親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃

文字の大きさ
161 / 190
第三章 放置ダンジョンで冒険者暮らし編

第160話 誠意

しおりを挟む
「――それで?」

 謝罪した俺に向けて、赤毛の男から吐き捨てられた言葉は、驚くほど冷淡だった。見上げれば、腕を組みながら俺を見下す男の姿。鋭い視線が威圧的で、明らかにこちらを試している。

「……他に何か?」
「おいおい、グリンは目を負傷してんだぜ? 当然病院に連れて行かなくちゃならねぇ。モンスターを診る医者は少ないし、しかも保険は効かねぇんだ。ここまで言えば、わかるだろう?」

 男はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、俺を値踏みするように見つめてきた。

「それなりの“誠意”ってもんを、見せてもらわねぇとなぁ」

 要は金を出せということだ。その態度は、あの時冒険者に絡まれた時と重なる。因縁をつけて金を毟り取る、典型的な手口だ。

「いい加減にしてください!」

 思わず割って入ったのは愛川だった。怒りに頬を染めながら、一歩前に出る。

「確かにラムちゃんが水をかけたのは事実かもしれません。でも、そっちに非がないとは言い切れないでしょう!」
「おっと、責任転嫁ってやつか? あんた関係ないだろ? それとも、代わりに“誠意”を見せてくれるってんなら、俺はそれでもいいぜ?」

 男は露骨に愛川の身体を舐め回すような視線を送り、口角を持ち上げた。愛川の肩がわずかに震える。

 ……最悪だ。

「その子たちは、悪くないですよ!」

 声が響いた。振り返ると、数人の女の子たちがプールの入り口に立っていた。明らかに怯えた様子だが、それでも勇気を振り絞ったように前を見据えている。

「私たちが、あの子たちを可愛いって言って近づいたんです。それで、そっちの三匹が急に来て……正直、怖くて逃げました」
「その後、小さいモンスターの頭を、大きな犬のモンスターが押さえつけてて……」
「どう見ても、ちょっかいをかけてたのはそっちの三匹だったよね」

 そうか、俺が眠っていた間にそんなことが――。情けない。モンスターの世話をしている身として、迂闊だったと悔やまれる。

「この子たちはこう言ってる。話が随分と違ってきたようだな」
「チッ……おい、お前ら、本当にそれで間違いねぇんだろうな? モンスターの言葉なんてわからねぇはずだ。責任取れるのか?」
「やめてよ! 脅すような言い方は……!」

 男の視線が女の子たちに向けられ愛川が声を上げた。赤毛の男の視線は冷たく、鋭く、圧力を伴っていた。

 俺は彼女たちの前に立ちはだかった。

「言ってることは筋が通ってるようで、結局は煙に巻いてるだけだろ」

 そのときだった。

「ブ~ブ~ッ!」

 豚のような小さなモンスター――トンマが男の膝に縋りつき、必死に何かを訴えていた。

「うるせぇんだよ、トンマ! トロトロしてんじゃねぇよッ!」

 男の足がモンスターを蹴り飛ばした。

「ブウッ!?」
「ひ、酷い……!」
「ワンワン!」
「ピキィ!」
「マァ~!」
「ゴブゥ!」

 愛川とモンスターたちが一斉に声を上げた。

「同じモンスターなのに、どうして……」
「そのモンスターは、あんたが世話してるんだろう! それなのになんでそんな真似が出来るんだ!」

 俺も言葉を飲み込みきれなかった。だが、男はまるで悪びれる様子もなく、当然のように言い放つ。

「俺のモンスターをどう扱おうが、俺の勝手だろ。トンマはドンくせぇし、弱ぇんだよ。こうやって躾けねぇと、何もできねぇ」

 ……腐ってる。こいつは、自分の力だけで周囲を支配できると思ってる。

「証拠がなけりゃ、そっちの嬢ちゃんが何言おうと意味ねぇ。どうなんだよ、話は終わりか?」

 女の子たちの口元が震え、視線が揺れる。

「そ、それが……」
「やっぱり、証拠までは……」
「う、うん……」

 男は勝ち誇ったように口元を吊り上げた。

「……実は、うちの息子が可愛いモンスターたちを見て動画を撮っていたんです」

 救いの声が届いたのはその時だった。子連れの父親がスマフォを手にして現れた。

「この動画で、状況が分かるかもしれません」

 映された動画には、はっきりとコボルトたちがモコにちょっかいを出し、ゴブリンが挑発している姿。そして、モコたちが怒り、ラムが水を放った一連の流れが残されていた。

「ハルさん!」
「あぁ、これで全部明らかになったな」

 俺たちに非がないとは言わない。だが、一方的に責任を押し付けられる筋合いはない。

「――チッ、面倒クセェ。おい、お前ら、行くぞ」

 男が舌打ちしながら背を向けた。ゴブリン、コボルト、オークもそれに続いて歩き出す。

「待てよ。あんた、他に言うことがあるんじゃないのか?」
「あん?」

 俺が呼び止めると、男は面倒くさそうに振り返った。

「ハルさんは謝りましたよ。そっちも同じようにするべきでしょ!」
「ワンワン!」
「ピキィ!」
「マァ~!」
「ゴブゥ!」

 愛川とモンスターたちも俺の言葉に同調する。

「……お前、冒険者のランクは?」
「は? そんなの関係――」
「いいから答えろ」

 男の目がすっと細くなった。そこに感じるのは、ただの好戦的な挑発ではない。

「……F級だ。それがどうした」
「へぇ、Fねぇ。ヒヨッコじゃねぇか。そんな奴がC級の俺に意見すんじゃねぇよ。ついでに言っとくと、俺はモンスターバトルのプラチナランクだ。格が違ぇんだよ」

 ――理屈がおかしい。いや、理屈が通じる相手じゃない。

「俺がここで黙って退いてやってんのは、お前らが運が良いからだ。ありがたく思うんだな」
「け、警察に言いますよ!」

 思い切って愛川が叫ぶと、男の足がピタリと止まった。

「警察? 言えばいいじゃねぇか。知ってるか? 警察はな、冒険者同士の揉め事には基本口出ししねぇ。ましてモンスター同士のトラブルなんざ、管轄外なんだよ」

 そう言い捨てて、再び歩き出した。

「ブ、ブゥ……」

 その背を見送る途中、トンマが立ち上がって震えながらこちらを見ていた。

「大丈夫か?」

 俺が声をかけると、モコたちも心配そうにトンマに寄り添う。だが――

「おい、トンマ! 何やってんだよ! こっち来い!」
「ブッ、ブゥ~……!」

 振り返りながら、トンマは俺たちに深々と頭を下げ、ヨロヨロと仲間たちの後を追っていった。

「……おい、あんた」
「まだ何かあんのかよ」
「俺は風間 晴彦だ。あんたも名乗れ」

 男は鼻で笑ったあと、ようやく口を開いた。

「フン……風間ねぇ。おもしれぇ。俺の名は――獅王しおう 紅牙こうが。覚えておくといいぜ」

 その名前と共に、男とモンスターたちはプールサイドの向こうへと消えていった。

 去りゆく背中を見送りながら、俺の視線はふとトンマの小さな背中に留まっていた。

 ――あいつだけは、他の三体と違う気がする。

 そして耳に残っていたあの言葉。

「モンスターバトル、プラチナランク……」

 あいつの言葉の真意は、きっとまだこれから知ることになる。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

小さなフェンリルと私の冒険時間 〜ぬくもりに包まれた毎日のはじまり〜

ちょこの
ファンタジー
もふもふな相棒「ヴァイス」と一緒に、今日もダンジョン生活♪ 高校生の優衣は、ダンジョンに挑むけど、頼れるのはふわふわの相棒だけ。 ゆるふわ魔法あり、ドキドキのバトルあり、モフモフ癒しタイムも満載! ほんわか&ワクワクな日常と冒険が交差する、新感覚ファンタジー!

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

辻ヒーラー、謎のもふもふを拾う。社畜俺、ダンジョンから出てきたソレに懐かれたので配信をはじめます。

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
 ブラック企業で働く社畜の辻風ハヤテは、ある日超人気ダンジョン配信者のひかるんがイレギュラーモンスターに襲われているところに遭遇する。  ひかるんに辻ヒールをして助けたハヤテは、偶然にもひかるんの配信に顔が映り込んでしまう。  ひかるんを助けた英雄であるハヤテは、辻ヒールのおじさんとして有名になってしまう。  ダンジョンから帰宅したハヤテは、後ろから謎のもふもふがついてきていることに気づく。  なんと、謎のもふもふの正体はダンジョンから出てきたモンスターだった。  もふもふは怪我をしていて、ハヤテに助けを求めてきた。  もふもふの怪我を治すと、懐いてきたので飼うことに。  モンスターをペットにしている動画を配信するハヤテ。  なんとペット動画に自分の顔が映り込んでしまう。  顔バレしたことで、世間に辻ヒールのおじさんだとバレてしまい……。  辻ヒールのおじさんがペット動画を出しているということで、またたくまに動画はバズっていくのだった。 他のサイトにも掲載 なろう日間1位 カクヨムブクマ7000  

本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。 バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。 追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。 シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。

おばさん冒険者、職場復帰する

神田柊子
ファンタジー
アリス(43)は『完全防御の魔女』と呼ばれたA級冒険者。 子育て(子どもの修行)のために母子ふたりで旅をしていたけれど、子どもが父親の元で暮らすことになった。 ひとりになったアリスは、拠点にしていた街に五年ぶりに帰ってくる。 さっそくギルドに顔を出すと昔馴染みのギルドマスターから、ギルド職員のリーナを弟子にしてほしいと頼まれる……。 生活力は低め、戦闘力は高めなアリスおばさんの冒険譚。 ----- 剣と魔法の西洋風異世界。転移・転生なし。三人称。 一話ごとで一区切りの、連作短編(の予定)。 ----- ※小説家になろう様にも掲載中。

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

処理中です...