異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀

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第11章 お仕事な日々

第75話 お仕事は大変だ

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 1週間6日間、朝7時仕事開始夜6時仕事終わりのペースが続いた。

 休憩含めて11時間労働なんて大した事ないなんて日本の常識で言わないでくれ ここはスティヴァレ、朝9時労働開始夕4時お仕事終わり昼休み1時間が普通の世界である。

 無論農業労働者とかは違うだろう。しかし暗くなってからの作業というものが基本的に無い世界なのだ。
 勿論灯火魔法とかは誰でも使えるけれど仕事にそれを使うという習慣は無い。結果都市労働者は1日6時間も働くかどうかという状態。

 しかも俺の仕事が夜6時で終わるのは俺が終わらせたいからじゃない。

「アシュ、そろそろ露天風呂の時間だぞ!」

 そう言って無理やり仕事を終わらせる奴らがいるからだ。
 移動魔法は当然俺しか使えない。故に奴らが露天風呂へ入りにいくときは必然的に俺は仕事が出来ない。ただ露天風呂でくつろいでいるテディの表情を見たりするとまあいいかと思ってしまったりもする。

 そんな訳で毎日露天風呂に入る前まで仕事をするという日課になった訳だ。

 ただ、いい方の誤算もあったりする。朝、昼、夕食だ。サラが勉学集中状態なので、代わりにナディアさんが食事当番に就任した。
 もし出来が今ひとつなら俺が夕食担当をかわろうと実はこっそり思っていた。たとえ夜中に残業状態でお仕事をする事になってもだ。

 しかしナディアさんの食事、かなり美味しかった。サラが作っていたようなプロに近い料理とはかなり趣が異なる。煮込み系統の家庭料理が中心だ。しかしそれがほっこりした美味しさでいい感じ。
 チーズのうまみが強いシチューとか。懐かしい甘さが特徴の山岳地帯風ポトフとか。甘辛系統の肉野菜あんかけとか。

「ナディアさんの料理っておふくろの味って感じだよな」

 ミランダの台詞にうんうんとテディも頷く。

「ふわっと暖かくなるような味ですよね」

「単なる田舎料理ですけれど」

「でもこのふわっとした温かみは私には出せないです」

「あとパンやご飯がすすむよね」

 そんな感じで家内で大好評だ。 

 そしてナディアさんには更にお仕事をお願いする事にもなった。
 それはリゾート終了仕事開始から3日目のお昼ご飯後の食堂。
「さて、皆いるところでスケジュール会議をちょっとやらせてくれ」
 ミランダのそんな台詞から始まった。

「まずは報告だ。国立図書館に掛け合って児童書のスケジュールを1月程遅らせてもらった。だからアシュはこの前の予定通り、快傑ゾロと医学書をやった後に選定してくれればいい」

 これで懸案事項が一つ減った訳だ。

「次に快傑ゾロ出版の件だ。ワカードカ社に企画を通してきた。1月半ばにラフ原稿仮提出、1月終わりに校了済み原稿を提出、デザインとかは向こうに投げて1週間で出来を確認した後、印刷製本に入って2月終わりの週には配本予定になる」

 急に決めて来た割には随分テンポがいいスケジュールだ。
 しかし問題が1つある。スケジュールがフィリカリスⅢとかぶるのだ。

「でしたら今私が仕上げをしているフィリカリスⅢの作業を早めた方がいいですね」

「いや、テディはフィリカリスⅢの作業を今のスケジュールで続行してくれ」

 安心と共に不安少々。ならゾロの仕上げは誰がするのだ?

「元々ゾロの仕上げはテディ以外にやってもらおうと思っていたんだ。読者層も違うしここは別の雰囲気で仕上げて貰いたい。そう思ってさ」

「でも僕は小説関係は駄目だよ。ああいうのは苦手でさ」

 フィオナが真っ先に逃げる。

「フィオナは医学書追補版があるから無しだな。それにフィオナの文体は小説向きじゃないだろ。何を書いても論文か解説書になってしまう」

「そうそう」

 フィオナ自分で認めるな。まあその通りだけれども。

「かと言って私の柄でもない。それに私はフィリカリスⅢと快傑ゾロの出版関連作業なんかもあるからさ。そんな訳で今回『快傑ゾロ』の方の仕上げはナディアさんに御願いしようと思うんだ」

 おっと、そう来たか。俺やサラに振られなくて一安心というところだ。
 しかしそれでいいのだろうか。何というかナディアさん、陛下だの何だのに翻弄されてまくっているし。この上うちの主要事業まで手伝わせるのは申し訳ない気がする。
 既に児童書の『エルマーのぼうけん』を仕上げさせているけれど。

