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第3部 笑顔の裏に隠された真実
1-1勇気を持って一歩踏み出さなければ分からないこともある
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私はカフェのテラス席で、目の前にいるツバサさんの言葉を、緊張しながら聴いていた。ツバサさんの様子から、ただ事ではないのが、すぐに分かった。
普段は、飄々として軽いノリの彼女が、珍しく真剣な表情をしているからだ。いや、真剣というより『深刻な表情』と言ったほうが、正確かもしれない。
空気を読むのが、あまり得意じゃない私にも、ヒシヒシと重い空気が伝わって来るのが分かった。正直、話を聴くのが怖い。
でも、聴かなければ、リリーシャさんのことが、何も分からないままだ。私は背筋を正すと、覚悟を決めて、ツバサさんの言葉を待った。
ツバサさんは、私をジッと見つめながら、静かに話し始めた。
「風歌ちゃんが、この町に来たのは、確か三月ごろだったよね?」
「はい、三月末でした」
まだ、ほんの少し、肌寒かった気がする。まぁ、割と薄着で来ちゃったのも、あるんだけど。
「正確な日付は、分かる?」
「二十一日のナイトラインに乗って、到着したのが、二十二日の早朝でした」
私は、その質問に即答した。なぜなら、到着日の前後は、とてもよく覚えているからだ。色々と、印象的な出来事が多かったので……。
三月二十一日に、中学の卒業式があって。そのあと、家に帰ってから、親と大喧嘩。その日の夜には、家を飛び出し『ナイトライン』に乗って、こっちの世界にやって来た。
今思えば、とんでもなく、スピーディーな家出だったよね。本当に、勢いだけで家出して、何も先のことを考えてなかったし。
ちなみに『ナイトライン』とは、時空航行船の夜行便のこと。料金は通常便の半額以下。ただし、通常便が『三時間半』で到着に対し、夜行便は『八時間』もかかる。そのため、夜に出航して、翌日の早朝に到着するようになっていた。
「二十二日――なるほどね。ようやく、全てが理解できたよ」
「えっ?」
ツバサさんは、納得した様子で小さく頷いた。でも、私には、何が何だか、サッパリ分からない。
「今から、一年半ほど前。ある悲しい事件が、起こったんだ。風歌ちゃんが来る、一年以上も前だから、知らなくて当然だよね」
「えぇ、まぁ……」
もっとも、ちゃんと勉強していれば、分かるのかもしれない。でも、私は必要以上には、調べたり勉強したりは、してないから――。
ツバサさんは、一呼吸おいてから、再び話し始めた。
「〈ウインド・ストリート〉は、知っているよね?」
「練習飛行やお茶をしに、よく行っています」
私のお気に入りの場所の1つだ。風も気持ちいいし、オシャレなお店も多い。
「事件は、そこで起こったんだ。しかも、昼間の人が沢山いる時間帯にね」
「えっ?!」
平和で穏やかなあの地区で、事件があったとは、とても思えない。もしかして、殺人事件とか? いやいや、まさかね……。
「私たちシルフィードが、お客様をご案内する際。最も大事なことは、何だと思う?」
「えぇと――笑顔ですか?」
やっぱり、接客と言えば、笑顔が最も大事だよね。リリーシャさんも、凄く素敵な笑顔で、接客してるし。
「もちろん、笑顔は大事だよ。でも、もっと基本的なことが、あるんじゃない?」
「うーん、安全ですか?」
笑顔以外と言えば、安全飛行しか思い浮かばない。
「そう、それが一番、大事なことなんだ」
そうだった。『安全第一』は、シルフィードが、一番、最初に学ぶことだ。見習いのシルフィードが、お客様を乗せてはいけない理由も、そこにある。
普通の観光案内なので、危険はないとはいえ、乗り物で空を飛ぶ以上、お客様の命を、預かっているのだから。ただ、普段は、あまり気にしていないので、いきなり質問されると、すぐには出てこないんだよね……。
「でも、どんなに安全に気を付けていても、不慮の事故は、起こってしまうものなんだ」
「つまり〈ウインド・ストリート〉で、事故が起こったということですか?」
ツバサさんは、小さく頷くと、
「シルフィード史上、最悪の事故がね――」
より深刻そうな表情を、浮かべながら答えた。
史上最悪って、かなり酷い大事故だよね? でも、それとリリーシャさんって、どんな関係があるんだろ? まさか、リリーシャさんが、事故の当事者なんてことは……?
いやいや、いくらなんでも、それはないよ。だって、リリーシャさんの操縦技術は、超一級だし。何より、物凄く安全運転に、気を遣っているもん。私の操縦なんかとは、安全レベルの次元が違う。
私は、ゴクリとつばを飲み込み、ツバサさんの次の言葉を待った。
「ある日、三組の夫婦、計七人の乗ったエア・ゴンドラが〈西地区〉の上空を飛んでいた。そのうちの一組は、結婚したばかりで、新婚旅行で来ていたんだ。割とよくある話だよね」
確かに〈グリュンノア〉は、新婚旅行で大人気だ。大陸からも、多くのカップルたちが訪れる。うちの会社の予約も、新婚さんが、かなり多いんだよね。
「天気は快晴、風も微風。まさに、空の観光日和。観光案内は、とても順調に進んで〈サファイア・ビーチ〉に向かう途中、その事故は起こったんだ――」
「何の前触れもなく、いきなりゴンドラが墜落。しかも、往来の多い〈ウインド・ストリート〉の、ど真ん中にね」
ツバサさんは、悲痛な表情を浮かべる。
「なっ?! それじゃ、歩いていた人たちも、巻き込んでしまったんですか?」
彼女は何も言わずに、静かに頷いた。
何てこと……。それって、とんでもない大惨事じゃない。お客さんが、六人乗っていたということは、かなり大きなエア・ゴンドラだ。
となると、落ちた時の衝撃も大きく、巻き込まれた人も、多かったはず。そもそも〈ウインド・ストリート〉は人気が高く、いつも人通りが多いし――。
「ゴンドラに乗っていた六人のお客様と、操縦していたシルフィードは、全員、死亡。ただ、奇跡的にも、人通りの少ないタイミングで落ちたため、巻き込まれた通行人は二名。ただ、一人は重体、もう一人は、亡くなってしまったんだ」
あまりの凄惨な状況に、私は胸が痛くなり、一瞬、息ができなくなる。
「酷い――そんな事故が……」
私は胸をおさえ、何とか気持ちを落ち着けようと、必死に努力した。
しばしの間、沈黙が訪れる――。
ツバサさんは両手を組み、目をつむって険しい表情をしていた。いつも、にこやかなツバサさんからは、考えられない表情だった。ツバサさん自身も、あまり思い出したくない出来事だったのかもしれない。
「この痛ましい事件を、忘れないため。また、不幸にも命を落とした方たちを、追悼するため。年に一度、三月に、町をあげての『追悼式』が行われるんだ」
三月って、私がこの町に来た月だ。つまり、追悼式は、私が来る前に、行われていたことになる。だから、そんな大事故を、知らなかったのだ。
「とても悲しい事故だったのと、けっして繰り返さないよう、気を付けなければならないのは、とてもよく分かりました――」
「でも、その事故と、リリーシャさんって、どんな関係があるんですか? もしかして、リリーシャさんも、巻き込まれたとかですか……?」
私は少し考えたあと、ツバサさんに、恐る恐る尋ねてみた。
「いや――この事故に、リリーは関係ないよ。僕もリリーも、この事故の時〈西地区〉には、いなかったから」
いつもの快活なツバサさんと違い、どうにも歯切れが悪い。
「そうですか」
少し不謹慎かもしれないけど、私は心底ホッとした。巻き込まれたのが、リリーシャさんじゃなくて、本当に良かった。リリーシャさん、ピンピンしてるし。ちょっと、考え過ぎだったね。
「ただ、間接的には、関係あるんだ……。巻き込まれたのは、アリーシャさんだから」
「えぇっ?!」
私は一瞬にして、頭から血の気が引いた。
それって、つまり――。私の中で、次々と過去の記憶が、高速再生されて行く。リリーシャさんが、アリーシャさんの話を全然しなかったのって、この事故が関係してたから?
もしかして、この事故が原因で、引退しちゃったってこと? じゃあ、アリーシャさんは、今どこに?
