13 / 41
第三章 溺愛のマリッジブルー
③
しおりを挟む
啖呵を切って出て行ったにもかかわらず、たった数時間で戻るはめに。
最上階に着くと、重い足取りで高城さんの後ろについていった。
中に入ると、応接のソファに腰をかけている社長と相対して、車椅子に座っている、やたら眼光が鋭い老人がいた。白髪交じりの髪を整えながら上質なスーツを着こなしている。威厳のある姿勢に漂う圧倒的な強者のオーラ。この人が社長のおじい様なのだろう。
紹介もされていないのに私から話すのは失礼かと思ったので、黙って深くお辞儀をする。
知的な光が宿る眼差しで、上から下までジロジロと刺すように見られているので、まるで値踏みされている気分だ。
「どこの令嬢だ?」
社長のおじい様は、私ではなく社長に聞いた。
「どこの令嬢でもありません。うちの社員です」
「一般市民が伊龍院家と結婚するのか?」
不愉快な様子がありありと口調に出ている。
これは、結婚する前に破談になるかも、と思った。
「誰でもいいから結婚しろと言ったのはあなたでしょう」
社長も眉間に皺を寄せて応戦している。
「だからといって……」
「この子がいいのです」
社長は急にきっぱりとした物言いで、おじい様の言葉をさえぎった。
「この子と結婚します」
社長はおじい様の目を真っ直ぐ見つめて、強い決意に満ちた言葉で言いきる。
おじい様は一瞬驚いた顔をして社長を見て、そして薄く笑った。
「……なるほど、この子か」
ポツリと呟くと、おじい様は私の方に向き直った。
「名前は?」
「工藤捺美です」
「捺美さんか。大翔を宜しく頼むよ」
「は……はい」
罪悪感で胸が痛む。離婚前提の契約結婚なのに。昨日出会ったばかりで、お互いのことはなにも知らないし、愛だってないのに。
「結婚相手が決まれば、あとは結婚式だ。一ヵ月以内に挙げてくれ。それまではしぶとく生きられる気がしてきたわい」
おじい様は愉快そうに高笑いした。余命宣告されているとは思えないほど生命エネルギーに満ちて元気そうだ。
「もちろんです。最短で挙げます。もう関係各所に通知を出しました。な、高城」
「はい、会場はおさえました。あとは詳細を詰めるだけです」
(ええ⁉ いつの間に⁉)
声を出したいけれど、出せる雰囲気ではないので必死に抑える。
「うむ、宜しい。最短で頼むよ」
そう言っておじい様は部屋から出ようとしたので、社長が立ち上がり車椅子を押した。
「病院まで送ります」
「うむ」
「高城、あとは頼んだぞ」
「承知いたしました」
昨夜は『じいちゃんが死ぬ前に』なんて不謹慎でフランクな言い方だったけれど、社長とおじい様の関係は上下関係がはっきりしているのが伝わってきた。社長が急いで結婚相手を見つけようとする理由がわかったような気がする。
社長とおじい様をエレベーターまで見送ったあと、高城さんと二人きりになったので、ようやく素で話すことができた。
「ちょっと、さっきの話は本当ですか⁉ 一ヵ月以内に結婚式を挙げるって!」
「ええ、なにしろ時間がありませんからね。一ヵ月以内でも怪しいところでしたが、今日の姿を見る限り生気を取り戻したようです。案外長生きするかもしれないですね」
「それはいいことですけど、でも、私、昨日の今日でまだ心の準備が……」
「工藤様は社長のお隣にいるだけでいいのですよ。それだけで社長はご機嫌になられますから」
高城さんは嬉しそうに目を細めながら言った。
私が隣にいるだけで、社長がご機嫌? そんなに結婚相手を見つけたことが嬉しかったのかな。まあ、社長と結婚したいと熱望する女性は多くても、離婚前提をむしろ喜んで受け入れるような女はいないか。そりゃそうだよね。
「さて、挨拶も終わったし、私は仕事に戻りますね!」
そして足を踏み出そうとした瞬間、高城さんが私の前に立ちはだかった。
「最短で、と相談役は指示なさいました。工藤様が最優先でやらなければいけないことは、結婚の準備です」
「でも、私にも仕事が……」
「現在、この結婚以上に重要な仕事はございません。株価にも影響するような重大ミッションです」
「か、株価⁉」
「事の重大さをご認識くださいませ。今、なにを優先しなければいけないのか」
真面目な顔で諭されている。これは……私、怒られているの?