「私で大丈夫でしょうか」

 ナディアさん自身も不安そうだ。

「テディのスケジュールが詰まっていなくてもおそらくナディアさんが最適だと思う。既にエルマーのぼうけんを仕上げて貰っただろ。あれを見てそう思っていた。
 テディの繊細さとはまた違うわかりやすくて力強い雰囲気、きっちり校正漏れの無い仕上げ、テンポの良さ。今回の快傑ゾロみたいな本を仕上げるには間違いなく適していると私は判断した。
 サラだと今は勉強で忙しいし雰囲気が少しテディに似るんだよな。フィオナは自分で言っているように小説向きじゃない。私も人のアラを探すのは得意だが自分で仕上げるのは無理。アシュはそこそこ万能なんだが一次翻訳できるのは他にいないしさ。
 そんな訳でナディアさん、お願いします」

「わかりました。頑張ります」

 横で白竜がキュウキュウ鳴いて一緒に頭を下げる。こうしてナディアさんが本格的に翻訳業務の方もするようになった。

 ◇◇◇

 なおこの会議、更に続きがあった。

「あともう一つ、これはスケジュールではなくて会計上の話なんだけれどさ。事後承諾で大変申し訳ないけれど、昨年からの給与体系を事後ながら変更させてもらうことにした。
 具体的にはナディアさんとサラの給料だ。今までは半ば出来高で計算していたのだけれどさ。事後的ながらこれを変更。経費や内部留保、税金分等を差っ引いた月あたりの給与分を在籍していた人数で割ることにした。つまりサラが加入した9月からは全員の給与分を5人で割った金額が基本的な月給額。ナディアさんが加入した12月からは同じく6人で割った分が基本的な月給額になる。なおサラの給与額はこれで計算しても今までより減る事は無い。これは私とフィオナで試算したから大丈夫だ」

「いいのでしょうか、そんなに頂いて」

「私もです。仕事量もアシュノールさんと比べると少ないですし」

 2人からの異論が出る。しかし俺達3人は何も言わない。何故ならこの件は既に3人とも了解済みの案件だからだ。

「ここからは僕が説明するね。何故こうしたかというと、実は税金の問題なんだ。スティヴァレの税金は昨年に大々的に変更されてね。領地を持つ貴族をのぞけば個人の税金は累進課税制になったんだ。つまり収入が高くなればなるほど税金を多く払わなければならないという制度だよ。
 そしてアシュとかテディの給与を今までの状態や出来高制で計算すると7割も税金で取られることになってしまうんだ。それじゃあまりに悲しい、どうせなら儲けたお金は皆で使いたい。そう思って一番税金額が安い制度に直した訳なんだ。
 あと食費とか家賃はちゃんと天引きするから。元々ここの賃貸料は会社持ちだし、そうやって名目上の支払額を少しでも減らした方が税金が減るからね。まったく収入の二乗に係数をかけてなんて複雑な累進課税制度にした人を恨むよ。まあ陛下の発案らしいけれどね。
 そんな訳で異論は認めないという方針だよ。あと今までの給与額はもう一度計算して追加分を商業ギルド公認の銀行口座にして渡すからさ。処理に1週間ほどかかるけれど楽しみにしていてね」

「でも本当にそれでいいのでしょうか」

「勿論ですわ。皆でお仕事をしているから当然です」

 テディが断言。

「俺も実際に使うのは本代くらいだしさ。国に余分に納めるよりは皆が有効に使ってくれた方がいい」

「当事者も言っているし問題は無いよね」

「だよな」

 サラはこれから学校に通うのだし、この中で一番お金が必要だろう。ナディアさんも陛下の命令で自分の意志と関係なくここに連れてこられた訳だし、それなのに料理だの仕事まで色々やってくれている。
 本当はこの2人にもう少し報いたい。しかし金額で俺を越えてしまうと2人が遠慮するだろうし税金担当の役人にも怪しいと思われるだろう。
 だから今ミランダやフィオナが説明した給与制度が妥協点。それが俺達元のメンバーの総意だ。

 その結果。翌日から1週間6日間ちょっとの間、昨年3月からの計算やりなおしてフィオナが火を噴いたのはまあ仕方ない。
 俺やテディは仕事が詰まっているしサラは勉強中。ミランダは打ち合わせと称して外へ逃走。
 ナディアさんは時間がある時は手伝っていたが買い出し・調理の時間もある。途中からは快傑ゾロの仕事も入って手伝えない状態になったし。

 計算処理及び書類作成、口座作成や給与振り込みが全て終わった後。

「仕事ってこんなに大変だったんだね」

 フィオナがそう言って大きなため息をついた。

「毎日ずっと机に向かっているアシュを尊敬するよ」

「私も毎日机に向かっていますけれど」

 テディの台詞にフィオナは力なく笑みを浮かべる。

「テディの仕事は趣味だよね」

「この苦労が理解されていないのは悲しいですわ。確かに趣味というか楽しいのですけれど」

 おい待てテディ、認めてどうするんだ。テディの隣でサラがこっそり笑っているのが見えた。
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