巻き込まれた薬師の日常

白髭

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1H-鎮守と毒性

1H-08 菓子と治癒

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 場所を変えて野外のテラスに移った。ウッドデッキで作られたアウトドアの茶会室のような空間だ。頭上には藤に似た植物が茂り、日差しをやわらげている。中央には
人数分の椅子が備えられた丸テーブルが中央に置かれていた。

 側仕えらしいエルフが給仕に入る。
「あら、フォミトリアじゃない。族長に付くことになったの?」
「ちょっと体調がすぐれなくて。軽い仕事ならこなせるわ。族長に相談して、こちらに配置替えしてもらったの」

 線が細いのはエルフならではだが、それにしても覇気がなく、顔色もやや蒼白で呼吸も浅い。慢性的な消耗か、あるいは栄養不足かもしれない。
「フォミトリア。こっちはもう大丈夫だから、部屋で休んでいなさい」
「はい、族長……すみません」

 フォミトリアはお茶の用意を中断し、退出していった。ポットとティーセットは残され、給仕の途中だ。エリスさんが自然に引き継ぐ。カップに注がれた紅茶からは湯気が立ちのぼる。


「それでは始めるか。パラケル。それでは出してもらおう。散々待たされた、その味とやらを賞味してやろう」

 テトラフィーラ様の言葉は、手紙で期待値が上がっている分、重みがある。

「小僧。出してくれ。そうだな、ホールのものでよい。毒味としてその場でカットしたほうがこの場ではふさわしい」
「了解です」

 自分はお披露目の一つ目に、ホールのクリスプスストラタムミル・クレープを選んだ。アイテムボックスから一台を取り出す。

「おお! これだったか? 手紙に書いたものと違うが?」

「手紙で報告した最初の菓子は、茶会にお出しするには華やかでよいのです。ただ、レッド少年と族長、主様は初対面。この場では毒味を兼ねる必要があると考え、二つ目の品を先にお出ししました。後ほどご希望に応じて最初の菓子もお出しします」

「まあ、良いだろう。進めてくれ」

 刃物を温め、断面が美しくなるよう丁寧にカットする。皿に盛り付け、エリスさんに渡す。エリスさんがそれぞれの前に給仕していく。断面はきれいに十二層。上下にノヴァホイップパストリカスタードクリスマクリームが重なり、一体の味を生み出す。

「これが、レッドが生み出した[界上]の菓子となります。食材は全てホーミィー村のものを使用しています。万が一もありますので、【物質鑑定】も行いましたが、私パラケルが毒味役を務めます」

 パラケル爺さんはフォークを入れ、一口食す。
「うむ。羊乳と卵の濃厚な味。少し冷やした生地によく馴染んでいる。……もう一口。二口目では滑らかな風味がより感じられる。生地とクリームがしっとり一体化し、バニラの香りも高い。紅茶との相性も……」

「パラケルよ、もう良い。お主、わざとやっているのではないか? 十分に毒がないことは分かった。食させてもらう」

 族長も主様も待ちきれず、毒味はなし崩し的に中止となった。それぞれがフォークを入れる。

「ほう。これは良い。羊乳と卵の風味が一体となり、もちもちの生地に馴染んでいる。バニラの香りも甘く漂う。砂糖の甘さもちょうど良い」
「族長様、主様。鑑定をされましたか?驚かれると思います」
「おお、忘れていた」

 主様の目が光る。族長は変わらず、主様に任せている。
「!? パラケルよ、これは本当に菓子か?薬ではないのか?」
「まさしく菓子です。[界上]の薬師が作った菓子といえば良いでしょう。体力・強精の効果が付与されていますが……」

「錬金兼製薬材料のバニラエッセンスチンキの効果により、素材の持つ力を増幅した結果です。作った自分も驚きを隠せませんでした」

 食材に魔素を含む錬金材料を組み合わせると、菓子であっても薬効が付与される。これは大きな発見だ。
「今まで羊乳はギー油を取るくらいしか用途がなかった。これからは羊乳も需要が出そうだな……」
 紅茶を飲みながら、主様が優雅に応じる。

