異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀

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第4章 秘密と秘密と

第23話 ブラック労働の後に

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 殿下があの本を受け取りに来てから2週間。俺達はたまりまくっていた依頼に追われていた。
 以前受けた小説とか医学本第3弾とか以前いたラツィオの高級学校の先生依頼の数学の本とか、まあ色々だ。

「流石に疲れましたわ。そろそろ何処かでゆっくり休みたいです」

「だよね。僕もそろそろ厳しいかな」

 何せ本来は渉外専門のミランダまで校正作業に投入している状態だ。当然翻訳の要である俺はずっと高速翻訳モードで働きっぱなし。殿下の依頼で仕事がたまっていたとはいえ、確かにちょっと厳しいよな。

 なまじ家と仕事場が直結しているだけに朝から夜まで働きづめ。ブラック企業での勤務とはこんな感じだっただろうか。
 もう少し続くとヤバい世界に到達できそうな感じだ。社畜自慢を誇るとかそんな世界に。

「なら今の仕事が一段落したら、バカンス行こうぜ」

 ミランダがそんな魅力的な提案を口にした。

「いいですわね。でもこの依頼の山はちゃんと落ち着くのでしょうか」

「大丈夫だ。殿下の依頼で少々目算が狂ったが、私の計算ではあと3日頑張れば峠は越える。一週間後にはバカンス先でまったりだ」

「いいなあ。でも今からでちょうどいい場所あるかな」

「任せろ。そんな訳でちょっと話をつけてくる」

 ミランダが立ち上がって出口の方へ。

「あっミランダ……」

 外へと消えてしまった。今までやっていた微分積分学の校正と清書作業を机の上に広げたまま。

「逃げたね、これは」

 フィオナの台詞にテディは頷く。

「そうですね。でも逃げても仕事は減りませんわ」

 テディは小説の、フィオナは医学書追補版の清書と校正に追われている。
 俺が高速翻訳モードのため、訳そのものこそ間違ってはいないけれど文章の表現等の完成度がかなり甘い。同じ語尾が延々と続くとか、同じ接続詞が続くとか。その辺も訂正したり表現を変えたりしながら校正しているので結構手間もかかる。

 しかもフィオナの場合は図面の清書までやるし、小説がメインのテディの仕事量はもともと他の2人より多い。つまりテディ達にもミランダの仕事を手伝うような余裕は無い訳だ。勿論俺にもそんな余裕は全く無い訳で……

「取り敢えず目の前の仕事をまず片づけて行こう」

「それしか無いよね」

「同意ですわ」

 俺達3人は黙々と自分の仕事を続けていく。

 ◇◇◇

 そんな日から5日後。ミランダが残った最後の原稿を納品して帰ってきた。

「よし、それじゃ買い出しに行くぞ!」

「夕食用ならもう買ってあるよ?」

 フィオナの台詞にミランダはにやりと笑う。

「甘いな。これから行く買い出しはバカンス用だ。明日から3日間、ビーチ間際の別荘を借り切って来た。そんな訳でアシュを悩殺できそうな水着やビーチウェアの買い出しにGO! だ」

 もう充分以上に悩殺されているけれどな。なんて事は勿論言わない。そういう台詞は夜限定だ、基本的に。

「でも今から買い出しで明日には間に合いませんわ」

 ここスティヴァレの服は基本的にオーダーメイド。布地を選んでデザインを選んでサイズを測って作って貰う。だから普通は服が仕上がるまでは最低1週間はかかるのが常識だ。

「心配ない。選んだらすぐ作ってくれる服屋があるんだ。高速裁縫魔法で注文から仕上げまで僅か1時間。しかも今、ちょうどビーチウェアを含む夏物大セールをやっている」

「行きましょう」

 テディの反応が一気に変わった。

「いいね、僕も行きたいかな」

「行くなら勿論全員一緒だ」

 嫌な予感がするので先手を打たせてもらう。

「俺は短パンがあるからいいよ。残って事務所番をしているから」

「事務所番はいらないな。どうせ世間様も半分くらいはバカンスなんだ。閉めていって問題ないだろ」

「そうですわ。選ぶときにアシュに見ていただかないと」

「だよね」

 おい待て。

「作って貰うと遅くなるから帰りは何処かで食べてこようぜ」

「そうだね。外に出るのは久しぶりだし」

「ずっとお仕事でしたから楽しみですわ」

 まずい。これでは俺も行かなければならないじゃないか。
 服屋なんて苦手だ。前世でも今世でも服屋なんてのは陽キャしか行かない場所だったし。

「そういえばアシュ、いつもその服だよね」

 うっ!

「面倒だからほぼ同じものを3組持っているんだ」

 これは本当だ。3組作れば1着当たりの単価は大分安くなるし面倒がなくていいからな。買い替える手間も、毎日服を選ぶ手間も省けて。
 かのジョブスやゲイツも同じ服を何着も持っていたという。だからこれこそが本当のお洒落なんだぞ。
 そう言いたいが言える状況にない。

「せっかくですからアシュも新しい服をつくったらいいですわ」

「決定だな。じゃあ善は急げだ」

 俺は抵抗できずテディに半ば引っ張られるような形で外へと連れ出される。

 ◇◇◇

 スティヴァレと前世ではシステムが全然違う。それでもやっぱり服屋というのは煩わしいものだ。
 色々聞いてくる店員、買えと口には出さないが漂わせてくるオーラ。果たしてこの服で大丈夫かという不安。更に興味が無いのに延々と長居させられる苦痛。

 3人とも何を着ても充分以上に可愛いし綺麗だと思うのだ。でもそんな返答をしたら一発で機嫌を損ねる。
 だから布地と基本デザインを持ってきては見せてくるのにいちいち感想を言って。挙句の果てに俺自身の分まで色々ダメだしされながら選ばされて。

 やっと一通り決まった時にはもう魂が半分抜けかかりそうな状態だった。これならブラック企業並みでも家で仕事している方がいい。本気で俺はそう思う。

「それじゃ夕食を食べてから服をとりに来よう」

 すぐ作ると言っても選んでから1時間位はかかってしまう。今回は大量注文したしな。
 そんな訳で出来るまでの時間で夕食だ。

「何処かいい店がありますの?」

「ああ。知り合いに聞いたんだけれどさ。ちょっと面白い店があるらしいんだ。今日はそこへ行ってみようと思う」

「でも混んでいるんじゃない?」

「原稿を届けた帰りに予約を入れておいた。そろそろ予約時間だ」

 こういう処のスケジュール管理はミランダ、いつもながら流石だと思う。彼女のおかげでうちの仕事もうまく行っているという面は確かに事実だ。

 歩いてすぐ、何か覚えのあるような無いような匂いがしてきた。そして服屋から僅か1ブロック、覚えのある匂いの元らしい店の前でミランダは立ち止まる。

「ここさ。『好きな物焼き亭ヴァストリベンツ

「妙な名前だね」

 フィオナの台詞にミランダは頷く。

「ここで出す料理の名前だそうだ。じゃあ行くぞ」

 入ってすぐ、俺は気がついた。これは……間違いない!
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