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73.愛しい婚約者を悩ませていること ~ラインハルト~
しおりを挟むラインハルト視点です。
★★★★★★
「兄上が襲撃に遭った?」
王宮での児童福祉に関する会議に出席していたわたしは、その休憩中に襲撃の情報を聞いた。
参加していた会議は急遽閉会となり、改めて別日に会を持つことになった。
今回の襲撃で、兄上は無事であったものの、庇った魔法騎士が重傷を負った。犯人は自害したようだが、その身元を調べれば何かわかることがあるだろう。
最近、我が国ではいろいろと不穏な動きが続いていた。
魔獣の凶暴化が判明したのが事件の発端であったが、それを操作していたのはシュテルン魔法学校の教師であるウーリヒであった。彼は、魔道具を使って精神汚染魔法にも手を染めていたが、その手法を魔獣に応用したということのようだ。
魔獣の魔核を嬲って好きなように操れるのは、天才の域であると魔術師団長であるサウベラ伯爵は言っていた。
どうして魔獣の魔核を操作して王都周辺を荒らしたのか。そして、精神汚染魔法を使って魔術師や魔法騎士を操ろうとしたのか。その動機については、自白剤によって判明しつつある。
もともと国家転覆罪にあたるということで捜査していたのだが、実際にウーリヒはシュテルン王国を転覆させる目的で動いていたのだ。
いずれにしても、ウーリヒはラファエルの命を脅かす行動をした時点で、わたしの中では許しがたい人物となったのであるが。
「ヘンドリック殿下が襲撃されたと聞いて、ラインハルト様の御身にも何事かが起きていないかと、心配しておりました」
事件の概要と捜査状況を確認してから王妃宮へ向かうと、そこで待機していたというラファエルがわたしに駆け寄って来た。表情があまり動かないのだけれど、水色の瞳がゆらゆらと揺れて、不安だったことがよくわかる。
「ラファエル心配してくれてありがとう。わたしには何もなかったよ。兄上の襲撃については、捜査状況を聞いてきたから、母上と一緒に聞いておくれ」
「承知しました」
わたしが無事な様子を見て、うれしそうにするラファエル。ああ、なんとわが婚約者は可愛いのだろう。
その時点では犯人の身元は不明だった。しかし、それからすぐに違法な薬物取引によってシュテルン魔法学校を退学となった、もと魔術師志望の男だったということがわかった。
ウーリヒが彼と接触して、魔力を封じる魔石を取り除く手術を行っていたことも判明したため、一連の不穏な事件の一環だとして捜査が続けられている。
捜査情報は王族であるわたしには伝えられるものの、それをすべてラファエルに話すわけにはいかない。
表立って公表はされていないが、兄上は、この数か月の間に何度か暗殺の危機と思われる状況に瀕している。婚約者であるイルゼ様が早々に王宮に居を移したのもそれを受けてのことである。
ラファエルにも王族は常に命の危険があるという形で伝えてはいたが、わたしよりもラファエルの方が命をねらわれることが多かったのにはどんな理由があったのだろうか。
しかし、ラファエルが不安な様子を見せているのは、事件が大きくなってからではない。三学年に進級したころから物思いにふけるようになり、不安気に瞳を揺らすようになったのだ。
それは、冷静で大胆な性格のラファエルの挙動ではなかった。
何かおかしい。
わたしの疑問は胸の中でどんどん膨らんでいった。
わたしは、私室で婚姻式の相談をしたあとに、兄上の襲撃事件の捜査状況を話せる範囲でラファエルに伝えた。
「では、おそらく国家転覆を企んでいるであろう勢力は、まだ動いているということですね」
「そうだね……。引き続き、身辺には用心しなければならないようだ。
この春に行われる兄上の婚姻式と立太子式までには、片付けないといけないのだろうけれど」
まだラファエルには話せないが、国家転覆罪に関わる一連の事件については、わたしたちの卒業を待って全て解決させる予定だと聞いている。さまざまなことが明らかになるはずだ。ただし、それまでは、身辺に気を付けなければならない状況は続くだろう。
ラファエルはお茶を口にすると、また何か物思いにふけっている様子を見せた。
わたしは、ラファエルの美しい銀髪を撫でながら、思い切ってこれまでの疑問を口にする。
そう、ラファエルの挙動が気になるきっかけとなった出来事を思い出したのだ。
「ラファエル、最近考え事が増えたね。そう、あの入学式の日に気を失って倒れたときだ。あの後から、ラファエルは心ここにあらずということが多くなった。
何かあったのかい?」
「……ラインハルト様?」
「ラファエル、何かわたしに話していないことがあるだろう……?」
「あ……」
「わたしには話せないことならば、話せないということもラファエルの口から聞きたい」
わたしはラファエルの両手を掴み、その水色の瞳を見つめて答えを迫る。ラファエルは大きく目を見開いてから目を伏せ、何度も瞬きを繰り返した。この態度だけで、何かあるのは確定だろう。
「ラファエル、ねえ、教えて。
もし話すことができないならば、はっきりと言って欲しい。話すことができないのだと」
わたしが強硬に聞き出そうとしたので、ラファエルが戸惑っているようだ。少しばかり脅すような聞き方になってしまったかもしれない。
ラファエルはしばらく考え込むようにしていた。愛しい婚約者がこれほどはっきりとしない態度をとるのはとても珍しいことだ。わたしには、それだけラファエルの心に重いことがのしかかっているのだろうと感じられた。
ラファエルの返事を待っている時間。それはとても長いもののように感じたけれど、もしかしたらそれほどでもなかったのかもしれない。
ラファエルは大きく深呼吸をしてから、意を決したように口を開いた。
「ラインハルト様、これは、信じてもらえないかもしれないのですけれど……」
ラファエルは顔を上げて、わたしの目を見つめた。
「僕……、僕には、前世の記憶があるのです」
「前世の記憶?」
「はい、実は……」
ラファエルは、前世の記憶……
その記憶の中にあるこの世界のことを、ラファエルはゆっくりと話し始めた。
ラファエルが前世で見たという絵物語の話は驚くべきものだったが、単なる偶然の一致としか思えない内容だった。もし記憶の中のそれが予言の書だったのだとしても、既に大幅に外れているのだから、気に病むことは無いだろう。
何より、わたしがレヒナー男爵令息と結婚して国王になる未来などあり得ない。
あんな……いや、考えるのはやめよう。
わたしの幸せを考えて、ラファエルが悩んでいたのだと思うと、心が痛む。
なにより、わたしの幸せを最優先にするラファエルならではの悩みだったのだろう。
「ラファエルが断罪されることがわたしの幸せになるはずがない。わたしの幸せはラファエルと結婚して、いつまでも一緒にいることの中にある」
「ラインハルト様……」
わたしは、ラファエルの頬を両手で包み、額に、瞼に、頬にキスをする。
ラファエルがいつものように、わたしの頬にキスを返してくれる。
ああ、至福だ。
わたしがラファエルを手放す未来などない。
そう思いながら、愛しい婚約者を強く抱きしめた。
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