社長を放っておいて、自分のオフィスに戻るなど言語道断とでも言いたいのかもしれない。
これはもう、私のプライベートとは別次元で考えなければいけないのかもしれない。一社員として、株価に影響するプロジェクトに関わる以上、それを優先させるのは当然のこと。
「はい、すみません。結婚式に全力投球します」
「宜しく頼みますよ」
高城さんは安心したようで顔に笑顔が戻った。
ああは言ったものの、これでいいのかわからなくなってきた。会社の利益を考えるならば、当然の優先順位だとは思うけれども、はたして結婚したあと、私に戻る居場所は残されているのだろうか。
社長の嫁や、元嫁として腫物扱いされて仕事がしづらくなって、退職なんて最悪ルートになったら、この契約結婚は私にとって損する結果にならないだろうか。
(本当にこのまま進めちゃっていいのかな……)
不安な気持ちを抱えながらも、辞退しますと言えるような状況でもなく。
「とりあえず、式場に行きましょう。色々と決めておかないといけないものがあるので」
高城さんはそう言って、エレベーターの下ボタンを押した。エレベーターが最上階に着き、開くとそこには社長が乗っていた。
「病院まで送るのではなかったのですか?」
高城さんが驚いた顔で聞いた。
最上階に着くと、重い足取りで高城さんの後ろについていった。
中に入ると、応接のソファに腰をかけている社長と相対して、車椅子に座っている、やたら眼光が鋭い老人がいた。白髪交じりの髪を整えながら上質なスーツを着こなしている。威厳のある姿勢に漂う圧倒的な強者のオーラ。この人が社長のおじい様なのだろう。
紹介もされていないのに私から話すのは失礼かと思ったので、黙って深くお辞儀をする。
知的な光が宿る眼差しで、上から下までジロジロと刺すように見られているので、まるで値踏みされている気分だ。
「どこの令嬢だ?」
社長のおじい様は、私ではなく社長に聞いた。
「どこの令嬢でもありません。うちの社員です」
「一般市民が伊龍院家と結婚するのか?」
不愉快な様子がありありと口調に出ている。
これは、結婚する前に破談になるかも、と思った。
「誰でもいいから結婚しろと言ったのはあなたでしょう」
社長も眉間に皺を寄せて応戦している。
「だからといって……」
「この子がいいのです」
社長は急にきっぱりとした物言いで、おじい様の言葉をさえぎった。
「この子と結婚します」
社長はおじい様の目を真っ直ぐ見つめて、強い決意に満ちた言葉で言いきる。
おじい様は一瞬驚いた顔をして社長を見て、そして薄く笑った。
「……なるほど、この子か」
ポツリと呟くと、おじい様は私の方に向き直った。
「名前は?」
「工藤捺美です」
「捺美さんか。大翔を宜しく頼むよ」
「は……はい」
罪悪感で胸が痛む。離婚前提の契約結婚なのに。昨日出会ったばかりで、お互いのことはなにも知らないし、愛だってないのに。
「結婚相手が決まれば、あとは結婚式だ。一ヵ月以内に挙げてくれ。それまではしぶとく生きられる気がしてきたわい」
おじい様は愉快そうに高笑いした。余命宣告されているとは思えないほど生命エネルギーに満ちて元気そうだ。
「もちろんです。最短で挙げます。もう関係各所に通知を出しました。な、高城」
「はい、会場はおさえました。あとは詳細を詰めるだけです」
(ええ⁉ いつの間に⁉)
声を出したいけれど、出せる雰囲気ではないので必死に抑える。
「うむ、宜しい。最短で頼むよ」
そう言っておじい様は部屋から出ようとしたので、社長が立ち上がり車椅子を押した。
「病院まで送ります」
「うむ」
「高城、あとは頼んだぞ」
「承知いたしました」
昨夜は『じいちゃんが死ぬ前に』なんて不謹慎でフランクな言い方だったけれど、社長とおじい様の関係は上下関係がはっきりしているのが伝わってきた。社長が急いで結婚相手を見つけようとする理由がわかったような気がする。
社長とおじい様をエレベーターまで見送ったあと、高城さんと二人きりになったので、ようやく素で話すことができた。
「ちょっと、さっきの話は本当ですか⁉ 一ヵ月以内に結婚式を挙げるって!」
「ええ、なにしろ時間がありませんからね。一ヵ月以内でも怪しいところでしたが、今日の姿を見る限り生気を取り戻したようです。案外長生きするかもしれないですね」
「それはいいことですけど、でも、私、昨日の今日でまだ心の準備が……」
「工藤様は社長のお隣にいるだけでいいのですよ。それだけで社長はご機嫌になられますから」
高城さんは嬉しそうに目を細めながら言った。
私が隣にいるだけで、社長がご機嫌? そんなに結婚相手を見つけたことが嬉しかったのかな。まあ、社長と結婚したいと熱望する女性は多くても、離婚前提をむしろ喜んで受け入れるような女はいないか。そりゃそうだよね。
「さて、挨拶も終わったし、私は仕事に戻りますね!」
そして足を踏み出そうとした瞬間、高城さんが私の前に立ちはだかった。
「最短で、と相談役は指示なさいました。工藤様が最優先でやらなければいけないことは、結婚の準備です」
「でも、私にも仕事が……」
「現在、この結婚以上に重要な仕事はございません。株価にも影響するような重大ミッションです」
「か、株価⁉」
「事の重大さをご認識くださいませ。今、なにを優先しなければいけないのか」
真面目な顔で諭されている。これは……私、怒られているの?
社長を放っておいて、自分のオフィスに戻るなど言語道断とでも言いたいのかもしれない。
これはもう、私のプライベートとは別次元で考えなければいけないのかもしれない。一社員として、株価に影響するプロジェクトに関わる以上、それを優先させるのは当然のこと。
「はい、すみません。結婚式に全力投球します」
「宜しく頼みますよ」
高城さんは安心したようで顔に笑顔が戻った。
ああは言ったものの、これでいいのかわからなくなってきた。会社の利益を考えるならば、当然の優先順位だとは思うけれども、はたして結婚したあと、私に戻る居場所は残されているのだろうか。
社長の嫁や、元嫁として腫物扱いされて仕事がしづらくなって、退職なんて最悪ルートになったら、この契約結婚は私にとって損する結果にならないだろうか。
(本当にこのまま進めちゃっていいのかな……)
不安な気持ちを抱えながらも、辞退しますと言えるような状況でもなく。
「とりあえず、式場に行きましょう。色々と決めておかないといけないものがあるので」
高城さんはそう言って、エレベーターの下ボタンを押した。エレベーターが最上階に着き、開くとそこには社長が乗っていた。
「病院まで送るのではなかったのですか?」
高城さんが驚いた顔で聞いた。
23
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ホストと女医は診察室で
星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。
ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。
ねーさん
恋愛
「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。
卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。
親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって───
〈注〉
このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
恋色メール 元婚約者がなぜか追いかけてきました
國樹田 樹
恋愛
婚約者と別れ、支店へと異動願いを出した千尋。
しかし三か月が経った今、本社から応援として出向してきたのは―――別れたはずの、婚約者だった。
Marry Me?
美凪ましろ
恋愛
――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。
仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。
不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。
※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。
※彼の過去だけ、ダークな描写があります。
■画像は、イトノコさまの作品です。
https://www.pixiv.net/artworks/85809405
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる