385 / 466
第十四章上海事変
第十四章第三十五節(いさかい)
しおりを挟む
三十五
植田師団長がいよいよ攻撃命令を発する少し前、共同租界の北側を警備する米軍と陸戦隊の間にちょっとしたいさかいが起こった。
元来、米軍の警備区域は日本軍担任の閘北と隣接し、かつそこには内外綿をはじめ日系紡績工場がそこかしこに点在した。日本側としては自国の資産を自分たちで守りたいとの思いが馳せるのもやまやまで、しばしば邦人自警団や陸戦隊が境界線を越えてこの地域へ入り込んだ。
ところが米軍にしてみれば、こうした越境行為は迷惑千万にほかならない。ただでさえ“行き過ぎ”の目立つ邦人自警団へは面白い感情を持ち合わせていない。そんな彼らが自分たちの“縄張り”を勝手にうろつくなど、容赦ならない!
同じことは英軍警備区との境界線でも起こったから、陸戦隊は何度も英米軍司令官から苦情を訴えられる。陸戦隊司令部は、二月四日以降警備区域の越境を全面的に禁止したが、民間人は依然としてこの地にとどまった。それが原因で今回のいさかいとなった。
三日前に第十九路軍の指揮官が「日本軍はこれら紡績工場を砲兵の観測所に使っている」と申し入れてきたのが引き金となって、十九日の晩、アメリカ海兵隊が日系紡績工場八カ所へ一斉捜査に入った。
捜索の結果、確かに小銃やけん銃、銃弾、刀剣、短刀、槍、鉄棒などが次々と見つかった。その量はトラック二台分にも及び、さらに様々な色のランプや反射板、白昼でも三十キロ先へ信号を送れるほどの出力を持ったサーチライトまでが差し押さえられた。
おまけに第十九路軍側が指弾した通り、工場の屋根には航空機へ敵陣の方向を知らせる矢印型の装置まで敷設されていた。
米軍は押収品を日本公使館へ引き渡したが、日本の居留民たちはこの捜査を「不当」として、猛烈な抗議行動を取る構えを見せた。
またこの日、「共同租界の外国駐留軍が恐れていたこと」が起こった。
第十九路軍側の対空砲弾が虹口沿岸の波止場へ飛来し、英軍水兵二名が死亡したのだ。また朝八時にはビジネス街のど真ん中を貫く|四川路“しせんろ”四十九番地にある三井物産の玄関前で時限爆弾がさく裂。通りの反対側でバスを待っていた華人市民一人が重傷を負う事件も発生する。
国際聯盟は事態を深く憂慮し、ワシントンでも慎重な議論が重ねられた。
そうして彼らが導き出した結論は、「何ら外交的アクションは取らない」というものだった。
米国政府は十九日、虹口および租界の外側に住むアメリカ国民へ向けて「退避勧告」を発することにした。
上海の米公使館に登録された虹口在住の米国民は百十五人。このほか楊樹浦に十二人がおり、上海大学には十八人の米人関係者が在籍している。だが、退役軍人やその家族を中心に、公使館への登録を行っていない米人も少なくなかったため、危険地帯の中には百ないし二百人のアメリカ人が暮らしていると推定された。
植田師団長がいよいよ攻撃命令を発する少し前、共同租界の北側を警備する米軍と陸戦隊の間にちょっとしたいさかいが起こった。
元来、米軍の警備区域は日本軍担任の閘北と隣接し、かつそこには内外綿をはじめ日系紡績工場がそこかしこに点在した。日本側としては自国の資産を自分たちで守りたいとの思いが馳せるのもやまやまで、しばしば邦人自警団や陸戦隊が境界線を越えてこの地域へ入り込んだ。
ところが米軍にしてみれば、こうした越境行為は迷惑千万にほかならない。ただでさえ“行き過ぎ”の目立つ邦人自警団へは面白い感情を持ち合わせていない。そんな彼らが自分たちの“縄張り”を勝手にうろつくなど、容赦ならない!
同じことは英軍警備区との境界線でも起こったから、陸戦隊は何度も英米軍司令官から苦情を訴えられる。陸戦隊司令部は、二月四日以降警備区域の越境を全面的に禁止したが、民間人は依然としてこの地にとどまった。それが原因で今回のいさかいとなった。
三日前に第十九路軍の指揮官が「日本軍はこれら紡績工場を砲兵の観測所に使っている」と申し入れてきたのが引き金となって、十九日の晩、アメリカ海兵隊が日系紡績工場八カ所へ一斉捜査に入った。
捜索の結果、確かに小銃やけん銃、銃弾、刀剣、短刀、槍、鉄棒などが次々と見つかった。その量はトラック二台分にも及び、さらに様々な色のランプや反射板、白昼でも三十キロ先へ信号を送れるほどの出力を持ったサーチライトまでが差し押さえられた。
おまけに第十九路軍側が指弾した通り、工場の屋根には航空機へ敵陣の方向を知らせる矢印型の装置まで敷設されていた。
米軍は押収品を日本公使館へ引き渡したが、日本の居留民たちはこの捜査を「不当」として、猛烈な抗議行動を取る構えを見せた。
またこの日、「共同租界の外国駐留軍が恐れていたこと」が起こった。
第十九路軍側の対空砲弾が虹口沿岸の波止場へ飛来し、英軍水兵二名が死亡したのだ。また朝八時にはビジネス街のど真ん中を貫く|四川路“しせんろ”四十九番地にある三井物産の玄関前で時限爆弾がさく裂。通りの反対側でバスを待っていた華人市民一人が重傷を負う事件も発生する。
国際聯盟は事態を深く憂慮し、ワシントンでも慎重な議論が重ねられた。
そうして彼らが導き出した結論は、「何ら外交的アクションは取らない」というものだった。
米国政府は十九日、虹口および租界の外側に住むアメリカ国民へ向けて「退避勧告」を発することにした。
上海の米公使館に登録された虹口在住の米国民は百十五人。このほか楊樹浦に十二人がおり、上海大学には十八人の米人関係者が在籍している。だが、退役軍人やその家族を中心に、公使館への登録を行っていない米人も少なくなかったため、危険地帯の中には百ないし二百人のアメリカ人が暮らしていると推定された。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる