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第14章 2年目夏のバカンス
第104話 終わる季節の前に
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魔法使用のボディボードはなかなか楽しい。魔力で波を思い切りつかむと長い距離を一気に波に乗れるのだ。沖へ進むのにも魔力併用だとかなり速い。
でも魔法も体力も使うのでその分消耗する。だから俺は一足先に海からあがり別荘へ。
部屋には既にテディが戻っていた。テディはだいたい毎回早めに戻ってきている。
元々インドア派で本を読む方が好きという事もあるらしい。学校での剣術や格闘術の成績は俺より良かった筈だけれど。
テディしかいないのを確認して、俺は以前しようと思っていた質問をしてみることにした。
「テディ、ひとつ聞いてみていいかな」
「何でしょうか」
彼女は本から目を外して俺の方を見る。
「この前エルドヴァ侯爵家が襲われた話を聞いた時だ。あの時テディは犯人に気づいているように感じたんだ。俺の気のせいかもしれないけれどさ」
そこで一度切ってテディの方を見る。テディは軽く頷いた。
「あくまで予想ですわ。確かめる方法がありませんから。確かめる機会が無い方がきっと楽だと思いますけれど」
「それが誰か、何故そうわかったか聞いてみてもいいかな」
「今はまだ早いですし、出来ればわからないままでいられる方がいいと思いますわ。それに本気になればアシュには犯人が誰か、具体的に知る方法もあると思うのです。違うでしょうか」
少し間をあけて、そしてテディは続ける。
「かつて今の陛下がクーデターを起こした際の事です。陛下は当時の国王陛下及び側近の貴族に対して、過去に行った不法な行為をその場で断罪したそうです。まるで現場を見ているかのように具体的だったと祖父は語っていました。
もしアシュが陛下と同等の魔法を使えるのなら、そうやって事実を知ることが出来るのではないでしょうか。
でももしそうやって見ていないのなら、本当は今はまだ見ないほうがいいように感じます」
言われて俺は気づく。確かに俺の魔法で犯人を知ることは可能だ。
未来視の逆の方法だが、過去は未来と違いほぼ確定している。だから見ようと思えばかなり正確に見ることが出来る訳だ。
「今言われてはじめて気づいたけれどさ。確かにその気になれば魔法で過去の事実を見ることも出来そうだ。でも何故テディは見ない方がいいと思うんだ」
「私には未来視の魔法はありません。ですから単なる予感、または単なる思い込みなのでしょう。それでも感じるのです。終わりの季節が近づき始めているのを」
テディはパタンと本を閉じてテーブルの上に置く。
「テーヴェレ侯爵家の事案を起こした理由は、単にそこに罪があったからでしょう。麦の収穫物が市場に出る筈のタイミングでの穀類売り渋りと買い占め。領民への国法に抵触する限度以上の独自税徴収と移動制限。
ですがエルドヴァ侯爵家の方は同じ理由だけではないと感じるのです」
テディはため息をついて、そして続ける。
「国法には抵触しますがテーヴェレ侯爵家やエルドヴァ侯爵家が行っていたとされる罪状は、どこの領主家でもある程度はやってしまっている事です。私の実家であったメディオラ侯爵家も例外ではありません。小作人以下に対しては領内移動制限をかけています。つまり他へ移動する事によって自分たちへの処遇を選ぶ事が出来ない状態です。これらはきっと次の時代を迎えるには枷になるのでしょう。より人の数の力を必要とする新しい時代を迎える為には」
ここで俺はテディが誰を念頭に置いて話しているのかに気づいた。
「陛下か」
テディは頷く。
「あの方はきっと私が感じるより先を見ているのでしょう。そしてその為に全てを変える必要があると決断された。変えるために今を終わりにしようと決断された。殿下もその事におそらくお気づきです。ですが陛下と殿下では見えている過程が違うと思うのです」
俺は思い出す。
「『僕の次の次位の世代でスティヴァレは変化の波に飲み込まれてしまう。スティヴァレという国は無くなるだろう。少なくとも独立国としては』。俺に武闘会に参加させる時にそう言っていたな、陛下は。もちろんこのままでは、という話だけれども。『妹は目指す国の姿はほぼ同じだけれど目的と優先順位が少し違う』ともさ」
「なら私の悪い予感はそこまでは当たっているのですね」
俺はやっとテディが考えている事、感じていた事の輪郭がつかめた気がした。
「偽チャールズ事件の3件目まではきっとロッサーナ殿下企画で実行犯はレジーナさん。そして最後の1件は企画と実行ともに陛下か」
