サラマ・アンギュース~王位継承者

若山ゆう

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【第五部:聖なる村】第八章

神の民のつながり

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 夜中になっても、エルシャはなかなか寝つけなかった。瞼を閉じると、そこにハーレルの姿が浮かぶ。しかし、休息を必要とする体は無情にもエルシャを強い睡魔へと引き込み、浅いまどろみの中で見るいにしえの戦いの記憶が、再びエルシャを現実へと引き戻す。その繰り返しだった。

「――シャ。エルシャ!」

 自分を呼ぶ声で、エルシャは目を覚ました。ディオネが顔を覗き込んでいる。

「ごめん、またうなされて辛そうだったから、起こしちゃった。でも、一時間くらいはぐっすり寝てたよ。前より、少しずつ眠れるようになってきてるんじゃないかな」

 エルシャはあたりを見回した。ナイシェとラミが、戸口近くで寄り添って寝ている。フェランとルイも、思い思いの場所で毛布に包まって眠っていた。

「……ディオネが、ずっと起きていたのか。すまないな……」

 ディオネは笑っていった。

「交代で休んでるから、気にしないで」

 またいつ敵が襲ってくるかわからない。エルシャが回復しないうちは、誰かが交代で見張るしかないのだ。
 エルシャはため息をついて、左手の寝台のほうを見やった。ハーレルは、朝のときとまったく変わらない様子で横たわっている。その胸は、よく見ると小さく規則的に動いていた。

「……こんなときでも、俺の体は睡眠を欲するんだな……」

 寝てなどいる場合ではないのに。

 嘲笑にも苛立ちにも似た物言いで、エルシャが呟く。ディオネはしばらく黙っていたが、やがて険しい表情で口を開いた。

「フェランはナイシェは、あんたをなぐさめようとするけど、あたしは気を遣うのが苦手だから、本音をいうよ」
 エルシャが顔をあげる。
「ハルがこうなったのは誰のせいだとか、そういう話よりも大切なことがあるんだよ。あんたが死にかけたとき、あたしたちは……ばらばらになりそうだった。迷ったり不安になったりしたあたしたちをひとつにまとめてくれる人が……頼れる人が、急にいなくなったんだ。あんたが眠り続けている間、あたしたちは、どれほど……怖かったか……」

 途中で言葉に詰まり、ディオネはきり、と唇を噛んだ。

「……すまなかった」

 エルシャの口から漏れ出た言葉に、ディオネは苛立った様子で答えた。

「だから、そういうのがほしいんじゃなくて! こんなときだからこそ、あんたにしっかりしてほしいの。あんたも死にかけたのにさ、あたしもひどいこといってるとは思うけど……それでもやっぱり、あんたが引っ張っていってくれないと、あたしたちは何にもできないんだよ……」

 声を押し殺しながら、ディオネは気持ちをぶつけた。瀕死の重傷を負い、一週間ぶりに意識が戻った人間にいう言葉ではないかもしれない。しかし、いわずにはいられなかった。皆、壊れそうになるのを必死で堪えながら、エルシャの帰りを待っていたのだ。

「……あんたを、頼りにしてるんだよ。あたしたちを、これ以上不安にさせないで」

 押さえた声で、しかしはっきりと、ディオネはエルシャにそう告げた。真剣なまなざしで正面から見つめるディオネに、エルシャはふと昔のことを思い出した。

「……おまえには、叱られてばかりだな。弱気になるたびに、おまえが怒って……。そのとおりだ、俺がしっかりしないと、な……」

 ディオネはいいにくそうにうつむいた。

「自分でも、ひどいこといってると思うよ。でもさ、それだけあんたを、信頼してるんだ」

 それまでエルシャを#苛__さいな__#んでいた罪悪感と葛藤の塊が奥のほうへ沈んでいき、心が平静を取り戻しつつあった。

「……ありがとう」

 自然と口をついて出たその言葉に、ディオネは柔らかい笑顔を浮かべた。

「うん。謝られるより、そっちのほうが全然いい」





 ハーレルが息を引き取ったのは、それから二日後の早朝だった。皆に見守られながら、彼はゆっくりとその呼吸を止めた。
 

「――ハル」

 まだぬくもりの残るハルの白い手を、エルシャはそっと握った。

「よく、頑張ったな……。守ってやれなくて、すまなかった……」

 エルシャの背中を見つめていたフェランは、ふと窓の外へ目を向けた。青く澄みきった空は、重く薄暗い部屋から眺めるには場違いなほど明るかった。

 この空だったんだ……。

 見覚えのある空だった。夢の中で視た、あの空。今日が、その日だったのだ。

 すぐそばに横たわっているハーレルが、ひどく遠くに見える。妙な非現実感の中で、それでもフェランは、次にすべきことをわかっていた。

「あのさ……」

 おずおずとルイが言葉を発した。

「君たちは、神のかけらを探しているんだろう? その……彼の、かけらは……どうするんだ?」

 いいにくそうにしている。意図を汲んで、エルシャは静かに首を振った。

「ハルは……かけらを、埋めてはいないと思う。彼はかけらを憎んでいたし、ここで彼を見つけたとき、体の傷をひととおり治したが、それらしい傷跡もなかった。確証はないが……」

 エルシャは思い返していた。あのときのハーレルの傷は、驚くほど拷問に特化したものだった。剥がれた爪、切られた腱。棘のついた鞭でえぐられたらしい生々しい傷は体幹に集中しており、その深さのためどれも完全には塞がっていなかった。神のかけらを埋めると、どんな傷も一瞬にして塞がるという。そんな痕は、ハーレルには見当たらなかった。

「じゃあ……彼が持っていたかけらは、どこにあるかわからないままだというのか?」

 ルイの問いに、エルシャは複雑な表情でうなずいた。

「確かに……俺たちは、神の民を――神のかけらを探して、旅をしている。だが、神の民は人々からさげすまれているのが現状だ。正体を悟られないようにひっそりと暮らし、時には神の民ですらそのかけらの存在を疎んじて……そんな状態で、神のかけらの在り処をすべて突き止めようというのは、難しいことなのかもしれない。ルイ、君の恋人だって、だからこそ君を遠ざけようとしたのだろう? 神の民のそばにいることで、君を不幸にしてしまうかもしれないと思ったから」

 ルイはうつむいた。

「それは、そうだけど……そうだとしたら、この旅はとてつもなく大変な道のりなんじゃ……」

 丸まったルイの背中を、ディオネが力強く叩く。

「それを承知でついてきたんじゃないの?」

 そのとき、誰にともなく、フェランが口を開いた。

「サラマ・アンギュースって……きっとどこかで、繋がっていると思うんです。ナイシェに会えたのも、ラミやメリライナに会えたのも、ハーレルだって……まったくの偶然で。でもそれを運命って、呼ぶんじゃないでしょうか? 僕は予見の民で、今までいくつかの未来を視てきて、思ったんです。予見が神の力なのだとしたら、それは、神自身が未来を創り上げているから、ですよね。僕たちの考えや行動は、すべて神に見通されている。神の想定のうちだとしたら……。どんなに迷っても、不安になっても、僕たちは僕たちの考えたとおりに行動すればいいなじゃないか、って。たとえそこに邪魔が入っても、悪魔の力が働いても――僕は、この繋がりを、信じていたいです」
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