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30.試験の結果が発表されました
しおりを挟む夏季休暇の前には試験が行われる。
試験結果の上位二十名は、掲示板に名前が貼りだされる。それより下位の者の順位はわからない。シュテルン魔法学校の方針で『上位に入って名を上げよ』ということらしい。
よくわからないけれども。
今期の一位は僕だった。そして、二位はラインハルト様、三位がアルブレヒト様でいらっしゃる。僕とお二人との差は、主に魔法実技と戦闘実技の点数で、座学の実力差はあまりないようだ。王子殿下の婚約者なのだから、首位は当然であるという周囲の目があるので、魔法と戦闘実技の点数に甘えることなく頑張っている。
これも、ラインハルト様のためである。
「大切なラファエルが一位だなんて、誇らしいよ」
「ラインハルト殿下、僕は実技の点が有利に作用しておりますので」
「わたしのラファエルは、すべてが素晴らしいということだね」
ラインハルト様は美しい笑顔を浮かべて、僕を抱き寄せ、額にキスをなさった。僕もラインハルト様の頬にキスを返す。これには、なかなか慣れない。人前では恥ずかしいと思うのだが、お返しのキスをしないとラインハルト様からの注意を受けるのだ。
「ああもう、人前ではお控えなさるようにと申しておりますのに」
「ラインハルト様、周囲に見せつけるのは、お慎みなされませ」
「はあ」
アルブレヒト様とディートフリート様からも苦言が呈される。マルティン様は深いため息を吐かれた。やはり、婚約者に縋る悪役令息は見苦しいのだろう。
「ああもう眼福」「麗しいわねえ」「一位二位独占のお似合いのお二人かあ……」
何やら言っている人たちがいるようだ。僕のことを慎みがないと言っているのかもしれないが、申し訳ない。
これでまた僕が悪役令息だという印象が強くなるのかもしれない。
しかし、成績が上位にあることは、これから断罪婚約破棄になったときには、生きていくための役に立つのかもしれない。どのような断罪になるのかわからないが。勉強は、これまで以上に頑張る必要があるだろうと思う。
いくらなんでも、処刑にはならないだろうと予想しているのだ。領地に蟄居ぐらいでないと、父が黙っていないと思う。
それに、こんなにお優しいラインハルト様が僕のことを見限ったとしても、それほどひどい目にあわせようと判断されるとは考えられない。
いや、シモンの様子を見ているとそれは楽観的過ぎるかもしれない。
断罪の程度が酷いようなら国外に逃げて、冒険者になるのも良いように思う。
現状では、シモンにもう少し頑張ってもらわないとラインハルト様は彼に目を向けないだろう。
本当に、シモンの頑張りが足りないとしか思えないぐらい、物語は進んでいないように思われる。あの行動は、もう少しどうにかならないのだろうか。
「どうして、僕の名前がないのさー!」
一年生の掲示板の前あたりで、甲高い叫び声がする。
シモンだ。
念のために、一年生の順位発表も見てみたけれど、シモンは二十位以内には入っていなかった。王子殿下の伴侶を目指すのであれば、本当に、本当にもう少し頑張ってもらわなければならない。王子の伴侶となるのであれば、可愛いだけじゃなくて学業も優秀でないと困ることが出てくるのだ。
「もしかしたら、成績の不正があるんじゃないかなっ……
試験問題を教えたりーとか、赤点なのに合格点にしたりーとか。だって、ラインハルト様より成績が良い人がいるなんてっ、おかしいっ」
僕の方を見たシモンが、にたりと笑ってから、そのエメラルドの瞳に涙を浮かべ、くしゃりと泣き顔を作った。庇護欲をそそる可愛らしい表情だ。やはり、主人公は可愛い。
そして、攻撃を向ける先は僕だ。明らかに狙っている。ラインハルト様より上位にいるのは、僕だけなのだから。
「ひいっ」「あの男爵令息は、自分の成績が良くないだけなんじゃ……」「王族を敵に回す気なのか?」「ええ……、命知らず」「どう見ても優秀な方々なのに何を言ってらっしゃるの?」
周囲で息をのむような音がして、それがざわざわとした声に変っていく。何を言っているのかはよくわからないが、物語の流れを考えれば、皆が僕に疑いの目を向けるきっかけとなるのだろう。誰かが悪役になっていく物語とはそういうものだ。
悪役は僕だけど。
なるほど、こんな風に僕が悪役令息という認識が広がっていくのか。
そう思ったのだけれど。
シモンの隣にいた令息の顔色が悪くなって、距離を取り出している。この場を離れだす令嬢令息もいる。
あれ? ここは皆がシモンに同調するところではないのだろうか。
そうか、僕が悪役令息らしくシモンの無礼を咎めないといけないのか。よし!
「レヒナー男爵令息、君は学校が不正なことをしていると言っているのか?」
「え? ゲレオン、何を言ってるの?」
僕が口を開く前に、ヴァネルハー辺境伯令息が、シモンに質問をした。そう、シモンが言っていることは僕だけが不正をすることで得られる結果ではない。
出遅れてしまった。少し悔しい。
「事前に問題を教えたり赤点を合格点にしたりするのは、学校側の不正がないと成立しないだろう。そのようなことも考えないで、発言したのか?
そして、レヒナー男爵令息、君に僕の名前を呼ぶことを許した覚えはない」
「なんで、なんでそんな意地悪を言うの? 僕たち、同級生じゃないかっ!」
「別に意地悪は言っていない。レヒナー男爵令息、もうすこし常識的な判断をして発言した方が君のためだ」
ヴァネルハー辺境伯令息がそう言い放つと、シモンはその大きな目からぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「ひっ、ひどいっ! だって……えっあっ」
「レヒナーさん、またあなたはこのような場所で騒いでいるのね。すぐに作法室にいらっしゃい」
いつの間にやってきたのか、副学長と作法の先生とがシモンを両側から拘束してその場から連れ出した。
「放してくださいっ! 僕はっ! ああああああ!」
シモンの叫び声が、遠くなっていく。
この後は、副学長と作法の先生から、厳しく指導をされるのだろうと予想できる。
でも、もしラインハルト様の隣に立ちたいのであれば、きちんと指導を受けておいた方が良いだろう。
どうやら、早々にこの場を離れていった生徒たちは、教員にこの状況を知らせに行っていたらしい。
「差し出たことを申しまして、失礼いたしました」
「いや、ゲレオン、君のおかげでことを荒立てずにすんだ。あのままだったら、レヒナー男爵令息は謹慎処分……場合によっては退学だったであろう」
ラインハルト様は、にこやかにヴァネルハー辺境伯令息を労われた。
シモンのような光魔法使いは手元に置いておきたい気持ちもあって、学校の対応が甘いのだろうというのは、ディートフリート様の見立てだ。
僕は、主人公補正だと思っているけれど。
「そうですね。僕だったらもっと厳しく言ってしまったかもしれません。ゲレオンに感謝いたします」
「いえ、そのようなことは……、お役に立てて光栄です」
僕からも礼を述べると、ヴァネルハー辺境伯令息はうっすらと頬を染めて謙遜する態度をとった。
しっかりしているのに可愛らしい。ヴァネルハー辺境伯令息にもまだ一年生らしいところがあるのだなと微笑ましく思っていると、ラインハルト様がくいと僕の腰をひいた。
「では、そろそろサロンに向かおうか」
「はい、かしこまりました。皆様、失礼いたします」
「やきもちだな」「大人げない」
周囲の人にこの場を去ることを告げて歩き出すと、後ろを歩いているアルブレヒト様とディートフリート様が何やら言っているようだった。何なのだろうか。
「ゲレオンには目をかけていく必要があるようですね」
「そうだな。よく観察しておいてくれ」
「はい」
マルティン様とラインハルト様のやり取りを聞いて、我々が見どころのある令息だと思っていることを認識する。
そういえば、そもそもあの物語に、成績についての言及はあったのだろうか。
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