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しおりを挟むベルベッドのような花びらをもつ赤い薔薇が飾られたサロンで、侍従が淹れてくれた温かいお茶をいただいて、僕はやっと一息ついた。
「このような話をするのはためらわれますけれど、必要だと思いますので……。
あの方は、転入してきた2週間の間に、男子生徒の一部を虜にして、女子生徒のほとんどを敵に回したのです」
エルザ様が、貴族らしい曖昧な笑みを浮かべながら強い口調で話し始めた。
平民暮らしが長かったアンヌ嬢は、誰に対しても近い距離で話しかける。それは、男子生徒に対しても変わりなく、体に触れるような行動も繰り返したようだ。この学院に来たのは、貴族の礼儀作法を学ぶことも目的だったはずである。
学院内では、聖女候補であると同時に一人の女子生徒として生活する。アンヌ嬢の態度に、クラス内の女子生徒が注意をしたようだが、それについてアンヌ嬢は「虐められている」と騒ぎ立てたらしい。アンヌ嬢の表情豊かな様子は、男子生徒には可愛らしく見える。実際、顔立ちも可愛らしい。状況によっては、注意した女子生徒が、男子生徒に非難されることもあったようだ。
やがて女生徒は周囲から去り、アンヌ嬢はクラスでは、男子生徒に囲まれているようだ。
全ての聖女候補が、聖女になれるわけではない。神への信仰の深さや、高潔な精神や行動が伴っていると認められなければ、聖魔法の使い手といえど、聖女にはなれない。更に、聖魔法というのは、結婚するとその力を失う者がほとんどだといわれている。処女童貞であることが求められるということだろう。
聖魔法は、多くの人を癒す効果があるものの、さほど実質的なものではない。しかし、神殿においては、信仰を深め、信者を癒すために重要な魔法だとされている。
過去視や未来視は求められていない。
そして、神殿は外部でそれを話すことは禁止しているはずだ。アンヌ嬢の話はあまりにも不正確であるし、悪用されたら大変である。
「聖女として過去視や未来視をするにしても、不正確すぎるね。まだ、聖女候補だから修業が必要なのではないかな」
不正確な過去の話をされたロラン様がそう言って、こくりとお茶を飲み干した。
「ああ、そういえば、パトリック様のことは全く合っていませんでしたね」
マリー様はそう言って、静かにお茶を飲むパトリック殿下を見ながら、いたずらっぽく笑った。アンヌ嬢がこの場から去ったことで、幼い頃から共に過ごす者としての気安さが戻ってくる。
アンヌ嬢は、パトリック殿下が王妃様とカミーユ殿下に虐げられて、深く傷ついていたせいで『氷晶の王子殿下』と呼ばれるようになったのだと語った。そして、自分が聖女の力で幸せにしてあげると。
王家の方々を見ていると、むしろ、パトリック殿下が自分の思いを通しているようにしか見えないけれど。
「わたしは、エティエンヌに出会った日から満足感しかない。たとえ、母上や兄上に虐げられても蹴散らす自信がある」
パトリック殿下のそんな言葉を聞いて、みんなで笑い転げる。
パトリック殿下が本物の『氷晶の王子殿下』だった世界。そんな世界もあったのだろうか?
その時の僕は、まだ事態を甘く見ていた。『少しばかり厄介なことになったのかもしれない』という程度に思っていたのだ。しかし、聖女候補が学院に持ち込んだその事態は、ものすごく厄介なことになっていった。
アンヌ嬢は、パトリック殿下に付きまとうようになったのだ。
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