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第2部 母と娘の関係
3-6空もいいけど海で生きる人たちも超カッコイイ
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私はフィニーちゃんと一緒に、町の上空を飛んでいた。定期的に行っている、いつもの合同練習だ。ナギサちゃんは、今日はどうしても外せないセミナーが有るらしいので、不参加だった。
でも『私がいなくても、ちゃんと真面目に練習しなさいよ』と、しっかり釘を刺されている。私たち二人って、そんなに信用ないんだろうか?
そういえば、フィニーちゃんと二人きりの練習って、久しぶりなんだよね。ナギサちゃんは、物凄く付き合いがいいから、何だかんだで毎回いるので。
フィニーちゃんは、相変わらず口数が少ない。でも、最初のころに比べると、だいぶ話してくれるようになった。
特に、食べ物については、かなり熱く語ってくれる。なので、彼女と二人の時は、食べ物の話題をメインに振ることにしていた。
あと、最近は、目の輝きなどで、考えていることが、ある程度わかるようになってきた。フィニーちゃんの場合、顔はあまり変わらないんだけど、目に感情が出るんだよね。
動きが小さいだけで、よく観察すれば、表情も意外と豊かだ。なので、慣れて来ると、いつも真顔のナギサちゃんよりも、はるかに分かりやすい。
今日は〈北地区〉にやって来ている。『蒼海祭の出店を、効率よく回るための下見をしよう』と提案したら、一発返事でOKしてくれたからだ。やはり、食べ物のことなら、食いつきがいい。
私たちは、まず〈セベリン市場〉に向かった。『蒼海祭』は各地区で出店やイベントがあるけど、その中でも特に注目なのが〈セベリン市場〉だ。
『世界の台所』とも言われる、世界最大級の魚市場で、海のお祭りの『蒼海祭』では、当然、主役だった。
普段は、仲買人などの、関係者以外は立ち入りできない。しかし『蒼海祭』の間だけは、一般人も自由に出入りが可能だ。さらに、普段はなかなか食べられない、レアな魚介類も結構あるらしい。
あと、何と言っても、物凄く激安で、無料の試食コーナーまであるんだって。これは、期待が超高まるよねぇ。
私たちは市場が見えて来ると〈セベリン出島〉をぐるっと一周する。今は、大きな橋で繋がっているけど、昔は完全な孤島で、船で行き来していた。なんでも、ネズミ害の対策で、島に市場を作ったんだって。
「それにしても、凄く大きな市場だねぇ」
私は今まで、遠くから眺めてただけで、近くまで来るのは初めてだ。やはり、間近で見ると、とんでもなく大きい。流石は世界一の魚市場だ。
「世界中の、おいしい魚が集まってくる」
「蒼海祭の当日は、それが全部たべられるんだよね?」
海鮮尽くしとか、考えるだけでワクワクする。魚に貝に、エビにカニ。もう、当分、魚が見たくなくなるぐらいまで、食べためるつもりだ。
「うん、B級グルメの出店も一杯ある」
「そっかー、それは楽しみだねぇ」
「超たのしみ!」
フィニーちゃんは、目をキラキラと輝かせる。
「刺し身とか、寿司みたいのも有るのかな? フィニーちゃんは、生魚も大丈夫?」
「超大好き。回るお寿司よく行く」
「そういえば、こっちの世界にも、回転寿司があるんだよね」
私のいた世界の回転寿司チェーンが、この町にも出店していた。元々寿司は、この世界にはなかった。けれど、魚をよく食べる食文化なので、この町ではすぐに受け入れられ、大人気になっていた。
私も食べたいんだけど、生活費がカツカツだからねぇ。一皿百ベルの回転寿司ですら、今の私には、贅沢な出費だ。早く一人前になって、お寿司をお腹いっぱい食べたい……。
「メイリオ先輩が、食べに連れて行ってくれる」
「へぇー、優しい先輩だね」
でも、うちのリリーシャさんも、優しさでは負けてない。毎日のように、お菓子やケーキを持って来てくれる。リリーシャさんは、物凄く甘党なので、差し入れはスイーツが多かった。
「メイリオ先輩、いつも食べ物くれる。とてもいい先輩」
フィニーちゃんにとって、食べ物をくれる人は、みんないい人らしい。まさか、それが理由で、姉妹になった訳じゃないよね――?
「向こうのほうも、お店が出るんだよね?」
私は漁船が沢山とまっている、港の方を指さした。
「うん、漁師飯の店がたくさん出る」
「わぁー、それも美味しそうだねぇ」
「……何かいい匂いする」
フィニーちゃんは、鼻をひくひくと動かす。すると、次の瞬間、ピューッと漁港のほうに飛んで行った。
「あ、ちょっと待ってよー」
私も慌てて後をついて行く。
私は潮の香以外、特にしなかったけどなぁ。フィニーちゃんって、結構、鼻が利くんだよね。特に、食べ物の匂いには敏感だ。
港に近付いて行くと、白い煙が上がっていた。何かを焼いているようで、確かにいい香りがする。でも、市場からここまでは、数百メートル離れてるので、人間離れした嗅覚だ。
私はフィニーちゃんに続き、近くに着地する。先に降りたフィニーちゃんは、ジーッと煙のたっている方を見つめていた。
「何を焼いてるんだろうね?」
「たぶん、キンオウギガイ。貝の王様――超美味しい」
「流石はフィニーちゃん、詳しいね」
私はマギコンを開き、スピで検索すると、
『金扇貝。大型の二枚貝で、古くから食用とされている。貝殻に金箔のような金色の模様が入っているため、金扇の名が付いた』
『味だけではなく、貝殻の見た目も美しいため、昔は王侯貴族だけが口にできる、とても高級な貝だった。乱獲により、一時期、漁獲量が減ったが、養殖の成功により、庶民的な食べ物となった』
このような説明が書いてあった。
なるほど、形や大きさは、ホタテ貝みたいな感じかな。
私が調べ物をしていると、隣にいたフィニーちゃんが、吸い寄せられるように香の発生源に向かって行った。
「ちょ、ちょっと、フィニーちゃん……」
だが、よく見ると、漁師のおじさんが手招きをしている。
恐る恐る近づいて行くと、
「お嬢ちゃんたちも、食べていきな」
笑顔で勧めてくれた。
「いいんですか?」
「食べきれんほど沢山あるから、遠慮はいらんよ」
「なら、お言葉に甘えて」
すでにフィニーちゃんは、網焼きの前で、目をキラキラさせながら、食べる気満々だった。
私たちは、お皿に乗った大きな貝とフォークを受け取る。食べ物は比較的にてるけど、こちらの世界は、フォークとナイフが主流なんだよね。できれば箸のほうがいいんだけど、そんな贅沢を言ってはいけない。
焼きたての貝からは、白い湯気が立ち昇っていた。私は顔を近づけ、まずは香を確かめる。
うーん、いい匂い! ほんのりと柑橘系の香がする。レモンか何かが、掛けてあるのかな?
次にジーッと形を観察する。やはり、見た目はホタテに似ていた。私が香や見た目を楽しんでいる間に、隣のフィニーちゃんは、すでにハグハグと食べ始めている。
んー、やっぱり食べてみないと、分かんないや。
「では、いただきます」
フォークで取り、口に入れると、ジュワーッと貝のエキスが広がった。少し甘みがあって、さっぱりしているけど、深みのある味わい。口の中が、幸せで一杯に満ちあふれていた。こんなに美味しいものを食べるの、いつ以来だろう?
「うーん、美味しいー! 今まで食べた貝の中で、一番おいしいかも」
「あははっ、そうだろう、そうだろう。ノア産の金扇貝は、世界一うまいからな」
「本当に、すっごく美味しいです。なにこれ、超美味しー!」
あまりにも美味し過ぎて、適切な表現が出てこない。
フィニーちゃんに至っては、一言も発せずに、黙々と食べ続けていた。でも、表情を見れば、いかに美味しいかがよく分かる。
「それにしても、若い娘さんたちが、こんな所に来るとは珍しいな。その制服、シルフィードだろ?」
「今日は『蒼海祭』の下見に来ました。〈セベリン市場〉やここら辺に、出店が沢山でるって聞いたので」
確かに、シルフィードが漁港に来ることは、まずないよね。特に、観光スポットもないし、観光客の人は来ない場所だから。でも、ただの下見だったのに、こんな美味しいものが食べられるとは、超ラッキー。
「もう、そんな時期か。時が立つのは、早いもんだなぁ」
「皆さんも、お店とか出されるんですよね?」
「店を切り盛りするのは、カミさんたちの仕事だから、よく分からんな」
何か思ってたほど、真剣にお祭りを考えている訳でもなさそうだ。
「そうそう、俺たちは荷物運びするぐらいでな。あとは、隅っこで酒を飲んでるだけだから」
「店の周りをウロチョロしてっと、邪魔だって、母ちゃんに怒られるからな」
漁師さんたちは、一斉にゲラゲラと笑い声を上げた。やはり、この町の女性が強いのは、漁師さんたちの間でも同じようだ。
「まぁ、俺たちは『蒼海祭』なんかやらなくても、毎日、海に感謝してるからな」
「それと同じことを〈猫の通り道〉の、魚屋の女将さんも言ってました」
海に関係する仕事をしている人にとって、海への感謝は、日々当たり前のことなのかもしれない。
「魚を扱う者たちは、昔からみんなそうさ。この町は、海と共に発展してきた。昔は誰もが海に感謝してたし、漁師も、もっと沢山いたんだがな」
年老いた漁師さんは、遠い目をしながら語った。
「漁師さんって、減っているんですか?」
「昔の半分以下だな。若いもんは、大変な仕事はしたがらんし、みんな空の仕事に就きたがるからなぁ」
「だから、昔は『水の町』だったのに、今は『空の町』って言われてるじゃろ?」
「私も、最近この町に来たばかりなので。『空の町』ってイメージが強いです……」
実際、この世界に来たのは、空を飛び回るシルフィードに、あこがれたからだし。空のこと以外は、全然、考えていなかった。私も同じだから、みんなが空を飛ぶ仕事に就きたがるのは、よく分かる。
「若い世代は、皆そんなもんさ。空飛んでるほうがカッコイイと思ってるしな。でも、この町が、海のお蔭でここまで発展したことを、忘れちゃいかんよ。何もなかったこの町で生きて来れたのは、海の恵みがあったからだからな」
確かに、その通りかもしれない――。
私も正直、今までは、特に海に感謝したことがない。日々空を飛び回り、海はただの風景の一つとしか見ていなかった。でも、美味しい魚が食べられるのも、毎日、頑張って働いている漁師さんや、海のお蔭なんだよね。
私が真剣に考えていると、すぐそばで、カランと音がした。よく見るとボウルには、食べ終わった貝殻が、山積みになっている。隣では、会話などお構いなしに、無心で食べ続ける、フィニーちゃんの姿があった。
「本当に、よい食べっぷりじゃな、小さなお嬢ちゃん」
「おいしいから、いくらでも食べられる」
フィニーちゃんは、まだまだ食べる気満々だ。
「こりゃ、将来、大物になるぞ」
「きっと、すげー強いかあちゃんになるな」
漁師さんたちから、再び笑いが起こった。
「あの……何かすいません。突然お邪魔したうえに、こんなに頂いちゃって」
私もいくつか食べたが、フィニーちゃんのは量が尋常じゃない。フィニーちゃんは気にせずとも、私のほうが気を遣ってしまう。
「ええって、ええって。若い人が来てくれるだけで、華やぐからな。蒼海祭だって、年に一度でも、若者たちが海に興味を持ってくれるんなら、それでええんさ」
「元々は、漁師の始めた神事だったが、みんなが食べて騒いで、楽しんでくれりゃ、それでいい。嬢ちゃんたちも、存分に楽しんでな」
「はい! 一杯食べて、思いっ切り楽しみます」
今まで、あまり気にしていなかった、海で働く人たちと、たくさんの海の恵み。空の町であると共に、海の町でもあることも、忘れちゃいけないよね。
私は、この時初めて『もう少し歴史を勉強したほうがいいな』と、心の底から思ったのだった。
新しく進化していく中でも、古き良き伝統は、ずっと残って行くのだから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『母親と娘の関係ってどの家庭も難しいんだね』
子供を愛さない母親がいるものかい
でも『私がいなくても、ちゃんと真面目に練習しなさいよ』と、しっかり釘を刺されている。私たち二人って、そんなに信用ないんだろうか?
そういえば、フィニーちゃんと二人きりの練習って、久しぶりなんだよね。ナギサちゃんは、物凄く付き合いがいいから、何だかんだで毎回いるので。
フィニーちゃんは、相変わらず口数が少ない。でも、最初のころに比べると、だいぶ話してくれるようになった。
特に、食べ物については、かなり熱く語ってくれる。なので、彼女と二人の時は、食べ物の話題をメインに振ることにしていた。
あと、最近は、目の輝きなどで、考えていることが、ある程度わかるようになってきた。フィニーちゃんの場合、顔はあまり変わらないんだけど、目に感情が出るんだよね。
動きが小さいだけで、よく観察すれば、表情も意外と豊かだ。なので、慣れて来ると、いつも真顔のナギサちゃんよりも、はるかに分かりやすい。
今日は〈北地区〉にやって来ている。『蒼海祭の出店を、効率よく回るための下見をしよう』と提案したら、一発返事でOKしてくれたからだ。やはり、食べ物のことなら、食いつきがいい。
私たちは、まず〈セベリン市場〉に向かった。『蒼海祭』は各地区で出店やイベントがあるけど、その中でも特に注目なのが〈セベリン市場〉だ。
『世界の台所』とも言われる、世界最大級の魚市場で、海のお祭りの『蒼海祭』では、当然、主役だった。
普段は、仲買人などの、関係者以外は立ち入りできない。しかし『蒼海祭』の間だけは、一般人も自由に出入りが可能だ。さらに、普段はなかなか食べられない、レアな魚介類も結構あるらしい。
あと、何と言っても、物凄く激安で、無料の試食コーナーまであるんだって。これは、期待が超高まるよねぇ。
私たちは市場が見えて来ると〈セベリン出島〉をぐるっと一周する。今は、大きな橋で繋がっているけど、昔は完全な孤島で、船で行き来していた。なんでも、ネズミ害の対策で、島に市場を作ったんだって。
「それにしても、凄く大きな市場だねぇ」
私は今まで、遠くから眺めてただけで、近くまで来るのは初めてだ。やはり、間近で見ると、とんでもなく大きい。流石は世界一の魚市場だ。
「世界中の、おいしい魚が集まってくる」
「蒼海祭の当日は、それが全部たべられるんだよね?」
海鮮尽くしとか、考えるだけでワクワクする。魚に貝に、エビにカニ。もう、当分、魚が見たくなくなるぐらいまで、食べためるつもりだ。
「うん、B級グルメの出店も一杯ある」
「そっかー、それは楽しみだねぇ」
「超たのしみ!」
フィニーちゃんは、目をキラキラと輝かせる。
「刺し身とか、寿司みたいのも有るのかな? フィニーちゃんは、生魚も大丈夫?」
「超大好き。回るお寿司よく行く」
「そういえば、こっちの世界にも、回転寿司があるんだよね」
私のいた世界の回転寿司チェーンが、この町にも出店していた。元々寿司は、この世界にはなかった。けれど、魚をよく食べる食文化なので、この町ではすぐに受け入れられ、大人気になっていた。
私も食べたいんだけど、生活費がカツカツだからねぇ。一皿百ベルの回転寿司ですら、今の私には、贅沢な出費だ。早く一人前になって、お寿司をお腹いっぱい食べたい……。
「メイリオ先輩が、食べに連れて行ってくれる」
「へぇー、優しい先輩だね」
でも、うちのリリーシャさんも、優しさでは負けてない。毎日のように、お菓子やケーキを持って来てくれる。リリーシャさんは、物凄く甘党なので、差し入れはスイーツが多かった。
「メイリオ先輩、いつも食べ物くれる。とてもいい先輩」
フィニーちゃんにとって、食べ物をくれる人は、みんないい人らしい。まさか、それが理由で、姉妹になった訳じゃないよね――?
「向こうのほうも、お店が出るんだよね?」
私は漁船が沢山とまっている、港の方を指さした。
「うん、漁師飯の店がたくさん出る」
「わぁー、それも美味しそうだねぇ」
「……何かいい匂いする」
フィニーちゃんは、鼻をひくひくと動かす。すると、次の瞬間、ピューッと漁港のほうに飛んで行った。
「あ、ちょっと待ってよー」
私も慌てて後をついて行く。
私は潮の香以外、特にしなかったけどなぁ。フィニーちゃんって、結構、鼻が利くんだよね。特に、食べ物の匂いには敏感だ。
港に近付いて行くと、白い煙が上がっていた。何かを焼いているようで、確かにいい香りがする。でも、市場からここまでは、数百メートル離れてるので、人間離れした嗅覚だ。
私はフィニーちゃんに続き、近くに着地する。先に降りたフィニーちゃんは、ジーッと煙のたっている方を見つめていた。
「何を焼いてるんだろうね?」
「たぶん、キンオウギガイ。貝の王様――超美味しい」
「流石はフィニーちゃん、詳しいね」
私はマギコンを開き、スピで検索すると、
『金扇貝。大型の二枚貝で、古くから食用とされている。貝殻に金箔のような金色の模様が入っているため、金扇の名が付いた』
『味だけではなく、貝殻の見た目も美しいため、昔は王侯貴族だけが口にできる、とても高級な貝だった。乱獲により、一時期、漁獲量が減ったが、養殖の成功により、庶民的な食べ物となった』
このような説明が書いてあった。
なるほど、形や大きさは、ホタテ貝みたいな感じかな。
私が調べ物をしていると、隣にいたフィニーちゃんが、吸い寄せられるように香の発生源に向かって行った。
「ちょ、ちょっと、フィニーちゃん……」
だが、よく見ると、漁師のおじさんが手招きをしている。
恐る恐る近づいて行くと、
「お嬢ちゃんたちも、食べていきな」
笑顔で勧めてくれた。
「いいんですか?」
「食べきれんほど沢山あるから、遠慮はいらんよ」
「なら、お言葉に甘えて」
すでにフィニーちゃんは、網焼きの前で、目をキラキラさせながら、食べる気満々だった。
私たちは、お皿に乗った大きな貝とフォークを受け取る。食べ物は比較的にてるけど、こちらの世界は、フォークとナイフが主流なんだよね。できれば箸のほうがいいんだけど、そんな贅沢を言ってはいけない。
焼きたての貝からは、白い湯気が立ち昇っていた。私は顔を近づけ、まずは香を確かめる。
うーん、いい匂い! ほんのりと柑橘系の香がする。レモンか何かが、掛けてあるのかな?
次にジーッと形を観察する。やはり、見た目はホタテに似ていた。私が香や見た目を楽しんでいる間に、隣のフィニーちゃんは、すでにハグハグと食べ始めている。
んー、やっぱり食べてみないと、分かんないや。
「では、いただきます」
フォークで取り、口に入れると、ジュワーッと貝のエキスが広がった。少し甘みがあって、さっぱりしているけど、深みのある味わい。口の中が、幸せで一杯に満ちあふれていた。こんなに美味しいものを食べるの、いつ以来だろう?
「うーん、美味しいー! 今まで食べた貝の中で、一番おいしいかも」
「あははっ、そうだろう、そうだろう。ノア産の金扇貝は、世界一うまいからな」
「本当に、すっごく美味しいです。なにこれ、超美味しー!」
あまりにも美味し過ぎて、適切な表現が出てこない。
フィニーちゃんに至っては、一言も発せずに、黙々と食べ続けていた。でも、表情を見れば、いかに美味しいかがよく分かる。
「それにしても、若い娘さんたちが、こんな所に来るとは珍しいな。その制服、シルフィードだろ?」
「今日は『蒼海祭』の下見に来ました。〈セベリン市場〉やここら辺に、出店が沢山でるって聞いたので」
確かに、シルフィードが漁港に来ることは、まずないよね。特に、観光スポットもないし、観光客の人は来ない場所だから。でも、ただの下見だったのに、こんな美味しいものが食べられるとは、超ラッキー。
「もう、そんな時期か。時が立つのは、早いもんだなぁ」
「皆さんも、お店とか出されるんですよね?」
「店を切り盛りするのは、カミさんたちの仕事だから、よく分からんな」
何か思ってたほど、真剣にお祭りを考えている訳でもなさそうだ。
「そうそう、俺たちは荷物運びするぐらいでな。あとは、隅っこで酒を飲んでるだけだから」
「店の周りをウロチョロしてっと、邪魔だって、母ちゃんに怒られるからな」
漁師さんたちは、一斉にゲラゲラと笑い声を上げた。やはり、この町の女性が強いのは、漁師さんたちの間でも同じようだ。
「まぁ、俺たちは『蒼海祭』なんかやらなくても、毎日、海に感謝してるからな」
「それと同じことを〈猫の通り道〉の、魚屋の女将さんも言ってました」
海に関係する仕事をしている人にとって、海への感謝は、日々当たり前のことなのかもしれない。
「魚を扱う者たちは、昔からみんなそうさ。この町は、海と共に発展してきた。昔は誰もが海に感謝してたし、漁師も、もっと沢山いたんだがな」
年老いた漁師さんは、遠い目をしながら語った。
「漁師さんって、減っているんですか?」
「昔の半分以下だな。若いもんは、大変な仕事はしたがらんし、みんな空の仕事に就きたがるからなぁ」
「だから、昔は『水の町』だったのに、今は『空の町』って言われてるじゃろ?」
「私も、最近この町に来たばかりなので。『空の町』ってイメージが強いです……」
実際、この世界に来たのは、空を飛び回るシルフィードに、あこがれたからだし。空のこと以外は、全然、考えていなかった。私も同じだから、みんなが空を飛ぶ仕事に就きたがるのは、よく分かる。
「若い世代は、皆そんなもんさ。空飛んでるほうがカッコイイと思ってるしな。でも、この町が、海のお蔭でここまで発展したことを、忘れちゃいかんよ。何もなかったこの町で生きて来れたのは、海の恵みがあったからだからな」
確かに、その通りかもしれない――。
私も正直、今までは、特に海に感謝したことがない。日々空を飛び回り、海はただの風景の一つとしか見ていなかった。でも、美味しい魚が食べられるのも、毎日、頑張って働いている漁師さんや、海のお蔭なんだよね。
私が真剣に考えていると、すぐそばで、カランと音がした。よく見るとボウルには、食べ終わった貝殻が、山積みになっている。隣では、会話などお構いなしに、無心で食べ続ける、フィニーちゃんの姿があった。
「本当に、よい食べっぷりじゃな、小さなお嬢ちゃん」
「おいしいから、いくらでも食べられる」
フィニーちゃんは、まだまだ食べる気満々だ。
「こりゃ、将来、大物になるぞ」
「きっと、すげー強いかあちゃんになるな」
漁師さんたちから、再び笑いが起こった。
「あの……何かすいません。突然お邪魔したうえに、こんなに頂いちゃって」
私もいくつか食べたが、フィニーちゃんのは量が尋常じゃない。フィニーちゃんは気にせずとも、私のほうが気を遣ってしまう。
「ええって、ええって。若い人が来てくれるだけで、華やぐからな。蒼海祭だって、年に一度でも、若者たちが海に興味を持ってくれるんなら、それでええんさ」
「元々は、漁師の始めた神事だったが、みんなが食べて騒いで、楽しんでくれりゃ、それでいい。嬢ちゃんたちも、存分に楽しんでな」
「はい! 一杯食べて、思いっ切り楽しみます」
今まで、あまり気にしていなかった、海で働く人たちと、たくさんの海の恵み。空の町であると共に、海の町でもあることも、忘れちゃいけないよね。
私は、この時初めて『もう少し歴史を勉強したほうがいいな』と、心の底から思ったのだった。
新しく進化していく中でも、古き良き伝統は、ずっと残って行くのだから……。
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『母親と娘の関係ってどの家庭も難しいんだね』
子供を愛さない母親がいるものかい
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