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勇者召喚と逃亡
勇者召喚 ①
しおりを挟むここは……どこ?
座り込んだ床……、これは石?
家の自室にいたはずの私、それなら床はフローリングで手に感じるのは木の感触なのに、このザラリとした触感は、石は石でも磨かれた大理石とかではなく、ゴツゴツした岩山でもなく、ただの石?
しかも切り出し技術の拙い、デコボコを均す研磨技術も未熟な……石の床?
ここは……どこなの?
「成功だ! 勇者召喚が成功しましたーっ!」
何が「勇者召喚」だ。ただの拉致誘拐じゃんか!
自室でのんびりと過ごしていた、橘菊華二十一歳。突然眩しい光に包まれて、気が付いたら薄暗い広い場所の石の床の上に放り出されていた。
しかも、家族と一緒に。
兄、橘葵二十八歳。一流商社のバリバリエリートのちメンタルに負担を受け退職後、一家の主夫として家事に精を出す独身。
姉、橘桜二十五歳。出版社に勤める美女。儚げで庇護欲をそそる美女。芸能人並みの美貌を持つオタク。あと家事が苦手で手料理は食べたら危険なレベル。
問題は……最近できたもう一人の家族だ。
「勇者召喚」の叫びと呼応するように、一段高い場所でふんぞり返って座っていた俗物丸出しのおっさん、この国の王様が喜び満面な笑顔で立ち上がった。隣に座る王妃らしき人は、吊り上がった細目をさらに細くして、口元を歪ませている。
どう見ても悪役顔な二人の視線の先には、兄の腕に抱かれた男の子がいた。
一週間前に兄が引き取ってきた橘家とは血の繋がらない遠縁の子。両親を事故で亡くしたあと、親戚の間を一年間たらい回しにされいた不憫な子。
ようやく、私たち兄妹にはにかんだ笑顔を見せてくれるようになったのに、男の「勇者様」の甲高い声に引き攣った顔をして固まっていた。
その後、興奮した王様たちが退室して、私たちが別室に移される前に、一人ずつペタリとデカイ水晶玉に手を付けさせられた。
「?」
なにこれ? と首を傾げる私の後ろで姉がクフクフと不気味に笑う。
「これは……もしかしてもしかする……ステータスの確認かしら……」
ヤバい。実の姉ながら呪文すぎて何を言っているのか理解ができん。
ただ、私たち三人兄妹が水晶に触ったとき、真っ白い装束を着た爺さんが「フンッ」と鼻で笑ったのはわかった。
その爺が、橘家が引き取り我が家の末っ子となった右近小次郎七歳と離れさせようとするので、全力で阻止しました。私が腕に噛みついた騎士さんは、痛みに顔色ひとつ変えずに私の体をズルズルと引きずって移動していたけど。
なんとか、兄妹四人、同じ部屋へと案内してもらいました。
しかも、室内にまで騎士やらメイドさんがわらわらと入ってこようとしたので、断固拒否して奴らの鼻先で扉を閉めてやった。
さて、一体私たちの今の状況はどうなってんの?
勇者とされた小次郎がいるからか、案内された部屋は広く一流ホテルの客室並みに豪華仕様だった。一流ホテルなんて泊まったことないけど。
「ねえ、お兄ちゃん。これ……どうなってんの?」
いつもはダイニングテーブルで家族団欒をするのだが、今はふかふかのソファーに座っているから、なんだか気持ちが落ち着かない。
兄はフルフルと頭を振って、不安で震えている小次郎をしっかりと抱きしめている。
「菊華ちゃん、しー」
姉が口元に人差し指を当て「しー」と静かにするようにと……なんで?
姉はキョロキョロと何かを探す仕草をするが、見つからず諦めて私たちに顔を近づけてくる。
「これってアレよ。勇者召喚! 魔王を倒すために勇者が仲間と共に旅に出て、世界に平和を齎すのよ」
……あー、アレか? ゲームでよくあるドラゴン……。
「むぐぐぐ」
「やめろ、菊華。それは禁句だ」
兄の手で口を押えられ藻掻く私の姿に、小次郎がオロオロとする。
「でもね、これは……アカンほうの召喚だと思うの」
傾国の美女である姉が頬に手を添え悩まし気に「ほうっ」と息を吐いた。
「「アカン?」」
そもそも姉の容貌でエセ関西弁を使うのはどうよ?
「だって、アカンって言うのが様式美なのよ」
フンッと誇らしげに胸を張るが、姉はどちらかというとツルペタだ。
「オタクの様式美と言われても……」
「とにかく、魔王討伐のために勇者を召喚した……ってことが嘘なのよ。本当は自国の領土を拡大しようと目論んでいたり、周辺国とのパワーバランスを崩そうとしていたり、結局は自国の利益のために勇者を利用しようとするの」
私は姉の言葉を聞いて、小次郎へと顔を向ける。
「まだ、小次郎は子どもなのよ? そんな大人の思惑に利用されるなんて」
だいたい、私たちの家に来るまで、散々親戚の家をたらい回しにされぞんざいに扱われていたのに。こんな異世界でも利用されるなんて、ひどいわ!
「う~ん、じゃあ逃げるかと言っても……ここは異世界なんだろう?」
「ええ、兄さん。きっとここは日本じゃない、どこか違う世界よ。そして……私たちはもう元の世界には戻れないのが定番なの……」
そんな定番イヤだわ……。
「でも異世界っていっても言葉は通じるし、どこが違うのかわからないけど」
「いやね。異世界召喚されると自動翻訳とか自動書記とか特典があって、喋ったり聞いたりするのに支障はないのよ! それにあの水晶。きっとあれには私たちのステータスが表示されているはずよ。私たちの能力がね!」
オタクの姉の熱がすごい。
あのさ……異世界に来て元の世界に戻れないって……私、大学三年生で卒業論文とか就職とかいろいろあるんだけど?
「……じゃあ、やっぱり僕……勇者なの?」
小次郎の小さな声に、私たちは肯定も否定もできずに黙りこんだ。
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