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第1話 無職とCEO
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「なぁ、俺と結婚しないか?」
二十年来の幼馴染による突然の求婚に開いた口が塞がらない。
今日は朝からとんでもない一日だった。一体私が何をしたと言うのだろうか。
***
朝、出勤したら会社が無くなっていた。
見慣れたオフィスで顔なじみの社員たちがざわめく中、突然登場した弁護士を名乗る男に解雇通知を渡される。突然のことで頭が追いつかないが、私は無職になったようだ。
今日は給与の振込日。恐る恐るスマートフォンでネットバンキングのアプリを開く。預金口座残高は五千円のまま変わっていない。家賃の引き落としは明日だというのに。
「……今度こそ出てけって言われるのかな」
ぽつりと溢れた言葉に反応する人はおらず、暗くなった画面に生気のない間抜け面が映っていた。
これまでも何回か給料の振込が遅れることがあった。アパートの大家はとても厳しい人で、何日か遅れて家賃を払いに行く度に、それはもうネチネチと嫌味を言われていたのだ。
高瀬由衣二十七歳、たった今から仕事無し。結婚願望無し。こんな時頼れる彼氏ももちろん無し。それでも絶対田舎の実家には帰りたくない。
私物の運び出しやら貸与物の返却やら、言われるがままに手を動かす。どんどん片付けられていく様を眺めていると、本当に倒産したのだと思えてきた。
あらかた作業が終わり、いつもより随分早い時間に今となっては「元」職場となったビルを出た。
いつもは終電に間に合わせるために、周りなどろくに見ることなく小走りで通り過ぎていた最寄り駅までの道。ゆっくり歩くといろんな店があることに今更気付く。小さな本屋、可愛いケーキ屋、小洒落たカフェのテラス席。向かい合わせで座っておしゃべりを楽しんでいたカップルの彼氏が突然立ち上がる。彼女の横へ移動すると、膝をつき手中の小箱の蓋をパカッと開ける。
「結婚してください!!」
「えっ……うそ…………はい!」
プロポーズ大成功である。たまたまそこにいただけの通行人がみな足を止め、幸せな若い二人へ拍手を送る。由衣も周りに合わせてパチパチと手を叩く。
こんな衆人環視の中でよくやるなぁと思いこそすれ、羨ましいとは思わない。全ての結婚が幸せに繋がっているわけではないのだから。
駅までの道すがら、明日からの事を考えながら歩く。
兎にも角にも再就職と、それが決まるまでの繋ぎの仕事を探さなければ。明日引き落とし予定の家賃八万円だけでも早急になんとかしなければならないのだから。
駅構内の適当な壁にもたれかかって求人サイトを開き、条件を絞り込む。検索結果の中から比較的時給のよさそうな店に勢いで電話しようとしたそのとき、電話がかかってきた。
「よぉ、元気か? 元社畜」
「喧嘩売ってんの?」
「倒産したって聞いて、優しい優しい幼馴染様が慰めてやろうとわざわざ電話してやったんだよ。ありがたく思え」
「嘘ばっかり。弄って揶揄い倒すの間違いでしょ。お忙しいCEO様のお手を煩わせるわけには参りませんので失礼します~」
「そう急ぐなって。どうせ明日も明後日もずっと暇なんだろ?」
この嫌味ったらしい電話の相手は同郷の幼馴染、宮坂直人だ。
「失職祝いにうまい酒でも飲ませてやるよ」
「祝うなそんな物! おいしいお酒は飲みたいけど」
「じゃあ後でうちに来いよ。この前の欧州視察の時にいいワイン買ってきたんだ」
「……いいワイン」
「無職の庶民にはとても手が届かない逸品だ。このタイミングで祝い事があって運が良かったな」
「やっぱやめとこうかな」
「今夜七時に俺のマンションな」
「ちょっと! まだ行くとは言ってな……」
由衣が言い終わる前にブツリと直人が電話を切る。
いつも人の予定などお構いなしに強引に物事を進めるのだ。迷惑極まりない。
なのに、次の仕事も明日に迫った家賃の引き落としのことも、何も解決していないのに……少し気持ちが楽になってしまったことが悔しい。
遅くなるとまた嫌味を言われるだろうから、早く帰って着替えなければ。ついでに昨日作りすぎた切り干し大根も持っていこう。ワインには合わないと思うけど。
