【本編完結】断罪必至の悪役令息に転生したので断罪されます

中屋沙鳥

文字の大きさ
16 / 86

16.氷の貴公子として頑張りました

しおりを挟む


 僕の言葉に、周囲の空気が凍りついていくのがわかる。
 僕は氷の貴公子だ。物理的に何かを凍らせることもできるけれど、今は違う。

「ひっひどいっ! ラファエルって、どうしてっ、どうして僕にそんな意地悪を言うんですかあああ! うわあああああんっ!」

 シモンが、にたりと笑ってから顔を歪め、叫び声を上げて泣き出した。その尋常でない様子に、周りの人がひどく驚いている。おそらく、僕の印象は最悪だろう。
 シモンにとっては、予定通りになっていることなのかもしれない。あいにく僕には、細かいことはわからないけれど。
 そして、僕の名を呼ぶことは許可していない。

 こうして僕は、悪役令息にふさわしくなっていくのだ。

 僕は表情を変えずに、ラインハルト様のサファイアの瞳を見つめた。
 ここで僕は、叱責を受けるのかもしれない。
 魔獣を討伐した後は氷の貴公子の僕といえど、普段よりは興奮しやすい状態であるといえるので、不敬にならないよう注意しなければ。
 そう思って、身構えていたのだけれど。

「帰ってきた途端に怖いと騒がれるなどとは、心外だな。ましてや、君たちを助けたラファエルを悪く言うなど言語道断だ」
「ふえ?」
「人前でそのように泣くなどと、貴族として恥ずかしくないのか?」
「うえ?」
「何度か、ラインハルト殿下に対しているとは思えない、図々しいふるまいを注意したが、耳を貸さなかったではないか。それと同じことを、ラファエルに注意されたら騒ぎ出すとは何事であるか」
「くえええええ?」

 まず、魔獣を討伐したばかりで気が立っているマルティン様が、シモンの言葉に不快を示された。そして、アルブレヒト様とディートフリート様が、シモンに注意を与えている。
 それに対して、シモンは奇妙な声を上げている。あれも注意したいところであるけれど、他の方の勢いがすごいので口を噤んでおくことにする。

 おかしい。

 物語の流れを考えれば、ここでは皆が、シモンに意地悪をした僕を悪役令息として責める場面ではないのだろうか。
 くわしいことはわからない。だけど……

 もっと悪役令息としての行動を重ねなければならないのか……?

「ラファエル、疲れたであろう。早くわたしに、無事な顔を見せておくれ」

 冷え切った空気を入れ替えるかのように、ラインハルト様が僕のところまで歩いて来られる。そして、シモンは完全に置き去りにされているようだ。シモンにとっても予想外の展開だったのだろう。呆然と立ち尽くしている。

 どうも、展開がおかしいように思う。

 しかし、ラインハルト様は、立ち居振る舞いのすべてが優雅で美しい。素晴らしいお方だ。
 
 いや、見とれている場合ではない。
 僕は静かに礼を取る。

「はい、ラファエル、婚約者としてラインハルト殿下のお名を汚すことのないよう、魔獣を討伐してまいりました」
「よくやった、ラファエル。無事でよかった……」

 ラインハルト様は、僕の顔を両手で包んで額にキスをしてから、腕を回して体を抱きしめてくださった。
 最近こういうことが多いように思うが、これぐらいのことで動じてはいけない。魔獣の討伐を命じた王族が、それを達成した臣下を労うのは当然のことだ。ラインハルト様は、王族としての意識が高い方でいらっしゃるから。
 それより、ラインハルト様が目の前にいるから様子が見えないのだけれど、シモンはどうなったのだろうか。

「相変わらずの溺愛ぶりで」「お二人の邪魔をしたら馬に蹴られてしまいますわね」「ああ、眼福……」

 なにやら皆が話しているようだが、僕を悪役令息として悪く言っているに違いない。物語としてはそういう流れのはずだ。
 アルブレヒト様やディートフリート様のお言葉は、僕を悪役令息とみなすことからは外れているようなのは不思議だ。
 しかし、マルティン様が、自分たちが討伐してきたものをただ怖いと言われるのは心外だとおっしゃった。そのあたりのお気持ちを読み取って、アルブレヒト様とディートフリート様はご発言なさったと考えれば、整合性が取れるように思う。

 いや、考え事をしている場合ではない。

「ラインハルト殿下、そろそろ、後片付けに取り掛からねばならないのですが」

 僕の首筋のあたりに顔を埋めて、どうも匂いを嗅いでいるらしいラインハルト様にお声をかける。ラインハルト様は、ときどきこういうことをなさるのだ。僕が汗臭いかどうかを、確かめられているようにしか思えないのだが。なぜ、そのような確認が必要なのだろうか。
 どなたかに、教えていただいた方が良いのであろうか。

「ああ、ラファエルが後片付けをする必要はない。調査の必要があるので、騎士団と魔法騎士団で魔獣の遺体は処理するそうだ、それより、本部のテントに入って休憩をしよう。わたしとしたことが、ラファエルをすぐに休ませてあげることができなかったね」
「いえ、僕はまだ体力も魔力も残っております。休憩につきましては、どうぞ、ラインハルト様のお心のままに」
「では、中に入ろうか」

 疲労はしていたが、まだ働くことはできるはずだ。しかし、ラインハルト様が休憩をお望みであれば、それに従った方が良いであろうと僕は察した。
 ラインハルト様がようやく体を離してくださって、周囲を見ると、騎士団や魔法騎士団が回収してきたヘルハウンドを運搬する手配をしている。見学している生徒はいるが、大半は、本部のテント内のベンチで休憩しているようだ。そして、すでにシモンはいなくなっていた。

 その後、僕はラインハルト様に腰を抱かれて、生徒会メンバーがいるベンチまで連れていかれたのだった。

 悪役令息としての立場を確立しつつある僕にも配慮してくださるラインハルト様は、とてもお優しい。

 ベンチでお茶をいただきながら、今日の実習について語り合う。
 僕がラインハルト様からの労いを受けている間に、シモンが副学長と作法の先生に腕をつかまれ、強制的にその場から連れていかれていたというのを、マルティン様が教えてくださった。

「貴族籍にあるというのに、あれほどの礼儀知らずでは、どうしようもないな」

 マルティン様はシモンへの怒りが解けないようなご様子であった。魔獣の討伐は命がけであるから、それを侮られたと受け取ったのだろう。シモンの態度だけを見ていれば、そう判断されても仕方ない。
 本当のところは、彼は何も考えていないということなのだと思うけれど。

 ところで、シモンの神子覚醒はどうなったのだろうか。
 彼の光魔法も中途半端で、軽いけが人の手当てすらできていないらしい。
 シモンの能力は、疑似魔獣限定なのかもしれないと噂されているようでもある。

 合同演習に続き、実地演習でも神子としての覚醒は、不発に終わったように見える。

 僕も、今後の悪役令息としての立ち回りについて、考えていかねばならないだろう。

 ラインハルト様の幸せのために。



しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

処理中です...