念の為確かめてみる。空間操作魔法で過去はかなり鮮明に見る事が出来る。
答え合わせの結果、少なくとも先の3件の実行犯は予想通りレジーナさん。ただ最後の1件は違った。
「見てしまいましたか、結果を」
テディは俺が今何をしていたか察しているようだ。しかしテディの予想は少し外れている。
「最初の3件は確かにレジーナさんだった。でも最後の1件は陛下でもレジーナさんでもない」
「どういう事で……」
テディはそう言いかけて何かを思いついたようだ。
「殿下でしょうか。レジーナさんの魔法を手に入れた」
「いや、俺の知らない人物だ。殿下やレジーナさんよりやや年齢上くらいの。動きもレジーナさんよりもっと訓練された感じだ。強いて言えばナディアさんっぽいかな。違う人だけれど。
これは誰でどういう目的で動いているんだろうな。陛下の命令か殿下の命令か、それとも全くの第三勢力か」
「陛下の手の者という事は無いと思いますわ」
テディはそう言って、続ける。
「陛下はかつて最初の2件の犯行を『僕の手の者じゃないよ。あの2件の犯行はさ』と仰っていましたね。それが事実だとしたらレジーナさんは陛下の命を受けて動いていた訳ではありません。ロッサーナ殿下か、それ以外の第三勢力かですね。
ところでこの第三の人物、使っている魔法はどんな魔法でしょうか」
俺は過去視を使って確かめてみる。
「レジーナさんと同じ、闇魔法だと思う。俺や殿下の魔法とは違う」
「ならこの方も誰のつながりか想像は出来ますわ。同じ魔法を使っているなら、レジーナさんとつながりのある誰かであるのでしょう」
という事は……
考えると答えはひとつしかない気がする。
「可能性として一番高いのは、やはりロッサーナ殿下か」
「私はそうとしか思えませんわ」
テディは頷く。
「これはあくまで私の予想です。殿下はおそらく陛下にアシュと同じ魔法を教わろうとして断られ、代わりにレジーナさんの魔法を求めたのでしょう。傘下に置いて事案を起こし、また直属部下に訓練させて同等の魔法を手に入れたのだろうと。殿下自身も闇魔法を身につけているかもしれません。あの方はそういう努力は怠らない人ですから。
それでしたら今回の事案は部下が身につけた闇魔法の最終確認と陛下に対するデモンストレーションが目的、そうとれるのです」
確かにそれなら話はつながるし納得できる。それにしてもだ。
「テディはよくそんな事を考えつくな。俺じゃとてもそんな事を思いつかない」
テディはまた、ため息をついてそして口を開いた。
「殿下や陛下が考えたり感じたりしている事が少しだけ私もわかるような気がするのです。このままではいけないという焦りと不安。現状を終わらせたい欲望と終わらせるべきだという歪んだ使命感。
ですが私にはアシュがいてくれました。アシュが私を囲いの外へ連れ出してくれました。だから私は今は自由な立場になれたのです。
ですが殿下や陛下にはアシュにあたる人がいません。あるのは国王一族としての立場と責務、そしてお互いだけです。
ただ殿下は陛下と比べるとやや甘いと感じます。おそらく陛下の方が現状へのより深い懸念とより強い使命感を感じているのでしょう。そしてより深刻に、かつ実情に即した厳しい将来を見ている事でしょう」
奴のかつての台詞が聞こえたような気がする。
『僕には味方が少ないからね。味方というか友人がかな』
「そう言えばテーヴェレ侯爵家事案の時に厳しいと言っていたな、陛下」
「伯爵家程度なら陛下の力で抑え込めます。ですが侯爵家ともなるとそうもいきません。それこそ就任された時のように実力行使が必要となるでしょう。
それでも陛下対旧来の貴族という対立ならまだ現状の制度のままでも何とか収まるかもしれません。ですがその方法では解決不能と判断した場合はどうなるか。私はそう考えると怖いのです。
今回の事案が陛下の手によるものであれば、陛下は終わりの始まりを開始してしまったと判断するところでした。実際私はそう思っていたのです。でも殿下の仕業なら終わりまでまだ少しは時間があるのでしょう。状況は厳しくなっていくと思いますけれど」
現状の制度では解決不能か。
制度を変えるとなると、維新とか革命になるのだろうか。陛下対旧来の貴族でなければ、何対何になるのだろうか。
その際陛下はどういう立場を演じるつもりなのだろう。明治天皇かルイ16世か。
「もし陛下が動き始めるなら、そうなるような兆候も何かあると思います。もしくはその兆候すら陛下自身で作られるのか。
いずれにせよ私達は今はまだ状況を窺うしか出来ないのでしょう」