由衣はスマホから顔を上げると、改札口の方へ駆けて行った。
二十年来の幼馴染による突然の求婚に開いた口が塞がらない。
今日は朝からとんでもない一日だった。一体私が何をしたと言うのだろうか。
***
朝、出勤したら会社が無くなっていた。
見慣れたオフィスで顔なじみの社員たちがざわめく中、突然登場した弁護士を名乗る男に解雇通知を渡される。突然のことで頭が追いつかないが、私は無職になったようだ。
今日は給与の振込日。恐る恐るスマートフォンでネットバンキングのアプリを開く。預金口座残高は五千円のまま変わっていない。家賃の引き落としは明日だというのに。
「……今度こそ出てけって言われるのかな」
ぽつりと溢れた言葉に反応する人はおらず、暗くなった画面に生気のない間抜け面が映っていた。
これまでも何回か給料の振込が遅れることがあった。アパートの大家はとても厳しい人で、何日か遅れて家賃を払いに行く度に、それはもうネチネチと嫌味を言われていたのだ。
高瀬由衣二十七歳、たった今から仕事無し。結婚願望無し。こんな時頼れる彼氏ももちろん無し。それでも絶対田舎の実家には帰りたくない。
私物の運び出しやら貸与物の返却やら、言われるがままに手を動かす。どんどん片付けられていく様を眺めていると、本当に倒産したのだと思えてきた。
あらかた作業が終わり、いつもより随分早い時間に今となっては「元」職場となったビルを出た。
いつもは終電に間に合わせるために、周りなどろくに見ることなく小走りで通り過ぎていた最寄り駅までの道。ゆっくり歩くといろんな店があることに今更気付く。小さな本屋、可愛いケーキ屋、小洒落たカフェのテラス席。向かい合わせで座っておしゃべりを楽しんでいたカップルの彼氏が突然立ち上がる。彼女の横へ移動すると、膝をつき手中の小箱の蓋をパカッと開ける。
「結婚してください!!」
「えっ……うそ…………はい!」
プロポーズ大成功である。たまたまそこにいただけの通行人がみな足を止め、幸せな若い二人へ拍手を送る。由衣も周りに合わせてパチパチと手を叩く。
こんな衆人環視の中でよくやるなぁと思いこそすれ、羨ましいとは思わない。全ての結婚が幸せに繋がっているわけではないのだから。
駅までの道すがら、明日からの事を考えながら歩く。
兎にも角にも再就職と、それが決まるまでの繋ぎの仕事を探さなければ。明日引き落とし予定の家賃八万円だけでも早急になんとかしなければならないのだから。
駅構内の適当な壁にもたれかかって求人サイトを開き、条件を絞り込む。検索結果の中から比較的時給のよさそうな店に勢いで電話しようとしたそのとき、電話がかかってきた。
「よぉ、元気か? 元社畜」
「喧嘩売ってんの?」
「倒産したって聞いて、優しい優しい幼馴染様が慰めてやろうとわざわざ電話してやったんだよ。ありがたく思え」
「嘘ばっかり。弄って揶揄い倒すの間違いでしょ。お忙しいCEO様のお手を煩わせるわけには参りませんので失礼します~」
「そう急ぐなって。どうせ明日も明後日もずっと暇なんだろ?」
この嫌味ったらしい電話の相手は同郷の幼馴染、宮坂直人だ。
「失職祝いにうまい酒でも飲ませてやるよ」
「祝うなそんな物! おいしいお酒は飲みたいけど」
「じゃあ後でうちに来いよ。この前の欧州視察の時にいいワイン買ってきたんだ」
「……いいワイン」
「無職の庶民にはとても手が届かない逸品だ。このタイミングで祝い事があって運が良かったな」
「やっぱやめとこうかな」
「今夜七時に俺のマンションな」
「ちょっと! まだ行くとは言ってな……」
由衣が言い終わる前にブツリと直人が電話を切る。
いつも人の予定などお構いなしに強引に物事を進めるのだ。迷惑極まりない。
なのに、次の仕事も明日に迫った家賃の引き落としのことも、何も解決していないのに……少し気持ちが楽になってしまったことが悔しい。
遅くなるとまた嫌味を言われるだろうから、早く帰って着替えなければ。ついでに昨日作りすぎた切り干し大根も持っていこう。ワインには合わないと思うけど。
由衣はスマホから顔を上げると、改札口の方へ駆けて行った。
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