【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

文字の大きさ
25 / 53

24.乱心

しおりを挟む

「シュクレ王立学園内でのルネ・ド・ボンボン子爵令息に対する暴力事件について」

 アントワーヌが淡々と書面を読み上げるのを、シャルルは満面の笑みで聞いている。そして、王妃も満面の笑みだ。それは、フロレルだけでなく、パーティーの参加者みなが無表情でいるのとは対照的であった。


「……これらの証言と証拠に基づき、ボンボン子爵令息に対してフロレル・ド・ショコラ公爵令息からの暴力は一切なかったことが認められる」
「待て、アントワーヌ!」
「続けて、ボンボン子爵家の馬車が暴漢からの襲撃を受けた件について」

 フロレルがルネに暴力を振るった事実が一切なかったとの調査結果を聞いたシャルルは青褪めてアントワーヌを止めようとした。しかし、アントワーヌはシャルルの言いつけに従い、淡々と書面を読み上げる。そう、シャルルに止められてもそれを中断することはない。

「……拘束された暴漢は尋問を受け、ショコラ公爵令息からの依頼だと白状した」
「……!」

 シャルルは、笑みを深めてフロレルを見た。しかし、フロレルは美しい姿勢を保ったまま全く表情を変えない。
なぜあいつはここまで追い詰められても平然としているのか。
 シャルルの胸に怒りの感情が再び燃え上がる。
 そして、王妃は変わらず悪辣な笑みを浮かべて、フロレルの姿を見入っている。

「……しかし、暴漢を派遣した犯罪者集団の幹部組織を辿ったところ、ショコラ公爵令息及びショコラ公爵家と接触した形跡はなく、ショコラ公爵家はこの事件には無関係である可能性が高いと結論付けた」
「……なんですって! 待ちなさい! 犯人はフロレルのはずよ!」

 王妃の叫び声に、ホールの空気がざわりと揺れる。
 なぜ王妃は、ルネを襲撃した犯人がフロレルだと断言するのか。誰しもがそれを疑問に思い、密かに囁く。

「王妃殿下は何かご存じなのか」「ショコラ公爵家ならば、それぐらいお手のものだろう」「しかし、襲撃は失敗しているのだろう?」「証人を生かしておく方がショコラ公爵家らしからぬことではないか?」「もし令息が犯人でなければ王妃殿下は……」

 王妃の声にも周囲のざわめきにも一切耳を貸すことなく、アントワーヌは文書を読み上げ続ける。そう、誰に止められようとも読み上げよと、シャルルが命じたのだから。

「そして、その犯罪者集団の幹部は、もし捕まった時にはショコラ公爵令息からの命であると証言するよう依頼者から指示されていた。その依頼者は、身分の高い高貴な女性からの命令により一連の計画を実行したと証言している。その人物は……」

 その言葉を聞いた王妃は座席から立ち上がり、叫んだ。

「アントワーヌ・ド・ショコラを不敬罪で拘束しなさい! シャルル! アントワーヌから書類を取り上げなさい!」

 尋常でない王妃の叫び声を聞いた卒業生もその家族もみなが、一瞬にしてホールの温度が下がったかのように錯覚する。それほどに切実な声だった。
 流石にその声を聞いたアントワーヌは、読み上げをいったん中断し、騎士の動きに意識を向けた。
 しかし、王妃にすれば自分の声ですぐ動くはずの騎士たちは、アントワーヌを拘束するために動こうとはしなかった。

「何をしているの。早くっ……!」

 王妃は苛立った声を上げるが、従う騎士はいない。そこに、冷えたホールの空気よりも冷たい声が響いた。

「今の義弟の発言のどこに不敬がありましたか。具体的に教えていただけますか」

 王妃が目を見開いて声のする方を見る。いや、ホールにいるみながそちらを見た。
 その場には、断罪の俎上に載せられた哀れな公爵令息が、佇んでいるはずだった。
 シャルルは、そして王妃はその惨めな姿を見て楽しむ予定であったのだ。
 ところが、みなが目にしたのは、いつも穏やかな風情を漂わせているフロレルが、氷のように冷たい笑みを浮かべている姿であった。

「もう一つお答えいただきたいことがございます。王妃殿下は、わたくしをボンボン子爵令息の襲撃の犯人だと決めつけていらっしゃいましたが、何か証拠をお持ちなのでしょうか」

 フロレルの壮絶な美しさと圧倒的なオーラに、ホールにいる面々は息を呑む。
 彼らにはフロレルの威圧感はまるでオメガではないかのように思えた。しかし、フロレルがオメガであることは間違いない。
 第一性にも第二性にも左右されぬ何かが、フロレルにはそもそも備わっていたのだとみなは考えざるを得なかった。

「フロレル、お前、母上に対して無礼だぞ!」
「ああ、第一王子殿下はわたくしがボンボン子爵令息に暴力をふるい、暴漢に襲撃させたとおっしゃっていましたね。先ほどの調査によりますとわたくしは関係ないようですが、どうしてそう思われたのですか?」

 アントワーヌから奪った書類を握りしめてシャルルがフロレルを怒鳴りつけるように声を上げる。しかしながら、フロレルから返って来たのは、シャルルに対する詰問のような言葉だった。

「そっそれは、母上がフロレルが犯人に違いないと……」
「シャルル!」
「なるほど、王妃殿下が……」

 フロレルの問いに正直に答えるシャルルを遮るように、王妃から叫び声が上がった。それを聞いて笑みを深めるフロレルは、凍り付くような美しさを湛えており、それが周囲に威圧を与えていた。

「フロレル、お前は王族に対する敬意に欠けているわ! アントワーヌとともに不敬罪を適用します。早く二人を拘束しなさい! ああ、もう近衛騎士たちはどうして動かないの!」

 王妃らしからぬ大声を出す姿に、ホールにいる卒業生たちは戸惑いを隠せない。王妃がこのように乱心したかのような言動をすることは、一部の高位貴族たちの間では有名なことであったのだが、学園生たちには知る機会がなかったのだ。

「王妃殿下に申し上げます。現在の法制下で、発言が不敬であったからといって即座に拘束されることなどございません。我らは身元もはっきりしておりますし、後ほどの取り調べで十分間に合います。それよりも殿下、わたしの何が不敬罪にあたるかを教えていただけますか?」

 アントワーヌが義兄に負けぬ威圧感を持って発言する。フロレルの言葉を聞き、アントワーヌの人を喰ったような笑みを見て、王妃は完全に頭に血が昇ったようだった。
 彼女はわなわなと震え出すと、やにわに立ち上がり、金切り声を上げた。

「それはお前が襲撃の依頼者が王妃であると言ったからよ!」

 王妃が発した言葉に、その場は静まり返る。
 そして、王妃は何を言い出すのかと誰もが思っていた。

「王妃よ……」
「母上……?」


しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

公爵家令息と幼馴染の王子の秘め事 ~禁じられても溺愛は止められない~

すえつむ はな
BL
代々王家を支える公爵家の嫡男として生まれたエドウィンは、次代の王となるアルバート王太子の話し相手として出会い、幼い頃から仲の良い友人として成長した。 いつしかエドウィンの、そしてアルバートの中には、お互いに友人としてだけでない感情が生まれていたが、この国では同性愛は禁忌とされていて、口に出すことすら出来ない。 しかもアルバートの婚約者はでエドウィンの妹のメアリーである…… 正直に恋心を伝えられない二人の関係は、次第にこじれていくのだった。

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います

卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。 ◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。

死に戻りオメガはもう旦那様の言うことを聞きたくありません!

進木えい
BL
オリジナル小説を書いているのですが長くてモチベーションの維持が難しく、作成途中のものを公開して更新しようと考えています。もしご興味がありましたらう応援してくださると嬉しいです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。

Q矢(Q.➽)
BL
近未来日本のようでもあり、中世の西洋のようでもある世界。 皇国と貴族と魔力が存在する世界。 「誰が皇子と婚約したいなんて言った。」 過去に戻った主人公が、自分の死を回避したいが故に先回りして色々頑張れば頑張るほど執着されてしまう話。 同性婚は普通の世界。 逃げ切れるかどうかは頑張り次第。 ※ 生温い目で優しく暇潰し程度にご覧下さい。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

処理中です...