今日は何だったの?」

「この辺の出版社や図書館の皆様とバーベキューパーティ。おっさんおばさんばかりで疲れるぜまったく」

「お疲れ様。間もなく夕食ですわ」

 本日のメニューは俺とテディ2人で作ったアクアパッツアと、載せるものを3種類作って、切ってニンニクバター付けて焼いたパンに勝手に載せろ形式のブルスケッタである。帰って来たばかりのミランダ以外で食器類を運び、夕食の準備完了。

「いただきまーす」

 全員で食卓を囲んで夕食開始。

「やっぱり外で食べる豪華なバーベキューパーティよりうちの方が飯が美味いな」

「今日はテディが手伝ったからちょいお金かかっているぞ」

 テディは高い酒でも香辛料でも遠慮なく使う。だからどうしてもちょい単価高めの料理が出来上がるのだ。その分確かに美味しくなるけれど。

「それで今日は一段といい匂いがしていた訳か。でも確かに美味しいよな……ところであれは何だ?」

 ミランダ、やっと時計に気づいたらしい。

「アシュが召喚した本で作った時間がわかる機械ですわ。あれがあれば鐘の音を覚えていなくても時間がわかるそうです」

「まだ調整が完全じゃないから多少狂うけれどさ」

「ちょっとあれ、手に取ってみていいか」

「いいけれど、構造ならその本の図面でだいたいわかると思う。訳してないけど」

「どれ」

 ミランダはパンを頬張ったまま置いてある本の方へ。フンフンいいつつページをめくって図面を確認して、そしてにやりと笑う。

「アシュ、これを訳してみる気は無いか?」

「仕事でですか?」

「ああ。ただ持っていく場所は図書館や出版社じゃない、懇意の細工屋だ」

「いいですけれど」

 細工屋まで知り合いがいるのかミランダは。無茶苦茶顔が広いな。まだこっちに越してきて4半4分の1年も経っていないのに。

「ひょっとしてまた、お金の匂いがするって事かな?」

 フィオナの台詞にミランダはうんうんと頷く。

「教会とか役所なんかには水や砂を使ったややこしい機械装置の時計があるけれどさ。あれはとてもじゃないけれど複雑かつ高価すぎる。でもこの程度なら中流家庭でも充分購入できる金額で作れるだろ。何ならこの時計の実物も一つ欲しいところだけれども……」

「それくらいなら取り寄せ出来るな」

「なら頼む。この本の図面はそのまま使いたいから文章の翻訳と、あとこの時計の実物だ。組み立て式なら組み立てる前の状態の方がいい」

「わかった。じゃあ明日にでもやっておくか」

「頼む。今は他の仕事、それほど急ぎはない筈だ。だから出来れば明日中には頼みたい。こういう事は出来るだけ早くやるに限るんだ」
 
 そんな訳で翌朝、正銀貨1枚で再びムック本1冊付録つきを召喚。説明はページ数がそれほど多くないので向こうの世界の歴史等をのぞいた状態でさっさと翻訳終了。ついでに分針のアイディアも付記しておく。
 昼食を食べてすぐ、ミランダは翻訳文を貼り付けた状態のムック本と付録を持って飛び出していった。

 ◇◇◇

 2週間後、お昼前。ミランダがにやにや笑いを浮かべながら帰ってきた。

「どうしたのでしょうか。何かとってもご機嫌なようですけれども」

「なかなかいいものが出来たぞ」

 そう言ってミランダは事務所の壁に何かを取り付け始める。
 何かはすぐにわかった。鉄や銅、木で出来ていて高級感が増しているけれどあの時計だ。俺が作った時計と違い、ちゃんと分針もついている。

「どうだこの時計。これからあちこちの商会で正銀貨5枚5万円で売る予定だ。ちなみにそのうち1万円はこっちのアイディア料。来年の昨日販売分まで俺達にこの金額が入る予定だ。既に契約もすませたし直接販売元となる商会には見本品を撒いておいた。これはちょっとした本よりいい儲けになると思うぞ。何せこの程度で買える時計、今まで無かったからな」

 ミランダ、自信たっぷりだ。しかしそううまく行くのだろうか。

「でもこの時計、確かに便利ですわ。これであとどれくらいで次の時間かわかりますから」

「だろ。もう鐘の音が聞こえなくても今がどれくらいかすぐわかる」

「便利だよね。きっと売れるよこれ」

 みんながそう言うなら期待してもいいのかな。俺はそう思いつつ、ミランダがかけたばかりの柱時計を眺める。

 素材が変わったおかげで随分高級感漂う感じになった。しかも日本とかにあった時計と大分違うデザインだ。分針の方が小さく時針の方が大きい。

 文字盤の内側には6半時間10分単位で小さく数字が描かれている。文字盤の外側が時間で、これも1から12までスティヴァレ数字が描かれている。
 確かにここの生活ならこのデザインの方が便利だろう。正銀貨5枚5万円なんて高価だからそう売れるかはわからないけれど。
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