親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃

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第三章 放置ダンジョンで冒険者暮らし編

第129話 大黒の夫

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「パパ!」

 健太が男性に向かって駆け出していく。男性はそんな健太をぎゅっと抱きしめた。

「よかった……本当に無事で……」 
「パパぁ――」

 そのまま健太は泣きだしてしまう。さっきまでは元気そうに見えたけど、あんな怖い目に遭ったんだから、実際はずっと不安だったんだろうな。

 この様子を見る限り、あの男性が大黒の夫で、健太の父親であることは間違いなさそうだ。

「本当に皆さんには何とお礼を言っていいか……。健太を助けていただき、本当にありがとうございます」

 健太が無事だとわかると、男性は俺たちに向かって深々と頭を下げた。

「頭をお上げください。今回の件はダンジョン災害に巻き込まれた形ですし、冒険者が助けるのは当然のことです」

 凛とした佇まいを崩さず、香川が応じる。彼女はやっぱりどんなときも冷静沈着だ。

「香川の言うとおりですよ。ただ、あなたにはつらい話になるかもしれませんが、奥様は……」

 香川の言葉を継ぐように小澤マスターが話し始めるものの、言いよどんだ。夫であるこの男性に、大黒が犯した罪の話をするのはためらわれるんだろう。

「――わかっています。まさか妻がそんなことをしているとは思いませんでした。つらいですが、受け入れなければいけないのでしょう」

 そう答える彼は伏し目がちで、表情には深い悲しみがにじんでいる。自分の妻が警察に追われるような真似をしたのだから、やり切れない気持ちもあるだろうな。

「でも、なんというか、アレのどこが良くて結婚したんだ?」 
「ちょ、さすがにそれは失礼だよ」

 神妙な空気のなか、熊谷が遠慮なく口を挟んだ。それを聞いて愛川が軽くたしなめている。

「いや、どうしても気になっちまってよぉ」 
「むぅ、さすがにそれは不作法だと思うぞ。筋肉的に」

 中山が真顔でツッコむけど、筋肉は関係あるのか? まあ、言いたいことはわからなくもない。

「いえ、言いたいことはわかります。よく聞かれますからね。でも、私が妻を愛していたのは確かです。なにせ私の一目惚れでしたので」
「マジでっ!?」 
「ワンッ!?」 
「ピキィ!?」 
「マァ!?」 
「ゴブッ!?」

 男性の答えに、愛川は目を見開いて驚いていた。それに合わせてモコ、ラム、マール、ゴブも飛び上がりながら声を上げている。

「皆さん、驚かれますよね。でも、私にとって彼女はヒーローであり、憧れだったんです」 
「憧れ、ですか?」

 思わず俺も聞き返した。正直、俺の中では憧れる要素が皆無だったからな。

「見てのとおり、私は線が細くて気も弱いので、学生の頃からカモにされやすかったんです。大学生になっても絡まれることが多くて……。そんなときに彼女と出会いました。ちょうどガラの悪い連中に絡まれていたとき、彼女が『おい、俺のツレに何か用か?』って割って入ってくれたんですよ。そして一瞬で連中を追い払ってくれた。私はその颯爽とした姿に見惚れてしまって……」

 彼はどこか懐かしそうに語る。そういえば鬼姫の話だと、大黒は昔ヤンチャしていたらしいし。腕っぷしの強さは本物だったってわけか。

「でも、まさか――」

 そこまで言いかけたところで、彼は健太の顔をちらりと見た。ここから先は子どもの前で話しにくいのかもしれない。

「健太くん。折角だし、ゴブたちと子ども同士で遊んでくれないか?」 
「え? いいの!?」 
「もちろんさ。みんなもいいかな?」 
「ゴブゥ♪」 
「ワンワン♪」 
「ピキィ~♪」 
「マァ~♪」 
「それなら私も……いいかな、お姉ちゃん?」 
「うん。でもあまり離れないようにね」 
「わかった! それじゃ行こう、みんな!」

 紅葉は健太、ゴブたちと一緒に遊び始めた。俺たちから見える範囲だけど、会話は聞こえにくいくらいの絶妙な距離を取ってくれている。

「すみません、気を使わせてしまって」 
「いえいえ、これで少し話しやすくなりましたか?」

 そう言って笑うと、彼はゴブたちを眺めて感心したように言った。

「それにしても、モンスターがあそこまで懐くなんてすごいですね」 
「そうなんですよ。風間さんは本当にすごいんです!」

 秋月が急に声を張り上げる。そんなふうに褒められると、正直ちょっと照れる。

「ははっ、慕われているんですね。素晴らしいと思います。できれば妻にも、そうあってほしかったのですが……」

 そう言う彼の笑顔はどこか寂しげだ。大黒がやらかした一連のことを考えると、夫として残念に思うのも当然だろう。

「実は、借金があったことも発覚したんです。私も気づけなかったのは鈍感すぎましたが、まさかそこまでとは……。生活費も、それなりに渡していたはずなんですけどね」 
「そうなんですね。そういえば彼女、貴方が議員事務所のスタッフって言ってましたが――」 
「スタッフ……? 妻がそんなふうに?」 
「え、違うんですか?」

 思わず問い返す。彼の反応を見るに、大黒の説明とは食い違いがあるのかもしれない。

「ええ。間違いとは言えないかもしれませんが、私は議員の秘書を務めているんですよ」 
「秘書って……マジか」

 思わず声が上ずってしまった。スタッフよりもそっちのほうがよっぽどすごい気がするんだが。

「私が男性で秘書をやっているのが、妻にはどうにも理解しがたいことだったようです。彼女の中では、秘書=女性というイメージだったらしくて……。説明しても納得してくれませんでしたね」 
「は、はぁ……そういう考え方もあるんですね」

 香川も思わず唸っている。俺も正直、「そんな偏見があるのか?」とびっくりだ。

「どちらにせよ、私も覚悟を決めないといけません。健太のためにも――」

 彼の視線が、ゴブたちと楽しそうに遊んでいる健太へ向けられる。その眼差しはまっすぐで、強い決意を感じた。

 覚悟、か。この状況だと、大黒が警察に捕まるのも時間の問題だろう。議員秘書として彼がこのまま放置するわけにもいかないだろうし。

 どっちにしても、ここから先は当事者同士の問題だ。俺たちがあれこれ口を挟むわけにはいかない。だけど、どうか健太には幸せな未来が待っていてほしい――そんなことを願わずにはいられなかった。
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