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76.僕が罪人であるという証拠を示してもらえませんか
しおりを挟む「ラファエルは、王都周辺の魔獣を凶暴化させた。それを自らが狩ることによって、名声を得ようと目論んだのだ」
ホフマン学長は、そんな風に断罪のための話を切り出した。
学校の演習で凶暴化したオウルベア型の疑似魔獣も、校外演習の巨大化したヘルハウンドも、王都の森で狩ったコカトリスもアポピスも、星祭のリンドヴルムも僕の自作自演である。ホフマン学長はそう断じた。
「ウーリヒは、一連の事件の主犯がラファエルだと気づいたのだ。しかし、王家の婚約者であるラファエルを一教師である彼が告発するのは困難だ。だから、ラファエルを襲撃してこのくだらない自作自演に終止符を打とうとしたのだ。それが真実だ!」
ホフマン学長はそこで、シモンの肩を抱いた。
「ここにいる、シモン・フォン・レヒナー男爵令息は神子だ。彼は早くからラファエルが邪悪なことに気づいていた。しかし、ラファエルは王子殿下の婚約者であるという権力を振りかざして彼を黙らせていたのだ」
ウーリヒ先生は、シモンが神子であるということがわかったので、その力を伸ばすために魔術師団や魔法騎士団で訓練をした。また、ラインハルト様を僕の魔の手から救い、神子と近づけるために学校内でシモンを保護するように指示したのだ。そうホフマン学長はおっしゃった。
真実に気づいたウーリヒ先生は、現在騎士団の留置場にいて理不尽な取り調べを受けていると。それはヒムメル侯爵家の権力によるものだと。ホフマン学長は、僕の家まで攻撃対象にしてきた。
冤罪の物語というのはこのように作られていくのかと、僕は感心した。話の中で真であるのは、僕が凶暴化した魔獣を討伐したことだけだ。それ以外はまったくの偽である。
これは、全部言い返した方が良いのだろうか。ラインハルト様を見あげると、首を横に振られたので、まだ黙っていることにした。
「僕は神子だから、魔獣さんは僕の言うことを聞いてくれるのに、あんなふうに凍らせなくても良かったのに、ラファエルが邪魔をしたんだ!
それだけじゃなくて、僕とラインハルトは愛し合っているのに、僕たちの仲を引き裂いたんだ!」
シモンの訴えを聞いて、ラインハルト様が僕の腰を抱いている手に力がこもった。
御名を呼び捨てにされているし、シモンと愛し合っていることにされている。
これはかなり怒っていらっしゃると思われる。
僕は、ラインハルト様の手からシャウムヴァインのグラスをお預かりした。グラスを握って割ってしまう恐れがあると思ったからだ。
危ない危ない。
「このように、ラファエル・エーリッツ・フォン・メービウスはこの栄誉ある魔法学校の卒業生にはふさわしくない! 王子殿下の婚約者にもふさわしくない!
すぐに国家転覆罪を適用して収監するべきだ!」
皆が異論を挟まなかったので、自分の話が承認されたと思ったのだろう。ホフマン学長は皺の増えた顔に笑みを浮かべた。
そう、彼は証拠を示さずとも自分の意見が皆に受け入れられると思っているのだろう。
「ラインハルト!もうそんな冷たい婚約者の傍にいなくても良いよ。僕がラインハルトの心をあったかくしてあげるからね! さあ、僕の手を取って!」
シモンが無礼にもラインハルト様を呼び捨てにしながら、こちらに向かって両腕を広げた。
それを見たラインハルト様は、僕を抱きかかえるように両手を背中から回し、髪の香りを確認しだした。
おそらく気持ちを落ち着けていらっしゃるのだろう。恥ずかしいが、仕方ない。
「さあ、皆どうしたのだ。ラファエル・エーリッツ・フォン・メービウスを捕まえて罪を償わせようではないか!」
ホフマン学長が皆を煽っているけれど、誰も動こうとしない。ラインハルト様に抱き着かれている僕を捕まえようとする人がいるとは、思えないけれど。
ホフマン学長の顔色は、更に悪くなっていっている。シモンは両手を広げたまま、ラインハルト様を待っている。どう取り繕うつもりだろうか。いや、取り繕わないのかな。
そして、もうそろそろ僕が発言しても良いだろうか。
「ホフマン学長」
僕は、王族の婚約者らしい声ではなく、魔獣を狩るときの魔法騎士らしい声を出してホフマン学長に呼び掛けた。ラインハルト様に抱き着かれたままなので、威厳とか迫力とかはないかもしれない。それは諦めようと思う。ちょっと強そうに聞こえれば、それで良いと割り切ろう。
「なんだ、ラファエル、何か申し開きでもあるのか!」
僕の声を聞いたホフマン学長が、びくっとしたのが見えた。彼の計画が、思い通りに進んでいない感触があるのだろう。
「ホフマン学長ご自身が、国王陛下の前でヒムメル侯爵家の者である僕を罪人と断じたのですから、当然皆が納得できる証拠をお持ちでいらっしゃるのでしょう? それをお示しください」
そう、何よりもまず、ホフマン学長の言っていることが本当だと言う証拠が全く示されていないのだ。証拠もなく、人に罪があると断じるなどということは、通常ではありえないだろう。
通常では。
「お前は! わたしが嘘を吐いていると言うのか!」
「ええ、嘘を吐いていらっしゃるでしょう?」
「なんだと……、警備の騎士! この罪人を捕らえろ!」
ホフマン学長は、学校の警備を担っている騎士に号令をかけた。しかし、皆近くまで来たものの、僕を捕らえようとする者はいない。信憑性のない話で王族の婚約者に手をかけては、ただではすまないと思ったのだろう。
おそらくホフマン学長は、騎士に予めの指示をしておかなかったのだと思う。それは不思議な気がするけれど。
「なぜ……なぜだ」
ホフマン学長の目が泳ぎ出す。周囲を見渡しても、冷たい目線を向けられているのがわかるはずだ。国王陛下と王妃殿下が何もおっしゃらないのは、ホフマン学長の話が受け入れられているからではない。
お二人は、ただ無様な喜劇を放置するお気持ちでいらっしゃったのだということにも、気づいただろう。
ホフマン学長はがくがくと震え出して、その場に座り込んだ。
「こんな、こんなはずでは……」
「もう! 早くラファエルを捕まえてよ! 学長は、ラファエルを捕まえるまで待っとけって言ってたけど、みんながやらないなら、僕がラファエルを退治してやる!」
ホフマン学長が役に立たなくなったと思ったのか、シモンはそう叫ぶと、僕の方に向かってきた。
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