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62.誰を信用したら良いのでしょうか
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「一気に寒くなった……」
朝早くに目覚めて、窓の向こうを見やると、日の出前の薄暗い庭にうっすらと雪が積もっていた。寒くなったといっても、ヒムメル侯爵領と比較すると、王都は暖かい場所だ。道が閉ざされるほど雪が降ることはまれで、雪が降ったとしても今日のように夜半に振った雪が朝方に残っている程度のことが多い。
ヒムメル侯爵領ならば、今は雪に埋もれているはずだ。領内の主要街道の除雪はしていても、森や山に至る道は雪に埋もれている。
雪で白く彩られた曇天の薄暗い街には、星祭のランタンがほの明るく灯っているだろう。
肺が凍るような冷たい空気を吸って、白い息を吐きだして凍った道を歩いていくと、星祭の屋台から温かくて美味しそうな香りを運んでくる。
「ヒムメル侯爵領に帰りたいな……」
ヒムメル侯爵領に帰って、スパイスの効いたココアを飲みながら、星祭の屋台を回りたい。外をぼんやりと眺めながら、僕はそんなことを考えていた。
ウーリヒ先生の尋問に立ち会いたいと思ったものの、まだ僕には療養が必要だから大人しくしているようにと言われた。
療養が必要な体であるのに、昨日は襲撃の囮に使われたのだ。確実ではないがその可能性があるというぐらいのものではあったのだけれど。
王族の婚約者が囮になること自体おかしいことだと思う。しかしながら、実際に無事であるうえに、犯人であるウーリヒ先生をおびき出すことができたのだから、これを計画した各団長にとっては大成功だったのだろう。
僕はどれぐらい無敵だと思われているのだろうか。
傷ついても良い人間だと思われている可能性もあるけれども。
僕が囮のような状況になるかもしれないということで、昨日時点での帰宅については、ラインハルト様が最後まで反対なさった。ヘンドリック殿下が僕の出立を邪魔しないよう、ラインハルト様が見送りできない態勢になさったと聞いている。
オスカー兄上はまったく心配してはいらっしゃらないようにふるまっておいでだったが、実際のところはそうでもなかったらしい。しかし、僕を守れる自信もおありだったのだろうとは思われる。
でも、オスカー兄上も魔法騎士団が、ウーリヒ先生を僕の馬車まで案内したのは予想外だったようだ。僕には穏やかに接していらっしゃったけれど、抗議文を各団長あてには送られたようだ。
今回、魔法騎士団への精神汚染魔法の浸食具合が酷いということがわかったので、ロルバッハ魔法騎士団長は青くなっていることだろう。
僕自身も、当面は魔法騎士団員の傍には近づかないようにしようと思う。すでに三回も攻撃をされているのだ。
ああ、いろいろなことから逃げたくなってきた。
ヒムメル侯爵領へ帰りたい。
どうやら、体調が優れないために弱気になっているのだろうと思われる。
オスカー兄上は、朝食を共にしてから、王宮に出仕して詳しい情報を手に入れてくると言って出かけてしまわれた。
大人しく家に籠っているしかできることはないので、自室で本を読んだり武具の手入れをしたりして過ごそうと思っていた。しかし、想定の範囲内ではあるものの、予定は変更になった。
ラインハルト様が我が屋敷をご訪問になるという、先触れを頂いたのだ。
「ああ、ラファエル。襲撃は失敗に終わったという知らせはもらっていたが、無事な姿を見て安心したよ」
ラインハルト様はそうおっしゃると、僕を強く抱きしめて、しばらく放してくださらなかった。
ラインハルト様がこのようにふるまわれることは、我が屋敷では時々あることなので、執事も侍女も驚くことはないし、僕はもう恥ずかしいと思うことはない。
ラインハルト様に腰を抱かれたまま応接室にご案内し、隣同士でソファに腰をかける。
「どこにもけがはしていないね」
「はい、襲撃で負った傷はございません。ご心配くださってありがとうございます」
無事を確かめるように体に触れ、目視されるラインハルト様に、僕は無事であると伝えると、満足気に頷かれた。
ウーリヒ先生は今のところ黙秘をしているようだけれど、首謀者は他にいるのだろうと言うのが、各団長の見立てであるという。国家転覆罪に相当するので、このまま黙っているのならば、自白のための薬が使われるだろう。また、自害しないように一日中複数の監視をつけているとのことだ。
なにしろ、魔法騎士団と魔術師団に複数の精神汚染魔法による洗脳者が出ているので、監視をする人選も難しいのだ。今は、王宮の護衛騎士が精神汚染魔法から防御される魔道具をつけて監視を行っているとのことだ。
「ウーリヒから命を狙われて、ラファエルもショックだったことだろう。わたしたちの先生であった人間なのだからね」
「そう……そうですね。魔法騎士からも剣を向けられて、誰を信用したら良いのかわからなくなりました」
「ラファエル……!」
ラインハルト様のお優しい言葉を聞いて、僕は思わず本音を漏らしてしまったようだ。いや、僕自身も口にするまで気が付いていなかった。
誰を信用して良いのかわからないのだ。
だから余計にヒムメル侯爵領へ帰りたいと思ってしまったのだろう。
僕の言葉を聞いたラインハルト様は、再び強く抱きしめてくださった。
「今後は、わたしが必ずラファエルを守るから……」
ラインハルト様が僕を抱きしめながら、「ラファエルを守る」と何度も繰り返し言ってくださる。
僕は、温かいラインハルト様の腕の中でその言葉を聞いていた。
久しぶりに安心した心地を味わいながら。
朝早くに目覚めて、窓の向こうを見やると、日の出前の薄暗い庭にうっすらと雪が積もっていた。寒くなったといっても、ヒムメル侯爵領と比較すると、王都は暖かい場所だ。道が閉ざされるほど雪が降ることはまれで、雪が降ったとしても今日のように夜半に振った雪が朝方に残っている程度のことが多い。
ヒムメル侯爵領ならば、今は雪に埋もれているはずだ。領内の主要街道の除雪はしていても、森や山に至る道は雪に埋もれている。
雪で白く彩られた曇天の薄暗い街には、星祭のランタンがほの明るく灯っているだろう。
肺が凍るような冷たい空気を吸って、白い息を吐きだして凍った道を歩いていくと、星祭の屋台から温かくて美味しそうな香りを運んでくる。
「ヒムメル侯爵領に帰りたいな……」
ヒムメル侯爵領に帰って、スパイスの効いたココアを飲みながら、星祭の屋台を回りたい。外をぼんやりと眺めながら、僕はそんなことを考えていた。
ウーリヒ先生の尋問に立ち会いたいと思ったものの、まだ僕には療養が必要だから大人しくしているようにと言われた。
療養が必要な体であるのに、昨日は襲撃の囮に使われたのだ。確実ではないがその可能性があるというぐらいのものではあったのだけれど。
王族の婚約者が囮になること自体おかしいことだと思う。しかしながら、実際に無事であるうえに、犯人であるウーリヒ先生をおびき出すことができたのだから、これを計画した各団長にとっては大成功だったのだろう。
僕はどれぐらい無敵だと思われているのだろうか。
傷ついても良い人間だと思われている可能性もあるけれども。
僕が囮のような状況になるかもしれないということで、昨日時点での帰宅については、ラインハルト様が最後まで反対なさった。ヘンドリック殿下が僕の出立を邪魔しないよう、ラインハルト様が見送りできない態勢になさったと聞いている。
オスカー兄上はまったく心配してはいらっしゃらないようにふるまっておいでだったが、実際のところはそうでもなかったらしい。しかし、僕を守れる自信もおありだったのだろうとは思われる。
でも、オスカー兄上も魔法騎士団が、ウーリヒ先生を僕の馬車まで案内したのは予想外だったようだ。僕には穏やかに接していらっしゃったけれど、抗議文を各団長あてには送られたようだ。
今回、魔法騎士団への精神汚染魔法の浸食具合が酷いということがわかったので、ロルバッハ魔法騎士団長は青くなっていることだろう。
僕自身も、当面は魔法騎士団員の傍には近づかないようにしようと思う。すでに三回も攻撃をされているのだ。
ああ、いろいろなことから逃げたくなってきた。
ヒムメル侯爵領へ帰りたい。
どうやら、体調が優れないために弱気になっているのだろうと思われる。
オスカー兄上は、朝食を共にしてから、王宮に出仕して詳しい情報を手に入れてくると言って出かけてしまわれた。
大人しく家に籠っているしかできることはないので、自室で本を読んだり武具の手入れをしたりして過ごそうと思っていた。しかし、想定の範囲内ではあるものの、予定は変更になった。
ラインハルト様が我が屋敷をご訪問になるという、先触れを頂いたのだ。
「ああ、ラファエル。襲撃は失敗に終わったという知らせはもらっていたが、無事な姿を見て安心したよ」
ラインハルト様はそうおっしゃると、僕を強く抱きしめて、しばらく放してくださらなかった。
ラインハルト様がこのようにふるまわれることは、我が屋敷では時々あることなので、執事も侍女も驚くことはないし、僕はもう恥ずかしいと思うことはない。
ラインハルト様に腰を抱かれたまま応接室にご案内し、隣同士でソファに腰をかける。
「どこにもけがはしていないね」
「はい、襲撃で負った傷はございません。ご心配くださってありがとうございます」
無事を確かめるように体に触れ、目視されるラインハルト様に、僕は無事であると伝えると、満足気に頷かれた。
ウーリヒ先生は今のところ黙秘をしているようだけれど、首謀者は他にいるのだろうと言うのが、各団長の見立てであるという。国家転覆罪に相当するので、このまま黙っているのならば、自白のための薬が使われるだろう。また、自害しないように一日中複数の監視をつけているとのことだ。
なにしろ、魔法騎士団と魔術師団に複数の精神汚染魔法による洗脳者が出ているので、監視をする人選も難しいのだ。今は、王宮の護衛騎士が精神汚染魔法から防御される魔道具をつけて監視を行っているとのことだ。
「ウーリヒから命を狙われて、ラファエルもショックだったことだろう。わたしたちの先生であった人間なのだからね」
「そう……そうですね。魔法騎士からも剣を向けられて、誰を信用したら良いのかわからなくなりました」
「ラファエル……!」
ラインハルト様のお優しい言葉を聞いて、僕は思わず本音を漏らしてしまったようだ。いや、僕自身も口にするまで気が付いていなかった。
誰を信用して良いのかわからないのだ。
だから余計にヒムメル侯爵領へ帰りたいと思ってしまったのだろう。
僕の言葉を聞いたラインハルト様は、再び強く抱きしめてくださった。
「今後は、わたしが必ずラファエルを守るから……」
ラインハルト様が僕を抱きしめながら、「ラファエルを守る」と何度も繰り返し言ってくださる。
僕は、温かいラインハルト様の腕の中でその言葉を聞いていた。
久しぶりに安心した心地を味わいながら。
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