ラストダンスは僕と

中屋沙鳥

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 僕はエティエンヌ・ド・ブランシャール。ブランシャール公爵家の三男で、ヴァンロゼ王国第二王子パトリック殿下の婚約者候補だ。……現在のところは。
 
 僕が十歳の時、王宮に同じぐらいの年齢の子どもたちが集められて、お茶会が開かれた。僕がパトリック殿下に初めて会ったのは、その時のことだ。

 それは、第二王子であるパトリック殿下の婚約者候補や側近候補を選ぶ会であった。しかし僕にとっては、『適度に礼儀正しくしていれば、美味しいお菓子を食べることができる』という父上の言葉につられて行っただけのものでしかなかった。
 本当は、領地に帰るはずだったのに、お茶会に参加するように王妃様にごり押しされて、僕は王都に残った。
とはいえ、その頃領地では、魔獣が出て大変だったらしい。領都の近くまで来て討伐終了までにはかなり時間がかかったという。王妃様のごり押しのお陰で、足手まといの僕がいなくて丁度良かったというのは、後から聞いたことだ。

 王宮の庭園には、見事なつる薔薇のアーチが作られていた。その間に植えられている薔薇も、程よく咲いているものが配されていて、庭師がこのお茶会に花が咲くように力を注いだことが想像できる。赤や黄、白、ピンク、オレンジと様々な色味の薔薇の花が咲き誇り、強い香りのものと弱い香りのものが隣り合っている。色や形だけでなく、香りの種類にまで精緻に計算されているのが見て取れた。
 薔薇の香りに包まれて、王宮に招かれた貴族の子どもたちは、親に連れられてそれなりの社交をしている。十歳ぐらいの子どもであっても、こういう機会に貴族らしい距離の取り方を学ばなければならないのだ。ましてやこのお茶会に招かれているのは、王子の婚約者や側近の候補に指名される可能性のある、高位貴族や有力な貴族の子どもたちばかりだ。この会に相応しい行動をすることを求められるのは、至極当然であるといえるだろう。
 僕はそのちまちまとした人間が動く様子を眺めながら、新鮮な苺や桜桃のタルト、香ばしいナッツのクッキーなど、色とりどりで素晴らしく美味しい王宮のお菓子を口に運んでいた。ありがたいことに、父上は僕が社交をすることに期待をしていない。領地から出るのも久しぶりなぐらいだ。
 父上は僕の隣でお茶を飲みながら、この場所から見えている親子が誰であるかを教えてくれる。父の声を聞きながら、僕はそれぞれの顔と名前と特徴を覚えていった。最低限の嗜みとして。

 貴族は自分より身分の高い者に声をかけることはできない。公爵である父上は、僕だけに話しかけているので、それを邪魔することは誰にもできなかった。家族で交流のあるドゥブレー公爵閣下と、そのご令嬢マリー様が来ていたが、閣下は父上と笑顔で目線を合わせるだけで去って行った。二人の様子から察するに、おそらく事前に打ち合わせていたのだろう。

 そして、そのままときは過ぎ、僕たちは観客のように皆の姿を見て、お茶会は終わるのではないかと思われるほどだった。

 父上がふと、庭園の奥を見やると、僕に合図を送る。僕はお茶を一口飲んでからナフキンで口元を拭い、立ち上がった。
 王妃様と第一王子カミーユ殿下、第二王子パトリック殿下が庭園にお出ましになったのだ。お三方の登場が、王宮の侍従から会場に告げられる。一瞬の静寂の後、注目を浴びようと殿下方に近づいていく親子連れが動き出した。婚約者候補や側近候補になりたいのだろう。お二人とも王族の特徴である黒髪を持ち、カミーユ殿下は青色の瞳、パトリック殿下は淡い青紫色の瞳だ。美しいお二人の姿は薔薇の咲き乱れる庭園で、非常に映える。

 僕は、婚約者候補はもちろん、側近候補にも、なりたくはなかった。
 実際のところ、三歳年上の僕の次兄が第一王子殿下の側近であるので、今更僕の出番はないといえる。今も兄のダヴィドは、側近としてカミーユ殿下の後ろに控えているのだから。
 僕の将来の夢は、領地で植物の品種改良をすることだ。この庭園にあるつる薔薇にも、我が領地で品種改良したものが多く含まれている。
 僕が栽培した植物の売り込みは、ダヴィド兄上にまかせておけば良い。ここで僕自身が、特別に気に入られる必要はないのである。嫌われなければ御の字だ。領地で一生を終えることができれば幸せだ。そう考えて、僕はここにいる。
 僕の顔が見たいという王妃様にご挨拶をするのが、今日のお役目だ。
 王族方が近づいてくる。父上は貴族らしく感情のない微笑みを浮かべながら、僕に囁いた。

「これが終われば帰れるぞ。もう少しの辛抱だ」
「かしこまりました。父上」

 僕も、教えられたとおりの曖昧な微笑みを浮かべた。そのときの僕は、王妃様が自分の弟である父上にお声かけなさって、通り過ぎてくださるだろうと思っていたのだ。

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