異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀

文字の大きさ
30 / 176
第5章 微妙に休まらないバカンス

第29話 最強へのお誘い

しおりを挟む
「ところで君達の出す本や思想の出所はアシュノール君、君由来のものという事でいいのかな」

 おっと探りが入ったようだ。誤魔化す理由も無いし誤魔化して突っ込まれたら面倒。だから正直に答えておこう。

「俺です。厳密には俺が取り寄せた図書というべきでしょうけれど」

「なるほど。ならちょうど良かった」

 陛下はにやりと笑う。何がちょうどいいのだろう。

「実は出会って早々申し訳ないけれど、頼みがあるんだ。まずはこの本を見てくれ」

 彼は何処からともなく1冊の本を取り出す。
 見ただけで紙質や表装等がスティヴァレのものと違うのがわかった。むしろ俺が取り寄せる日本の本に近い。

「手に取ってみていいですか」

「ああ」

 手に取ってみる。
 残念、日本語ではない。でもスティヴァレの文字ではない向こうの世界のアルファベット。タイトルに使用している単語も見覚えがある気がする。

 念のため中を開けてみる。わかる、わかるぞ。読めないけれど。これは英語だ。
 更に表紙の次の次位に奥付らしいページがあった。Copyright, 2105, by……

 もしこれが俺の知っている英語なら、この本は22世紀に刊行されたという事になってしまう。俺の前世からは80年くらい先だ。こういう事はありうるのだろうか。

「どうだい、読めるかい?」

「おそらく知っている言語です。ただ母国語で無いので自信はありません。ただ時空間の本だというのはわかります」

「なら僕より大分ましだな」

 陛下はそう言って頷く。

「頼みというのはこの本の事だ。ところでアシュノール君は僕が少し変わった魔法を使う事を知っているかい?」

「あくまで噂では」

 陛下はにやりと笑う。

「多分その噂は事実だろう。例えば僕は他の魔法使いの魔法が及ばない空間から一方的に攻撃する事が出来る。更に知っている場所なら自由に移動することが出来る。ちょっと前までラツィオの王宮にいたのに、君に会いにここゼノア近郊まで来ることが出来る位にね」

 いずれも常識的には不可能な事だ。
 他の魔法使いの魔法が及ばない空間から一方的に攻撃する』なんてのはまあわかりやすいチートで常識外。そして瞬間移動は物レベルなら可能だが人間の移動は不可能な筈。少なくともそれがこの世界の魔法の常識だ。

 その辺の事は中等学校とか高級学校で毎年誰かが試している。取り寄せ魔法アポートの変形で魔法陣や魔法式そのものは描けるのだ。しかし実際に起動すると限定条件を自分だけに限定しても、お金を積んでも、短距離でも、魔法威力強化の魔法を重ねかけしても上手く行かない。魔力が足りなくなって途中で中止するか、中止できずに気絶するかどちらかだ。

 しかし陛下はそれが可能だと言った。そして話の流れ、そしてこの本のタイトル『Structure of spacetime』。時空の構造とでも訳すだろうか。
 それが意味するところは何となく想像がつく。

「陛下の魔法はこの本と関係するのですか」

 彼は頷く。

「ほぼ正解だ。僕がチートな魔法を使えるようになったのはこの本のおかげさ」

 だとしたら疑問がある。

「失礼ですがどうやってお読みになったのですか。この本はこの世界の本では無い筈ですが」

「やはりそれがわかるか。『おそらく知っている言語』と言っていたし当然かな」

 陛下はうんうんと頷いて続ける。

「その通り、この世界の言語ではないから読むのに非常に苦労した。ただこの本を入手した当時は幽閉中みたいな状態でね。他にすることも無かったからさ。翻訳魔法に全魔力を注ぎこんでは気絶するなんて事を何回もやって力づくで解読した訳だ。結果何とか内容のニュアンスを掴む程度までは理解できるようになった。
 でもその程度の理解と知識でもとんでもない魔法が身についたんだ。それが僕独自の時空間魔法さ。この魔法で僕は幽閉状態から脱出し、いわゆるクーデターを仕掛けた訳さ」

 なるほど。そうやって得た魔法ならその知識が無い他の魔法使いでは抵抗《レジスト》出来ない。魔法の威力や効果によっては無双する事も可能だろう。
 ならば俺を呼んだ理由はこんな感じだろうか。

「この本をもっと理解できるよう訳してくれ、ですか?」

 だが陛下はかぶりを振った。

「いや、僕はもう今の魔法で充分だ。威力も効果も充分以上だからね。これ以上の魔法は危険すぎて1人の人が持つべきではないだろう。
 だから僕はもうこの本を必要としない。この本と同じ言語の本も数冊拾ったけれど、解読してみると異世界にある国の旅行記だったしね。まあそれはともかくとして、君への依頼だというのは間違っていないかな」

 そう言ってから彼は一度本の方に目を落とし、そしてもう一度俺の方を見る。

「この本を読んで欲しい。そして僕と少なくとも同等、もしくはそれ以上の魔法を身につけて欲しい。依頼というかお願いに近いかな。お金を出すわけでも無いしさ」

「何故、というか何の為ですか」

「うちの妹がこの前妙な本を作らせただろう」

 妹と一瞬考えてすぐ気づく。ロッサーナ殿下の事だ。
 陛下は俺の返事を待たずに続ける。

「あいつの考えている事は想像がつく。やろうとしている事も正しい。ただ危ない事なのは間違いないんだ。ただ正しい事には違いないし僕からやめろとも言えない。何せ僕も同じ方向を目指そうとはしているからね。目的と理由こそ少し違うけれど」

「国政の形を変えるつもりですか」

 俺はあえて正面から聞いてみる。彼は頷いた。

「大々的にね。でもそうなると他の王族だの貴族だのが黙っていないだろう。彼らの既得権益をばっさりと奪おうという訳だから」

 俺は頷く。
 貧乏子爵と言っている俺の実家でも実際に動いている金はその辺の商家以上ではあったりする。だからこそ5男坊でも飼い殺しながら一生衣食住を保証できる訳だ。まあ俺は勘当されてしまったけれど。

 ましてや伯爵以上の大貴族ともなればその権益は巨大なものになるだろう。そしてそれぞれが抱えている軍兵も多い。大貴族がある程度連合すれば国王旗下の国軍を優にしのぐ兵力になる。

「陛下の横に並んで戦え、ですか」

「いや、その逆かな」

 彼はそう言って少し間を置いて、そして続ける。

「いざ僕が妹の敵に回った際、僕を魔法で倒せるだけの実力をつけて欲しい」

 ちょっと待ってくれ。意味がわからない。

「どういう事ですか?」

「僕がロッサーナの敵に回る可能性がある、そういう事だ。無論僕はロッサーナの考えに賛成だ。あいつの考えはきっと歴史的に見ても正しい方向なのだろうと思う。でも正しいだけでは動かないのもまた世界の姿だ。
 だからアシュノール君は僕が妹の敵に回ってしまった際、あいつを助けて僕を倒せるようになって欲しいんだ」

 ちょっと待て。

「そもそも敵に回るという可能性が良く分かりません。でもそれは取り敢えず置いておくとしましょう。でもそんな強力な魔法を使えるようにするなら俺じゃなくて他に適任者がいるんじゃないですか?」

 王妹殿下にも御付きの魔法騎士とか近衛とかいるだろう。しかし陛下は首を横に振る。

「僕はこの力を広めたくない。なにせ最強最悪の切り札だからね。何処にでも行けて何処にでも入れて誰の抵抗も気にしない魔法使いなんて危なくて仕方ないだろう。それこそ戦争の為の絶対負けない切り札だ。だからこの力は広めたくないし、本来なら僕1人で終わりにするつもりだった」

「なら何故俺を選んだんですか」

「君がそういう力とかに興味がなさそうだったからさ。あと異世界の知識にたけているようだから僕よりこういった知識を得るのが得意だろうと思ってね。
 つまり君ならこの知識を身につけられるし余分に広める事も無い。なおかつ妹《ロッサーナ》とのコネクションもある。つまりは最適任者だって事だ。違うかな」

 言いたいことはわかってきた。それでも疑問が一つ残る。

「なら俺ではなくロッサーナ殿下に教えないのは何故ですか?」

「あいつに教えるとより一層危ない真似をしそうだからさ」

 陛下は肩をすくめて俺の方を見る。

「違うかい?」

 確かに。納得いかないけれど理解はした。
 ただ一応念のため言っておこう。

「でも俺がこの力を習得できるかはわかりませんよ。この本の言語も本来俺が訳している言語と違いますし」

「その時はその時だ。でも期待しているよ。あとこの件は妹《ロッサーナ》に知られたくないから、出来る限り秘密にしておいてくれたまえ。君の妻たちにもだ」

 うっ! 妻と言われるとちょっと色々……
 確かにそうなんだけれど、何か申し訳ないというか勿体ないというか……

「あれ、確か3人とも奥さんと聞いて、何気にやるなアシュノール君と思ったんだけれども」

「確かに間違っていないですけれどね。ただこれについて今でも自分的には微妙に納得していないんです。何か3人それぞれに申し訳ないようなもったいないような気がして」

 陛下が苦笑する。

「その辺はまあ、頑張って慣れるしかないと思うな、僕は。ただ正直よくやっているなとは感心する。僕なんて妹1人の手綱を取る事すら手こずっているしさ。
 それじゃ頼むよ。あと時には1人歩きしてくれると助かる。こうやって連絡をとりたいからさ」

 また妙な事を頼まれたらとんでもない。しかし仮にも最強の魔法使いにして国王陛下にそう言う訳にもいかないのだ。
 模範的かどうかは別として俺も一応この国の国民。それに今の陛下の政治姿勢には好意を持っている事も確かだ。
 だから俺の返事は必然的にこうなる。

「善処します」

 陛下は笑いながら手を振る。

「それじゃ僕はこれで失礼するよ」

 そのまますっと姿が消えた。少なくとも移動魔法を自由自在に使えるのは確かなようだ。
 俺はため息をつきつつ残された本を見る。
 仕方ない。この本も3人には秘密で読んでおくしかないな。これで最強の魔法が身につくかどうかはわからないけれど。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...