「もう一つの材料の卵は鴨のものを使用しています。どうしても季節物になってしまいますね。これからの時期はかなり限定されます」
 量産は難しいと自分は説明する。

「それならエルフ族で育てている魔鴨はどうだ?年中卵を産むぞ」
「小僧。番《つがい》で二、三組もらおうぞ」
「人里で飼えるか? まあよい。それならクリスプスのレシピと引き換えだな。卵での販売なら良いぞ」
「いやいや、それでは釣り合わぬ。もう少し……」

 族長とパラケル爺さんが交渉を始める。張り合いがあるのか、嬉々として議論を続けている。ここは任せてしまったほうが良さそうだ。

「レッド君。族長とパラケルは交渉し始めた。ああなると長い。手短に作成物の確認をしてもらおう」
 エリスさんが助け舟を出す。自分は頷き、アイテムボックスから各種作成物を取り出す。

 ポーション各種、サナーレウンゲンの香料違い、蒸留酒二種。お茶会の場なので工業的な物は控えた。
「こちらに来てから作成したものです。嵩張る物はこの場にはふさわしくないので出していません。貴族には好評でした肌の塗り物を試してみますか?」
 軟膏瓶を開け、主様の前に差し出す。

「ほう、このペトペトしたものはなんだ?サナーレウンゲン治癒軟膏?!治癒効果付きか!匂いは人族で流行りのアントスローズマリー。こちらはデンタータラベンダーローサバラもあるのか」
 主様の目が光り、鑑定結果に驚愕する。

「はい。外傷を治すための専用の塗り物です。原料はエシプス羊毛油ですね」

「これがエシプス!あの羊の小汚いエシプスが塗り物になるのか!?」

「いくつかの錬金工程を組み合わせています。原料はまさしくエシプスです。ただし原料の詳細は秘匿予定ですので、この場限りとしてください」

「当然だ。これが[界上の賜物]の知識か。この短期間でここまで仕上げるとは恐れ入る。エリスが託したくなったのもわかる気がするぞ」

 族長が感嘆の声を漏らす。エリスさんも頷きながら言葉を添える。
「はい。話が出たときに備え、説明はしておきました。[界上]の中ではさておき、こちらの魔導師の技術と比べても、発想力は突出していると感じています」

 向こうのテーブルでは、族長とパラケル爺さんがまだ言い合っている。交渉事は張り合いがあるのか、二人とも楽しげですらある。普段からこうなのだろうか。
 その時、主様が声を上げた。
「ヒスビートゥスよ。もうそろそろ切り上げて本題とするぞ。エルフ族の問題なのだから、そちらで願う」

「主様、すみません。パラケル、交渉は後で継続よ」
「ああ。詰めは必要だな」
 パラケル爺さんが頷き、場が改まる。どうやら今回のヒト族との折衝は彼が担当しているらしい。

「初めに確認したいことがあります。この問題を解決した時の約束を三者で結びたい。現在、主様はエルフ族と共に住んでおられる。そのため、他の種族からは“エルフに肩入れしている”と指摘されているのです。『主』格位を持つ神格者として、ヒト族を含め平等に扱っていただきたい。これは私個人の願いではなく、この森に住む種族全体の願いです」

 パラケル爺さんの言葉は、地域全体の均衡を意識したものだ。確かに、神格者が一方に偏れば、他の種族との摩擦や不信を生む。薬師として地域に関わる自分にとっても、安定した環境は不可欠だ。

「ああ、あの問題があったからな。解決すれば、一方に肩入れをすることはしないと神格者として誓おう。それにレッドには相当の褒美を与えようぞ」

 テトラフィーラ様の言葉は重く、しかし明快だった。神格者としての責任を果たすという宣言だ。

 自分は静かに息を吐いた。ようやく、里についての本来の本題に入ることになった。ここからが、自分にとって真価を問われる場面となる。



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