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17.運命の輪が音を立てて回り始めた日 ~ラインハルト~
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ここから数話ラインハルト視点となります
★★★★★★★
わたしは、ラインハルト・ルッツ・フォン・シュテルン。シュテルン王国の第二王子としてこの世に生を受けた。
両親はわたしを、ヘンドリック兄上や、妹のアンネリーゼ、へレーネと分け隔てなく育ててくれた。
そうは言っても、周囲がわたしを見る目は、そのようなものではない。
王宮では、わたしを兄上のスペアとして扱う。したがって、二歳年上の兄上と全く同じ内容の学習を進めていくのだ。
しかし、教育係の中心となっていた教師のキルステンは、兄より優秀であることは争いの火種になると言い、劣ることは王位を継ぐ可能性のあるものとして許さないと言う。一体どうすれば良いのか。初老でやせぎすのキルステンは、ぴったり撫でつけた灰色の髪と灰緑色の瞳をした神経質な男性だった。
「第二王子であるからには、ヘンドリック殿下を超えてはなりませぬ」「いずれ王となるヘンドリック様を支えられるよう、ご精進なされませ」「王になる可能性のあるお立場です。民に向けて、恥ずかしくない行動をしなければなりませぬ」
五歳から始まった教養教育はそのように進められた。キルステンの言ったことはある意味正論ではある。しかし、兄上の長所と私の長所は違うのだから、兄上を超えるなと言われるのは理不尽なことだ。五歳の子どもにそれをうまく説明することはできない。当時のわたしはかなり鬱屈した思いを抱えていたのだろうと思う。
両親に伝えることができれば、そのような居心地の悪さから逃れることができたのかもしれない。ところが、幼かったわたしには、国王である父にも、王妃である母にも、それをうまく伝えることができないでいた。
ちょうど、アンネリーゼが生まれた時期でもあったため、わたしは言葉にできない思いを胸の中に閉じ込めてしまった。そして、幼いがゆえにそれを表面化させることなく、皆から望まれる第二王子を演じながら日々を過ごすことになったのだ。
表面上は大人しくて賢い子どもを演じていたわたしに、転機が訪れたのは十歳のときのことだ。
シュテルンの王族は、十歳になれば婚約者を決めるのが通例である。もちろん例外はあるし、途中で婚約者が変更になることもある。王族の婚姻が政治的であることを考えれば致し方ないことだろう。まあ、王族が早く婚約者を決めてしまわなければ、困る貴族もいるのであろうと思う。
とにかく、通例に則ってわたしが十歳の時に、婚約者を決めるための茶会が開かれた。
伯爵家以上の年の近い子どもが集められた茶会は、重労働だった。皆に声をかけてまわり、そのときに学んでいることや興味のあることを聞き出して、能力や相性を探る。立ち居振る舞いが、王家にふさわしいかを観察する。
礼儀正しく教養溢れる者もいれば、王子の伴侶になるために必死な者、逆に選ばれることに興味のない者もいて、たいそう興味深い。
しかし、それだけだ。
わたしは第二王子だ。わたしがスペアであるのと同様、わたしの伴侶もスペアになる。
それを理解して、わたしとともに生きてくれる人物が伴侶でなければならないのだ。
「ラインハルト殿下は、第二王子であらせられます。王国にふさわしい方と婚姻を結ばなければなりませぬ」
茶会の後にはキルステンからそんなふうに釘を刺された。そう、わたしは、政治的に正しい選択をして、婚姻を結ぶべきだろう。
しかし、その相手は一体誰なのか。だれが一番ふさわしいのか。
「通例として茶会を開いたが、ラインハルトの婚約者はわたしが決めることにした」
「はい、父上ありがとうございます」
国王である父上には、私の迷いがわかったのだろう。
兄上のときもそうだった。茶会を開いた後に、父上が兄上の婚約者を決めたのだ。特に気に入った相手がいれば考慮されるが、そうでなければ国王が、王家がその立場によって政治的に王子の婚約者を決める。
第二王子だからといって、いや、第二王子だからこそ、婚約者を自由に決めることはできない。
父上は、どうしても気に入らなければ婚約を白紙にできるとおっしゃったが、相手によほどの瑕疵がなければそのようなことは認められないだろう。
父上が選定された婚約者は、ヒムメル侯爵家の三男だった。ヒムメル侯爵家の領地は、北の国境沿いにあり、魔獣の森とレアメタル鉱山を有している。国境の徴税業務を担いながら、自らも貿易業務をしている裕福な侯爵家は、魔獣の森を荒らさないように維持する武闘派の家系でもある。
なるほど、婚姻を結ぶだけの政治的な価値はある。ヒムメル侯爵家にしても、王家と組んでおけば貿易にも有利なはずだ。
わたしの婚約者になるというその三男も、そう割り切ってくれると良い。わたしはそう思った。
「ヒムメル侯爵の伴侶は、わたしの従妹であるから人柄も確かめておる。ラインハルトと、そう気が合わぬということはなかろう」
母上は、婚約者としての顔合わせの前にわたしにそう言った。
ヒムメル侯爵の三男は、婚約者選定の茶会には来ていなかったそうだが、その理由は今回の話題にすれば良いと考えた。
薔薇の咲く庭園に面した部分がガラス張りになっている部屋で、婚約者との茶会は行われる。まだ婚約者ではないのだけれど、ほぼ決定といって良いだろう。
その部屋はさほど広くはない。わたしと母上が来たことを告げられて、立ち上がる二人。わたしの将来の伴侶とその父親であるヒムメル侯爵だ。
その後の、大人同士の挨拶も口上も、全く耳に入らなかった。
目の前にいるのは、完全に左右対称の顔を持つ美貌の少年だった。肩のあたりで切りそろえられた髪は、陽の光を反射して虹色に輝く銀。長い睫毛に縁取られたアーモンド形の目の中には、切り出した氷河のような薄い水色の瞳を宿している。なめらかな皮膚は白磁のようだ。
「ヒムメル侯爵が子息、ラファエル・エーリッツ・フォン・メービウスにございます。王妃殿下とラインハルト第二王子殿下に御目文字叶いまして、恐悦至極に存じます」
美しい礼をとり、薄桃色の唇を開いて自己紹介をした彼は、わたしを見つめてうっすらと頬を染めた。
天使が、わたしの目の前にいる。
運命の輪が、音を立てて回り始める。わたしはその音を聞きながら、歓喜に打ち震えた。
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わたしは、ラインハルト・ルッツ・フォン・シュテルン。シュテルン王国の第二王子としてこの世に生を受けた。
両親はわたしを、ヘンドリック兄上や、妹のアンネリーゼ、へレーネと分け隔てなく育ててくれた。
そうは言っても、周囲がわたしを見る目は、そのようなものではない。
王宮では、わたしを兄上のスペアとして扱う。したがって、二歳年上の兄上と全く同じ内容の学習を進めていくのだ。
しかし、教育係の中心となっていた教師のキルステンは、兄より優秀であることは争いの火種になると言い、劣ることは王位を継ぐ可能性のあるものとして許さないと言う。一体どうすれば良いのか。初老でやせぎすのキルステンは、ぴったり撫でつけた灰色の髪と灰緑色の瞳をした神経質な男性だった。
「第二王子であるからには、ヘンドリック殿下を超えてはなりませぬ」「いずれ王となるヘンドリック様を支えられるよう、ご精進なされませ」「王になる可能性のあるお立場です。民に向けて、恥ずかしくない行動をしなければなりませぬ」
五歳から始まった教養教育はそのように進められた。キルステンの言ったことはある意味正論ではある。しかし、兄上の長所と私の長所は違うのだから、兄上を超えるなと言われるのは理不尽なことだ。五歳の子どもにそれをうまく説明することはできない。当時のわたしはかなり鬱屈した思いを抱えていたのだろうと思う。
両親に伝えることができれば、そのような居心地の悪さから逃れることができたのかもしれない。ところが、幼かったわたしには、国王である父にも、王妃である母にも、それをうまく伝えることができないでいた。
ちょうど、アンネリーゼが生まれた時期でもあったため、わたしは言葉にできない思いを胸の中に閉じ込めてしまった。そして、幼いがゆえにそれを表面化させることなく、皆から望まれる第二王子を演じながら日々を過ごすことになったのだ。
表面上は大人しくて賢い子どもを演じていたわたしに、転機が訪れたのは十歳のときのことだ。
シュテルンの王族は、十歳になれば婚約者を決めるのが通例である。もちろん例外はあるし、途中で婚約者が変更になることもある。王族の婚姻が政治的であることを考えれば致し方ないことだろう。まあ、王族が早く婚約者を決めてしまわなければ、困る貴族もいるのであろうと思う。
とにかく、通例に則ってわたしが十歳の時に、婚約者を決めるための茶会が開かれた。
伯爵家以上の年の近い子どもが集められた茶会は、重労働だった。皆に声をかけてまわり、そのときに学んでいることや興味のあることを聞き出して、能力や相性を探る。立ち居振る舞いが、王家にふさわしいかを観察する。
礼儀正しく教養溢れる者もいれば、王子の伴侶になるために必死な者、逆に選ばれることに興味のない者もいて、たいそう興味深い。
しかし、それだけだ。
わたしは第二王子だ。わたしがスペアであるのと同様、わたしの伴侶もスペアになる。
それを理解して、わたしとともに生きてくれる人物が伴侶でなければならないのだ。
「ラインハルト殿下は、第二王子であらせられます。王国にふさわしい方と婚姻を結ばなければなりませぬ」
茶会の後にはキルステンからそんなふうに釘を刺された。そう、わたしは、政治的に正しい選択をして、婚姻を結ぶべきだろう。
しかし、その相手は一体誰なのか。だれが一番ふさわしいのか。
「通例として茶会を開いたが、ラインハルトの婚約者はわたしが決めることにした」
「はい、父上ありがとうございます」
国王である父上には、私の迷いがわかったのだろう。
兄上のときもそうだった。茶会を開いた後に、父上が兄上の婚約者を決めたのだ。特に気に入った相手がいれば考慮されるが、そうでなければ国王が、王家がその立場によって政治的に王子の婚約者を決める。
第二王子だからといって、いや、第二王子だからこそ、婚約者を自由に決めることはできない。
父上は、どうしても気に入らなければ婚約を白紙にできるとおっしゃったが、相手によほどの瑕疵がなければそのようなことは認められないだろう。
父上が選定された婚約者は、ヒムメル侯爵家の三男だった。ヒムメル侯爵家の領地は、北の国境沿いにあり、魔獣の森とレアメタル鉱山を有している。国境の徴税業務を担いながら、自らも貿易業務をしている裕福な侯爵家は、魔獣の森を荒らさないように維持する武闘派の家系でもある。
なるほど、婚姻を結ぶだけの政治的な価値はある。ヒムメル侯爵家にしても、王家と組んでおけば貿易にも有利なはずだ。
わたしの婚約者になるというその三男も、そう割り切ってくれると良い。わたしはそう思った。
「ヒムメル侯爵の伴侶は、わたしの従妹であるから人柄も確かめておる。ラインハルトと、そう気が合わぬということはなかろう」
母上は、婚約者としての顔合わせの前にわたしにそう言った。
ヒムメル侯爵の三男は、婚約者選定の茶会には来ていなかったそうだが、その理由は今回の話題にすれば良いと考えた。
薔薇の咲く庭園に面した部分がガラス張りになっている部屋で、婚約者との茶会は行われる。まだ婚約者ではないのだけれど、ほぼ決定といって良いだろう。
その部屋はさほど広くはない。わたしと母上が来たことを告げられて、立ち上がる二人。わたしの将来の伴侶とその父親であるヒムメル侯爵だ。
その後の、大人同士の挨拶も口上も、全く耳に入らなかった。
目の前にいるのは、完全に左右対称の顔を持つ美貌の少年だった。肩のあたりで切りそろえられた髪は、陽の光を反射して虹色に輝く銀。長い睫毛に縁取られたアーモンド形の目の中には、切り出した氷河のような薄い水色の瞳を宿している。なめらかな皮膚は白磁のようだ。
「ヒムメル侯爵が子息、ラファエル・エーリッツ・フォン・メービウスにございます。王妃殿下とラインハルト第二王子殿下に御目文字叶いまして、恐悦至極に存じます」
美しい礼をとり、薄桃色の唇を開いて自己紹介をした彼は、わたしを見つめてうっすらと頬を染めた。
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