最も嫌われている最凶の悪役に転生ー物語の主人公に殺されるエンドを回避するため善行を積みます!ー

灰色の鼠

文字の大きさ
12 / 77

第12話 クラウディアの過去 下

しおりを挟む

 モニカ姉がいつの間にか起き上がり、何か考え込んでいる。  

 彼女にしては珍しく真剣な表情だ。
 似合わないが、きっと何か思うところがあるのだろう。

 窓の外を見ると、日が沈みかけていた。

「おっと、もうこんな時間か。親に心配かける前に帰りな。森に魔物が出るかもしれない、急げ急げ!」

 モニカ姉は頬を膨らませ、まだいたそうにしている。  
 それでも、森に入ったことが両親にバレたくないので、帰ることにした。

 帰り道は思ったより暗く、トトが怯えている。  
 仕方なく、モニカ姉と二人でトトを挟むように手を繋いだ。

「にしし、なんか本当の姉妹みたいだね!」

 いつもの調子で言うモニカ姉の言葉に、ちょっと恥ずかしくなり、顔をそらす。

「なら、一番のお姉さんは私だな」

「え! なんでそうなるのさ!?」

「だって、モニカお姉さん、子供っぽいから……」

 珍しく反撃したトトの頭を、モニカ姉が両拳で「うりうり」と挟む。  
 慌てて押さえつけるが、

「クラウディアも食らえ~!」

 腕をすり抜け、結局私も「うりうり」されてしまった。

 ただ帰るだけなのに、なぜこんなにはしゃぐのかわからない。  
 でも、悪い気分ではない。

 心地よい平穏が心を満たす。  
 森の薄暗さも忘れ、トトも笑っていた。

 騎士になるため、村を出る日が近いうちに来るかもしれない。  
 モニカ姉とトトと別れるなんて、想像もできない。

 なら、いっそみんなで王都に引っ越せば……。  
 いや、考えるのはやめよう。

 人生は長い。急いで決断する必要はない。  
 今は、この穏やかな時間を楽しもう。




 ————




 村は、竜王に占領された。  
 悪夢の始まりだった。

 生活費を奪われ、逆らう者は殺され、英雄グラハの古城は竜王の拠点にされた。

 それだけでは終わらず、若い村娘を差し出すよう要求された。

 拒めば一家皆殺し。  
 最初に選ばれたのは――モニカ姉だった。

 生贄として捧げられたモニカに、もう会うことはなかった。

 突然の別れを受け入れられず、トトと一晩中、赤ん坊のように泣き続けた。

 そして翌年。  
 今度は私が生贄に選ばれた。  
 父と母は絶望した。

 もう二度と会えないのか。
 嗚咽を漏らしながら泣いていると、父が何か渡してきた。  
 私の背丈の半分ほどある剣だった。

「母さんと話したんだが、いい機会かもしれない。クラウディア、王都で騎士になるのが夢だったよな?」

 父は無理に笑顔を作りながら続けた。

「十六歳の誕生日を祝ってやれなくてごめん。一人にさせるのはつらいが、クラウディアが生きてさえいてくれれば……それでいいんだ」

 聞きたくない。なぜそんなことを言うのか。  
 震える瞳で父と母を見上げる。

 何か言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。

 まるでこれが最後かのように、両親に力強く抱きしめられた。  
 その時、オズワルさんが家にやって来た。

「時間がないよ」

「クラウディアを頼む」

「無事に逃がすよ。心配せず、安心していな」

 両親とオズワルさんが何かを話していたが、頭に入ってこなかった。

 オズワルさんに手を引かれ、森の茂みに隠れている間も、両親が殺される光景を前に、乾いた心は何も感じなかった。

 オズワルさんの腕の中で聞こえたのは、彼女の涙声の謝罪だけだった。




 ————




「クラウディア! クラウディア!」

 体を揺すられ、我に返る。  
 顔を上げると、傷だらけのオズワルさんが私を見ていた。

「時間がない。言えることは少ないが、これだけは守れ。絶対に村に帰るな。もうお前には家はない。両親も……」

「嫌だ! 言わないで! パパとママは死んでない! これは夢だ! 目を覚ませば全部元通りになる……長い悪夢なんだ!」

「違う! これは現実だ! 受け入れな、クラウディア! これから一人で生きていくんだ!」

 現実逃避しようとした私に、オズワルさんは真実を突きつけた。

 彼女も必死だった。  
 追っ手がすぐそこまで来ていた。

「聞きな。お前の父さんは、万が一のために一年かけて穴を掘り続けた。朝から晩まで、たった一人で。大切な娘を逃がすために、ずっとだ」

「パパ……」

 オズワルさんに連れられた先には、洞穴があった。

「正確な距離はわからないが、奴らの捜索範囲から逃れられる場所に通じてる。ただ、見つかるとまずい。お前が入ったら、すぐに埋める」

 もう帰る場所はない。  
 この穴の先は、別の世界だ。

 でも、オズワルさんの言う通り、これは私だけの命じゃない。

「穴を抜けたら、死ぬ気で走れ。運が良ければ誰かに助けられる。振り返らず、走り続けな」

 泣きたい。叫びたい。  
 でも、竜王に見つかるわけにはいかない。声を押し殺す。

 友達、家、両親、故郷。  
 すべてを置き去りに、私は走り続けた。




 ————




 どれだけ時間が経ったのだろう。  
 薪の燃える音で目を覚ます。

 ベッドに寝かされていた。  
 そばには、椅子に座って本を読むオズワルさんがいた。

「……あれは、やっぱり悪夢だったのか?」

「残念だが、現実だよ」

「……そうか」

 相変わらず老いを感じさせないオズワルさんに、懐かしさを感じる。

 涙がこみ上げたが、堪えた。  
 私は一人前の騎士だ。

 竜王の支配を終わらせるため、故郷に戻ったのに、配下に――

「そうだ! 配下はどうなった!?」

「ふふ、安心しな。一緒にいた男が片付けてくれたよ」

 一緒にいた男といえば、一人しか思い当たらない。

「ロベリア……が?」

「ほう、それがあの男の名前か。じゃあ、あれが世間を騒がせている『傲慢の魔術師』ってわけか? 私にはそうは見えなかったけどね」

「どういうことだ?」

 黒魔術という禁忌に触れた男だ。  
 オズワルさんが知らないから、そんなことが言えるんだ。

「あの男は、配下にやられそうだったお前を庇ったんだよ」

 笑いものだと思ったが、オズワルさんはこういう時、嘘をつかない。

「……」

「お前の悲劇を全部話してやったよ。ふふ」

「勝手な……笑い者じゃないか」

 オズワルさんの表情が、真剣なものに変わった。

「笑ったりしない。あの男は怒ってた。お前のために、心の底から同情してたよ」

 あのロベリア・クロウリーが?  
 誰かをゴミのように踏みつける男が、私のために?

 信じられない。  
 オズワルさんの言葉でも、この目で確かめるまでは信じられない。

「ロベリアはどこにいる? 何かやらかすかもしれない」

「もう遅い。お前が目を覚ます前に出て行ったのさ」

「どこに!?」

「決まってるだろ。竜王のいる古城だ」

「!?」

「この村の惨劇、お前の過去を聞いて、黙って出て行った。恐ろしい顔だったよ」

「怒ってたのか?」

「ああ。誰かのためにあそこまで怒れる人間は、滅多にいない」

 理解できない。  
 何度か顔を合わせたが、戦う時だけだった。  
 まともに話したのは昨日が初めてだ。

 なのに、あの男が私のために怒る?

 ベッドから起き上がり、そばにあった剣を手に取る。  
 竜王を倒すのは私の役目だ。

「ぐっ……ああ!」

 だが、数歩進んだだけで全身に激痛が走り、床に膝をついた。

「無理するな。竜族の血を引く者の攻撃を受けたんだ。生身の人間ならそうなる。今のお前じゃ無駄死にだ」

「じゃあ、ここで黙って待てと言うのか!? 私は騎士だ!」

「勇敢と無謀を履き違えるな!」

 オズワルさんの怒鳴り声に、体が震えた。  
 彼女にこんな声をかけられたのは初めてだ。

 まるで子供の頃に戻ったような感覚。  
 オズワルさんは本気だった。

「クラウディア! お前の両親が命を張ったのは、無駄死にさせるためじゃない! お前の幸せな未来を願って死んだんだ! 私もだ! これ以上、命を無駄にする真似をしてみろ! 私がお前の両手両足を叩き折る!」

 肩を掴まれ、優しく抱きしめられた。

「私はお前の親じゃない。でも、死なせたくないと思う権利はあるだろ……?」

 何年ぶりだろう。  
 こんな温かく、切ない気持ち。

 無意識に腕を伸ばし、オズワルさんを抱きしめ返した。

「……ごめん、ごめんね。迷惑ばかりかけて……助けてくれたのに。私は……!」

 五年間抑えていた想いが、爆発した。  
 大切な人の胸で、すべてを吐き出した。

 冷静で合理的な女騎士に憧れていたのに。  
 なんて格好悪いんだろう。

 でも、今夜だけは、許してほしい。

「一つだけ、頼みたいことがある」

「なんだ?」

「戦いの結末を、この目で見届けたい。城に連れて行ってくれ……頼む」

 断られる覚悟で頭を下げた。

「奇遇だね。私もそうしようと思ってたよ」

 予想に反し、すんなり受け入れてくれた。

 ロベリアを完全に信じたわけじゃない。  
 でも、もしオズワルさんの話が本当なら。

 戦いが終わった後――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。 途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。 鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒! 素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。 裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた

砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。 彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。 そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。 死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。 その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。 しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、 主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。 自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、 寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。 結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、 自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……? 更新は昼頃になります。

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

悲報 スライムに転生するつもりがゴブリンに転生しました

ぽこぺん
ファンタジー
転生の間で人間以外の種族も選べることに気付いた主人公 某人気小説のようにスライムに転生して無双しようとするも手違いでゴブリンに転生 さらにスキルボーナスで身に着けた聖魔法は魔物の体には相性が悪くダメージが入ることが判明 これは不遇な生い立ちにめげず強く前向き生きる一匹のゴブリンの物語 (基本的に戦闘はありません、誰かが不幸になることもありません)

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

おっさんが雑魚キャラに転生するも、いっぱしを目指す。

お茶飲み人の愛自好吾(あいじこうご)
ファンタジー
どこにでも居るような冴えないおっさん、山田 太郎(独身)は、かつてやり込んでいたファンタジーシミュレーションRPGの世界に転生する運びとなった。しかし、ゲーム序盤で倒される山賊の下っ端キャラだった。女神様から貰ったスキルと、かつてやり込んでいたゲーム知識を使って、生き延びようと決心するおっさん。はたして、モンスター蔓延る異世界で生き延びられるだろうか?ザコキャラ奮闘ファンタジーここに開幕。

処理中です...