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番外編 イアン 2
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さて、手厚い看護を受けたおかげで快復した俺たちは、もう帰れると笑うユーニスに胸が痛くなった。ただでさえ痩せた身体に、傷だらけだったのが、更に酷い傷を負わされていたからだ。
頬は冷やしたのか、そこまでの赤みはなかったが、明らかに叩かれたとわかる程度には腫れて。手の甲に至っては、色濃い痣。それにやつれてもいる。
「殿下、俺は……」
「レイフがしないなら、俺がしていた。いい、責任は俺が取る」
「ありがとうございます、殿下」
いつどこで、誰が聞いているかもわからない状況。警戒するに越したことはないと、レイフはすでに臣下として俺に接する。そんな公私混同を基本的にしないレイフが、初めて願いを口にした。ユーニスを連れて帰りたい、という願い。
初対面で深手を負った男二人を、たった一人で世話をした令嬢。訳ありなのは承知していたし、互いに事情があるのをわかっていながら踏み込まなかった。安易に踏み込んで、助けられなかったときが悲惨だから。
特に自分たちの立場はかなり危うい。なにせ、不法入国と言われれば、たとえ皇太子であっても国交問題に発展する。理由が理由と思えばいいかもしれないが、情勢が良くないリリム王国に対して、戦をおこす理由を与えてしまうかもしれない。
国内で不安や不満が溢れているのなら、矛先を別に向けるのはよくある話。他国に擦り付け、戦に勝てるならラッキーだ。それに今回はどう言い訳しても、逃げる過程で王国側に入ってしまったのは事実。リリム王国が帝国に侵略される、と騒げば周辺国も参戦してくる可能性だって大きくなる。
「レイフ、あの子のことを調べてみる」
「何か、あるのですね」
「……あぁ。なんとなくだが……歴代肖像画で見かけた方に似ている気がしてな」
「たしかに、他国に嫁がれた方がいらっしゃいましたね……年代まではわかりませんが……」
置いていくなんて選択肢を、どうしても選べなかった。口封じとも言えない理由、ただ恩人を劣悪な環境にいさせたくなかっただけ。助けてもらっておいて逃げるには、あまりにも不義理だ。
彼女の技術にも脱帽したけれど、このままでは使い潰されてしまうのも目に見えている。辺境伯家には何も伝えていないようだが、いつか知られてしまうだろう。
「レイフ?」
「……軽い」
「痩せているからな……」
「それでも、です」
「なら、たくさん食べてもらわないとな」
「はい……」
出立間際、石に結界魔法を入れたと、たくさん石の入った袋を持たされ。更には保存食も一緒に手渡された。その手は痛々しい痣があるとは感じさせない、普通の動きをしていたけれど。きっと、痛いはずだ。
ユーニスを眠らせたレイフが、彼女を横抱きにして歩き出す。普段なら両手が塞がってしまうような体勢はしないが、彼女の作ってくれた結界の魔法石のおかげで、ハイキングでもしているかのような穏やかな道。
レイフが、石を見て一瞬目を見開いたから、相当な代物なのだろう。実際に魔物一つ出ないとなると、とんでもない物だ。貴族ならこぞってほしがり、価格も馬鹿みたいに高くなるはず。
先にシリルの開発した魔導具で、自分たちの無事と出立を伝えてあったので、合流地点にはすでに騎士団が迎えに来ていた。ユーニスの存在に驚いていたものの、俺たち二人を助けてくれた恩人と説明をする。騎士たちは、怪我の度合いが酷いことは知っていたから、ユーニスのおかげでここまで快復したと知って、どちらかと言うとそっちの方に驚いていたか。
「ご無事で何よりです、皇太子殿下」
「心配をかけたね。私だけでなく、ウェイン公爵も不在となると、気苦労が耐えなかっただろう。私は、皆が無事でよかったと思っている。今後もよろしく頼むよ」
「いいえ、もったいなきお言葉にございます。我々の至らぬばかりに……御身を危険に晒してしまいました。ウェイン公爵様も……」
「あの魔物の群れは予想を遥かに超えたものだった。それでも死者を出さなかったのは、皆のおかげだ。納得が難しいと思うなら、今後はもっと強くなろう。それが処罰だ」
「殿下……寛大なお心に感謝いたします。そして、より一層の努力を重ねてまいります」
処罰を覚悟していた騎士たちだったが、俺は処罰などするつもりはなかった。魔物の群れなど、予測はできても実際が同じとは限らない。少ないこともあれば、今回のように多いこともある。
それに、強さだってそう。想定よりも弱いかもしれないし、強いかもしれない。全力を尽くしたおかげで、生き残って全員が無事なことを、まずは喜ぶべきなのだ。
「そちらのご令嬢は、こちらへ」
「ありがとう」
怪我人である俺たちを乗せるつもりで、おそらく用意されていた馬車。逃げる過程で馬と逸れていたし、ちょうどよかった。ユーニスも共に乗せてもらい、同行していた医務官に、軽く状態を確認させる。
「目立つのは打撲痕などですが……やはり栄養面が……」
「そうだな。何か注意することはあるか?」
「状況を詳しく存じ上げませんので、現段階でお伝えできるのは、とにかく安静にすることです。この分だと、服で見えない所も……その……」
「わかった、ありがとう」
「それでは、私はこれで失礼いたします」
医務官の表情は暗い。服の下も酷い怪我なのだろう、と最後までは言わなくとも言っていたものだ。栄養も足りていないと、すぐに述べたのを見るに、俺たちの思っている以上に深刻そうだ。
「母専属の医師を派遣しよう」
「ありがとうございます、殿下」
あぁ、随分とこの子に俺は心を傾けている。そもそも、ユーニスに初めて名乗りを上げた際には【私】と言ったが、次に話を続ける時には【俺】と語りかけていた。自分の一人称が変わるということは、相手とどんな関係なのかが聞いてわかる。その時点で、ユーニスがこの領地に残る選択肢は無かったと言えるかもしれない。
頬は冷やしたのか、そこまでの赤みはなかったが、明らかに叩かれたとわかる程度には腫れて。手の甲に至っては、色濃い痣。それにやつれてもいる。
「殿下、俺は……」
「レイフがしないなら、俺がしていた。いい、責任は俺が取る」
「ありがとうございます、殿下」
いつどこで、誰が聞いているかもわからない状況。警戒するに越したことはないと、レイフはすでに臣下として俺に接する。そんな公私混同を基本的にしないレイフが、初めて願いを口にした。ユーニスを連れて帰りたい、という願い。
初対面で深手を負った男二人を、たった一人で世話をした令嬢。訳ありなのは承知していたし、互いに事情があるのをわかっていながら踏み込まなかった。安易に踏み込んで、助けられなかったときが悲惨だから。
特に自分たちの立場はかなり危うい。なにせ、不法入国と言われれば、たとえ皇太子であっても国交問題に発展する。理由が理由と思えばいいかもしれないが、情勢が良くないリリム王国に対して、戦をおこす理由を与えてしまうかもしれない。
国内で不安や不満が溢れているのなら、矛先を別に向けるのはよくある話。他国に擦り付け、戦に勝てるならラッキーだ。それに今回はどう言い訳しても、逃げる過程で王国側に入ってしまったのは事実。リリム王国が帝国に侵略される、と騒げば周辺国も参戦してくる可能性だって大きくなる。
「レイフ、あの子のことを調べてみる」
「何か、あるのですね」
「……あぁ。なんとなくだが……歴代肖像画で見かけた方に似ている気がしてな」
「たしかに、他国に嫁がれた方がいらっしゃいましたね……年代まではわかりませんが……」
置いていくなんて選択肢を、どうしても選べなかった。口封じとも言えない理由、ただ恩人を劣悪な環境にいさせたくなかっただけ。助けてもらっておいて逃げるには、あまりにも不義理だ。
彼女の技術にも脱帽したけれど、このままでは使い潰されてしまうのも目に見えている。辺境伯家には何も伝えていないようだが、いつか知られてしまうだろう。
「レイフ?」
「……軽い」
「痩せているからな……」
「それでも、です」
「なら、たくさん食べてもらわないとな」
「はい……」
出立間際、石に結界魔法を入れたと、たくさん石の入った袋を持たされ。更には保存食も一緒に手渡された。その手は痛々しい痣があるとは感じさせない、普通の動きをしていたけれど。きっと、痛いはずだ。
ユーニスを眠らせたレイフが、彼女を横抱きにして歩き出す。普段なら両手が塞がってしまうような体勢はしないが、彼女の作ってくれた結界の魔法石のおかげで、ハイキングでもしているかのような穏やかな道。
レイフが、石を見て一瞬目を見開いたから、相当な代物なのだろう。実際に魔物一つ出ないとなると、とんでもない物だ。貴族ならこぞってほしがり、価格も馬鹿みたいに高くなるはず。
先にシリルの開発した魔導具で、自分たちの無事と出立を伝えてあったので、合流地点にはすでに騎士団が迎えに来ていた。ユーニスの存在に驚いていたものの、俺たち二人を助けてくれた恩人と説明をする。騎士たちは、怪我の度合いが酷いことは知っていたから、ユーニスのおかげでここまで快復したと知って、どちらかと言うとそっちの方に驚いていたか。
「ご無事で何よりです、皇太子殿下」
「心配をかけたね。私だけでなく、ウェイン公爵も不在となると、気苦労が耐えなかっただろう。私は、皆が無事でよかったと思っている。今後もよろしく頼むよ」
「いいえ、もったいなきお言葉にございます。我々の至らぬばかりに……御身を危険に晒してしまいました。ウェイン公爵様も……」
「あの魔物の群れは予想を遥かに超えたものだった。それでも死者を出さなかったのは、皆のおかげだ。納得が難しいと思うなら、今後はもっと強くなろう。それが処罰だ」
「殿下……寛大なお心に感謝いたします。そして、より一層の努力を重ねてまいります」
処罰を覚悟していた騎士たちだったが、俺は処罰などするつもりはなかった。魔物の群れなど、予測はできても実際が同じとは限らない。少ないこともあれば、今回のように多いこともある。
それに、強さだってそう。想定よりも弱いかもしれないし、強いかもしれない。全力を尽くしたおかげで、生き残って全員が無事なことを、まずは喜ぶべきなのだ。
「そちらのご令嬢は、こちらへ」
「ありがとう」
怪我人である俺たちを乗せるつもりで、おそらく用意されていた馬車。逃げる過程で馬と逸れていたし、ちょうどよかった。ユーニスも共に乗せてもらい、同行していた医務官に、軽く状態を確認させる。
「目立つのは打撲痕などですが……やはり栄養面が……」
「そうだな。何か注意することはあるか?」
「状況を詳しく存じ上げませんので、現段階でお伝えできるのは、とにかく安静にすることです。この分だと、服で見えない所も……その……」
「わかった、ありがとう」
「それでは、私はこれで失礼いたします」
医務官の表情は暗い。服の下も酷い怪我なのだろう、と最後までは言わなくとも言っていたものだ。栄養も足りていないと、すぐに述べたのを見るに、俺たちの思っている以上に深刻そうだ。
「母専属の医師を派遣しよう」
「ありがとうございます、殿下」
あぁ、随分とこの子に俺は心を傾けている。そもそも、ユーニスに初めて名乗りを上げた際には【私】と言ったが、次に話を続ける時には【俺】と語りかけていた。自分の一人称が変わるということは、相手とどんな関係なのかが聞いてわかる。その時点で、ユーニスがこの領地に残る選択肢は無かったと言えるかもしれない。
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