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16.氷の貴公子として頑張りました
しおりを挟む僕の言葉に、周囲の空気が凍りついていくのがわかる。
僕は氷の貴公子だ。物理的に何かを凍らせることもできるけれど、今は違う。
「ひっひどいっ! ラファエルって、どうしてっ、どうして僕にそんな意地悪を言うんですかあああ! うわあああああんっ!」
シモンが、にたりと笑ってから顔を歪め、叫び声を上げて泣き出した。その尋常でない様子に、周りの人がひどく驚いている。おそらく、僕の印象は最悪だろう。
シモンにとっては、予定通りになっていることなのかもしれない。あいにく僕には、細かいことはわからないけれど。
そして、僕の名を呼ぶことは許可していない。
こうして僕は、悪役令息にふさわしくなっていくのだ。
僕は表情を変えずに、ラインハルト様のサファイアの瞳を見つめた。
ここで僕は、叱責を受けるのかもしれない。
魔獣を討伐した後は氷の貴公子の僕といえど、普段よりは興奮しやすい状態であるといえるので、不敬にならないよう注意しなければ。
そう思って、身構えていたのだけれど。
「帰ってきた途端に怖いと騒がれるなどとは、心外だな。ましてや、君たちを助けたラファエルを悪く言うなど言語道断だ」
「ふえ?」
「人前でそのように泣くなどと、貴族として恥ずかしくないのか?」
「うえ?」
「何度か、ラインハルト殿下に対しているとは思えない、図々しいふるまいを注意したが、耳を貸さなかったではないか。それと同じことを、ラファエルに注意されたら騒ぎ出すとは何事であるか」
「くえええええ?」
まず、魔獣を討伐したばかりで気が立っているマルティン様が、シモンの言葉に不快を示された。そして、アルブレヒト様とディートフリート様が、シモンに注意を与えている。
それに対して、シモンは奇妙な声を上げている。あれも注意したいところであるけれど、他の方の勢いがすごいので口を噤んでおくことにする。
おかしい。
物語の流れを考えれば、ここでは皆が、シモンに意地悪をした僕を悪役令息として責める場面ではないのだろうか。
くわしいことはわからない。だけど……
もっと悪役令息としての行動を重ねなければならないのか……?
「ラファエル、疲れたであろう。早くわたしに、無事な顔を見せておくれ」
冷え切った空気を入れ替えるかのように、ラインハルト様が僕のところまで歩いて来られる。そして、シモンは完全に置き去りにされているようだ。シモンにとっても予想外の展開だったのだろう。呆然と立ち尽くしている。
どうも、展開がおかしいように思う。
しかし、ラインハルト様は、立ち居振る舞いのすべてが優雅で美しい。素晴らしいお方だ。
いや、見とれている場合ではない。
僕は静かに礼を取る。
「はい、ラファエル、婚約者としてラインハルト殿下のお名を汚すことのないよう、魔獣を討伐してまいりました」
「よくやった、ラファエル。無事でよかった……」
ラインハルト様は、僕の顔を両手で包んで額にキスをしてから、腕を回して体を抱きしめてくださった。
最近こういうことが多いように思うが、これぐらいのことで動じてはいけない。魔獣の討伐を命じた王族が、それを達成した臣下を労うのは当然のことだ。ラインハルト様は、王族としての意識が高い方でいらっしゃるから。
それより、ラインハルト様が目の前にいるから様子が見えないのだけれど、シモンはどうなったのだろうか。
「相変わらずの溺愛ぶりで」「お二人の邪魔をしたら馬に蹴られてしまいますわね」「ああ、眼福……」
なにやら皆が話しているようだが、僕を悪役令息として悪く言っているに違いない。物語としてはそういう流れのはずだ。
アルブレヒト様やディートフリート様のお言葉は、僕を悪役令息とみなすことからは外れているようなのは不思議だ。
しかし、マルティン様が、自分たちが討伐してきたものをただ怖いと言われるのは心外だとおっしゃった。そのあたりのお気持ちを読み取って、アルブレヒト様とディートフリート様はご発言なさったと考えれば、整合性が取れるように思う。
いや、考え事をしている場合ではない。
「ラインハルト殿下、そろそろ、後片付けに取り掛からねばならないのですが」
僕の首筋のあたりに顔を埋めて、どうも匂いを嗅いでいるらしいラインハルト様にお声をかける。ラインハルト様は、ときどきこういうことをなさるのだ。僕が汗臭いかどうかを、確かめられているようにしか思えないのだが。なぜ、そのような確認が必要なのだろうか。
どなたかに、教えていただいた方が良いのであろうか。
「ああ、ラファエルが後片付けをする必要はない。調査の必要があるので、騎士団と魔法騎士団で魔獣の遺体は処理するそうだ、それより、本部のテントに入って休憩をしよう。わたしとしたことが、ラファエルをすぐに休ませてあげることができなかったね」
「いえ、僕はまだ体力も魔力も残っております。休憩につきましては、どうぞ、ラインハルト様のお心のままに」
「では、中に入ろうか」
疲労はしていたが、まだ働くことはできるはずだ。しかし、ラインハルト様が休憩をお望みであれば、それに従った方が良いであろうと僕は察した。
ラインハルト様がようやく体を離してくださって、周囲を見ると、騎士団や魔法騎士団が回収してきたヘルハウンドを運搬する手配をしている。見学している生徒はいるが、大半は、本部のテント内のベンチで休憩しているようだ。そして、すでにシモンはいなくなっていた。
その後、僕はラインハルト様に腰を抱かれて、生徒会メンバーがいるベンチまで連れていかれたのだった。
悪役令息としての立場を確立しつつある僕にも配慮してくださるラインハルト様は、とてもお優しい。
ベンチでお茶をいただきながら、今日の実習について語り合う。
僕がラインハルト様からの労いを受けている間に、シモンが副学長と作法の先生に腕をつかまれ、強制的にその場から連れていかれていたというのを、マルティン様が教えてくださった。
「貴族籍にあるというのに、あれほどの礼儀知らずでは、どうしようもないな」
マルティン様はシモンへの怒りが解けないようなご様子であった。魔獣の討伐は命がけであるから、それを侮られたと受け取ったのだろう。シモンの態度だけを見ていれば、そう判断されても仕方ない。
本当のところは、彼は何も考えていないということなのだと思うけれど。
ところで、シモンの神子覚醒はどうなったのだろうか。
彼の光魔法も中途半端で、軽いけが人の手当てすらできていないらしい。
シモンの能力は、疑似魔獣限定なのかもしれないと噂されているようでもある。
合同演習に続き、実地演習でも神子としての覚醒は、不発に終わったように見える。
僕も、今後の悪役令息としての立ち回りについて、考えていかねばならないだろう。
ラインハルト様の幸せのために。
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