テディはあえてどうなるとは言わなかった。確かに俺もこれ以上は口に出せない。口を開くと悪い予感が飛び出て現実化しそうな気がするから。
まずは落ち着いて動きを待つことだろう。テディの言うように。
でも魔法も体力も使うのでその分消耗する。だから俺は一足先に海からあがり別荘へ。
部屋には既にテディが戻っていた。テディはだいたい毎回早めに戻ってきている。
元々インドア派で本を読む方が好きという事もあるらしい。学校での剣術や格闘術の成績は俺より良かった筈だけれど。
テディしかいないのを確認して、俺は以前しようと思っていた質問をしてみることにした。
「テディ、ひとつ聞いてみていいかな」
「何でしょうか」
彼女は本から目を外して俺の方を見る。
「この前エルドヴァ侯爵家が襲われた話を聞いた時だ。あの時テディは犯人に気づいているように感じたんだ。俺の気のせいかもしれないけれどさ」
そこで一度切ってテディの方を見る。テディは軽く頷いた。
「あくまで予想ですわ。確かめる方法がありませんから。確かめる機会が無い方がきっと楽だと思いますけれど」
「それが誰か、何故そうわかったか聞いてみてもいいかな」
「今はまだ早いですし、出来ればわからないままでいられる方がいいと思いますわ。それに本気になればアシュには犯人が誰か、具体的に知る方法もあると思うのです。違うでしょうか」
少し間をあけて、そしてテディは続ける。
「かつて今の陛下がクーデターを起こした際の事です。陛下は当時の国王陛下及び側近の貴族に対して、過去に行った不法な行為をその場で断罪したそうです。まるで現場を見ているかのように具体的だったと祖父は語っていました。
もしアシュが陛下と同等の魔法を使えるのなら、そうやって事実を知ることが出来るのではないでしょうか。
でももしそうやって見ていないのなら、本当は今はまだ見ないほうがいいように感じます」
言われて俺は気づく。確かに俺の魔法で犯人を知ることは可能だ。
未来視の逆の方法だが、過去は未来と違いほぼ確定している。だから見ようと思えばかなり正確に見ることが出来る訳だ。
「今言われてはじめて気づいたけれどさ。確かにその気になれば魔法で過去の事実を見ることも出来そうだ。でも何故テディは見ない方がいいと思うんだ」
「私には未来視の魔法はありません。ですから単なる予感、または単なる思い込みなのでしょう。それでも感じるのです。終わりの季節が近づき始めているのを」
テディはパタンと本を閉じてテーブルの上に置く。
「テーヴェレ侯爵家の事案を起こした理由は、単にそこに罪があったからでしょう。麦の収穫物が市場に出る筈のタイミングでの穀類売り渋りと買い占め。領民への国法に抵触する限度以上の独自税徴収と移動制限。
ですがエルドヴァ侯爵家の方は同じ理由だけではないと感じるのです」
テディはため息をついて、そして続ける。
「国法には抵触しますがテーヴェレ侯爵家やエルドヴァ侯爵家が行っていたとされる罪状は、どこの領主家でもある程度はやってしまっている事です。私の実家であったメディオラ侯爵家も例外ではありません。小作人以下に対しては領内移動制限をかけています。つまり他へ移動する事によって自分たちへの処遇を選ぶ事が出来ない状態です。これらはきっと次の時代を迎えるには枷になるのでしょう。より人の数の力を必要とする新しい時代を迎える為には」
ここで俺はテディが誰を念頭に置いて話しているのかに気づいた。
「陛下か」
テディは頷く。
「あの方はきっと私が感じるより先を見ているのでしょう。そしてその為に全てを変える必要があると決断された。変えるために今を終わりにしようと決断された。殿下もその事におそらくお気づきです。ですが陛下と殿下では見えている過程が違うと思うのです」
俺は思い出す。
「『僕の次の次位の世代でスティヴァレは変化の波に飲み込まれてしまう。スティヴァレという国は無くなるだろう。少なくとも独立国としては』。俺に武闘会に参加させる時にそう言っていたな、陛下は。もちろんこのままでは、という話だけれども。『妹は目指す国の姿はほぼ同じだけれど目的と優先順位が少し違う』ともさ」
「なら私の悪い予感はそこまでは当たっているのですね」
俺はやっとテディが考えている事、感じていた事の輪郭がつかめた気がした。
「偽チャールズ事件の3件目まではきっとロッサーナ殿下企画で実行犯はレジーナさん。そして最後の1件は企画と実行ともに陛下か」
念の為確かめてみる。空間操作魔法で過去はかなり鮮明に見る事が出来る。
答え合わせの結果、少なくとも先の3件の実行犯は予想通りレジーナさん。ただ最後の1件は違った。
「見てしまいましたか、結果を」
テディは俺が今何をしていたか察しているようだ。しかしテディの予想は少し外れている。
「最初の3件は確かにレジーナさんだった。でも最後の1件は陛下でもレジーナさんでもない」
「どういう事で……」
テディはそう言いかけて何かを思いついたようだ。
「殿下でしょうか。レジーナさんの魔法を手に入れた」
「いや、俺の知らない人物だ。殿下やレジーナさんよりやや年齢上くらいの。動きもレジーナさんよりもっと訓練された感じだ。強いて言えばナディアさんっぽいかな。違う人だけれど。
これは誰でどういう目的で動いているんだろうな。陛下の命令か殿下の命令か、それとも全くの第三勢力か」
「陛下の手の者という事は無いと思いますわ」
テディはそう言って、続ける。
「陛下はかつて最初の2件の犯行を『僕の手の者じゃないよ。あの2件の犯行はさ』と仰っていましたね。それが事実だとしたらレジーナさんは陛下の命を受けて動いていた訳ではありません。ロッサーナ殿下か、それ以外の第三勢力かですね。
ところでこの第三の人物、使っている魔法はどんな魔法でしょうか」
俺は過去視を使って確かめてみる。
「レジーナさんと同じ、闇魔法だと思う。俺や殿下の魔法とは違う」
「ならこの方も誰のつながりか想像は出来ますわ。同じ魔法を使っているなら、レジーナさんとつながりのある誰かであるのでしょう」
という事は……
考えると答えはひとつしかない気がする。
「可能性として一番高いのは、やはりロッサーナ殿下か」
「私はそうとしか思えませんわ」
テディは頷く。
「これはあくまで私の予想です。殿下はおそらく陛下にアシュと同じ魔法を教わろうとして断られ、代わりにレジーナさんの魔法を求めたのでしょう。傘下に置いて事案を起こし、また直属部下に訓練させて同等の魔法を手に入れたのだろうと。殿下自身も闇魔法を身につけているかもしれません。あの方はそういう努力は怠らない人ですから。
それでしたら今回の事案は部下が身につけた闇魔法の最終確認と陛下に対するデモンストレーションが目的、そうとれるのです」
確かにそれなら話はつながるし納得できる。それにしてもだ。
「テディはよくそんな事を考えつくな。俺じゃとてもそんな事を思いつかない」
テディはまた、ため息をついてそして口を開いた。
「殿下や陛下が考えたり感じたりしている事が少しだけ私もわかるような気がするのです。このままではいけないという焦りと不安。現状を終わらせたい欲望と終わらせるべきだという歪んだ使命感。
ですが私にはアシュがいてくれました。アシュが私を囲いの外へ連れ出してくれました。だから私は今は自由な立場になれたのです。
ですが殿下や陛下にはアシュにあたる人がいません。あるのは国王一族としての立場と責務、そしてお互いだけです。
ただ殿下は陛下と比べるとやや甘いと感じます。おそらく陛下の方が現状へのより深い懸念とより強い使命感を感じているのでしょう。そしてより深刻に、かつ実情に即した厳しい将来を見ている事でしょう」
奴のかつての台詞が聞こえたような気がする。
『僕には味方が少ないからね。味方というか友人がかな』
「そう言えばテーヴェレ侯爵家事案の時に厳しいと言っていたな、陛下」
「伯爵家程度なら陛下の力で抑え込めます。ですが侯爵家ともなるとそうもいきません。それこそ就任された時のように実力行使が必要となるでしょう。
それでも陛下対旧来の貴族という対立ならまだ現状の制度のままでも何とか収まるかもしれません。ですがその方法では解決不能と判断した場合はどうなるか。私はそう考えると怖いのです。
今回の事案が陛下の手によるものであれば、陛下は終わりの始まりを開始してしまったと判断するところでした。実際私はそう思っていたのです。でも殿下の仕業なら終わりまでまだ少しは時間があるのでしょう。状況は厳しくなっていくと思いますけれど」
現状の制度では解決不能か。
制度を変えるとなると、維新とか革命になるのだろうか。陛下対旧来の貴族でなければ、何対何になるのだろうか。
その際陛下はどういう立場を演じるつもりなのだろう。明治天皇かルイ16世か。
「もし陛下が動き始めるなら、そうなるような兆候も何かあると思います。もしくはその兆候すら陛下自身で作られるのか。
いずれにせよ私達は今はまだ状況を窺うしか出来ないのでしょう」
テディはあえてどうなるとは言わなかった。確かに俺もこれ以上は口に出せない。口を開くと悪い予感が飛び出て現実化しそうな気がするから。
まずは落ち着いて動きを待つことだろう。テディの言うように。
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