7 / 12
7.
しおりを挟むそれからしばらくして、パトリック殿下は婚約者候補であった僕ではなく、アンヌ嬢を婚約者にすることを検討しているという噂が、学院内に広まった。男爵令嬢でも、聖魔法の使い手であれば王子妃になれると。そして、それを恨んだ僕が、聖女候補に嫌がらせをしているという噂も広まっていく。全く身に覚えのないことだ。
僕はパトリック殿下のサロンで彼女に拒否されてから、顔を合わせないようにしているというのに。
女子生徒はそのようなことを全く信じていないと、マリー様からは聞いている。噂を広めているのは、男子生徒だ。まるで何かに絡めとられるかのように、僕に対する悪意が、一部の男子生徒の間に浸透していったのだ。
「ブランシャール公爵令息、アンヌに嫌がらせをするのはやめていただきたい。教科書を破り捨てたり、剃刀を机に仕掛けたり。先日は、汚水をかけて罵声を浴びせたと聞いた」
廊下で突然呼び止められた男子生徒から、身に覚えのないことを言われる。しかも他人からこんな高圧的な態度をされるのは、生まれて初めてかもしれない。
彼が口にした嫌がらせにしても、神殿騎士が常時ついている聖女候補のアンヌ嬢にそんなことができるとは思えない。まったく現実的ではないのだ。
「失礼だけど、僕は君が誰なのかわからない。名乗っていただけますか?」
「……エルブ子爵家嫡男のケイシーだ。どうして俺の名前を知らないんだ? 俺は、実践魔法術で教授からも一目置かれているのに」
そう言われても、知らないものは知らない。同じクラスになったことはないし、家同士の付き合いもない。第二王子の婚約者候補ではあるけれど、社交は王家の催しぐらいにしか行かないのだ。たとえ知っていたとしても、話をしたことがなければ、自己紹介をしなければならないはずである。学院の中なので、身分には関係なく誰に話しかけてもいいのだろうけれど、挨拶もなしに言い掛かりをつけるとは、貴族の社交界どころか、一般の社会でも通用しないのではないだろうか。
「アンヌは俺の名前を知っていた。俺の生い立ちもな。
聖女様の力だ。
聖女様である彼女の方が、パトリック殿下の妃に相応しい。少しばかり顔が綺麗だからといって、聖女様に嫌がらせをするような下劣な男は、王家には相応しくない!」
言っていることが滅茶苦茶だ。パトリック殿下の妃になれば、アンヌは聖女ではなくなる。そして、聖女は神殿に所属する立場だから王家とは直接の関係はない。世間知らずの僕でもわかることだ。エルブ子爵令息は一般的な常識がないのだろうか。
そもそも、どうしてエルブ子爵令息に、僕がパトリック殿下に相応しいかどうかの裁可をされなければならないのか。
そして……
「僕は嫌がらせをした覚えはないのだけれど……」
「黙れっ! しらを切る気かっ!」
怒鳴り声とともに、エルブ子爵令息の手から放たれる火球。
エルブ子爵令息の向こうにある柱の陰で笑うピンクブロンドの髪の少女。
僕と一緒に歩いていたマリー様とエルザ様の悲鳴。貴族令嬢でも悲鳴を上げることがあるのだな。
近くにいる護衛騎士がこちらに向かって駆けて来る。
その全てを認識している僕の周りに、結界が構築されて行く。
エルブ子爵令息の放った火球は、僕が構築した結界に吸収された。学院の護衛騎士と教師が駆けつけて、エルブ子爵令息を拘束する。
「どっどうして、俺の魔法が!」
「どうして、ご自分の魔法がエティエンヌ様よりも強いとお考えになったのですか?」
僕の後ろから、マリー様が麗しい声で、エルブ子爵令息に質問を返す。もう冷静になっているのは流石である。
エルブ子爵令息は、公爵家の令息であっても、ある程度の魔力がなければ、王子殿下の婚約者候補になることはできないとは考えないのだろうか。
今の僕は領地で魔獣に遭った時に、ある程度自分で対処できるぐらいの魔力は持っているのだ。十歳の子どもだった頃とは違う。華奢な外見だけれどもね。
護衛騎士に連れて行かれるエルブ子爵令息は、声を上げないように口を塞がれていた。
学院の校舎内では、修練場以外での魔法の使用は禁止されている。ましてや、攻撃魔法を他人に向けるというのは学院内で収められる話ではないだろう。
しかし、彼の様子には違和感があった。どんな違和感かと聞かれても答えにくいのだけれども。あの火球が明らかに僕の顔を狙っていたのも気になるところだ。
事件の後、学院内には護衛騎士の数が増えた。これまでは、学院内は安全だということで王族以外には護衛はついていなかったが、我がブランシャール公爵家を筆頭にそれぞれの家から自分の子どもに護衛をつけたいという要望が上がっているらしい。
僕の父上も兄上たちも烈火のごとく怒っている。
神殿は、王家に聖女候補の保護を求めているそうだ。今回の件も、神官長は、アンヌ嬢は巻き込まれただけだと考えている。嫌がらせもたびたび受けていると訴えているので、安全のために、空き時間にパトリック殿下のサロンに行く許可を求めている。これはアンヌ嬢からの強い要望であるとのことだ。
アンヌ嬢には神殿騎士がついているのだし、神殿が、サロンを用意すればいいのではないだろうかと思うけれど。
事件の一週間後に王宮に招かれた僕は、国王陛下と王妃様にお会いした。カミーユ殿下とパトリック殿下とともに、テーブルを囲む。王家の方々は今回の事件に大層心を痛めておられる様子で、抜本的な改善に力を入れるということだった。
生まれて間もないカミーユ殿下のご子息にも会わせてもらった。とても可愛い。幼い王子を抱いている王太子妃殿下のジャンヌ様はとても綺麗だった。
そして、パトリック殿下と二人で、色とりどりのつる薔薇に囲まれた庭園で語り合った。
「エティ、愛しているよ」
僕を膝の上に乗せたパトリック殿下が、耳元で囁く。未だにパトリック殿下は、僕を膝の上に乗せたがるのだ。
僕はとても幸せだ。僕も、パトリック殿下を心から愛している。
それなのに、どうして不安になるのだろう。
平穏な幸せというのは、続かないものなのだろうか。
322
あなたにおすすめの小説
KINGS〜第一王子同士で婚姻しました
Q矢(Q.➽)
BL
国を救う為の同盟婚、絶対条件は、其方の第一王子を此方の第一王子の妃として差し出す事。
それは当初、白い結婚かと思われた…。
共に王位継承者として教育を受けてきた王子同士の婚姻に、果たしてライバル意識以外の何かは生まれるのか。
ザルツ王国第一王子
ルシエル・アレグリフト
長い金髪を後ろで編んでいる。 碧眼 188cm体格はしっかりめの筋肉質
※えらそう。
レトナス国第一王子
エンドリア・コーネリアス
黒髪ウェーブの短髪 ヘーゼルアイ
185 cm 細身筋肉質
※ えらそう。
互いの剣となり、盾となった2人の話。
※異世界ファンタジーで成人年齢は現世とは違いますゆえ、飲酒表現が、とのご指摘はご無用にてお願いいたします。
※高身長見た目タチタチCP
※※シリアスではございません。
※※※ざっくり設定なので細かい事はお気になさらず。
手慰みのゆるゆる更新予定なので間開くかもです。
メイクオフ後も愛してくれよ
Q矢(Q.➽)
BL
メイクで綺麗になりたいのは、女の子だけの専売特許じゃないよ。
実は溺愛したいフェチ系イケメン×努力型クールビューティ化粧男子(※男の娘ではありません。)
当て馬も出ます。
息抜き短編、不定期ゆる更新。
※8月10日本編完結しました。
後日になりますが、とある人物視点からの短い番外編を一話載せる予定です。
ありがとうございました。
追記 8/16番外編後編upにて完結しました。ありがとうございました。
結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった
釦
BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。
にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。
憎くて恋しい君にだけは、絶対会いたくなかったのに。
Q矢(Q.➽)
BL
愛する人達を守る為に、俺は戦いに出たのに。
満身創痍ながらも生き残り、帰還してみれば、とっくの昔に彼は俺を諦めていたらしい。
よし、じゃあ、もう死のうかな…から始まる転生物語。
愛しすぎて愛が枯渇してしまった俺は、もう誰も愛する気力は無い。
だから生まれ変わっても君には会いたく無いって願ったんだ。
それなのに転生先にはまんまと彼が。
でも、どっち?
判別のつかないままの二人の彼の愛と執着に溺死寸前の主人公君。
今世は幸せになりに来ました。
オメガバースBL小説の主役に内定したが、太ってしまった。
Q矢(Q.➽)
BL
繭原 栢(まゆはら かや)は、BL作品のキャラである。
容姿はそれなりに美しく、でもあと一歩というところで主役になれない栢は、キャラを立てるには外見に変化を持たせるべきだとダイエットを決行。努力の甲斐あって、栢を見初めた字書きからの主役の打診を貰うが…。
※多分次まで間が空くゆる更新なので、それなりの気持ちでの流し読み推奨。
悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います
卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。
◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。
婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後
結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。
※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。
全5話完結。予約更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる