14 / 86
14.実地演習で生命の危機です
しおりを挟む「うーん、確かにこのあたりのコカトリスにしては凶暴かなあ」
「しかし、常よりは頭数が多いですね」
ざくざくと長剣でコカトリスを捌きながら進むマルティン様と、その後ろでマルティン様に防御魔法をかけつつ魔石を拾って進むディートフリート様。その後ろを歩くアルブレヒト様は、コカトリスの出現場所と個体数を森の地図に記入している。
僕は今のところ、ラインハルト様の隣で護衛の担当だ。身を寄せて歩くようにとご指示を受けて、おっしゃるとおりにしている。
もっと大型の魔獣や凶暴化が進んだものが出てくることがあれば、ディートフリート様と交代するつもりだ。
コカトリスは鶏のような魔獣で、食用にもなる。
「いや、もったいない。これだけのコカトリスがあったら、寮の食事にできるのにな」
「ああ、では、帰りにここを通って回収して帰りましょう。地図に書き込んであるから大丈夫ですよ」
僕たちの後ろからついてきてくださるのは魔法騎士のバウマン分隊長だ。アルブレヒト様が、地図にしるしをつけながら、バウマン分隊長に笑顔を向けた。
「では、固めておきますね」
「ああ、クロゲライテ公爵令息、いや、ヒムメル侯爵令息まで……独り言だったのですが……」
「たくさんあるのだから、生かした方が良いだろうな」
「殿下! 恐縮であります」
僕が風魔法でコカトリスをある程度の塊にする。ラインハルト様にまで声をかけられたバウマン分隊長は、ひどく恐縮していらっしゃった。演習においては、魔法騎士が僕たち生徒に指導を行う側なのだから、ご遠慮なさらなくても良いのに。
若い騎士や魔法騎士、魔術師は寮に住んでいる。普段の実地演習ではこのようにたくさんの獲物は集まらないけれど、今回は大量にあるのだから、寮で役立ててもらうのも良いことだろう。
落ち着いた実地演習で終われば、コカトリスの回収ぐらいは容易いことだ。
そして、出立するときに、バウマン分隊長は基本的には討伐を僕たちに任せるようにとラインハルト様に告げられて、軽く押し問答になった。
バウマン分隊長は、僕たちを守るのがお仕事だ。それはわかっているのだけれど。
「打ち合わせで聞いていたよりも、順調に進んでいるようだな」
「そういえば、ほとんどコカトリスばかりですね。大物に出会っておりません」
ラインハルト様が、森の様子に疑問を抱かれたようだ。確かに、コカトリスと時々顔をのぞかせるリザードを始末しながら進んできたが、こんなに小物しかいないものなのだろうか。
森の奥から、足音が聞こえる。人間が走っているもので間違いないだろう。
僕は、意識を戦闘態勢に落とし込む。
人が森の中を走るという行動の要因は、緊急事態が起きているからであるという可能性が高い。魔獣がその人間を追っているのかもしれないのだ。
また、人間相手であれば安心だというわけではない。実地演習に紛れて、ラインハルト様を狙う刺客が入り込んでいることも考えねばならないのだ。
「はあっあっ……。たっ助けてっ!」
そう言いながら僕たちの前に倒れこんだのは、バーデン伯爵令息だった。腕から血を流し、あちらこちらに擦り傷がある。
「どうした。何があったのだ?」
「ヘッ、ヘルハウンドがっ……、あんな大きなっ……群れがいるなんて、聞いてないっ!」
「ヘルハウンド?」
駆け寄ったマルティン様の質問に答えたバーデン伯爵令息は、青ざめた様子で答える。ヘルハウンドは、この森には生息している魔獣ではある。群れを作ってチームで行動するのでいささか厄介ではあるが、大きな群れとは……
「あんな大きな群れとは、何頭ぐらいいたのだ」
「何頭……、十頭や二十頭じゃない……と……とにかく、大きいのがっ」
「戦闘態勢はどうなっている。ほかのメンバーは? みんな逃げたのか?」
「どれぐらいの距離を逃げた?」
「魔法騎士団の……人が中心に戦ってくれて、僕たちじゃ無理だから逃げろって言われて……僕は嚙みつかれて……逃げて……。
他のメンバーは……わからない……。そんなに走っていないと思う……」
マルティン様とディートフリート様が、立て続けに質問をする。それは、状況によっては、救援活動に入らねばならないからだ。
バーデン伯爵令息は、つっかえながら答えているものの体中を震わせていて、興奮状態であるのがわかる。大体のところはわかるが、話がつながっていないところもあるので現場で確認しなければならない。
よほどの恐怖だったのだろう。
この森でのヘルハウンドの群れは多くても七~八頭だ。それ以上の群れは、これまでに確認されているとは聞いていない。
「これは救援に向かわねばならないでしょう。殿下は……」
「きゃあああああっ! 助けて!」
「誰かっ!」
バウマン分隊長が救援に向かうと決断したところで、ヘルハウンドの吠える声とともに、複数の悲鳴が聞こえてきた。
シモンとマルク様が、こちらに走ってくる。その後ろにヘルハウンドの群れが見える。追いつかれていないということは、ここからかなり近い場所で彼らがヘルハウンドに遭遇したのだろう。
人間が走って、ヘルハウンドから逃げられるはずはない。魔法騎士と、おそらくユンカー子爵令息の二人で、ある程度のヘルハウンドの足止めをできているのだろう。しかし、それでは追いつかないほどのヘルハウンドがいるわけだ。
本当に生命の危機だ。学校で行う演習の範囲を超えている。
僕は、戦闘態勢に入る。
「ディートフリート様、アルブレヒト様、ラインハルト殿下をお願いいたします」
「お任せください」
「承知しました」
「ラファエル、待て。わたしも行く」
「すぐに片付けて参りますゆえ、しばらくお待ちくださいませ」
僕はラインハルト様の声を振り切って、足を踏み出した。ラインハルト様は戦闘能力も高くていらっしゃるが、僕がこの場にいるのに、他の生徒を助けるために危険にさらすわけにはいかない。
おそらく、ディートフリート様もアルブレヒト様も同じ意見だろう。
「あああっ! ラインハルトさまあ、助けてええええ」
シモンが甲高い叫び声をあげて、ラインハルト様に突進していく。さすがに主人公は機会を逃さないようだ。
しかし、今の僕には悪役令息としてのふるまいをする余裕はない。
この身を挺してでも、ヘルハウンドの群れからラインハルト様を御守りしなければならないのだから。
バウマン分隊長が、「殿下を安全な場所へ!」と言いながらヘルハウンドに向かっていくのが見える。
ラインハルト様がこちらに来ようとするのを、アルブレヒト様が押しとどめている。
僕は長剣を鞘から抜き、それに魔力を纏わせた。
593
あなたにおすすめの小説
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!
僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして?
※R対象話には『*』マーク付けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる