【本編完結】断罪必至の悪役令息に転生したので断罪されます

中屋沙鳥

文字の大きさ
58 / 86

58.悪役令息が断罪されない世界があるのでしょうか

しおりを挟む



「ねえ、見た? ネットアニメのあれ」
「見た見た。二次創作なんじゃないのって感じ。
 ゲームともコミックとも全然違うよねえ」
「なんかね、悪役令息が断罪されないんじゃないかって」
「えええ。じゃあ、コミック版とも違うバージョン?」
「うん、なんかそんな感じみたい」
「『ヒカミコ』ってゲームとコミックが全然違うって怒ってる人たくさんいたけど、アニメ版もそんなに違うのかあ」
「別の話だと思わないと、わかんなくなっちゃうよね」
「まあ、でも、面白ければいいよ。どうせ、ゲーム通りじゃないと許せない人は、コミックの時点で離れてるんだろうし」
「そうか。そうだね」
「今度は、どんな展開になるんだろうね」







◇◇◇◇◇


 悪役令息が断罪されない……?

 意識が浮上してくるけれど、体が気怠い。
 何度か瞬いてから、目を開けると、見知らぬ天井が見えた。

 どうやら、夢を見ていたらしい。

 いや、ここはどこだろう。僕はどうしてこのような知らないところにいるのだろうか。

「ラファエル! 目が覚めたのか!」
「ラインハルト……さま……」
「ラファエル、意識が戻って良かった。
 治療魔術師を早く呼べ」
「オスカー兄上、ぼ、くは……」
「ラファエル、お前は半日、意識を失っていた。今は星祭の夜だ」

 ラインハルト様が心配そうな顔で僕をのぞき込んでいらっしゃって、その後ろにはこれまた心配そうな様子のオスカー兄上がいる。

 意識を失っていたって? あれ? 僕は……?
 ああ、そうだ。

 僕は、リンドヴルムを凍らせて、魔法騎士がレイピアで攻撃してきてそして……
 そう、リンドヴルムだ。

「リンドヴルムは、無事に処理できたのでしょうか」
「ああ、完全に凍っていた。既に、魔術師団の倉庫に運ばれている」

 ラインハルト様が、苦々し気な表情で僕にそう教えてくださった。ご機嫌がお悪いのだろうか。
 
 オスカー兄上が、現在の状況を簡単に説明してくださる。
 ここは、王宮の医療塔近くにある貴賓室だそうだ。僕が意識を失っているため、ここに運び込まれた。
 他のけが人は、各団の医療室で治療を受けているとのことで、僕だけが特別扱いになっているようで心苦しい。しかし、王子の婚約者なのだからそれを受け入れるようにとラインハルト様とオスカー兄上の二人がかりで説得なさるので、諦めることにする。

「まったく、わたしのラファエルを危険に晒すなどとは」
「本当に、私の大事な弟を酷い目にあわせるなんて」

 うん。ラインハルト様もオスカー兄上もご機嫌がお悪い。しかし、二人の息はぴったり合っている。あまり二人でいるところを見たことはないけれど、相性が良いのだなと思う。

 そのあたりで、侍従が呼びに行ってくれた王宮の医務官を兼ねた治療魔術師が部屋を訪れたので、話を中断して、僕は診察を受ける。

「ラファエル様が長剣を刺した部分のリンドヴルムの毒が、火魔法で完全に分解されていなかったのです。その中毒ですね。状態異常解除の魔法はかけていますが、念のため三日間は安静にして解毒の薬湯を飲んでください。今日は絶食して、食事は明日の朝からです。」

 ロルバッハ魔法騎士団長はリンドヴルムの脳を焼くのに注力したため、僕が長剣を刺した舌の辺りの焼成が不十分だったらしい。もっとも、リンドヴルムの毒が完全な状態だったら、僕はどうなっていたかわからないけれど。
 あのとき魔法騎士に襲われていなければもっと慎重に行動できたとも思うが、それは言い訳になるだろう。

 そう、僕が魔法騎士に殺されかけたことも、想定外のことだった。あれは何だったのか。

 その件については、治療魔術師が診察を終えて部屋を退出された後、ラインハルト様が、僕に話をしてくださった。

「ラファエルを襲ったアルント魔法騎士だが、精神汚染魔法にかかっていたと思われる」
「精神汚染魔法? 防御のための魔道具を身に着けていたのではないのですか?」
「うん、おそらく魔道具を外している状態で、精神汚染魔法をかけられたのだろうね」

 任務に必要な魔道具は、基本的に外さないように指示されているはずだ。特に魔法騎士団は、以前もガウク分隊長が精神汚染魔法にかかって、僕に難癖をつけてきたことがあったので、かなり厳格に規則を決めていたと聞いている。

 それなのになぜ。

 他にも、ワイバーンの大量襲来のことやシモンのおかしな行動のことや、シモンが連れ去られたことなど、たくさんの謎がある。

 しかし、それらの疑問については、質問することは許されなかった。

「詳しいことはこれから各人に尋問を進めていって、明らかになるだろう。あの魔法騎士については、殺意を持ってラファエルにレイピアを向けているので、以前より厳しい取り調べをすることになるだろうね。
 他のことについても、すべてはこれからの調査になる。それ以外に、ラファエルには話しておかなければならないこともある。だけど、安静にするようにという指示を受けたばかりだから、今、話すのはやめておこう」

 ラインハルト様は、そうおっしゃって僕の頭を撫でてくださる。今日は頭の中も安静にしなさいということだと思う。

「ラファエル、残りの話は、全部明日になってからにしよう。明日にならないとわからないこともあるのだから。
わたしはラファエルを屋敷に連れて帰りたかったのだけれど、ラインハルト殿下が王宮で休養させるとおっしゃってね。また明日来るから、大人しくしているようにね」

 オスカー兄上がそう言って帰ってしまわれた後、ラインハルト様はご自分のお部屋にお帰りにならない。ラインハルト様に僕の看病をさせるわけにはいかない。早くお休みいただかねば。

「ご心配をおかけいたしました。ラインハルト様も、お休みくださいませ」
「ラファエル、まだ就寝時間には早い。今日は星祭だ。一緒に星空を見よう」

 ラインハルト様は、部屋のバルコニーにソファを用意させると、僕をベッドから抱き上げた。

「あの、自分で歩けますので、下ろしてくださいませ」
「治療魔術師殿に、安静にするよう言われただろう? 大人しく抱かれていなさい」
「……はい」

 諦めて抱かれて運ばれることにした僕は、せめてご負担が少なくなるようにとラインハルト様の首に腕を回して軽く抱き着いた。

「ラファエル、可愛い……」

 そう呟かれたラインハルト様は、僕の髪にキスをなさった。僕も、目の前にあるラインハルト様の頬にキスをお返しする。
 どうやら、ラインハルト様のご機嫌は、改善されたようだ。良かった。

 バルコニーに用意されたソファにラインハルト様と並んで腰をかけ、空を見上げた。
 冬の澄んだ空気の向こうに広がる夜空に、無数の星が瞬いているのが見える。
 『ヒカミコ』の世界だったら、神子とラインハルト様がこの星空を見あげるという設定ではなかったのだろうか。

「ああ、美しい星空だね。星祭の夜に二人でいるのは初めてだ」
「はい、星祭は、家族と過ごす日でございますから」
「早くラファエルと結婚したいな。こうして、ラファエルと一緒に過ごしていたいよ」
「僕も、ラインハルト様と一緒に過ごしたく思います」

 ラインハルト様は僕の腰を抱き寄せて美しい微笑を浮かべると、唇のそばにキスをされた。いつもより、もっと近い距離にいることが恥ずかしいけれど、誰かが見ているわけでもない。僕は、ラインハルト様の頬にキスをお返しした。

 リンドヴルムの毒で意識を失っている間に見ていた夢では、『ヒカミコ』にはいくつかのバージョンがあるということだった。
 僕は、悪役令息が断罪されない世界にいる可能性を考える。もし、そのようなことが叶うのならばと。

 そうなれば、僕は、ラインハルト様と幸せになる世界を思い描いても良いのだろうか。

 ラインハルト様とともに生きる未来のことを考えても良いのだろうか。


「ラファエル、愛しているよ。わたしのラファエル……」
「僕も、ラインハルト様を愛しています」

 ラインハルト様と僕は、手をつなぎ、寄り添いながら、星の輝く夜空を見上げて愛を囁きあった。




しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

処理中です...