シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜

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第三章 溺愛のマリッジブルー

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 啖呵を切って出て行ったにもかかわらず、たった数時間で戻るはめに。

 最上階に着くと、重い足取りで高城さんの後ろについていった。

 中に入ると、応接のソファに腰をかけている社長と相対して、車椅子に座っている、やたら眼光が鋭い老人がいた。白髪交じりの髪を整えながら上質なスーツを着こなしている。威厳のある姿勢に漂う圧倒的な強者のオーラ。この人が社長のおじい様なのだろう。

 紹介もされていないのに私から話すのは失礼かと思ったので、黙って深くお辞儀をする。

 知的な光が宿る眼差しで、上から下までジロジロと刺すように見られているので、まるで値踏みされている気分だ。

「どこの令嬢だ?」

 社長のおじい様は、私ではなく社長に聞いた。

「どこの令嬢でもありません。うちの社員です」

「一般市民が伊龍院家と結婚するのか?」

 不愉快な様子がありありと口調に出ている。

 これは、結婚する前に破談になるかも、と思った。

「誰でもいいから結婚しろと言ったのはあなたでしょう」

 社長も眉間に皺を寄せて応戦している。

「だからといって……」

「この子がいいのです」

 社長は急にきっぱりとした物言いで、おじい様の言葉をさえぎった。

「この子と結婚します」

 社長はおじい様の目を真っ直ぐ見つめて、強い決意に満ちた言葉で言いきる。

 おじい様は一瞬驚いた顔をして社長を見て、そして薄く笑った。

「……なるほど、この子か」

 ポツリと呟くと、おじい様は私の方に向き直った。

「名前は?」

「工藤捺美です」

「捺美さんか。大翔を宜しく頼むよ」

「は……はい」

 罪悪感で胸が痛む。離婚前提の契約結婚なのに。昨日出会ったばかりで、お互いのことはなにも知らないし、愛だってないのに。

「結婚相手が決まれば、あとは結婚式だ。一ヵ月以内に挙げてくれ。それまではしぶとく生きられる気がしてきたわい」

 おじい様は愉快そうに高笑いした。余命宣告されているとは思えないほど生命エネルギーに満ちて元気そうだ。

「もちろんです。最短で挙げます。もう関係各所に通知を出しました。な、高城」

「はい、会場はおさえました。あとは詳細を詰めるだけです」

(ええ⁉ いつの間に⁉)

 声を出したいけれど、出せる雰囲気ではないので必死に抑える。

「うむ、宜しい。最短で頼むよ」

 そう言っておじい様は部屋から出ようとしたので、社長が立ち上がり車椅子を押した。

「病院まで送ります」

「うむ」

「高城、あとは頼んだぞ」

「承知いたしました」

 昨夜は『じいちゃんが死ぬ前に』なんて不謹慎でフランクな言い方だったけれど、社長とおじい様の関係は上下関係がはっきりしているのが伝わってきた。社長が急いで結婚相手を見つけようとする理由がわかったような気がする。

 社長とおじい様をエレベーターまで見送ったあと、高城さんと二人きりになったので、ようやく素で話すことができた。

「ちょっと、さっきの話は本当ですか⁉ 一ヵ月以内に結婚式を挙げるって!」

「ええ、なにしろ時間がありませんからね。一ヵ月以内でも怪しいところでしたが、今日の姿を見る限り生気を取り戻したようです。案外長生きするかもしれないですね」

「それはいいことですけど、でも、私、昨日の今日でまだ心の準備が……」

「工藤様は社長のお隣にいるだけでいいのですよ。それだけで社長はご機嫌になられますから」

 高城さんは嬉しそうに目を細めながら言った。

 私が隣にいるだけで、社長がご機嫌? そんなに結婚相手を見つけたことが嬉しかったのかな。まあ、社長と結婚したいと熱望する女性は多くても、離婚前提をむしろ喜んで受け入れるような女はいないか。そりゃそうだよね。

「さて、挨拶も終わったし、私は仕事に戻りますね!」

 そして足を踏み出そうとした瞬間、高城さんが私の前に立ちはだかった。

「最短で、と相談役は指示なさいました。工藤様が最優先でやらなければいけないことは、結婚の準備です」

「でも、私にも仕事が……」

「現在、この結婚以上に重要な仕事はございません。株価にも影響するような重大ミッションです」

「か、株価⁉」

「事の重大さをご認識くださいませ。今、なにを優先しなければいけないのか」

 真面目な顔で諭されている。これは……私、怒られているの?

 社長を放っておいて、自分のオフィスに戻るなど言語道断とでも言いたいのかもしれない。

 これはもう、私のプライベートとは別次元で考えなければいけないのかもしれない。一社員として、株価に影響するプロジェクトに関わる以上、それを優先させるのは当然のこと。

「はい、すみません。結婚式に全力投球します」

「宜しく頼みますよ」

 高城さんは安心したようで顔に笑顔が戻った。

 ああは言ったものの、これでいいのかわからなくなってきた。会社の利益を考えるならば、当然の優先順位だとは思うけれども、はたして結婚したあと、私に戻る居場所は残されているのだろうか。

 社長の嫁や、元嫁として腫物扱いされて仕事がしづらくなって、退職なんて最悪ルートになったら、この契約結婚は私にとって損する結果にならないだろうか。

(本当にこのまま進めちゃっていいのかな……)

 不安な気持ちを抱えながらも、辞退しますと言えるような状況でもなく。

「とりあえず、式場に行きましょう。色々と決めておかないといけないものがあるので」

 高城さんはそう言って、エレベーターの下ボタンを押した。エレベーターが最上階に着き、開くとそこには社長が乗っていた。

「病院まで送るのではなかったのですか?」

 高城さんが驚いた顔で聞いた。
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