頭の中が、ごちゃごちゃになって、軽いめまいが起きた。私は額を手で押さえ、必死に考えをまとめようとする。だが、鼓動が激しくなり、変な汗まで出て来て、何が何だか、訳が分からなくなって来た。
「……ちゃん。風歌ちゃん、大丈夫?」
ふと我に返ると、ツバサさんが、とても心配そうな表情で、私をのぞき込んでいる。
「あ――すいません、大丈夫です。ちょっと驚いて、頭の中がグルグルしてしまって……」
「無理もないよ。僕だって、この事故を知った時は、心臓が止まりそうになったからね」
ツバサさんは苦笑する。いつもの、軽い感じのツバサさんに戻っていた。
「とりあえず、お茶を飲んで落ちついて」
私は勧められるまま、アイスティーのストローに口を付ける。
冷たいお茶が喉を通り、少し落ち着いた。空を見上げると、綺麗な青空が広がっている。でも、私の心の中には、暗雲が垂れ込めていた。
過去の出来事は、だいたい分かった。リリーシャさんが、抱えていた苦悩も、何となく理解できた。けど、まだ一つ、肝心なことが分かっていなかった。
しかし、これを知るには、物凄く勇気が必要だ。でも、知らなければ、前には進めない――。
「あの……今、アリーシャさんは、どうされているんですか?」
先ほど、ツバサさんは、巻き込まれた通行人は二名。一人は重体、もう一人は、亡くなったと言っていた。じゃあ、アリーシャさんは――?
ツバサさんは、手にしていたティーカップを、ゆっくり受け皿に置くと、静かに答えた。
「今から、会いに行くかい?」
「えっ?! 会えるんですか? というか、どこにいるんですか?」
まさかの答えに、再び心臓が跳ねあがる。
「アリーシャさんなら〈西地区〉にいるよ」
「そうだったんですか……」
私は、ほっとして胸をなでおろす。怪我がどうなったかは、分からないけど。少なからず、生きているってことだ。
てか、近っ! 私はてっきり、この町には、いないのだと思い込んでいた。
〈グリュンノア〉は、私から見ると充分に都会だけど、あくまでリゾート地だ。ケーキ屋のロゼちゃんも言っていたけど、一流の人たちは、みんな大陸で活動している。なので、大陸で第二の人生を、送っているのだと思っていた。
「じゃ、行こうか」
ツバサさんは、テーブルにお金を置くと、スッと立ち上がった。私もそのあとに続く。
いったい『伝説のシルフィード』って、どんな人なんだろう? やっぱり、事故が原因で、引退しちゃったのかな?
期待と不安が入り混じり、考えれば考えるほど、胸の鼓動が速くなって行くのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『物事には裏と表があるけどいつも見ているのは表側なんだよね』
世界は裏と表で構成されているのです! 9回表と裏しかり、真実と嘘もね!
普段は、飄々として軽いノリの彼女が、珍しく真剣な表情をしているからだ。いや、真剣というより『深刻な表情』と言ったほうが、正確かもしれない。
空気を読むのが、あまり得意じゃない私にも、ヒシヒシと重い空気が伝わって来るのが分かった。正直、話を聴くのが怖い。
でも、聴かなければ、リリーシャさんのことが、何も分からないままだ。私は背筋を正すと、覚悟を決めて、ツバサさんの言葉を待った。
ツバサさんは、私をジッと見つめながら、静かに話し始めた。
「風歌ちゃんが、この町に来たのは、確か三月ごろだったよね?」
「はい、三月末でした」
まだ、ほんの少し、肌寒かった気がする。まぁ、割と薄着で来ちゃったのも、あるんだけど。
「正確な日付は、分かる?」
「二十一日のナイトラインに乗って、到着したのが、二十二日の早朝でした」
私は、その質問に即答した。なぜなら、到着日の前後は、とてもよく覚えているからだ。色々と、印象的な出来事が多かったので……。
三月二十一日に、中学の卒業式があって。そのあと、家に帰ってから、親と大喧嘩。その日の夜には、家を飛び出し『ナイトライン』に乗って、こっちの世界にやって来た。
今思えば、とんでもなく、スピーディーな家出だったよね。本当に、勢いだけで家出して、何も先のことを考えてなかったし。
ちなみに『ナイトライン』とは、時空航行船の夜行便のこと。料金は通常便の半額以下。ただし、通常便が『三時間半』で到着に対し、夜行便は『八時間』もかかる。そのため、夜に出航して、翌日の早朝に到着するようになっていた。
「二十二日――なるほどね。ようやく、全てが理解できたよ」
「えっ?」
ツバサさんは、納得した様子で小さく頷いた。でも、私には、何が何だか、サッパリ分からない。
「今から、一年半ほど前。ある悲しい事件が、起こったんだ。風歌ちゃんが来る、一年以上も前だから、知らなくて当然だよね」
「えぇ、まぁ……」
もっとも、ちゃんと勉強していれば、分かるのかもしれない。でも、私は必要以上には、調べたり勉強したりは、してないから――。
ツバサさんは、一呼吸おいてから、再び話し始めた。
「〈ウインド・ストリート〉は、知っているよね?」
「練習飛行やお茶をしに、よく行っています」
私のお気に入りの場所の1つだ。風も気持ちいいし、オシャレなお店も多い。
「事件は、そこで起こったんだ。しかも、昼間の人が沢山いる時間帯にね」
「えっ?!」
平和で穏やかなあの地区で、事件があったとは、とても思えない。もしかして、殺人事件とか? いやいや、まさかね……。
「私たちシルフィードが、お客様をご案内する際。最も大事なことは、何だと思う?」
「えぇと――笑顔ですか?」
やっぱり、接客と言えば、笑顔が最も大事だよね。リリーシャさんも、凄く素敵な笑顔で、接客してるし。
「もちろん、笑顔は大事だよ。でも、もっと基本的なことが、あるんじゃない?」
「うーん、安全ですか?」
笑顔以外と言えば、安全飛行しか思い浮かばない。
「そう、それが一番、大事なことなんだ」
そうだった。『安全第一』は、シルフィードが、一番、最初に学ぶことだ。見習いのシルフィードが、お客様を乗せてはいけない理由も、そこにある。
普通の観光案内なので、危険はないとはいえ、乗り物で空を飛ぶ以上、お客様の命を、預かっているのだから。ただ、普段は、あまり気にしていないので、いきなり質問されると、すぐには出てこないんだよね……。
「でも、どんなに安全に気を付けていても、不慮の事故は、起こってしまうものなんだ」
「つまり〈ウインド・ストリート〉で、事故が起こったということですか?」
ツバサさんは、小さく頷くと、
「シルフィード史上、最悪の事故がね――」
より深刻そうな表情を、浮かべながら答えた。
史上最悪って、かなり酷い大事故だよね? でも、それとリリーシャさんって、どんな関係があるんだろ? まさか、リリーシャさんが、事故の当事者なんてことは……?
いやいや、いくらなんでも、それはないよ。だって、リリーシャさんの操縦技術は、超一級だし。何より、物凄く安全運転に、気を遣っているもん。私の操縦なんかとは、安全レベルの次元が違う。
私は、ゴクリとつばを飲み込み、ツバサさんの次の言葉を待った。
「ある日、三組の夫婦、計七人の乗ったエア・ゴンドラが〈西地区〉の上空を飛んでいた。そのうちの一組は、結婚したばかりで、新婚旅行で来ていたんだ。割とよくある話だよね」
確かに〈グリュンノア〉は、新婚旅行で大人気だ。大陸からも、多くのカップルたちが訪れる。うちの会社の予約も、新婚さんが、かなり多いんだよね。
「天気は快晴、風も微風。まさに、空の観光日和。観光案内は、とても順調に進んで〈サファイア・ビーチ〉に向かう途中、その事故は起こったんだ――」
「何の前触れもなく、いきなりゴンドラが墜落。しかも、往来の多い〈ウインド・ストリート〉の、ど真ん中にね」
ツバサさんは、悲痛な表情を浮かべる。
「なっ?! それじゃ、歩いていた人たちも、巻き込んでしまったんですか?」
彼女は何も言わずに、静かに頷いた。
何てこと……。それって、とんでもない大惨事じゃない。お客さんが、六人乗っていたということは、かなり大きなエア・ゴンドラだ。
となると、落ちた時の衝撃も大きく、巻き込まれた人も、多かったはず。そもそも〈ウインド・ストリート〉は人気が高く、いつも人通りが多いし――。
「ゴンドラに乗っていた六人のお客様と、操縦していたシルフィードは、全員、死亡。ただ、奇跡的にも、人通りの少ないタイミングで落ちたため、巻き込まれた通行人は二名。ただ、一人は重体、もう一人は、亡くなってしまったんだ」
あまりの凄惨な状況に、私は胸が痛くなり、一瞬、息ができなくなる。
「酷い――そんな事故が……」
私は胸をおさえ、何とか気持ちを落ち着けようと、必死に努力した。
しばしの間、沈黙が訪れる――。
ツバサさんは両手を組み、目をつむって険しい表情をしていた。いつも、にこやかなツバサさんからは、考えられない表情だった。ツバサさん自身も、あまり思い出したくない出来事だったのかもしれない。
「この痛ましい事件を、忘れないため。また、不幸にも命を落とした方たちを、追悼するため。年に一度、三月に、町をあげての『追悼式』が行われるんだ」
三月って、私がこの町に来た月だ。つまり、追悼式は、私が来る前に、行われていたことになる。だから、そんな大事故を、知らなかったのだ。
「とても悲しい事故だったのと、けっして繰り返さないよう、気を付けなければならないのは、とてもよく分かりました――」
「でも、その事故と、リリーシャさんって、どんな関係があるんですか? もしかして、リリーシャさんも、巻き込まれたとかですか……?」
私は少し考えたあと、ツバサさんに、恐る恐る尋ねてみた。
「いや――この事故に、リリーは関係ないよ。僕もリリーも、この事故の時〈西地区〉には、いなかったから」
いつもの快活なツバサさんと違い、どうにも歯切れが悪い。
「そうですか」
少し不謹慎かもしれないけど、私は心底ホッとした。巻き込まれたのが、リリーシャさんじゃなくて、本当に良かった。リリーシャさん、ピンピンしてるし。ちょっと、考え過ぎだったね。
「ただ、間接的には、関係あるんだ……。巻き込まれたのは、アリーシャさんだから」
「えぇっ?!」
私は一瞬にして、頭から血の気が引いた。
それって、つまり――。私の中で、次々と過去の記憶が、高速再生されて行く。リリーシャさんが、アリーシャさんの話を全然しなかったのって、この事故が関係してたから?
もしかして、この事故が原因で、引退しちゃったってこと? じゃあ、アリーシャさんは、今どこに?
頭の中が、ごちゃごちゃになって、軽いめまいが起きた。私は額を手で押さえ、必死に考えをまとめようとする。だが、鼓動が激しくなり、変な汗まで出て来て、何が何だか、訳が分からなくなって来た。
「……ちゃん。風歌ちゃん、大丈夫?」
ふと我に返ると、ツバサさんが、とても心配そうな表情で、私をのぞき込んでいる。
「あ――すいません、大丈夫です。ちょっと驚いて、頭の中がグルグルしてしまって……」
「無理もないよ。僕だって、この事故を知った時は、心臓が止まりそうになったからね」
ツバサさんは苦笑する。いつもの、軽い感じのツバサさんに戻っていた。
「とりあえず、お茶を飲んで落ちついて」
私は勧められるまま、アイスティーのストローに口を付ける。
冷たいお茶が喉を通り、少し落ち着いた。空を見上げると、綺麗な青空が広がっている。でも、私の心の中には、暗雲が垂れ込めていた。
過去の出来事は、だいたい分かった。リリーシャさんが、抱えていた苦悩も、何となく理解できた。けど、まだ一つ、肝心なことが分かっていなかった。
しかし、これを知るには、物凄く勇気が必要だ。でも、知らなければ、前には進めない――。
「あの……今、アリーシャさんは、どうされているんですか?」
先ほど、ツバサさんは、巻き込まれた通行人は二名。一人は重体、もう一人は、亡くなったと言っていた。じゃあ、アリーシャさんは――?
ツバサさんは、手にしていたティーカップを、ゆっくり受け皿に置くと、静かに答えた。
「今から、会いに行くかい?」
「えっ?! 会えるんですか? というか、どこにいるんですか?」
まさかの答えに、再び心臓が跳ねあがる。
「アリーシャさんなら〈西地区〉にいるよ」
「そうだったんですか……」
私は、ほっとして胸をなでおろす。怪我がどうなったかは、分からないけど。少なからず、生きているってことだ。
てか、近っ! 私はてっきり、この町には、いないのだと思い込んでいた。
〈グリュンノア〉は、私から見ると充分に都会だけど、あくまでリゾート地だ。ケーキ屋のロゼちゃんも言っていたけど、一流の人たちは、みんな大陸で活動している。なので、大陸で第二の人生を、送っているのだと思っていた。
「じゃ、行こうか」
ツバサさんは、テーブルにお金を置くと、スッと立ち上がった。私もそのあとに続く。
いったい『伝説のシルフィード』って、どんな人なんだろう? やっぱり、事故が原因で、引退しちゃったのかな?
期待と不安が入り混じり、考えれば考えるほど、胸の鼓動が速くなって行くのだった……。
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