2 / 86
2.悪役令息は断罪必至でしょうか
しおりを挟む目を覚ますと、サファイアのような青い瞳が僕を覗き込んでいるのが見えた。
「ラファエル、気がついたか!」
「ラインハルト……さ、ま?」
「ああ、気が付いたか、よかった。急に倒れたと聞いて、驚いたよ」
周囲を見渡して、学校の医務室だということがわかった。
そして、ラインハルト様は僕に付き添っていてくださったらしい。
「ご心配をおかけいたしました」
「いや、大切な婚約者殿だからな」
そう言って手を握りながら微笑んでくれるものの、僕の気持ちは晴れない。王族の婚約者でありながら倒れるなど、王妃様から健康管理ができていないと叱責を受けるところだ。
しかし、ラインハルト様の婚約者である以上、平静を装わなければならない。
学校の医務官によると、一時的な貧血だろうということだった。そして駆けつけていた王室の医師からは、予想通り王家の婚約者がこんなか弱いことではいけないと、注意を受けた。
「王室に嫁がれるのですから、行事の前には体調管理をしておかれますように。お気を付けください」
「承知しました……」
僕はもともと体が弱いということはない。健康体だ。しかし、今回のように急に倒れるようなことがあれば、国民に不安を抱かせる。気を付けるようにという医師のもっともな注意を、心に刻む。
「ラファエル、調子が悪い時に気にするのはやめなさい。今日は大丈夫だったのだから、これから一緒に気を付けていこうね」
「ラインハルト殿下、ありがとうございます」
医師が去ったあと、ラインハルト様は僕を励ますようにそう言うと、帰る準備をするよう侍従に促した。
「さあ、もう入学式は終わっている。家まで送って行こう」
「お役目を果たせず申し訳ありません」
「いや、これから取り返してくれれば良いことだ。日頃からラファエルが努力していることをわたしは知っているからね」
そう言ってくださるラインハルト様にエスコートされて、僕は医務室を出た。ラインハルト様が、王家の馬車で我が家まで送ってくださることになったのだ。
「ラインハルト様のご挨拶が聞けなかったのが残念です」
「おや、そんなこと。では、ここで聞かせてやろう」
ラインハルト様は笑いながら、馬車の中で原稿を読み上げてくださった。大声ではないのに他を圧倒するような美声が素晴らしくて、やはり、講堂で聞きたかったと思う。
それにしても、僕の些細な感情にも寄り添ってくださるなんて感激だ。いつもお優しいラインハルト様には、感謝しかない。
夕食の席で、両親と兄夫婦から今日はゆっくりと休養するようにと促された。倒れたことを心配してくれているのだろう。僕は早々に自分の部屋に戻り、早めの湯浴みをして一息ついた。
部屋で一人ソファに座り、突然現れた記憶を反芻する。
どうやら僕は、前世でこの世界のことを描いた絵物語……のようなものを目にしていたようだ。
記憶によると、その題名は『光の神子は星降る夜に恋をする』、略して『ヒカミコ』だ。それははっきりと思い出すことができた。
頭に浮かぶ曖昧な場面を繋げようと考えた僕は、ノートを取り出し、記憶の断片を書き留めて行った。
主人公のシモンは、下町で母と暮らしていたが、母の死をきっかけに体内の魔力量が多いことがわかり、実の父親であるレヒナー男爵に引き取られる。そして、魔力操作を学ぶためにシュテルン魔法学校へ入学したシモンは、光魔法を発現することで、教会から神子と認定される。
神子となったことで、生徒会長である王子殿下やその側近からの庇護を受けるようになり、やがて全員から愛され、最後は王子殿下と結ばれる。
「多分、こんな感じの話だったのだと思う」
簡単にあらすじを書いて、僕はため息を吐く。
内容を考えると、前世ではBLといわれる男性同士の恋愛ものだったのだろう。この世界では性別に関係なく子どもができるので、結婚するのも当たり前だけれど、前世では女性しか子どもが産めなかったような気がする。
物語以外のことは、あまり思い出せないけれど。
主人公のシモンと結ばれる王子殿下というのは、ラインハルト様のことだ。うん、間違いない。
そして僕は、ラインハルト様の婚約者で……、断罪される悪役令息ラファエルだ。なんとなくの前世の記憶からすると、こういう物語での王子殿下の婚約者の悪役令息は断罪必至だと思う。
これから卒業までの一年間で、断罪されるほどの状況になっていくということなのだろう。
ラファエルはラインハルト様に特別扱いされるシモンのことが気に入らない。シモンが貴族の礼儀作法や言葉遣いができていないことに対して、ラファエルは厳しすぎる注意をする。ラファエルの取り巻きも、シモンを廊下で転ばせたり噴水に突き落としたりして、シモンを虐めるとかいう話だったのではなかろうか。もっと酷いこともしていたのかもしれない。
そして僕は、卒業パーティーでラインハルト様に断罪されて婚約破棄される。ラインハルト様は神子となったシモンと婚約する。そして、神子であるシモンとラインハルト殿下の結婚式とラインハルト様の立太子式が同時に行われる。
これで、物語は終わりだったのかな。
それにしても、はっきりと思い出せていないところが多い。物語としては断片的なので、現在の状況から記憶にあるものを繋ぎ合わせている状態だ。もしかしたら、他にも何かエピソードがあるのかもしれないけれど……、やっぱり思い出せない。
「これは、異世界転生というものなのだろうか」
そのようなことを思ってみるものの、そもそもこの記憶が正しいかどうかは、わからないのだ。
だけど……
「僕が断罪されて神子と結ばれれば、ラインハルト様は王太子になれるのかな」
来年の春には、ヘンドリック第一王子殿下が立太子されることがほぼ決まっている。ラインハルト様は、ヘンドリック殿下にお子が生まれれば臣籍降下されてメッゲンドルファー公爵となられる予定だ。ゆくゆくは宰相職に就くことを、現国王陛下やヘンドリック殿下から望まれていると、伺っている。
ヘンドリック殿下とラインハルト様はどちらも王妃さまのお子で、同じ宮で育てられたためか関係が良い。我が国は出生順で王位継承権が与えられるので、第一子であるヘンドリック殿下が王位を継がれるのが順当だ。他国で聞くような派閥争いや王位争いというものは、現在の我が国にはないと聞いている。ラインハルト様の下には、アンネリーゼ殿下、ヘレーネ殿下という二人の王女殿下がいらっしゃるが、その方々とも仲が良い。
果たしてラインハルト様は、王太子になり、やがて王位につくという道を望んでいらっしゃるのだろうか。
もし、ラインハルト様がそれを望んでいらっしゃるのならば、神子となったシモンと結婚できるように協力するべきなのだろう。
いや、ここが『ヒカミコ』の世界なのであれば、僕が抗わなければ物語の通りに進むはずだ。
もし、ラインハルト様がそれを望んでいらっしゃらないのであれば、神子と結ばれることも立太子されることもないであろうし、望んでいらっしゃるのであれば……
それが、ラインハルト様の幸せなのだとしたら……
ラインハルト様の望みは、何でも叶えて差し上げたい。
ラインハルト様には、幸せになっていただきたい
例えば、そのために僕が断罪されることになったとしても。
740
あなたにおすすめの小説
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!
僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして?
※R対象話には『*』マーク付けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる