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36.なぜこんなところにこの魔獣がいるのでしょうか
しおりを挟むラインハルト様は、このお話を僕たちに持ち掛けられたヘンドリック殿下とお話をされて、仕事内容を整理してくださった。
ラインハルト様は、王族の代表として魔獣凶暴化の対策に取り組むこと。婚約者と側近は、ラインハルト様の指示に従うこと。つまり、各団が僕たちに行動を求める場合は、ラインハルト様の許可が必要だということになる。また、各団の必要な情報は共有することも、改めて決定された。
今のメンバーは抜け駆けをするような人物がいるような雰囲気ではないが、今後の各団への報告によっては、どうなるかわからない。
とくに、ジークフリート様は、人為的な魔力によってヘルハウンドの魔核が変質していた可能性があるとおっしゃっていた。誰かの企てであることも視野に入れ、十分な注意を払わねばならないのだ。
ガウク分隊長の例のように、精神汚染魔法によって、調査が歪められる可能性もあるのだから。
ヘンドリック殿下は、今回の調査で曖昧になりがちな業務分担の部分も、各団長と調整して決めてしまったようだ。その後の会議の折に伺ったところ、仕事内容が整理されたことで、シュトール様もオイラー様もジークフリート様も動きやすくなったそうである。僕が氷魔法を使う案は、ジークフリート様が夢見ていたことではあるけれど、強引に現実化しようと思っていたわけではないとお話をされた。
「でも、ヒムメル侯爵令息のお噂は聞いていますから!」
「機会があれば、わたしもともに戦いたいと!」
「皆の期待もありますし、ぜひともお願いしたいところでございます」
「今後の展開次第でございましょうか……」
会議のあとで、シュトール様とオイラー様、ジークフリート様にそのように言われてしまったので、曖昧に返事を返しておく。本心は、夢見たことを現実化したいと思っていらっしゃるのではなかろうか。そう言えなくなっただけで。
いざとなれば、がっかりさせないようには頑張ろうと思う。
そもそも僕は、ラインハルト様の婚約者なのであるから、恥になるような行動はできないのだ。
何度か会議を重ね、調査の一環として王都郊外の森に魔獣の捕獲にも出ることになった。調査メンバー以外は、氷魔法を使える魔術師と治療魔術師、ラインハルト様と僕の護衛だけが森に入る。
今回は、アルブレヒト様とフローリアン様、ブリギッタ様は捕獲には参加なさらず、魔獣の出現と魔素の濃度の変化、そして、王都からの人間の出入りとに関連がないかを分析することになっている。
魔獣を捕獲をするといっても、調査用の個体の確保が重点であるから多くの人数が必要なわけではない。ただし、求める個体に出会えるまで、何度か魔獣の捕獲に出なければならないかもしれないけれど。
そして、討伐が目的ではないので、本当に危険な時には逃げることになっている。
魔術師団から氷魔法が得意だとして派遣されたヤン・クリューガー様は、通常は討伐に出ることがないとおっしゃった。入団時からずっと、研究棟にいらっしゃるそうだ。
「森の中で魔獣を探すなんて、魔術師団に入りたての頃の研修以来ですねえ。僕、戦闘がへたくそなんですよ」
「戦闘には手を出さなくて大丈夫です。俺が、安全を確保するようにします」
クリューガー様は、そわそわした様子でお話をしてくださる。本当に戦闘には慣れていないご様子なので、マルティン様がぴったりとついていらっしゃる。
基本的な討伐はシュトール様とオイラー様がしてくださる予定で、魔獣が弱ったところでクリューガー様が氷魔法で凍結する予定だ。
僕は、当然ラインハルト様とともに前に進んでいる。
「ラファエルは、自分が討伐しようと気負うことはない。けれど、自分の判断力を信じて行動しても良い。わたしが許可する」
ラインハルト様は、出発前にそう言って僕の頬にキスをしてくださった。他の方々と、調整してうまく動けということなのだけれど、立場を考えて遠慮する必要はないとおっしゃっているのだろう。
これまでのやり取りからも、シュトール様やオイラー様が、僕が討伐に加わることを煙たく思うことはないだろうと思われる。
よし、頑張ろう。
「相変わらず仲が良くて」「いやいや噂は本当ですね」「溺愛……?」
皆様も、打ち合わせなのかひそひそとお話をされているようだ。
前回の『狩』や、実地演習のときはコカトリスが大量に発生していたのだが、今回は、姿を見ない。マーダーラビットが二頭。それだけである。それも、通常の大きさだった。
「今日は、あまり魔獣が出現しませんね」
「うむ。魔獣の出現数は、日によってかなりの変動があると聞いている。はずれの日だったのかもしれんな」
ディートフリート様とジークフリート様との会話を聞きつつ、森の中に分け入っていくが、実際に魔獣は出現しない。
日を改めて捕獲に来た方が良いのではないか。
誰もがそう思っていた。
シャアアアアアアアアッ!
それは、聞いた覚えのある威嚇音だ。しかし、こんなところで聞くことはない。王都近辺にいるはずがない。
音のする方に目をやると、それは、低木の間から頭を出してこちらを威嚇している。
「アポピス……? なぜ、こんなところに」
僕は魔獣の名前を口にする。
アポピスが森の中にいるなどと、聞いたことはない。
巨大蛇アポピス。常であれば、砂漠に生息する虹色のうろこをもつ蛇の魔獣。かつて、一度だけ遭遇したことがあるが、珍しい魔獣だ。
アポピスと遭遇したことがあるのが、僕以外に誰がいるのかは、わからない。そして、目の前のアポピスは、僕が知っている物より格段に大きい。
砂漠の蛇が、どうして森の中に、と、深く考えている時間はない。
僕たちは、それぞれが戦闘態勢に入った。
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