追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ

文字の大きさ
19 / 33

19話 わたし、しばしお暇をいただきたいと思います

しおりを挟む
 イージスが王子を拾って早数日、あの日以来わたしはあの小屋を訪れていないけれど、イージスいわく王子は「すごい元気」ということだった。

「魔族の作る飯なんか食えるか! って最初言っててさー。でも、結局食ったよ。どうせメシ抜きじゃ死ぬのに変な虚勢張るよなー」

 イージスはそう言ってカラカラと笑っていた。

 イージスの作る料理はおいしい。魔物のお肉も、動物のお肉と変わりのない味だ。それが三食食べれるのだから、王子の待遇はなかなか良いだろう。
 少なくとも、なんの頼りもなく草原を一人彷徨っていたときよりはいいはずだ。『捕虜』というのは彼の自尊心を傷つけているだろうけど。

 魔王さまは、王子を何かに利用するつもりらしい。

 ただ、すぐに何かをするわけではなく今はディグレスさんの帰りを待っている。ディグレスさんは今回は用事を済ませたらすぐに戻ってくることになっているそうだ。……用事、ってわたしの頼んだ仕送りのことよね、申し訳ない。

 王子を捕らえつつも、わたしたちの日常にはそう変わりはなかった。





「魔王さま、わたし、しばらくお暇をいただきたいと思います」


「……どうした?」

 いきなり切り出された申し出に魔王さまは僅かに眼を大きく開く。

「エミリーのことが……もう一人の聖女のことがどうしても、気になって」

 王子は、わたしを迎えにきたと言っていた。

 王子の口ぶりからでは、今あの国の中でわたしの扱いはどういうことになっているのか、本当のところが分かりづらかったが、素直に受け取るなら国王陛下はわたしを「第二の聖女と認める、だから戻ってこい」と仰っていたんだろう。
 それならば、わたしは一度、あの国に帰るべきなのかもしれない。そのほうがきっとエミリーの助けになれる。

「本当だったら、お使いを頼んでいるディグレスさんが戻ってくるのを待つのが筋だとは思うんですが……」

 今もきっと、彼女は粉骨砕身の勢いで働かされている。
 自分がこの快適な職場でヌクヌクとしている間に、だ。
 
「もちろん、すぐ帰ってきます。魔王さまもわたしにこれから頼みたいことがあると仰ってくださいましたよね。なので、必ず戻ってきます! だから、少しの間……」

「……それは無理だな」
「……!」

 ほんの少しだけでも、エミリーの仕事を代わってやってエミリーを休ませ、そして聖女が一人になったのだから働かせ方に融通を利かせてもらえるように嘆願する。それらを終えたらすぐ帰ってくる。

 そういうつもりでお暇を申し出たのだが、魔王さまは目を伏せ、低くよく通る声でピシャリと言った。

「お前があの国に戻ったら、その国王陛下とやらはお前をもう手放しはしないだろう」
「……魔王さま」

 切れ長の瞳はいつになく、冷たい光を宿している。
 ぎゅ、と胸の前で手を組む。

「悪いが、お前をあの国に帰してやるわけにはいかない」
「……これから、魔王さまがなさろうとしていること……ですか?」
「そうだ。それには、お前の協力が不可欠だ。……しかし」

 魔王さまの薄い唇が開かれるのを、わたしは静かに見守った。

「──俺たちは『聖女』の協力も仰ぎたいと考えている。ちょうどいい、その聖女エミリーを、ここに連れてきてしまおう」

 魔王さまのお言葉に、首を傾げる。

 聖女が必要? 何をなさろうとしているのか。いや、それはさておき。
 魔王さまは口角を上げてニヒルに笑われた。

「馬車馬のようにこき使われているんだろう? ──保護してやるべきだ」
「魔王さま……!」

 思わずわたしは胸の前で手を組み、拝むように魔王さまを見上げてしまった。ちょっと涙もウルッときてしまった。
 
 国に戻ってエミリーの仕事を手伝うという発想しかわたしの頭にはなかった。そうか、エミリーを国から連れ出してしまうという手もあったのか。
 国のいろんな仕事が滞ってしまうだろうが、でも、一人の女の子を犠牲にしてまで優先される公務や商談なんてそう無いだろう。物見遊山などもっての外だ。
 ちょっとくらい、困ってもらっていいじゃないか。うん、わたしもそう思う。

「魔王さま、カッコいい! ちょっと悪い顔、カッコいいです!」
「そ、そうか。…………そうか」

 ついキャッキャとはしゃいでしまう。魔王さまは照れ臭そうにお顔をそらされたけど、まんざらでもなさそうだった。

「ありがとうございます、わたし、エミリーのこと、とても心配で……」
「……しかし、そのエミリーという聖女がお前がニセモノの聖女だと告発したのではないか?」

 魔王さまはわずかに眉を寄せ、怪訝に呟かれた。わたしは首を横に振る。

「それを言ったのは事実かもしれませんが……エミリーはきっと、わたしを悪くは言っていなかったと思うんですよね」

 ほう、と魔王さまはわずかに目を見張った。

「エミリーは……すごい周りに気を使う子で、いい子なんです。仕事にも真面目で、思いやりがあって……。わたしたちはお互いに、同じ仕事をしている同志として信頼しあっていました」

「……それに、聖女が一人になったらどれだけ仕事の負荷が増えるかを一番よく知っている彼女がわたしを追い出そうとするとは思えないんですよね……」
「それは確かに。……そうだな……」

 魔王さまはやけにしみじみと呟かれる。どうも、魔王さまは『王宮勤めの聖女』の仕事を相当過酷な職場とお思いになられているらしい。わたしが前職場の話をするたびにドン引きしている気配を見せつつ、生暖かい眼差しでわたしを見てくださるのだ。

 魔王さまは、ふと目元を和らげ、微笑みをわたしに向けた。

「……お前は優しいな。それに、真面目だ」
「そ、そうですか? 真面目で優しいなんて、魔王さまみたいな人のことを言うんだと思いますよ」
「…………そうか」

 甘やかな声で言われて、つい照れてしまう。でも、魔王さまこそ真面目で優しい人だ、と思っているのは本心だった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

幸せじゃないのは聖女が祈りを怠けたせい? でしたら、本当に怠けてみますね

柚木ゆず
恋愛
『最近俺達に不幸が多いのは、お前が祈りを怠けているからだ』  王太子レオンとその家族によって理不尽に疑われ、沢山の暴言を吐かれた上で監視をつけられてしまった聖女エリーナ。そんなエリーナとレオン達の人生は、この出来事を切っ掛けに一変することになるのでした――

「僕より強い奴は気に入らない」と殿下に言われて力を抑えていたら婚約破棄されました。そろそろ本気出してもよろしいですよね?

今川幸乃
恋愛
ライツ王国の聖女イレーネは「もっといい聖女を見つけた」と言われ、王太子のボルグに聖女を解任されて婚約も破棄されてしまう。 しかしイレーネの力が弱かったのは依然王子が「僕より強い奴は気に入らない」と言ったせいで力を抑えていたせいであった。 その後賊に襲われたイレーネは辺境伯の嫡子オーウェンに助けられ、辺境伯の館に迎えられて伯爵一族並みの厚遇を受ける。 一方ボルグは当初は新しく迎えた聖女レイシャとしばらくは楽しく過ごすが、イレーネの加護を失った王国には綻びが出始め、隣国オーランド帝国の影が忍び寄るのであった。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

捨てられた私が聖女だったようですね 今さら婚約を申し込まれても、お断りです

木嶋隆太
恋愛
聖女の力を持つ人間は、その凄まじい魔法の力で国の繁栄の手助けを行う。その聖女には、聖女候補の中から一人だけが選ばれる。私もそんな聖女候補だったが、唯一のスラム出身だったため、婚約関係にあった王子にもたいそう嫌われていた。他の聖女候補にいじめられながらも、必死に生き抜いた。そして、聖女の儀式の日。王子がもっとも愛していた女、王子目線で最有力候補だったジャネットは聖女じゃなかった。そして、聖女になったのは私だった。聖女の力を手に入れた私はこれまでの聖女同様国のために……働くわけがないでしょう! 今さら、優しくしたって無駄。私はこの聖女の力で、自由に生きるんだから!

【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました

冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。 代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。 クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。 それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。 そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。 幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。 さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。 絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。 そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。 エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。

堅実に働いてきた私を無能と切り捨てたのはあなた達ではありませんか。

木山楽斗
恋愛
聖女であるクレメリアは、謙虚な性格をしていた。 彼女は、自らの成果を誇示することもなく、淡々と仕事をこなしていたのだ。 そんな彼女を新たに国王となったアズガルトは軽んじていた。 彼女の能力は大したことはなく、何も成し遂げられない。そう判断して、彼はクレメリアをクビにした。 しかし、彼はすぐに実感することになる。クレメリアがどれ程重要だったのかを。彼女がいたからこそ、王国は成り立っていたのだ。 だが、気付いた時には既に遅かった。クレメリアは既に隣国に移っており、アズガルトからの要請など届かなかったのだ。

「君の代わりはいくらでもいる」と言われたので、聖女をやめました。それで国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
聖女であるルルメアは、王国に辟易としていた。 国王も王子達も、部下を道具としか思っておらず、自国を発展させるために苛烈な業務を強いてくる王国に、彼女は疲れ果てていたのだ。 ある時、ルルメアは自身の直接の上司である第三王子に抗議することにした。 しかし、王子から返って来たのは、「嫌ならやめてもらっていい。君の代わりはいくらでもいる」という返答だけだ。 その言葉を聞いた時、ルルメアの中で何かの糸が切れた。 「それなら、やめさせてもらいます」それだけいって、彼女は王城を後にしたのだ。 その後、ルルメアは王国を出て行くことにした。これ以上、この悪辣な国にいても無駄だと思ったからだ。 こうして、ルルメアは隣国に移るのだった。 ルルメアが隣国に移ってからしばらくして、彼女の元にある知らせが届いた。 それは、彼の王国が自分がいなくなったことで、大変なことになっているという知らせである。 しかし、そんな知らせを受けても、彼女の心は動かなかった。自分には、関係がない。ルルメアは、そう結論付けるのだった。

二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。 こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。 「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。 が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。 「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」 一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。 ※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です

処理中です...