親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃

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第三章 放置ダンジョンで冒険者暮らし編

閑話 その後の二人③

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(最近調子いいし、なんかいい話かもな)

 阿久津は楽観的だった。風間が会社を去った後しばらくはミスが続き、噂の影響もあって肩身の狭い思いをしたが、今では営業で新規案件をいくつも獲得しており、調子が良い。

 やや強引な手法もあったが、結果は出ている。加えて冒険者としての稼ぎも悪くなく、阿久津は現状にそれなりに満足していた。

「あれ? なんで座間まで」
「私も呼ばれたのよ」

 部長のデスク前に座間の姿を見つけ、阿久津の胸にざわりとした不安が走った。

「私たちに、何かありましたか?」
「とりあえず部屋を移す。ついてこい」

 二人は部長に連れられ、会議室へと通された。広々とした空間に部長と自分たちだけ。阿久津は妙に息苦しさを感じた。

「――お前たち、二人で冒険者をやってるんだったな」

 席に着くなり、部長が探るような視線を向けながら口を開く。

「やってますが……冒険者活動は副業としても認められてますよね?」

 阿久津が眉を顰めて言った。冒険者は国家も関与している活動であり、法律上、いかなる企業もその副業を制限することはできない。

「もちろん、わかっている。調子はどうなのかと思ってな」
「――順調ですよ。もしかして、部長も冒険者にご興味が?」

 座間がやんわりと問いかけると、部長の表情が真剣なものへと変わった。

「私は興味はない。ただ、冒険者になるためのジョブストーン。あれはかなり高額だと聞くが……二人揃って、よく買えたものだなと思ってな」
「……貯金があったので」

 阿久津の額に、じわりと汗が滲んだ。

「そうか。ところで――経理から連絡が来ていてな。まどろっこしいのは苦手だから、はっきり言おう。お前ら、横領してるな?」

 その一言で、阿久津と座間の顔色が変わった。まるで、それが答えを示しているかのように。

「――やはりな」
「しょ、証拠はあるんですか!」
「あまり会社をなめるな。その気になれば、いくらでも調べられるんだ」
「ぐっ……!」

 阿久津が喉をつまらせる。

「金額も相当だ。ジョブストーンの値段を考えれば当然か。まさかそこまでして冒険者になりたかったとはな」
「……それで、要求は何ですか?」

 座間が落ち着いた口調で問い返す。狼狽える阿久津とは対照的だった。

「おい、何を言って――!」
「あんたは黙ってて。わざわざ人目のつかない場所に呼び出して、こんな回りくどい話。何かあるとしか思えないじゃない」
「ハハッ。座間は勘がいいな。そうだな……とりあえずお前ら、会社を辞めろ」
「は?」

 唐突な“辞めろ”という言葉に、阿久津は目を丸くした。

「ど、どういうことですか!? 辞めろって……そんな!」
「お前こそ、自分の立場を理解しろ。業務上横領は立派な犯罪だ。金額を考えれば、刑事事件になってもおかしくない」
「――ッ!?」

 その言葉に、阿久津の顔から血の気が引いた。座間も一瞬だけ動揺を見せた。

「正直、今回の件がなくてもお前らは厳しかったんだよ。風間の件もあって、法務部に相談が入ってたらしい。お前らは上手くやった・・・・・・つもりでも、世の中はそんなに甘くない」
「――それで、辞めろと?」
「ああ。今ならまだ俺の権限で処理できる。自主退職で済ませて、横領の件も綺麗に片付けてやる。ただし、それなりの“けじめ”はつけてもらうがな」
「けじめ……」

 阿久津が繰り返すと、部長は口の端をゆるめた。その意味が、彼にも理解できた。

「お前らは辞めても、冒険者として食っていけるだろ? むしろそっちのほうが稼げるってんなら……ま、言わなくてもわかるな?」
「……そうですね。部長の考える“けじめ”って、どの程度でしょう?」
「さあな。だがジョブストーンを買ったぐらいの責任は取ってもらいたい。あれ、一個百万円はするらしいしな」

 それが事実上の“請求額”であることは明白だった。拳を握りかけた阿久津を、座間が肘で小突いた。

「わかりました。会社は辞めさせていただきます。それ以外の件については……また後日ということで、よろしいですか?」
「ああ。理解のある部下で助かるよ」

 こうして阿久津と座間は、自主退職という形で会社を去ることとなった。

 辞表を提出した後は、有給休暇を消化し、簡単な引き継ぎを終えただけで終わった。部長としても長居されるのは不都合だったのだろう。

「畜生め! あの狸野郎! 翔也さんも、酷いと思いませんかぁ~!?」
「ああ、まあ……そうだな。でも、これからは冒険者業に専念できるんだろう?」
「それは……そうですがぁ~」
「もう、飲みすぎよ」

 会社を辞めたあと、黒爪黒牙の誘いを受けてダンジョンを攻略した二人。その日の夜は、翔也を交えて三人で飲みに来ていた。阿久津はそこで、愚痴をこぼしていた。

「すみません、こんな話を聞かせてしまって……しかも奢ってもらって」
「構わないさ。今日くらいは、付き合ってやれ。大変だったんだろう」
「……そうですね。それじゃあ、また」

 そう言って、座間は阿久津をタクシーに押し込み、一緒に帰路についた。

「さてと――覗き見ってのは悪趣味だと思うぜ?」

 路地の影に声をかける翔也。その言葉に応じるように、ローブ姿の女が姿を現した。

「あら、気づいていたのね」
「それで。俺はいつまで、あんなのの面倒を見りゃいいんだ?」
「そうね……もう少し、付き合ってもらえるかしら」

 彼女はカードを一枚切り、ひらりと指でつまんで翔也に見せる。

「兆候はある。でも輝きはまだ弱い」
「チッ……あんたの占いに付き合うのも骨が折れるぜ」
「そう言わないで。それなりに、楽しんでいるんでしょう?」
「……まぁ、いいさ。しばらくは付き合ってやる。じゃあな」

 そう言い残して、翔也は闇に溶けるように去っていった。

 それぞれの思惑が交差する中、世界の歯車は静かに、だが確実に狂い始めていた――風間が、それを知るのはまだ少し先の話である。
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