56 / 86
56.見えている状況だけで簡単に判断するのはやめましょう
しおりを挟むファーレンハイト魔術師団長の放った雷は、リンドヴルムの左翼の付け根に命中した。
キシャアアアアアアアアアアアアア!
「ははっ! 命中したな!」
「次はわたしたちの番だな。」
「援護はお任せを」
翼を雷で焼かれて暴れているリンドヴルムを見ながら、アイヒベルガー騎士団長とロルバッハ魔法騎士団長が楽しそうに演台から飛び降りて行かれる。その後ろから、ファーレンハイト魔術師団長が声をかけていらっしゃる様子も楽し気だ。
「父上たちは、不謹慎すぎないか……?」
「ああ、王都の危機だというのにな」
ディートフリート様とマルティン様が、呆れたように言葉を漏らしておられる。その間も、ヘンドリック殿下とラインハルト様を守る態勢は崩していらっしゃらないが、ご自分のお父上たちのご様子に毒気を抜かれたような感じではある。
リンドヴルムは、辺境に遠征に出たとて出会えるかどうかわからない珍しい魔獣だ。団長たちの気分が高揚していらっしゃるのは、よくわかる。そして、ご自分たちの実力にも自信がおありだからこその行動なのだろうと思う。
いや、ディートフリート様もマルティン様もご自分のお父上の気持ちはよくおわかりにはなるのだろう。しかしながら、王位継承権第一位と第二位の二人の王子殿下を守っているのだから、緊張感がおありになるのは当たり前のことだ。
アイヒベルガー騎士団長は、左翼が焼かれて飛べなくなったリンドヴルムが暴れる足元に回り込み、足の裏を狙って刃を突き立てる。
リンドヴルムは、雷や炎を寄せ付けない強靭なうろこで全身が覆われているが、翼と足の裏、目、そして口の中には魔法攻撃や物理攻撃が通用する。ただし、血液などの体液に毒が含まれるため、それを浴びないように防護壁を展開しながら攻撃を加える必要がある。
ロルバッハ魔法騎士団長は、まだ息のあったワイバーンにとどめを刺してから、リンドヴルムの口の中を狙って炎を纏わせた長剣を振るって牙を折る。
ファーレンハイト魔術師団長は、お二人に防護をかけるだけでなく、手負いになって暴れるリンドヴルムの攻撃がお二人に及ばないように雷を落とす。
お三人は、まるで事前に打ち合わせをしていらっしゃったかのように、見事な連携を見せてくださる。
周囲から各団の精鋭が数人支援しているが、お三人でリンドヴルムの相手ができているのだ。
この様子であれば、リンドヴルムもすぐに討伐できるだろう。一頭しかいないのであるし。
ディートフリート様とマルティン様と僕の三人で、このような連携ができるだろうか。
僕は、そのようなことを考えて戦闘を見ていたのは、暢気すぎたのだと後悔することになった。
そう、戦闘が佳境のときに、甲高い叫び声が王宮前広場に再び響いたのだ。
「魔獣さん! お願いだから、おうちに帰って!」
王宮前広場に飛び出してきたのは、シモンだ。
「え?」
「は?」
「騎士団、何をしている! それは、確保していたのではなかったのか!」
マルティン様とディートフリート様が驚きの声を上げ、ラインハルト様がめずらしく大きな声を出された。
さすがに、戦闘の中には入りこむことはできないようだけれど、シモンは、どうやって騎士団員のもとから逃れてきたのだろうか。
見ると、シモンの後ろにローブを被った誰かが追いかけてきている。
あいにく、フードを深くかぶっているので顔を見ることはできないが、誰だろうか。
演台にいた騎士団員が、ラインハルト様の声に反応して広場に飛び出し、シモンに駆け寄っていく。
「魔獣さあああああん!」
シモンは精一杯叫んでいるが、リンドヴルムが彼の声に反応している様子はない。これで、彼を神子だという勢力はいなくなると思うのだけれど。
騎士がシモンを捕まえる前に、ローブの人物が彼を捕まえて王都の市街地の方へ駆け出した。戦闘が行われている場所からも遠ざかっていく。
「追いかけろ!」
リンドヴルムとの戦闘が続いている横で人間が逃走劇をする様子は現実感がなく、いったい何が起きているのかと思わせる。
シモンを連れたローブの人物は、追いかけてくる騎士と自分たちとの間に魔法を放ち、大量の土煙を舞い上がらせ、視界を遮った。土煙が収まったときには、シモンとローブの人物の姿はなかった。
風魔法で逃げたのか?
騎士団員が取り逃がすなど、とんだ失態である。
それにしても、あのローブの人物は誰だろうか。あれは、かなり実力のある魔術師だ。
「仕留めた!」
リンドヴルムの傍で大きな声が上がった。リンドヴルムの両目には長剣が刺さっている。ロルバッハ魔法騎士団長が右目に刺さった剣から火魔法を放って頭部を焼いたようだ。
どうっと大きな音を立ててリンドヴルムが地面に倒れた。
「っしゃああああああああ!」「おおっ!」「倒したぞおおお!」
「待てっ! その場に待機しろっ! 油断するな!」
喜び勇んで駆け寄って行く騎士と魔法騎士を見て、ロルバッハ騎士団長が大声で彼らの行動を制する。しかし無情にも、倒れたリンドヴルムの尾が、駆け寄った騎士を薙ぎ払った。
周囲の者が助け出そうとするものの、暴れまわるリンドヴルムの尾に邪魔されて、倒れている騎士に誰も近づけないでいる。
「脊髄がまだ生きているのか……!」
「おそらく、この後の調査のために胸のあたりにある魔石を焼かないように脳だけに火魔法を流されたのでしょう。脳が死んでいるので生き返りはしませんが」
ラインハルト様の呟きに、僕は答える。竜種の魔獣は脳を破壊しても脊髄が生きているうちは、尾や翼を動かすことがある。意思を持って攻撃するということはもうないだろうが、完全に死ぬまでは近づくことはできない。あれほどに暴れるのはあまりないことではあるが、そもそも近づかなければよかっただけのことなのだ。
戦闘の場において、見えている状況だけで簡単に判断して行動するのは良くない。シモンの再乱入のことにしてもそうだ。
待機しろと言われていたのに迂闊に近づいたのが悪い。そうはいっても、早く倒れている騎士を回収しなければ、命に係わる。
「クリューガーはいないのか」
「彼は、城壁の方の担当です」
「そうか……、ラインハルト殿下、ラファエルくん……」
ファーレンハイト魔術師団長が部下の発言を聞き、ラインハルト殿下と僕の方を見た。
ラインハルト様は、ため息を吐くと、ファーレンハイト魔術師団長に対して頷き、僕に指示を出された。
「ラファエル、リンドヴルムを凍らせよ」
「ラインハルト様、かしこまりました」
僕は礼をすると、演台から降りてリンドヴルムに向かう。
「援護をお願いいたします」
「承知した。頼むぞ」
「すまんな」
ロルバッハ魔法騎士団長とアイヒベルガー騎士団長の答えを聞きながら、僕は体に風魔法をまとわせる。
死体を凍らせるなんて初めてだ。
僕はそう考えながら、死んでいるのに暴れているリンドヴルムに向かった。
432
あなたにおすすめの小説
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!
僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして?
※R対象話には『*』マーク付けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる