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22.緊急事態 ~ラインハルト~
しおりを挟む実地演習の日は、雲一つない晴天であった。
生徒会メンバーのうち、ラファエルとディートフリート、アルブレヒト、マルティンが、わたしとともに主な討伐に回るため、森に足を踏み入れた。
「うーん、確かにこのあたりのコカトリスにしては凶暴かなあ」
「しかし、常よりは頭数が多いですね」
マルティンが頻出するコカトリスを捌き、そのマルティンに防御魔法をかけながらディートフリートが魔石を拾ってわたしたちの前を進む。アルブレヒトは、コカトリスの出現場所と個体数を森の地図に記入し、これまでの魔獣の生息状況との差を確認している。
ラファエルは、護衛担当ということにしてわたしの隣を歩かせている。身を寄せて歩くようにと指示をすれば、するりとわたしに近寄ってくる。側近たちの視線が生温いのはいつものことだ。
「いや、もったいない。これだけのコカトリスがあったら、寮の食事にできるのにな」
「ああ、では、帰りにここを通って回収して帰りましょう。地図に書き込んであるから大丈夫ですよ」
アルブレヒトが、地図にしるしをつけながら、バウマン分隊長に笑顔を向けた。
わたしたちに付き添ってくれるのは、魔法騎士のバウマン分隊長だ。バウマン分隊長は、まだ分隊長であるが、非常に腕が立つということで、わたしたちとともに行動してくれることになった。王子であるわたしの身を守ることを、重点にしたのだと思われる。
「では、固めておきますね」
「ああ、クロゲライテ公爵令息、いや、ヒムメル侯爵令息まで……独り言だったのですが……」
「たくさんあるのだから、生かした方が良いだろうな」
「殿下! 恐縮であります」
バウマン分隊長は、ラファエルが風魔法でコカトリスをある程度の塊にするのを見て、期待に目を輝かせている。なかなか素直な性質の人物であるようで好感が持てる。わたしも思わず声をかけてしまった。
演習においては、魔法騎士がわたしたち生徒に指導を行うのであり、王族であっても恐縮する必要などないと伝えておく。
それにしてもラファエルは、寮の食事のためのコカトリスを固めてやるなど、親切で可愛い。
出立のときに、バウマン分隊長には、ラファエルとマルティンは戦闘能力も高いので、ある程度討伐を任せるようにと伝えた。しかし、わたしたちを守る必要のあるバウマン分隊長は、なかなか納得してくれず、軽く押し問答になったが、ラファエルとマルティンの背景を説明することで渋々ではあるが、了承してくれた。おそらく、実際に戦闘をしているところを見れば、彼の不安は解消されることとは思うのであるが。
「打ち合わせで聞いていたよりも、順調に進んでいるようだな」
「そういえば、ほとんどコカトリスばかりですね。大物に出会っておりません」
事前情報よりも森の様子が落ち着いている。コカトリスと時々顔をのぞかせるリザード程度で、マーダーラビットすら出て来ていない。
そのようなことを考えていると、森の奥から足音が聞こえた。
あれは、動物ではない、人間が走っている足音だ。
隣にいるラファエルが、戦闘態勢に入ったのが伝わって来た。
慣れていない人間が、森の中を走るということはあまりない。魔獣に襲われて逃げてきた可能性が高いのだろうが、そういう事態に紛れてわたしたちのうちの誰かを狙っている可能性もある。わたしも、戦うことができるよう身構えた。
「はあっあっ……。たっ助けてっ!」
そう言いながら倒れこんできたのは、一年生のバーデン伯爵令息だった。袖が破れた腕からは血を流し、多くの擦り傷を作っている。
「どうした。何があったのだ?」
「ヘッ、ヘルハウンドがっ……、あんな大きなっ……群れがいるなんて、聞いてないっ!」
「ヘルハウンド?」
駆け寄ったマルティンの質問にバーデン伯爵令息は、青ざめた様子で答えている。
ヘルハウンドは、この森には生息している群れを作る魔獣だが、大きな群れとはどれぐらいの規模なのか。
「あんな大きな群れとは、何頭ぐらいいたのだ」
「何頭……、十頭や二十頭じゃない……と……とにかく、大きいのがっ」
「戦闘態勢はどうなっている。ほかのメンバーは? みんな逃げたのか?」
「どれぐらいの距離を逃げた?」
「魔法騎士団の……人が中心に戦ってくれて、僕たちじゃ無理だから逃げろって言われて……僕は嚙みつかれて……逃げて……。
他のメンバーは……わからない……。そんなに走っていないと思う……」
マルティンとディートフリートが、確認のために立て続けに質問をしている。状況によっては、救援活動に入らねばならない。学長から援助は不要と言われているが、緊急事態となれば、手を出す必要があるのだ。
バーデン伯爵令息は、恐怖のあまり興奮状態だ。現場確認と救援のためにその場に向かう必要があるだろう。
「これは救援に向かわねばならないでしょう。殿下は……」
「きゃあああああっ! 助けて!」
「誰かっ!」
その場にいるわたしたちの考えは、一致していたのだろう。バウマン分隊長が救援に向かう決断をした。
そこへ、ヘルハウンドの吠える声と、人間二人の悲鳴が聞こえてきたのだ。
マルクと見覚えのある一年生……レヒナー男爵令息が、こちらに走ってくる。その後ろをヘルハウンドの群れが追いかけてくる。今のところ逃げおおせているということは、この近くでヘルハウンドと遭遇したのだろう。
そして、バーデン伯爵令息の言によると、護衛についている魔法騎士と二年生がヘルハウンドと戦闘に入っているということである。
「ディートフリート様、アルブレヒト様、ラインハルト殿下をお願いいたします」
「お任せください」
「承知しました」
「ラファエル、待て。わたしも行く」
「すぐに片付けて参りますゆえ、しばらくお待ちくださいませ」
ラファエルはわたしの声を振り切って、ヘルハウンドの群れに向かって駆け出した。マルティンがそれに続く。
銀色の髪をなびかせ、ヘルハウンドへ向かって走るラファエルのなんと美しいこと。それを見ながらわたしもあとへ続こうとしたのだが。
「あああっ! ラインハルトさまあ、助けてええええ」
レヒナー男爵令息が甲高い叫び声をあげて、わたしに突進してきて、ラファエルの後を追う行く手を阻んだ。どうして私の邪魔をするのか。
バウマン分隊長が、「殿下を安全な場所へ!」と言いながらヘルハウンドに向かっていく。
わたしは、レヒナー男爵令息を振り払ってラファエルの後を追おうとしたが、アルブレヒトに押しとどめられた。
「ラインハルト殿下、御身に何かあっては大変です。それに、わたしたちがついて行っては、ラファエルとマルティンの足手まといにしかなりません。どうか、ここに留まってくださいませ」
「ラインハルト殿下、緊急用の灯火を上げます。すぐに救援の手勢が参りますから、それまではご辛抱ください。わたしたちに守られるのが殿下のお役目でございます」
アルブレヒトとディートフリートに全力で止められてしまったので、わたしはその場で待機することにした。ディートフリートの上げた灯火を見た救援部隊が、一刻も早く到着することを願いながら。そして、ラファエルの、皆の無事を祈りながら。
いや、わたしのラファエルは、無事に決まっていると思う。そうでなければならないのだ。
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