風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十四章上海事変

第十四章第三十五節(いさかい)

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                三十五

 植田師団長がいよいよ攻撃命令を発する少し前、共同租界の北側を警備する米軍と陸戦隊の間にちょっとしたいさかいが起こった。

 元来、米軍の警備区域は日本軍担任の閘北ざほくと隣接し、かつそこには内外綿ないがいめんをはじめ日系紡績工場がそこかしこに点在した。日本側としては自国の資産を自分たちで守りたいとの思いが馳せるのもやまやまで、しばしば邦人自警団や陸戦隊が境界線を越えてこの地域へ入り込んだ。
 ところが米軍にしてみれば、こうした越境行為は迷惑千万にほかならない。ただでさえ“行き過ぎ”の目立つ邦人自警団へは面白い感情を持ち合わせていない。そんな彼らが自分たちの“縄張り”を勝手にうろつくなど、容赦ならない!
 
 同じことは英軍警備区との境界線でも起こったから、陸戦隊は何度も英米軍司令官から苦情を訴えられる。陸戦隊司令部は、二月四日以降警備区域の越境を全面的に禁止したが、民間人は依然としてこの地にとどまった。それが原因で今回のいさかいとなった。

 三日前に第十九路軍の指揮官が「日本軍はこれら紡績工場を砲兵の観測所に使っている」と申し入れてきたのが引き金となって、十九日の晩、アメリカ海兵隊が日系紡績工場八カ所へ一斉捜査に入った。
 捜索の結果、確かに小銃やけん銃、銃弾、刀剣、短刀、槍、鉄棒などが次々と見つかった。その量はトラック二台分にも及び、さらに様々な色のランプや反射板、白昼でも三十キロ先へ信号を送れるほどの出力を持ったサーチライトまでが差し押さえられた。
 おまけに第十九路軍側が指弾した通り、工場の屋根には航空機へ敵陣の方向を知らせる矢印型の装置まで敷設されていた。
 米軍は押収品を日本公使館へ引き渡したが、日本の居留民たちはこの捜査を「不当」として、猛烈な抗議行動を取る構えを見せた。
 
 またこの日、「共同租界の外国駐留軍が恐れていたこと」が起こった。
 第十九路軍側の対空砲弾が虹口ホンキュウ沿岸の波止場へ飛来し、英軍水兵二名が死亡したのだ。また朝八時にはビジネス街のど真ん中を貫く|四川路“しせんろ”四十九番地にある三井物産の玄関前で時限爆弾がさく裂。通りの反対側でバスを待っていた華人市民一人が重傷を負う事件も発生する。

 国際聯盟は事態を深く憂慮し、ワシントンでも慎重な議論が重ねられた。
 そうして彼らが導き出した結論は、「何ら外交的アクションは取らない」というものだった。

 米国政府は十九日、虹口および租界の外側に住むアメリカ国民へ向けて「退避勧告」を発することにした。
 上海の米公使館に登録された虹口在住の米国民は百十五人。このほか楊樹浦ようじゅほに十二人がおり、上海大学には十八人の米人関係者が在籍している。だが、退役軍人やその家族を中心に、公使館への登録を行っていない米人も少なくなかったため、危険地帯の中には百ないし二百人のアメリカ人が暮らしていると推定された。
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