149 / 363
第4部 理想と現実
3-7元シルフィードクイーンは全てにおいて次元が違ってた
しおりを挟む
本日は水曜日なので、会社はお休みだ。でも、休日でも、普通に早起きしている。というのも、これから『朝市』に行くからだ。まぁ、毎度のことだけど、お金がない。食費だけでもギリギリなのに、他にも色々お金が掛かる。
コインランドリーで洗濯するお金とか、銭湯に行ったりとか。普段は、会社のシャワーを借りてるけど、休日は使えないし。たまには、お湯に浸かりたいからね。
あとは、やっぱり、友達付き合いのお金だ。これは、絶対に削れない、必要経費だよね。お茶や食事には、よく行くので、徹底的に切り詰めなければならない。
でも、今日は運がいいことに、一階まで下りたらノーラさんに会って、朝食をご馳走してもらうことになった。ただし、ノーラさんのガレージの掃除を、手伝うのが条件だ。
もちろん、私は一発返事でOKした。掃除は、仕事で毎日やってて得意だし。ご飯がタダで食べられるなら、雑用ぐらい安いものだ。
そんなわけで、朝食が終わったあと、私はノーラさんのガレージに来ていた。アパートの裏門を出て、ほんの少し歩いたところにある。
シャッターのしまった、大きな建物があるのは、上空から見て知っていた。何かの倉庫だと思っていたが、ノーラさんの所有物だったのだ。
シャッターを開けると、物凄く広々した空間に、たくさんの機体が置いてあった。〈ホワイト・ウイング〉のガレージより大きいし、置いてある機体数も多い。
「うわぁー、凄い数! シルフィードの仕事が、できるぐらい有るんじゃないですか? 会社でも、やるつもりだったんですか?」
これって、下手な個人企業よりも、機体数が多い。その気になれば、すぐにでも、営業が開始できそうだ。
「そんなもん、興味ないよ。ただ、趣味で集めただけだ」
「趣味で、こんなに沢山……」
色々な機体が置いてあるけど、中には物凄く凝ったデザインのものや、見たことのない機体もある。以前、乗せてもらった、青い流線型の機体もあった。置いてある『エア・カート』は、どれもスポーツタイプだ。
スポーツタイプは、かなり高価で、数百万から、物によっては一千万ベル以上する。あまり詳しくは知らないけど、エンジンや機体の素材が違うらしい。
ここにある機体を全て合わせたら、数千万ベル。いや、一億ベル以上になるかもしれない。ノーラさんって、実は物凄いお金持ちなのでは――?
「まぁ、昔は入った給料、全てカートやドルフィンに、つぎ込んでたからな。新機を買ったり、カスタムしたり」
「そういえば、ノーラさんって、昔レーサーをやってたんでしたっけ? 自分で機械いじりもするんですか?」
現役時代は『疾風の剣』の二つ名で、最速のシルフィードって言われてたんだよね。色んなレースでも、優勝してたみたいだし。
「レーサーじゃなくて、ただの趣味だ。プロにならなくたって、レースは出られる。あと、機械いじりは、子供のころから、やってたからな。シルフィードだって、メンテでいじったりはするだろ?」
「いやー、私、マナ工学とか機械いじりは、苦手なんですよ……」
最低限の整備はするけど、いつもマニュアルと、にらめっこしながらだった。
「お前、本当に何もできないな。得意なもん、1つも無いんじゃないのか?」
「んがっ――。た、体力と運動神経は、自信あるんですけどね」
相変わらず、ノーラさんは手厳しい。確かに、得意なものって、私何もないよね。運動が得意といっても『ノア・マラソン』では、散々だったし……。
私はふと、ある機体に目がとまった。銀色の流線型の機体だ。ボディに光が反射し、綺麗な光沢が浮き出ている。私は顔を近づけて、ジーッと観察した。
「傷つけるなよ。お前の給料、十年分でも足りないぐらい高いからな」
「えぇっ?!」
私は慌てて飛びのく。見るからに、高そうな機体だった。
「あのー、つかぬ事をお聴きしますが。ノーラさんって、現役時代、月にいくらぐらい、お給料もらってたんですか?」
こんな質問をするのは、失礼かもしれない。でも、お金の出どころが、ちょっと気になったので。それとも、アパート経営って、そんなに儲かるんだろうか――?
「そんなこと聴いて、どうするんだ?」
「いや、ここにある機体、どれも高そうですし。相当、稼いでいないと買えないかなぁー、なんて思ったので」
そういえば、ナギサちゃんが以前、上位階級のシルフィードは、全然お給料が違うって、言ってた気がする。『シルフィード・クイーン』ともなれば、相当な額をもらっていたはずだ。
「あまり、気にしたことがなかったな……。映像公開権やCM出演料。あと、レースの賞金が、まとまって入って来た時は、確か、一億、超えてたと思うが」
「ちょっ?! それって、年収じゃなくて、月収ですか?」
「お前が、月いくらって訊いたんだろ。まぁ、明細とか、あまり見てなかったから、ざっくりだけどな。通常は、月に四、五千万ぐらいだったと思うぞ」
「なっ……?!」
私は完全に固まった。桁が違いすぎて、私の頭では計算不能だったからだ。そもそも、今の私にとっては、十万ベルでも物凄い大金だ。次元が違いすぎて、訳がわかんないよ――。
「シルフィード・クイーンって、そんなに儲かるんですか……?」
単に人気が凄いだけだと思ってたから、お給料のこととか考えもしなかった。
「もっと、稼いでるやつもいたぞ。私は基本、メディアに出るのは、好きじゃなかったからな。取材や広告も、付き合いで、仕方なく出てただけだから」
「す、凄い世界ですね……。私も、シルフィード・クイーンになったら、そんなに一杯、お給料もらえるんですか?」
もしそうなれば、毎日、お腹いっぱいご飯が食べられる。って、ご飯のことしか思い浮かばない、私の想像力の貧困さが、ちょっと悲しい。
「そういうのは、なってから言え。上位階級になれるのが、ほんの一握りなのは、お馬鹿なお前だって、分かってるだろ?」
「ですよねぇー。って、お馬鹿は止めて下さいよ!」
すっかり、お馬鹿キャラ扱いされている――。いや、頭は良くないけどさ。毎日、勉強も頑張ってるんだし。私だって、いつまでも、無知なままじゃないんだからね。
私は手渡されたフワフワのはたきで、機体を一つずつ、丁寧にホコリを落としていく。最初にホコリを落として、そのあとは、各機体を雑巾で拭いて行く、地道な作業だ。
機体の掃除なら、毎日の仕事で慣れていた。とはいえ、高級車が多いので、ちょっと緊張する。
台数は〈ホワイト・ウイング〉に置いてあるより多いけど、今回は二人でやっているので、順調に進んでいた。そういえば、いつも一人でやっているから、二人で掃除をするのって、初めてかも。誰かと掃除するのって、結構、楽しい。
私は一台ずつ、横に移動しながら進めて行く。すると、黒色のシートが被っている機体を発見した。
「ノーラさん、何でこれだけ、シートが被っているんですか?」
「それは、最近、全く使っていないからだ。試しに、シートを外してみな」
私は言われるままに、そっとシートを外してみる。すると、中から出てきたのは、エア・ドルフィンだった。いつも見かける機体とは、少し形が違うので、古い型だろうか?
「普通のエア・ドルフィンと違う気が……。デザインも、物凄くシンプルだし」
「計器類と、ハンドルを見てみな」
私がハンドルに顔を近づけると、何か違和感があった。
「あれっ――これって『スターター・ボタン』がない。それに、アクセルも付いてないじゃないですか。これ欠陥品ですよね?」
いつも見慣れているパーツが、ごっそり抜けているのだ。エンジンを起動するボタンがないし、スピード調整するアクセルが、ハンドルに付いていない。こんなんじゃ、どう考えたって、飛べるわけがないよね。
「そんな訳あるか。それは『フルマニュアル機』だ。エンジンの起動も、スピード調整も、全部、自分の魔力コントロールでやるんだよ」
「えっ……そんなこと出来るんですか?」
「それが出来なきゃ、エア・ゴンドラやエア・ボードは、飛ばせないだろうが」
「あぁ、確かに――そう言われて見れば」
会社にも、エア・ゴンドラは置いてある。オールもないし、操作系の装置は、一切ついていない。リリーシャさんは、立ったまま、何もいじらずに操縦していた。
「お前、少しは魔力コントロール、できるようになったのか?」
「はい。毎日エア・ドルフィンで空を飛んでますから、バッチリですよ。ウォーター・ドルフィンの時も、かなり練習しましたし」
以前に比べて、上昇や下降もスムーズになったし、安定して加速できるようになった。乗り始めたばかりのころに比べると、雲泥の差だ。
「なら、試しにそれに乗ってみな。ま、今のお前には、まだ無理だろうが」
「そんなこと有りませんよ。私、すっごく練習してますから」
私は、エア・ドルフィンに乗り込むと、自信満々にハンドルを握った。
「って、あれ……? これ、どうやって起動するんですか?」
いつも通り『スターターボタン』を押そうとするが、あるべき場所に何もない。
「自分で魔力を流し込んで、マナ・フローター・エンジンを、起動するんだよ」
「え、えーっと――?」
理屈は分かるんだけど、スイッチを押さずにエンジンを起動するイメージが、まったく分からない。
「普段、機械に頼りっきりだから、そうなるんだ。昔の魔女たちが、どうやって空を飛んでいたか、知ってるか?」
「ほうきに乗って、飛んでたんですよね? でも、本当にほうきなんかで、空を飛べたんですか?」
ほうきに乗って空を飛ぶ魔女って、ただの作り話だと思ってた。向こうの世界でも、そういう架空の物語は、結構あるからね。
「ほうきは、魔女の象徴的な道具に過ぎない。乗れりゃ、何でもいいんだよ。あとは、魔力コントロールしだいだからな」
魔力コントロールが、重要なのは分かる。でも、それだけで飛べるイメージが、全く湧いてこない。普通のエア・ドルフィンですら、乗るのにかなり苦労したし。いまだに、魔力の存在は、何となくしか分かっていない。
「ぐぬうぅぅー!」
命一杯、気合を入れて、魔力を込めてみる。でも、機体はピクリとも動かなかった。
「やっぱ、お前には、まだ無理だな。もしかしたら、一生、無理かもしれないぞ」
「そんなこと有りませんって。絶対に、乗りこなして見せますから!」
意識を集中して、手のひらから機体に、魔力を流すイメージをする。だが、全く反応がない。その後も色々やってみるが、さっぱり動かなかった。
くぅー、悔しいー! なんで動かないのよー? これじゃ、リリーシャさんやツバサさんみたく、かっこよく操縦できないじゃん……。
私がうんうん唸りながらやっていると、
「ちょっと、どいてみろ。見本を見せてやる」
見かねたノーラさんが、近くにやってきた。
私が機体から降りると、ノーラさんはサッと飛び乗り、ハンドルを握る。次の瞬間、エンジンの起動音がして、フワッと浮き上がった。
「す、凄い! そんな簡単に――?!」
そのまま、空中で方向転換すると、スーッと外に飛んでいった。いともたやすくやっているが、ホバーしながらの方向転換は、物凄い高等テクニックだ。
私の場合は、浮いたまま止まることは出来ないし、曲がる時も、かなり大回りしないとダメだった。
外に出て機体を見ると、空中で停止してから、180度向きを変えると、再びガレージの中に戻って来た。そのまま、元の場所に進むと、再び方向転換して静かに降りる。停めてあった場所と寸分たがわない、見事な着地だった。
速くて正確な、驚異的な操縦技術だ。あと、魔力コントロールが、段違いに上手い。それに比べたら、私の操縦など、お遊びに感じてしまうぐらいだ。
「凄すぎです! 今まで見た誰よりも、操縦が上手いです。リリーシャさんだって、ここまでは、できないと思いますよ」
「仮にも、元シルフィード・クイーンだぞ。この程度、できて当然だろ」
ノーラさんは、さも当たり前そうに答える。
「どうすれば、こんなに上手く操縦できるんですか? 子供のころから、才能があったんですか?」
「馬鹿いえ。最初から出来るやつなんか、いるわけないだろ。お前なんかとは、練習量が桁違いなんだよ。どうせ、勤務時間しか練習してないんだろ?」
「まぁ、そうですけど。それが、普通じゃないんですか?」
勤務時間は、一生懸命、練習しているつもりだ。常に魔力コントロールを意識してるし。狭い場所の飛行や、難しい着陸なんかにも、挑戦している。空中で停止する『ホバー飛行』は、まだ全然できないんだけど……。
「私は、勤務時間はもちろん、普段の使える時間の全ては、練習に充ててたぞ。気になることが有れば、夜中に跳ね起きて、飛びに行ったりとかな。飛行技術ってのは、飛んだ時間に比例するものなんだよ」
「えっ、夜中もですか?!」
なるほど、全然、練習量が違いすぎる。私は、プライベートで散歩することはあっても、流石に練習まではしていなかった。
「ま、この程度もできないんじゃ『グランド・エンプレス』なんて、永遠に無理だな。それ以前に、お前の場合、一人前の昇級すら、無理なんじゃないか?」
「んがっ――」
ノーラさんはゲラゲラ笑うが、私は言葉を返せなかった。圧倒的な力の差を見せつけられ、さらに練習量まで負けていては、ぐうの音も出ない。やっぱり、上位階級になる人は、つくづく凄いと思う。
でも、私も負けてはいられない。ただでさえ、異世界出身で、専門の学校に行っていないハンデもあるんだから。
もっともっと、一杯練習して、必死に頑張らないと……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『防災用品は備えあれば憂いなしだよね』
最高を望みながら、最悪に備える。そしてその中間にある物事に驚かぬよう
コインランドリーで洗濯するお金とか、銭湯に行ったりとか。普段は、会社のシャワーを借りてるけど、休日は使えないし。たまには、お湯に浸かりたいからね。
あとは、やっぱり、友達付き合いのお金だ。これは、絶対に削れない、必要経費だよね。お茶や食事には、よく行くので、徹底的に切り詰めなければならない。
でも、今日は運がいいことに、一階まで下りたらノーラさんに会って、朝食をご馳走してもらうことになった。ただし、ノーラさんのガレージの掃除を、手伝うのが条件だ。
もちろん、私は一発返事でOKした。掃除は、仕事で毎日やってて得意だし。ご飯がタダで食べられるなら、雑用ぐらい安いものだ。
そんなわけで、朝食が終わったあと、私はノーラさんのガレージに来ていた。アパートの裏門を出て、ほんの少し歩いたところにある。
シャッターのしまった、大きな建物があるのは、上空から見て知っていた。何かの倉庫だと思っていたが、ノーラさんの所有物だったのだ。
シャッターを開けると、物凄く広々した空間に、たくさんの機体が置いてあった。〈ホワイト・ウイング〉のガレージより大きいし、置いてある機体数も多い。
「うわぁー、凄い数! シルフィードの仕事が、できるぐらい有るんじゃないですか? 会社でも、やるつもりだったんですか?」
これって、下手な個人企業よりも、機体数が多い。その気になれば、すぐにでも、営業が開始できそうだ。
「そんなもん、興味ないよ。ただ、趣味で集めただけだ」
「趣味で、こんなに沢山……」
色々な機体が置いてあるけど、中には物凄く凝ったデザインのものや、見たことのない機体もある。以前、乗せてもらった、青い流線型の機体もあった。置いてある『エア・カート』は、どれもスポーツタイプだ。
スポーツタイプは、かなり高価で、数百万から、物によっては一千万ベル以上する。あまり詳しくは知らないけど、エンジンや機体の素材が違うらしい。
ここにある機体を全て合わせたら、数千万ベル。いや、一億ベル以上になるかもしれない。ノーラさんって、実は物凄いお金持ちなのでは――?
「まぁ、昔は入った給料、全てカートやドルフィンに、つぎ込んでたからな。新機を買ったり、カスタムしたり」
「そういえば、ノーラさんって、昔レーサーをやってたんでしたっけ? 自分で機械いじりもするんですか?」
現役時代は『疾風の剣』の二つ名で、最速のシルフィードって言われてたんだよね。色んなレースでも、優勝してたみたいだし。
「レーサーじゃなくて、ただの趣味だ。プロにならなくたって、レースは出られる。あと、機械いじりは、子供のころから、やってたからな。シルフィードだって、メンテでいじったりはするだろ?」
「いやー、私、マナ工学とか機械いじりは、苦手なんですよ……」
最低限の整備はするけど、いつもマニュアルと、にらめっこしながらだった。
「お前、本当に何もできないな。得意なもん、1つも無いんじゃないのか?」
「んがっ――。た、体力と運動神経は、自信あるんですけどね」
相変わらず、ノーラさんは手厳しい。確かに、得意なものって、私何もないよね。運動が得意といっても『ノア・マラソン』では、散々だったし……。
私はふと、ある機体に目がとまった。銀色の流線型の機体だ。ボディに光が反射し、綺麗な光沢が浮き出ている。私は顔を近づけて、ジーッと観察した。
「傷つけるなよ。お前の給料、十年分でも足りないぐらい高いからな」
「えぇっ?!」
私は慌てて飛びのく。見るからに、高そうな機体だった。
「あのー、つかぬ事をお聴きしますが。ノーラさんって、現役時代、月にいくらぐらい、お給料もらってたんですか?」
こんな質問をするのは、失礼かもしれない。でも、お金の出どころが、ちょっと気になったので。それとも、アパート経営って、そんなに儲かるんだろうか――?
「そんなこと聴いて、どうするんだ?」
「いや、ここにある機体、どれも高そうですし。相当、稼いでいないと買えないかなぁー、なんて思ったので」
そういえば、ナギサちゃんが以前、上位階級のシルフィードは、全然お給料が違うって、言ってた気がする。『シルフィード・クイーン』ともなれば、相当な額をもらっていたはずだ。
「あまり、気にしたことがなかったな……。映像公開権やCM出演料。あと、レースの賞金が、まとまって入って来た時は、確か、一億、超えてたと思うが」
「ちょっ?! それって、年収じゃなくて、月収ですか?」
「お前が、月いくらって訊いたんだろ。まぁ、明細とか、あまり見てなかったから、ざっくりだけどな。通常は、月に四、五千万ぐらいだったと思うぞ」
「なっ……?!」
私は完全に固まった。桁が違いすぎて、私の頭では計算不能だったからだ。そもそも、今の私にとっては、十万ベルでも物凄い大金だ。次元が違いすぎて、訳がわかんないよ――。
「シルフィード・クイーンって、そんなに儲かるんですか……?」
単に人気が凄いだけだと思ってたから、お給料のこととか考えもしなかった。
「もっと、稼いでるやつもいたぞ。私は基本、メディアに出るのは、好きじゃなかったからな。取材や広告も、付き合いで、仕方なく出てただけだから」
「す、凄い世界ですね……。私も、シルフィード・クイーンになったら、そんなに一杯、お給料もらえるんですか?」
もしそうなれば、毎日、お腹いっぱいご飯が食べられる。って、ご飯のことしか思い浮かばない、私の想像力の貧困さが、ちょっと悲しい。
「そういうのは、なってから言え。上位階級になれるのが、ほんの一握りなのは、お馬鹿なお前だって、分かってるだろ?」
「ですよねぇー。って、お馬鹿は止めて下さいよ!」
すっかり、お馬鹿キャラ扱いされている――。いや、頭は良くないけどさ。毎日、勉強も頑張ってるんだし。私だって、いつまでも、無知なままじゃないんだからね。
私は手渡されたフワフワのはたきで、機体を一つずつ、丁寧にホコリを落としていく。最初にホコリを落として、そのあとは、各機体を雑巾で拭いて行く、地道な作業だ。
機体の掃除なら、毎日の仕事で慣れていた。とはいえ、高級車が多いので、ちょっと緊張する。
台数は〈ホワイト・ウイング〉に置いてあるより多いけど、今回は二人でやっているので、順調に進んでいた。そういえば、いつも一人でやっているから、二人で掃除をするのって、初めてかも。誰かと掃除するのって、結構、楽しい。
私は一台ずつ、横に移動しながら進めて行く。すると、黒色のシートが被っている機体を発見した。
「ノーラさん、何でこれだけ、シートが被っているんですか?」
「それは、最近、全く使っていないからだ。試しに、シートを外してみな」
私は言われるままに、そっとシートを外してみる。すると、中から出てきたのは、エア・ドルフィンだった。いつも見かける機体とは、少し形が違うので、古い型だろうか?
「普通のエア・ドルフィンと違う気が……。デザインも、物凄くシンプルだし」
「計器類と、ハンドルを見てみな」
私がハンドルに顔を近づけると、何か違和感があった。
「あれっ――これって『スターター・ボタン』がない。それに、アクセルも付いてないじゃないですか。これ欠陥品ですよね?」
いつも見慣れているパーツが、ごっそり抜けているのだ。エンジンを起動するボタンがないし、スピード調整するアクセルが、ハンドルに付いていない。こんなんじゃ、どう考えたって、飛べるわけがないよね。
「そんな訳あるか。それは『フルマニュアル機』だ。エンジンの起動も、スピード調整も、全部、自分の魔力コントロールでやるんだよ」
「えっ……そんなこと出来るんですか?」
「それが出来なきゃ、エア・ゴンドラやエア・ボードは、飛ばせないだろうが」
「あぁ、確かに――そう言われて見れば」
会社にも、エア・ゴンドラは置いてある。オールもないし、操作系の装置は、一切ついていない。リリーシャさんは、立ったまま、何もいじらずに操縦していた。
「お前、少しは魔力コントロール、できるようになったのか?」
「はい。毎日エア・ドルフィンで空を飛んでますから、バッチリですよ。ウォーター・ドルフィンの時も、かなり練習しましたし」
以前に比べて、上昇や下降もスムーズになったし、安定して加速できるようになった。乗り始めたばかりのころに比べると、雲泥の差だ。
「なら、試しにそれに乗ってみな。ま、今のお前には、まだ無理だろうが」
「そんなこと有りませんよ。私、すっごく練習してますから」
私は、エア・ドルフィンに乗り込むと、自信満々にハンドルを握った。
「って、あれ……? これ、どうやって起動するんですか?」
いつも通り『スターターボタン』を押そうとするが、あるべき場所に何もない。
「自分で魔力を流し込んで、マナ・フローター・エンジンを、起動するんだよ」
「え、えーっと――?」
理屈は分かるんだけど、スイッチを押さずにエンジンを起動するイメージが、まったく分からない。
「普段、機械に頼りっきりだから、そうなるんだ。昔の魔女たちが、どうやって空を飛んでいたか、知ってるか?」
「ほうきに乗って、飛んでたんですよね? でも、本当にほうきなんかで、空を飛べたんですか?」
ほうきに乗って空を飛ぶ魔女って、ただの作り話だと思ってた。向こうの世界でも、そういう架空の物語は、結構あるからね。
「ほうきは、魔女の象徴的な道具に過ぎない。乗れりゃ、何でもいいんだよ。あとは、魔力コントロールしだいだからな」
魔力コントロールが、重要なのは分かる。でも、それだけで飛べるイメージが、全く湧いてこない。普通のエア・ドルフィンですら、乗るのにかなり苦労したし。いまだに、魔力の存在は、何となくしか分かっていない。
「ぐぬうぅぅー!」
命一杯、気合を入れて、魔力を込めてみる。でも、機体はピクリとも動かなかった。
「やっぱ、お前には、まだ無理だな。もしかしたら、一生、無理かもしれないぞ」
「そんなこと有りませんって。絶対に、乗りこなして見せますから!」
意識を集中して、手のひらから機体に、魔力を流すイメージをする。だが、全く反応がない。その後も色々やってみるが、さっぱり動かなかった。
くぅー、悔しいー! なんで動かないのよー? これじゃ、リリーシャさんやツバサさんみたく、かっこよく操縦できないじゃん……。
私がうんうん唸りながらやっていると、
「ちょっと、どいてみろ。見本を見せてやる」
見かねたノーラさんが、近くにやってきた。
私が機体から降りると、ノーラさんはサッと飛び乗り、ハンドルを握る。次の瞬間、エンジンの起動音がして、フワッと浮き上がった。
「す、凄い! そんな簡単に――?!」
そのまま、空中で方向転換すると、スーッと外に飛んでいった。いともたやすくやっているが、ホバーしながらの方向転換は、物凄い高等テクニックだ。
私の場合は、浮いたまま止まることは出来ないし、曲がる時も、かなり大回りしないとダメだった。
外に出て機体を見ると、空中で停止してから、180度向きを変えると、再びガレージの中に戻って来た。そのまま、元の場所に進むと、再び方向転換して静かに降りる。停めてあった場所と寸分たがわない、見事な着地だった。
速くて正確な、驚異的な操縦技術だ。あと、魔力コントロールが、段違いに上手い。それに比べたら、私の操縦など、お遊びに感じてしまうぐらいだ。
「凄すぎです! 今まで見た誰よりも、操縦が上手いです。リリーシャさんだって、ここまでは、できないと思いますよ」
「仮にも、元シルフィード・クイーンだぞ。この程度、できて当然だろ」
ノーラさんは、さも当たり前そうに答える。
「どうすれば、こんなに上手く操縦できるんですか? 子供のころから、才能があったんですか?」
「馬鹿いえ。最初から出来るやつなんか、いるわけないだろ。お前なんかとは、練習量が桁違いなんだよ。どうせ、勤務時間しか練習してないんだろ?」
「まぁ、そうですけど。それが、普通じゃないんですか?」
勤務時間は、一生懸命、練習しているつもりだ。常に魔力コントロールを意識してるし。狭い場所の飛行や、難しい着陸なんかにも、挑戦している。空中で停止する『ホバー飛行』は、まだ全然できないんだけど……。
「私は、勤務時間はもちろん、普段の使える時間の全ては、練習に充ててたぞ。気になることが有れば、夜中に跳ね起きて、飛びに行ったりとかな。飛行技術ってのは、飛んだ時間に比例するものなんだよ」
「えっ、夜中もですか?!」
なるほど、全然、練習量が違いすぎる。私は、プライベートで散歩することはあっても、流石に練習まではしていなかった。
「ま、この程度もできないんじゃ『グランド・エンプレス』なんて、永遠に無理だな。それ以前に、お前の場合、一人前の昇級すら、無理なんじゃないか?」
「んがっ――」
ノーラさんはゲラゲラ笑うが、私は言葉を返せなかった。圧倒的な力の差を見せつけられ、さらに練習量まで負けていては、ぐうの音も出ない。やっぱり、上位階級になる人は、つくづく凄いと思う。
でも、私も負けてはいられない。ただでさえ、異世界出身で、専門の学校に行っていないハンデもあるんだから。
もっともっと、一杯練習して、必死に頑張らないと……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『防災用品は備えあれば憂いなしだよね』
最高を望みながら、最悪に備える。そしてその中間にある物事に驚かぬよう
0
あなたにおすすめの小説
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~
さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』
誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。
辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。
だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。
学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる
これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。
異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?
よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ!
こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ!
これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・
どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。
周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ?
俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ?
それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ!
よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・
え?俺様チート持ちだって?チートって何だ?
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる