6 / 86
6.カフェテリアで注意を受けました
しおりを挟むシュテルン魔法学校では、主にカフェテリアで昼食をとったり、午後のお茶を楽しんだりする。遠方に領地や実家がある生徒は寮で生活をしているが、朝食と夕食は寮にある食堂で用意されている。
カフェテリアは、全校生徒が入れる広さになっていて、異学年と交流しやすい場所だ。自宅から食事を用意してくる生徒も、カフェテリアの中で食事をすることができる。また、カフェテリアで外に持ち出せるランチやスイーツを作ってもらって、校内の別の場所で食べることもできるのだ。
通常のランチメニューはメインを肉、魚で選ぶことができるが、菜食主義者用のランチや、単品メニューもある。料理人の腕も良く、皆が満足できるものが提供されている。
僕たち生徒会メンバーは、カフェテリアでともにランチタイムを過ごすことが多い。座席に決まりがあるわけではないが、僕たちが固まっている方が一般生徒に気を使わせないので良いだろうというアルブレヒト様のご配慮で、そういう行動をしている。僕たちの感覚では、座席と座席の間もさほど広くはない。お互いが、近い場所で食べることになるので、余計にそういうことには気を付けなければならないだろうと思う。
そして、僕については婚約者という立場から、王宮からの急な呼び出しでもない限り、ランチタイムはラインハルト様とともに行動するようにとの命を受けている。ランチタイムぐらい婚約者から離れて自由にされたいのではないかと思って、確認してみたことがあるけれど、ラインハルト様からは、現状のままで良いとのご返答をいただいた。
カフェテリアの南側はガラス張りになっていて、庭園の植栽がよく見える。この季節は、新緑が陽を浴びて輝いている情景が美しい。
その窓の前を、シモンが友人と談笑しながらランチプレートを運んでいるのが見えた。シモンのふわふわのピンクブロンドの髪に、陽の光が透けてきらきらしている。
「ええー! 窓際にしようよ! 明るくて気持ちいいよ!」
シモンが甲高い大きな声で、友人に話しかけている。
ランチルームであのような大声をだすのはマナー違反だ。悪役令息としては注意しに行かなければならないところであるが、僕も食事中なので席を立つわけにはいかない。
物語の中のシモンは、魔法学校に入学してから光魔法を発現させて神子に認定される。光魔法そのものは、治療魔術師なら扱えるものだけれど、神子認定されるということは相当なことができるのだろう。例えば、四肢欠損を回復……、そう、切られた腕を復元するというようなことができれば、神子に認定されることと思う。ちなみに、この世界で神子と認定された光魔法使いの存在が確認されているのは、直近で百五十年ほど前のことだ。
現在では、力の強い光魔法使いは、教会か王宮の医療塔にいらっしゃる。そちらに所属されている力が強い光魔法使いは、骨や神経組織をつなぎ合わせるほどの能力をお持ちだ。それでもすごいと思うのだけれど、神子となればいかばかりの力となるのだろう。
神子の認定は、教会が行うことになるだろう。しかし、百五十年前の基準はどの程度有効なのかは見当もつかない。神子認定をしなければならないようなことが、起きるのかもしれないとも考えられる。
このあたりの魔法認定については、ディートフリート様にお尋ねしてみた方が良いのかもしれない。
しかし、物語ではシモンが神子に認定されるから何かがあるのだろう。多分。
すべては、物語の通りに進めばということになるけれど。
カフェテリアの窓際の席から、シモンがこちらの様子をうかがっているのが見える。ラインハルト様から見える位置に座っているのは、意識してのことだろう。
見目の良い同級生に囲まれているところを見ると、やはりあの可愛らしさで人気を得ているのか。体格の良い男子ばかりだが、その方が安心できるのかもしれない。
シモンは、僕から見ると少しばかり落ち着きがない性格のように思うけれど、そういうのも魅力の一つなのだろうか。
今のところ、ラインハルト様はシモンに興味を示していらっしゃらないように見える。あんなにきらきらしていて可愛いのだから、お目に留まってもおかしくないと思うのだけれども。
光魔法が発現したら何か変わるのかもしれないが、現状では接点がないのだ。
物語の流れとしては順調でないような気がする。しかし、僕の前世の記憶もそれほどはっきりしたものではない。今のところは、気にしないで悪役令息として頑張るしかないだろう。
僕は、状況を見ながら適切な行動をとれるようにすればいいのだから。
「ラファエル、何か悩みでもあるのかい? ビーフストロガノフが減っていないよ?」
「いえ、ラインハルト殿下、取るに足らぬ些細なことでございます」
ふいにラインハルト様が僕の顎に手をやり、強制的に自分の方を向かせてお尋ねになった。サファイアの瞳が、咎めるように僕を捉えている。
物語のことを考えていたら、ラインハルト様に不審に思われてしまったようだ。とんだ失態である。
ラインハルト様は、僕の髪を梳くように頭をなでると、顔を寄せ、耳元に唇が触れそうな距離で注意をなさった。
「ラファエル、わたしといる時は、わたしのことを中心に考えるようにね」
「……かしこまりました」
人前で注意されるなど、大失態である。
しかし、僕は表情を変えることはない。そのままビーフストロガノフを口に運び、黙々と食べ進める。
ラインハルト様といえば、いつまでも僕の頭を撫で続けている。かなりご不快に思われたのだろう。食事中に、僕の頭を触り続けるのはマナー違反だと思うけれど、現状でそれを指摘する勇気はない。
ラインハルト様が食事を再開されれば、それもやめていただけることだろう。
ラインハルト様がマナー違反を気にしないのであれば、先ほどのシモンの大声も気になさらないのかもしれない。そうなれば、今後親密になられても注意をされることはないだろう。
つまり、僕が悪役令息として頑張らねばならない場面が出てくると予想される。
ところで僕はといえば、いつもラインハルト様のことを中心に考えているので、注意されても改善しにくいのではあるが。
「ラインハルト殿下、ここはカフェテリアの中でございます。ほどほどにされますように」
「ラインハルト殿下、認識阻害の魔法を早く会得されませ」
「アルブレヒト、ディートフリート、外野は黙っていなさい。これぐらいのことで……」
「これぐらいのこととは……」
「はあ……」
アルブレヒト様とディートフリート様からも、苦言が呈される。人前で婚約者に注意を与えるなどということがあると、ラインハルト様の評判に係わるという配慮をしてくださってのことだろう。マナー違反についても含まれているのではないかと思われる。
その苦言をはねのけるように、ラインハルト様は僕の頭を撫でるのをやめることはない。つまり、僕に対してかなりお怒りだということだ。
「カフェテリアで失神者がでなきゃいいな……」「目の毒……」「溺愛も考えものですわね」
マルティン様とフローリアン様、ブリギッタ様は、僕とは目が合わないようにうつむき加減で食事の続きをされている。何かひそひそと話しておられるようだが、小さな声なので聞こえない。僕の失態を口に出してはいけないと思ってくださっているのだろう。
お優しい皆様には、感謝しかない。
僕は、無表情には自信がある。おそらく表情は変わっていないはずだった。それなのに、どうして考え事をしているのをラインハルト様がお気づきになってしまったのだろうか。思わぬ失敗をしてしまった。反省しなければならない。
もしかしたら、こういうことの積み重ねで、僕に愛想を尽かしてしまわれるのだろうか。
いや、王子殿下の婚約者としては恥ずかしくない行動をしていなければ、悪役令息『氷の貴公子』としてのお役目が果たせなくなってしまう。
それは宜しくない。
もっと頑張らなければならないと、僕は気持ちを引き締めた。
700
あなたにおすすめの小説
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。
Q矢(Q.➽)
BL
近未来日本のようでもあり、中世の西洋のようでもある世界。
皇国と貴族と魔力が存在する世界。
「誰が皇子と婚約したいなんて言った。」
過去に戻った主人公が、自分の死を回避したいが故に先回りして色々頑張れば頑張るほど執着されてしまう話。
同性婚は普通の世界。
逃げ切れるかどうかは頑張り次第。
※
生温い目で優しく暇潰し程度にご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる