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37.巨大蛇は強かったのです
しおりを挟む巨大蛇アポピスは水に弱い。砂漠に生息する魔獣でも水に強い者はいるので、そういう生態だからとしか言いようがないのであるが。
僕がアポピスに遭遇したのは、ラインハルト様と婚約する直前だった。あのときは、様々な種類の魔獣がヒムメル侯爵領のレアメタル鉱山の近くに出没していたので、その討伐に追われていた。
アポピスは、ブルーノ兄上とヒムメル侯爵領の魔法騎士とで討伐をした。レアメタル鉱山の麓にある砂漠とも言えない狭い砂地にそれはいて、驚いたものだ。ヒムメル侯爵領は、シュテルン王国の北にある。当時は、アポピスの生息地はもっと南だと僕たちは認識していたのだ。
ヴァネルハー辺境伯令息がいれば、効果的な討伐ができたかもしれないという思いが頭をよぎる。あの辺りには、アポピスが多数出没するはずだ。彼なら、この大きさが通常のものなのかすぐに判断できると思われる。
アポピスの口の周りは血塗れだ。おそらく、森の中の他の魔獣を喰っていたのだろう。
僕たちのことも餌に見えているに違いない。
ジークフリート様がシュトール様とオイラー様に防護と強化を付与し、お二人がアポピスにかかる。
アポピスのうろこは硬いので、シュトール様の長剣もオイラー様のレイピアも通らない。
弱ったところでクリューガー様が氷魔法を放つ必要があるので、マルティン様とともにアポピスとの距離を測っている。
僕は、基本的にラインハルト様のお傍にいることになっている。防護壁はディートフリート様がかけてくださっているが、何が起こるかわからない。
たとえ何があろうとも、僕はラインハルト様をお守りするのだ。
アポピスは、大暴れしながらシュトール様とオイラー様に牙を剝き、尾を振り回して攻撃をしている。尾を躱したシュトール様が長剣を繰り出すが、硬いうろこに阻まれて身を傷つけるには至らない。オイラー様が水を纏わせたレイピアを突き刺そうとするが、うろこの表面を削っているだけのように見える。これだけ大きなものだと、お二人での討伐は難しいのかもしれない。
「くそっ!まったく刃が入らんっ」
「何だこれは……、動きが速すぎるっ」
「速すぎて、水魔法がうまくあたりませんねっ」
アポピスがシュトール様とオイラー様へ向ける攻撃が素早い。ジークフリート様が、水魔法を放つのだが、お二人にあたらないように調節しているため単発攻撃となってしまう。しかも、顔を狙ってもうまく躱されてしまうのだ。
アポピスとジークフリート様に距離があるため魔法が届くまでの時間差を利用されているのだろう。
アポピスの体にかかった水は、多少なりとも体力を削ってはいるようだが、体躯がこれだけ大きいと、思ったように弱ってはくれない。
このアポピスは、知能も高そうだ。
クリューガー様が氷魔法を放とうにも、弱る気配が全くないので機会を掴むことができない。
これは、撤収した方が良いのではなかろうか。
そう考えたものの、アポピスのあの速さでは、逃げきれないかもしれない。何が何でも倒してしまわなければ。
そう、捕獲だなどと考えてはいけない。討伐しなければならないのだ。
ラインハルト様の御身を守るためには、倒してしまわなければならない。
「ラインハルト殿下、ラファエルに戦闘の許可を」
「よし、行ってきなさい」
「ありがとうございます」
僕は長剣を抜き、アポピスに向かって駆け出す。風の魔法を足に纏って飛び上がると、アポピスの顔に長剣を向ける。
「ラファエル、戦闘に参加します!」
僕は、顔に攻撃を加えるが、うろこに弾き飛ばされる。
なんて固いのだろう。目を狙っても、巧みに避けられるのだ。
何度か飛び上がっては、顔を狙う。
ギシャアアアアアア!
大きな叫び声が、森にこだまする。
アポピスが僕に気を取られた隙を狙ったオイラー様のレイピアが、背中のうろこの隙間に差し込まれた。そして、水魔法を流されたようだ。
アポピスが叫び声を上げながら、尻尾を振り回す。ちょうどそこにいたシュトール様が、間一髪で避ける。
「よしっ! 刺さったぞ、あっ……ああっくそっ抜けなくなった!」
オイラー様のレイピアが、アポピスから抜けなくなった。しかし、レイピアはおそらく肉まで到達しているはずだ。
痛みが継続しているのだろう、アポピスが叫び声をあげながら暴れ出した。
さっきまでの意図した攻撃とは明らかに違う動きをアポピスはしている。これまでの戦いで消耗もしていたのだろう。のたうつように暴れている。
痛みに叫びを上げるアポピス。
僕はその口を狙って再び飛び上がる。
そして、うろこのない、その口の中を狙って長剣を突き立てた。
「うまく入った!」
長剣は、アポピスの口の中。上あごに突き刺さった。
その機会を逃さずに、僕は長剣から氷魔法を流し込んだ。
みしみしと音を立てて、アポピスが凍っていく。脳を一番に凍らせたので、動きは止まるはずだ。
そこにマルティン様に連れられたクリューガー様が来られて、オイラー様のレイピアから氷魔法を流し込まれる。
ぴしぴしぴしぴしっ
クリューガー様の氷魔法は、素晴らしい威力だった。さすがに標本の捕獲のために派遣されるだけのことはある。
やがてそのままの姿で、アポピスは凍り付いた。
「やったあああ!」
「ひゃー、もうだめかと思ったよ」
「あああああ、疲れたああ」
シュトール様とオイラー様が、その場にへたりと座り込まれ、ジークフリート様は深い息を吐かれている。
抜けなくなった長剣をそのまま手放して、僕はラインハルト様のもとに駆け寄った。
「ラインハルト殿下、ラファエル、無事に戻りましてございます」
「ああ、わたしのラファエルは素晴らしいね」
ラインハルト様は、僕を抱きしめると、額と頬にキスをなさった。僕は魔獣討伐で汚れているのだけれど、キスをお返しするべきだろうか。
ラインハルト様を見あげると、そのサファイアの瞳が期待に満ちている。ように見える。
僕は、ラインハルト様の頬にキスをして、その腕の中に身を委ねた。
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