追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ

文字の大きさ
1 / 33

1話 退職金は!? 慰謝料は!?

しおりを挟む
「聖女メリア! 貴様、聖女というのは騙りであったそうだな! これは重罪である!」

 ああ、それかあ。

 王子様が突然目の前に現れて、どうかしたのかと聞く間も無く鼻息荒く王の間に連れて行かれたと思えば。どうやらこれから、わたしの断罪式が始まるらしい。

 現国王はただいま国外の大国で開かれている世界サミットに参加中で不在、もう一人の聖女エミリーもその護衛のため付き添いで不在。
 王のいない間に、その息子が王様気取りで玉座の前で踏ん反り返っていた。でも、さすがに玉座にどっかり座り込むほどの浮かれ間抜けではないらしい。

(まあ、遅かれ早かれ言われるとは思っていたけれど……)

 国の伝承によれば、ひとつの時代に現れる聖女は一人だけ。
 二人も聖女がいるなんてあり得なかった。

 わたしはまだ10歳にもならないときに、王宮から声をかけられて『聖女』と持ち上げられて、ここで働くことになった。半ば誘拐同然に連れてこられたけど、働きに応じてお金をもらえるというから、わたしは素直に、熱心に、献身的に、求められるまま、『聖女』として働いてきた。

 とはいえ、お給金はいいし、王宮の離れで贅沢な暮らしをさせてもらえているし、病気の両親もいたから、ここで働くのは悪くはなかった。むしろ、高待遇で感謝していた。
 聖女ってなによ、とは思っていたけど、あんまり深く考えていなかった。向こうからそう言ってきたんだし、それで向こうが言ってきた通りの『聖女』としてのお勤めしていたならまあいいかな、と。
 しがない平民のわたしでも、聖女の伝承くらい聞いたことあったけど、「伝承じゃ大袈裟な感じで言ってるだけで、実際は『聖女』なんてこんなもんなのかな?」と思っていた。

 ……でも、2年ほど前に、エミリーという女の子が力を覚醒させた。彼女はこの国を取り囲む壁に結界を施し、光の力を操って襲い来る魔物を浄化し、そして傷ついたものを癒した。

 ちなみに、わたしにはそんな芸当はできない。
 わたしにできることは、ひたすら魔物を痛めつけてやっつけることだけだ。

 真の聖女はエミリー。間違いなかった。
 あ、わたし、いつ「人違いでした~。勘違いでした~」って言われるのかなーと思っていた。

「真なる聖女は、エミリーのみ。ニセモノの聖女に用はない! 今すぐこの国から出ていくがよい! あ、もちろんわたしとの婚約も破棄だ」

 ついでのように婚約もペッと破棄される。わたしも別にそれはどうでもいいんだけど。王妃なんてなりたくないし、この王子のことも好きでもないし。
 むしろなんで婚約なんてさせられてたんだ? ってくらい。

「ほれ、さっさと門の外へ出ていくが良い。貴様は国外追放だ。兵士! コイツを連れて行け」
「……え? ふざけてます?」

 兵士がわたしに手枷をつけようと迫ってきた。冗談じゃない、今すぐ追い出すつもりなの? さすがに焦った。
 このまま追い出されるわけにはいかない。
 
「ふふん、貴様もそういうことを言える程度のかわいげはあるのだな? ふざけてなどいない、貴様はもうわたしの婚約者ではないし、身分剥奪国外追放……」
「それで慰謝料もないんですか!? 退職金も!?」
「はあっ!?」

 ミブンハクダツコクガイツイホーウンタラカンタラセアブラカタブラと呪文を唱え出しそうになったのを遮って、わたしは叫んだ。

 本当に冗談じゃない。誘拐同然に連れてきて、いい待遇で働かせてもらえてたからこんなところにずっといたのに。
 『聖女』じゃないから追放なんて。そっちが勝手に『聖女』って言ってきたくせに。

 本来はあなたたちが「自分たちが間違えてました、すみません。いままでありがとうございました」と土下座しながら三代先まで遊んで暮らせるお金と一緒に謝るのが筋ってもんじゃないの?

 わたしの貴重な幼少期から思春期、そして今現在に至るまでここに拘束されて、なぜか王子の婚約者にまで勝手にされて。

「普通、慰謝料と退職金くらい出るでしょう。わたし、言われていたお勤めはしていました」
「なんて面の皮の厚い……。貴様のような聖女がいるものか!」
「聖女をなんだと思ってんですか、あなた」
「フン、野ザルのような口を聞きよる……」

 悪かったわね、野ザルで。『聖女』と持ち上げられていたからって所詮は平民なんだからしょうがないじゃない。かつてはその野ザルを花嫁にしようとしていたくせに。

「聖女の任を解かれることも、婚約破棄をなさる事も、構いません。受け入れます。けれど、国外追放ってどういうことですか?」
「長い間我々を欺き、暴利を貪っていた罰だ! 王家を長きに渡り騙し続けていた罰としてはむしろ軽い方だと思うが?」

 王子は首のあたりを手でスッと横切るジェスチャーをした。本来なら首切り刑が妥当、ってことね。ああ、そう。

 参ったなあ。単に解雇になるだけなら、魔物に襲われそうな国外に出る商人たちとかの輸送護衛でだいぶ稼げると思うんだけど。
 他国から我が国にやって来る人の護衛……も、ダメだよね。外を歩いているうちはいいけど、わたしが国外追放扱いになってたら、わたしだけ入国できなくて不審がられそう。事情説明したら、そんな罪人に命を預けるのは不安だとか言われたりして。

 ……というか、そもそも民間の護衛業務にも王家の承認が必要だから、どのみちダメかあ……。

 ……手のひらから炎出したり、水吹いたりして大道芸人として稼げるかなあ。でも、わたし、不器用だし口ベタだからダメかなあ。

 ここでゴネて暴れ回って王子の暴論を撤回させるのも厳しそう。王子も兵士も一捻りにするのは簡単だけど、暴力で説得したら、結局わたしが悪者になってしまうものね。
 ……わたしがお金を稼げなくなったら、具合の悪い両親もどうなるかわからない……。

「……お願いします、病気の両親がいるんです。せめて、この手のひらの上に乗るだけのお金でも良いんです。最後のお給金をくださいませんか?」
「フン! 見上げた根性だな?」

 温情を期待して、しおらしく言えば、王子は差し出されたわたしの手のひらをはたき落とし──そして、感電した。

「あひびびびびっ!?」

 王子はつま先立ちでプルプルと震えたかと思うと、酔っ払いのように千鳥足でのたうち回り、最終的にはひっくり返った。

 ああ、やっちゃった……。

「ほ、ほ、ほ、ほうら見ろっ! これこそ、謀反の証だぁ!」
「王子はわたしの体質をご存知でしょう! わたしは悪しきもの、害意あるものに触れると自らの意思に関係なく、電流を流してしまうのです!」

 この体質のせいでわたし、この王家に目をつけられたんだよなあ、懐かしい。これのおかげで、幼女のころから魔物相手でも負け知らずだった。

「害意あるもの……だとっ!? は、ははっ! やっぱり貴様、『害』があるんじゃないか!」
「違います、わたしじゃなくて、王子がわたしに対して『害意』を……」
「うるさいっ! とっとと出て行け! 当然、罪人に渡す金銭など……ないっ!」

 王子はジタバタ暴れてがむしゃらにわたしを追い出そうとし始めた。
 王子に命令された兵士はわたしを取り囲み、槍を突きつける。わたしに触れたら、さっきの王子のように感電してしまうかもしれない。距離をとりつつ、わたしを脅していた。

「……」

 兵士たちくらい、どうってことない。間違い無く倒せる。でも、その後のことを考えて、わたしは彼らの要求に従うことにした。

 兵士に囲まれながらわたしは城を出て、外の世界へと続く門の前まで運ばれていった。



「……ねえ、あなた。名前は?」
「えっ?」

 門が開かれ、さあ国外追放! というタイミングで声をかけられた兵士が目を見開く。

「あなたも、あなたも。ここにいるみんな、名前を教えて」
「ど、どういうつもりだ?」
「……お願いがあるの。わたしが素直に出て行ったら、残していく両親に悪いことはしないって」

 別に国に未練は全くないけど……。それだけが、わたしの心配だった。

「国外追放は素直に受け入れるわ。でも、両親のことはけっして悪くしないで。わたしの名前で仕送りしてもちゃんと両親に届けて」
「……ああ、わかったよ。おまえのおっかさんやとっつあんは悪くないもんな」

 いえ、わたしも悪くないんですが。まあ、ここで茶々入れてもしょうがないから黙っておく。

「ありがとう、優しい兵士さん。だから、あなたたちの名前を教えて?」

 ……これで両親に何かあったらあんたたち、覚えてなさいよ。まあ筆頭はあの王子だけど。

 そんな気持ちを胸に潜め、わたしは聖女営業で慣らしたとびきりの笑顔を浮かべた。

 背の高いパーシー、お鼻の大きいオルソン、福耳のリカルド……忘れないからね!
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

幸せじゃないのは聖女が祈りを怠けたせい? でしたら、本当に怠けてみますね

柚木ゆず
恋愛
『最近俺達に不幸が多いのは、お前が祈りを怠けているからだ』  王太子レオンとその家族によって理不尽に疑われ、沢山の暴言を吐かれた上で監視をつけられてしまった聖女エリーナ。そんなエリーナとレオン達の人生は、この出来事を切っ掛けに一変することになるのでした――

「僕より強い奴は気に入らない」と殿下に言われて力を抑えていたら婚約破棄されました。そろそろ本気出してもよろしいですよね?

今川幸乃
恋愛
ライツ王国の聖女イレーネは「もっといい聖女を見つけた」と言われ、王太子のボルグに聖女を解任されて婚約も破棄されてしまう。 しかしイレーネの力が弱かったのは依然王子が「僕より強い奴は気に入らない」と言ったせいで力を抑えていたせいであった。 その後賊に襲われたイレーネは辺境伯の嫡子オーウェンに助けられ、辺境伯の館に迎えられて伯爵一族並みの厚遇を受ける。 一方ボルグは当初は新しく迎えた聖女レイシャとしばらくは楽しく過ごすが、イレーネの加護を失った王国には綻びが出始め、隣国オーランド帝国の影が忍び寄るのであった。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

捨てられた私が聖女だったようですね 今さら婚約を申し込まれても、お断りです

木嶋隆太
恋愛
聖女の力を持つ人間は、その凄まじい魔法の力で国の繁栄の手助けを行う。その聖女には、聖女候補の中から一人だけが選ばれる。私もそんな聖女候補だったが、唯一のスラム出身だったため、婚約関係にあった王子にもたいそう嫌われていた。他の聖女候補にいじめられながらも、必死に生き抜いた。そして、聖女の儀式の日。王子がもっとも愛していた女、王子目線で最有力候補だったジャネットは聖女じゃなかった。そして、聖女になったのは私だった。聖女の力を手に入れた私はこれまでの聖女同様国のために……働くわけがないでしょう! 今さら、優しくしたって無駄。私はこの聖女の力で、自由に生きるんだから!

【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました

冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。 代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。 クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。 それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。 そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。 幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。 さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。 絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。 そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。 エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。

堅実に働いてきた私を無能と切り捨てたのはあなた達ではありませんか。

木山楽斗
恋愛
聖女であるクレメリアは、謙虚な性格をしていた。 彼女は、自らの成果を誇示することもなく、淡々と仕事をこなしていたのだ。 そんな彼女を新たに国王となったアズガルトは軽んじていた。 彼女の能力は大したことはなく、何も成し遂げられない。そう判断して、彼はクレメリアをクビにした。 しかし、彼はすぐに実感することになる。クレメリアがどれ程重要だったのかを。彼女がいたからこそ、王国は成り立っていたのだ。 だが、気付いた時には既に遅かった。クレメリアは既に隣国に移っており、アズガルトからの要請など届かなかったのだ。

「君の代わりはいくらでもいる」と言われたので、聖女をやめました。それで国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
聖女であるルルメアは、王国に辟易としていた。 国王も王子達も、部下を道具としか思っておらず、自国を発展させるために苛烈な業務を強いてくる王国に、彼女は疲れ果てていたのだ。 ある時、ルルメアは自身の直接の上司である第三王子に抗議することにした。 しかし、王子から返って来たのは、「嫌ならやめてもらっていい。君の代わりはいくらでもいる」という返答だけだ。 その言葉を聞いた時、ルルメアの中で何かの糸が切れた。 「それなら、やめさせてもらいます」それだけいって、彼女は王城を後にしたのだ。 その後、ルルメアは王国を出て行くことにした。これ以上、この悪辣な国にいても無駄だと思ったからだ。 こうして、ルルメアは隣国に移るのだった。 ルルメアが隣国に移ってからしばらくして、彼女の元にある知らせが届いた。 それは、彼の王国が自分がいなくなったことで、大変なことになっているという知らせである。 しかし、そんな知らせを受けても、彼女の心は動かなかった。自分には、関係がない。ルルメアは、そう結論付けるのだった。

二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。 こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。 「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。 が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。 「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」 一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。 ※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です

処理中です...